唯一の欠陥
遼太はフェネクスの体が仰け反ったのを見ると、すかさず地面を蹴りつけてその隙をものにすべく接近を試みる。
背中が視界一杯に広がったところで、その背中が半回転、その遠心力に乗せて太い腕が飛び込んできた。顔を凛の方に固定させ遼太を一瞥もせずに半身を捻っての、渾身の裏拳である。
遼太は咄嗟の判断で、背中から照準を外すとその槍を握り締める手の甲に右腕を突き出した。三者の持つ武器の中で一番劣るその刃が、牙を剥き──その鉄板の様な甲に、深々とのめり込んでいく。
だが、フェネクスの反応は微弱なものだった。むしろ、そのことを予想していたかのような素っ気無さ。
見るからに痛々しいその攻撃をもろともせずに、フェネクスは遼太が載った手の甲を振りかぶった。
そして、思い切り凛に向けて振り下ろす。裏拳ではなく、最初から遼太のことなど眼中に無かったらしい──。
凄まじい速度で振り下ろされた拳の斬る空気の流れに、遼太はいとも容易く吹き飛ばされてしまった。弧を描いて宙を舞うと、地面にしこたま身体を叩きつけ、そのまま何回か転がり、ようやく静止。
慌てて顔を上げて確認すると、凛は上手いことその拳を避けたらしく、そればかりか刀を翻して脚を斬りつけている。
遼太は痛みに愚弄される肢体に鞭打ち、冷たい砂を噛み締めるようにして立ち上がると、筋力に物を言わせてそんな二人のもとへと走っていく。
──と、足を翻したその瞬間、目の前で爆発が起きて、遼太はその熱に驚いて立ち止まる。
「忠告だ」
声が聞こえ、その方に顔を向けると、部長が見慣れた筒を携えて遼太に向けて叫んでいた。
「翼に気をつけることだ。……常に注意を置かないと、ただでは済まない」
「……はいっ!」
遼太はそれだけ返すと、再び足裏を弾いて黒煙の燻る一体を駆け抜けた。
煙を抜けるとすぐに、剣を交える凛とフェネクスが視界に飛び込んでくる。
凛の方は圧され気味で、ひたすら振るわれる槍と剣を弾いていた。どう考えても力量が違う。このままだと、凛が危ない──。
吹き込んでくる空気が鬱陶しい。眼を眇めて思い切り姿勢を低くすると、何度目かも分からぬ跳躍をし、フェネクスの肩あたりまで身体を持っていく。
そして、フェネクスが槍を振り下ろした。腕が振り下ろされ、その上腕で隠されていた肩が露わになる。
遼太はその肩に乗っている人物に、狙いを定めた。
右腕の先を肩の上に乗っている実璃に向けると、肘を脇に引き──思い切り突き出した。
遼太の体がフェネクスに接近するのは同時、そして、金属音が響くのも同時。
「あら、残念。私だってまだやれるのよ?」
実璃が剣を翳し、遼太の右腕を受け止めていた。
遼太が瞠目した隙を衝き、実璃は腕を振るい遼太の右腕を弾く。
遼太はそれに煽られ、空中でバランスを崩すものの、なんとか左手を伸ばすとフェネクスの肩に引っ掛けた。重力に体がひきつけられて、腹をフェネクスの腕に叩きつけられる。
遼太の存在に気付いたフェネクスは、凛への攻撃を一時的に中止し、腕を必死に振り回す。
再び地面に叩きつけられるのは御免だ。とはいっても、右手がこれなので、片手でしか捕まっていない状態であり、そんな状態でそう持つはずも無い。
遼太が祈る気持ちで凛の方を見やると──偶然にも、彼女と目があった。微笑している。
凛はそのまま何も言わずに駆け出した。刀は地面をなぞるように下に向けられている。
そして、見えない空間を切裂くように、思い切り空を薙いだ。
「……あぁっ!」
実璃が悲鳴を上げる。遼太は掴まっている腕の動きが鈍ったのに気付くと、サッと肩の上に這い上がり、実璃に奇襲を仕掛ける。
だが、フェネクスの体が大きく揺らぎ、両者ともその場に直立していることが困難になった。
敢え無く遼太はフェネクスの体から飛び降りる。
地面に足をつけてから、フェネクスの方を見やり──遼太は絶句した。
腹がパックリと裂けていて、その向こう側の景色が見えていた。その傷口からは、やや固まった体液がドロドロと流れ出しており、地面にボタボタと垂れ流されていく。
