合致蘇生
舌を噛みそうになりながらも、凛は刀を振るって相手の奇襲である剣の邁進を防ぐ。
後ろに跳ね退きながら、次々と襲いくる斬撃に、凛はいちいち対応していく。
金属の交じり合う音を聞きながら、凛は疲労を感じ始めていた。
フェネクスの攻撃には突がない。凛が躱さずに、ギリギリで防御に走る力量加減をしているようだ。
あからさまに、疲弊するのを見込んで行動している。
いかんせん武器のリーチの差が激しい。お陰で近づかなければならないのだが──隙をついて近づけば、迎撃よりも回避を優先して、極端に距離をおいてくるのだ。これではいつまで経ってもこちらが傷を与えられないばかりか、疲労が堆積していくばかりである。焦りも募る。
とりあえず、槍剣どちらでもいいから、武装解除させたいところである。この場合は剣だろうが。あの槍は刺突武器なので、回避もある程度楽だからだ。
自分から逃げたくせに自分から凛のもとへ舞い戻ってきたフェネクスの猛攻が再開される。
時間を稼ごうと剣を受け止めても、そんな努力の存在も知らないように剣は弾かれて第二撃となる槍の打撃が訪れる。凛は衝撃を身体を落として殺しつつ、横に歩を踏むとその猛攻の渦から逃れようと試みた。
──そのとき不意に目に入ってきたのは、フェネクスの手の甲に走る一閃の傷。腹のものと同じように、既に体液の漏洩を収まったらしく、ただ黒く滲んでいるだけだ。
が、いくら宇宙外生命体の粋を集めて形成されたフェネクスであっても、失われた細胞の瞬間的な再構築は無理らしい。その傷は痛々しく凛の目に飛び込んできた。
そして、その手が握り締めているのは、柄と刃身の割合がおかしい剣。
──このことを考えた行動なのであれば、彼は人類の常識を超えた天才だ。
凛は遼太に感謝の念を送りつつ、自分の行動方針を転換、一気に攻め立てる方法を採る。身体にダメージを与えるのではなく、体勢に欠陥を与えることを目的に変更。
そんな凛のあからさまな隙を衝いて、フェネクスが剣を唸らせた。
凛はそれを睥睨すると、刀の柄を思い切り握り締め──本気で薙いだ。
甲高いというよりは、密度の高く思い物質が交じり合った、轟然とした音が響く。
フェネクスの体が仰け反った。疲労の蓄積を最小限に押し留めようと苦心していたと思ったら、いきなり本気で剣を弾いてきたのだ。常人なら、剣と共に腕も飛んでいきそうな一撃だったが、生憎と常人ではないフェネクスは身動ぎをするのみにとどまる。しかもそれは刹那のものに過ぎない。
だが、この世界では刹那でも空白があれば十分である。
振動に打ちひしがれる身体を行使し、一気に近づくと──反動で振りあがった腕に向けて、今度は気力の上での本気以外に、もう一つの力を込めて刀を振った。
刃が空を薙ぎ、一つのエネルギーの奔流を作ると同時、それ以外に科学的に説明のつかないエネルギーの逆流が始まる。
瞬く間にそのエネルギー達は一点に集結し、閃光を放ち、そして──空気が刃に具現し、凛が見据えるその先へとその猛威を見せた。
そして、音速で空へと駆け抜ける。
一瞬の出来事に、その場に残されたのは静かに流れるのみの時間と、その刃が切裂いたものが自分が裂傷されたと物理的に気が付く行動のみ。
──そして、フェネクスが咆えた。
それと同時に、その傷の入った手が傷を中心に破裂した。黒い液体が雨の様に地面に降り注ぎ、その手によって抗力を得ていた剣がゆっくりと地面におちていく。着床。鉄骨が落ちたような音が轟く。
「な、何してんのよ! 卑怯じゃないの!」
それを見た実璃がヒステリックな叫び声をあげた。
凛はそんな彼女を冷然と見上げる。
「なにが卑怯なの?」
「こっちが油断してるからって、妙ちくりんな飛び道具なんて使って……!」
「油断してたの?」
凛がそう言って冷笑を浮かべると、実璃は憤怒の形相を表す。
「……もう! フェネクス! そんな小娘さっさと潰しちゃって!」
だが、フェネクスは彼なりに苦悶の境地に居るらしい。黒血がどくどくとあふれ出ている腕を抑えて、凛を凝視している。
そんなフェネクスを横目に、凛はふと視線を逸らした。視界が捉える先には、暗闇に屹立する涼属高校第一校舎。
──その瞬間、彼方から光線が走った。しかし、光にしては、鈍足過ぎる、音にしては早すぎる、そんな中途半端な光線が。
音も立てずにフェネクスの、僅かに露見された目玉に寸分の狂いなく突き刺さっていった。
目玉は瞬時に蒸発、そればかりかその熱で被爆しなかったもう片方の目ですら蒸発させてしまっていた。凛の頬にも熱波がヒリヒリと影響を及ぼしている。
そして──中枢となる器官を失ったフェネクスは、しばらく身悶えしていたが、やがて活力を失ったのか、骨を抜いてしまったかのように校庭に雪崩のような轟音を撒き散らし倒れ伏した。
必然的に、その肩に載っていた実璃も投げつけられるように地面に転がっていく。
凛はうつ伏せに倒れる実璃に近寄って、刀の切っ先をそのうなじへと突きつける。
「……終りね」
そう凛が呟いて顔を上げると、丁度ドラゴンの最後の一匹が灰になっていたところだった。真っ黒に焼けた巨体が、地面に沈み動かなくなる。
こっちの完封勝利だ。あまりにあっけなさ過ぎて、寒気を覚えるほど。恐らく例のドラゴンと部長の相性が、恐ろしいほどに良かったため、快勝を収めたのだろう。部長が居なかったら、恐らく相当な苦戦を強いられていたに違いない。
背後から土を踏む音がした。
「……お疲れさん」
祥吾の声だった。凛は、どこかしこに期待をしてしまっていた自分が恥ずかしくなる。
そんな表情を見られまいと凛は顔を伏せるように実璃に視線を戻す。
実璃は腕に埋めていた顔を少し上げ、上目遣いで凛を睨んでいた。
「……そういうことで、お疲れ様」
「……、……狙撃させたの?」
「自分でやるっていうから、やらせてあげたの」
「……大した自惚れね……」
「自惚れで結構」
お前がそこまで信用されてると思ったら大間違いだ、ということだろうか。それなら、別にそれでいい、と凛は思考を放棄する。どうせここで終わるんだから。
凛は実璃の髪を掴むと、手加減せずに首を持ち上げた。それから屈み込み、視線の高さを合わせる。
苦痛に歪む目は、不気味で陰気な赤い光を纏っていた。人間味の感じられない、無機質な瞳が凛の顔を覗き込んでいる。
凛は刀を引くと、その切先をその眼に向ける。瞳孔が恐怖からか、一気に小さくなった。
そして、手に力をいれて──
「っ!」
実璃の体が視界の外へと勢い良く飛び出していった。
突然の出来事に凛は目を白黒させていると、体に堅いものに衝突した衝撃が走る。
そして更に、その一瞬後に、耳を劈く凄まじい音が轟く。
「あっ……」
無意識に口から言葉が漏れた。
倒れ伏せた凛の顔のすぐ近くに、遼太の顔があったからだ。
「だ、大丈夫?」
そう訊ねる彼に、凛はぎこちなく頷き──現状を把握した。
轟音の正体は、凛が先ほどまで立っていた場所に突き刺さった剣。あのままいけば、あの剣に押しつぶされて肉片と化していたのは自分である。そして、それを救ってくれたのが遼太であって、その方法は突き飛ばすという古典的なものであったが、一応こうして一命は取り留めている──。
遼太は凛が無事なのを確認すると、立ち上がり振り返った。
そこに毅然として佇むのは、先ほど目玉を綺麗に打ち抜いたはずのフェネクスの巨体だった。
作戦はかなり単純で、凛が一人でフェネクスの気を引いておき、ある程度時間を置いたら攻撃を加えて隙を作り上げ、その隙を衝いて遼太が最大限まで溜めたエネルギー弾を撃つという段取りだった。今考えてみると、恐ろしく稚拙な作戦で、よくぞ成功したと思える。そもそも、目玉に命中したのは奇跡としかいいようがない。こんなことをいったら、凛になんと言われるだろうか……。
だが、その撃ちぬいたはずの目玉が、何故か先ほどと同じようにその眼窩に収まり、遼太達を俯瞰しているという事実においては、瞠目せざるを得ない。
「……どうなってんだ?」
今までずっと裏役だった祥吾だが、ここではきっちり当事者としてその姿を見上げている。
見かけほど、そこまで変わってはいないものの、その外観に秘める威圧感は先ほどの比ではなかった。まず何よりも、右腕が疼きが止まらない。
──そんな一同が愕然とし、沈黙を造るなかで、一人その沈黙の元凶が口を開い。
「予備だったんだよ、この人間は」
鼓膜を貫き、蝸牛を直接弄るような、性質の悪い無機質で幼稚さが混じる声。
そんな外見に不似合いな声を繰るフェネクスは、そんな白々しいことを言ってひょいと実璃の身体をつまみ上げる。それを見て、遼太は反射的に顔を背けてしまった。
実璃は裸身だった。その肩を摘むようにして、フェネクスが饒舌に講じる。
「まさかとは思ったけど、まさかやられるとは思わなかった。予備を用意しておいて良かった。うん、君たちのこと、見縊ってたよ。──あ、この子は適当に選別して取り憑いただけで、もう要らない。適当に君たちでなんとかしておいて。服はエネルギー代替のときに無くなっちゃった。あー、女の振りしてるの辛かったなー」
幼い口調で語るフェネクスの指から、実璃の体が放りだされる。気を失っているらしく、暴れもしない実璃の身体は、素直に重力にしたがって地面へと──
「って、お前が取るんじゃないのかよっ!」
祥吾が悪態をついて駆け出し、その実璃の身体を受け止めた。その姿を見て、ようやく遼太は我に帰る。
「取り憑いたってどういうことだ?」
遼太はフェネクスの禍々しい顔を見上げて、そう訊ねた。
「あれー、やっぱり知らなかったんだ。あのね、もともと<レッド>ってのは精神体なんだよ。肉体的媒介が無ければ自律して生きていけない、結構厄介な奴。だから、一番最初に偶然でもなんでも何かしらの原子に取り憑けた精神体が必然的にその<レッド>を率いていく運命だったんだよ。起源はよくわからないけど、宇宙自体よく分からないものだから、どうでもいいよね、そんなの」
精神体……、いわゆる、幽霊のようなものだろうか。
「そんで、その肉体をはじめて持った<レッド>は比較的穏やかな性格で、<レッド>が共存して各々がしたいことができる様に社会を構築していったんだ。それが、宇宙外……君らの言う所の異世界、僕らの視点で解釈すると、四次元。でも、そこの生活は全くといってもいいほど、抑揚が無かった。平坦というか、ただ漠然と存在しているような無益な場所だったんだよ。つまらないな、と思った僕は、暇だから外に出してくれ、て頼んでみたんだけど、なんかめっちゃ突っ撥ねられて──だから、ちょっと僕も怒って暴れてみたら、思いのほかあっさりとこっちにこれたんだ」
右腕が唸りを上げた。それが、恐らくおよそ二億年前の話なのだろう。
「ふふ……それからここに来るのが大変だったけど、見つければ楽だったよ。じっくりと人間達を観察してみたら、共存して生きてるんだもの。こんなにも望んだものは無かったよ……、ここまで愚鈍で、操り甲斐のある存在をね……」
「──協調しあうことが愚かだから、侵略するのか?」
「いかにも、侵略してください、って言ってるようなものだったからね。心置きなく侵略の下準備をさせてもらったんだけど……ね。宇宙空間に作った仲間に裏切りが出ちゃってさ……」
駄菓子屋で万引きしたら捕まっちゃってさ、というような恨めしい言い方。
「──そいつの所為で、今こうして追い詰められちゃったわけだ……参ったねこりゃ」
その真っ赤な視線が遼太に降り注ぐ。そして、フェネクスはその頭を傾けた。
「それでもまぁ、こっちはこっちで全回復したし……、やらせてもらって良いかな?」
その眼光を見た途端、遼太は弾かれるように祥吾を振り返り、叫ぶように言った。
「葉山さんを連れて逃げてっ!」
「はっ……俺が?」
「早くっ!」
裸の実璃を抱きかえる祥吾は怪訝と不安が入り混じった歪んだ表情を作ったが、焦った遼太に気圧されるように頷くと、そのまま地面を一蹴して敷地から去っていった。
空気が吸い込まれるように流れていくのを感じる。
振り向いたと同時に、凛が遼太の目の前に飛び出してきて、その手に握られた刀を翳す。
刀が折れてもおかしくない程の音を立てて、フェネクスが振りかぶった剣は弾かれる。それを見届けてから遼太は右腕を意識して地面を蹴った。
凛に向け、嵐の様な攻撃が開始される。
フェネクスは左右の手に握ったそれぞれの武器で、壊れない壁を最高効率で壊そうとするかのように、器用な連続攻撃を仕掛けていく。
それを受ける凛は、動きは滑らかなものの、あからさまな疲労が見える。
一撃一撃交わされる度の音も、耳が痛くなるほど大きい。
遼太は右腕を剣に変形させ終わると、地面を滑るように停止し、そのまま蹴り上げて宙を舞った。そのまま、滑空するようにフェネクスの懐に突っ込む。
目の前にその体が迫った瞬間、フェネクスの体が反転。
金属が潰れたような音が鳴り響くと同時に、鉄鋼が歪みそうな一撃が視界の端から襲ってきた。
駄目か──。
遼太は歯噛みすると、その剣に思い切り自らの右腕を叩きつけてみる。
力の差は歴然としていた。
そのまま、襟首をつままれて放り投げ出されるように、その剣の圧力に負けて再び宙を舞い──地面に叩きつけられる。二度と味わいたくない類の鈍痛が、全身を震わせていく。
その次の瞬間、追撃。原子発電所の壁すら凹ませそうな蹴りが遼太の体にめり込む。
声を上げる暇も無く、遼太の体は虚空へと飛び、無理な体勢で着地、数回転。
「やっぱり単純だったねー。ああやって彼女に危害を加えようとすると、こうやって無計画に突っ込んでくるわけだ」
フェネクスが蝿の羽根をもぐ子供の様な、恍惚とした声で語りかけてくる。遼太は全身の苦痛に苛まれながらも、そんなフェネクスの顔を睨みつける。
「……そんで、こうしてもう一方に危害を加えようとすると──」
そう言った直後、フェネクスは剣を握りなおすと、足を軸にして真後ろに身体を向けて、剣を突き出した。
「また、こっちも釣れるんだ。共通意識を持っちゃった人間ってのは、やっぱお粗末さんだよねー」
そう言って剣を、蒟蒻でも切るかのように振るった。悲鳴が聞こえる。
遼太はようやく動ける程度になった体に鞭打ち、脚の痛みも無視して飛び上がった。
笑い半分で振り返ったフェネクスの一撃を屈んで躱すと、その筋力を生かして無理矢理接近する。
そして、第二撃が来る前に股を通り抜けがてら足首を斬りつけて、素早く振り向きながら距離を取った。
遼太が地を踏むと同時に、フェネクスが振り返る。
「……やっぱそんなもんだね」
破裂した筈の手どころか、腹の裂傷ですら完治したその姿。その声の性格とは全く異なる、異質で悪意そのもの。
その姿がどう見ても、勝利を確信した愚者の姿としか見えないのは、遼太の直感なのだろうか。それとも、ただの楽観論──信じたいと思っているのだろうか。
……すみません、遅れました。
理由はといえば、受験勉強がようやく熾烈化してきたことでしょうか。毎日八時帰宅……それでも甘いほうです。マジ現実は厳しいです……。甘いなんて思ったことはありませんが;
とりあえず、運が良ければ次話の次話で終わると思われます。話数の尺がおかしかったりするのは、グダグダ仕様orz