──ソニックブームだ。刃に生じた衝撃波のエネルギーを、音波としてではなく、空気の波として伝播させる遠距離攻撃である。
遼太はそんな光景に愕然としつつも、凛の姿を見つけると近寄って声を掛けた。
「大丈夫?」
遼太としては、気遣いの言葉だったのだが、俄然凛は不機嫌な顔になった。
「あんたさぁ……もしかして、わたしのこと心配してたわけ? それとも、頼りにならないと思ってるわけ?」
「え?」
不機嫌、というよりも、怒っている。遼太の目を真正面から睨みつけてきている。
「あいつがあたしのところに突っ込んできたとき、あんた真っ先にこっちに走ってきてたでしょ? なんで?」
「……え……」
なんで、といわれても──というのが本心。
「闇雲に突っ走って反撃食らって、もしかして、あたしを助けようとかなんとか思ってたの?」
「そ、そりゃあ……」
「それじゃあ何? あたしがあいつとタイマン張るのが無謀だ、とかなんとか思ったわけ?」
──図星だ。
でも、どうしてここまで怒るのだろうか……、声色もいつもよりも高いし、口調も派手に乱れている。何が彼女をここまで苛立てるのだろうか。
「……全然分かってない!」
困惑する表情を見せる遼太に、凛が一喝。
「最初あんたが、一人であいつと闘ってるのを遠くから見て、あたしがただぼぉっとして見てたとでも思ってるわけ!? 心配に決まってるでしょ! それでも、あたしはあんたの指示に従って、信じて見守ってた……その気持ち分かる!?」
「……」
「昨日だって、下手くそな嘘ついて、死にそうになって! なに格好つけようとしてるわけ!? どうせ格好つけるなら、勝ってきなさいよ! あんたんこと信じて、警備員の足止めしてあげたのに、どうしてボロボロになって帰ってくるわけ!? あんたが一人で闘ってるわけじゃないの! それなのに、一人で頑張ろうとして、下手なことして怪我して……あたしのこと舐めないでくれる! あたしとあんたじゃ、これをやってる時間は全然違うんだからっ!」
それだけ言うと凛は口を噤んで、遼太を睨みつける。──その目がほんのりと赤くなっていることに、遼太は気が付く。
それから、凛は視線を逸らして、しょんぼりとして呟いた。
「……それとも……、私がそんなに信頼できない……?」
信頼? してる。してるに決まってる。
それでも、彼女を怒らせてしまった。何故か? やっぱり信頼できてないのか。
共闘してきたのは、僅かな時間だけだ。そして、遼太は毎回誰も傷つけるまいと心がけてきた。それが裏目にでたのか?
──違う、凛の願いも同じだからだ。誰にも傷ついて欲しくない。
凛の求めるものが理解できた。ごく当たり前だが、失っていたもの。盲目になって突き進む余り、視界にすら入らなかったこと。それでも、凛はきちんとそれを自分に求めてきた。自分から、差し伸べてきた。
協調、を。
「分かった」
遼太はそれだけ言うと、凛の頭に手を置いた。凛が驚いたように体を震わせると、驚いたような顔を遼太に向けた。
「どうせ今日が最後なんだ……それなら、皆の悔いが無いようにやろう」
「……お取り込み中失礼だけど」
遼太と凛が話しているその脇から、実璃が高所から声を掛けてきた。見上げると、相変わらずの形でフェネクスの肩に実璃が載っている。
「……まだ終りじゃないわよ?」
「分かってる」
怖じることなく、遼太は応える。
「それじゃ」
「うん」
凛が近くから声を掛けると遼太は頷き、小走りに校舎に向かって走っていった。
その後姿を眺めて、刀を手に持ち据える。──大丈夫だ。彼は信頼できる。元来、そういう性質なのだ。見た目でなんとなく分かる。なんでも背負い込むタイプなのだ。いわゆる、将来女の尻に敷かれるタイプ。
先ほど、憤怒に乗せて吐露した言葉は演技でも嘘ではなかったが、ああ言えば協力してこいつを倒せる、と確信していた節はある。
自覚はある。彼に依存していると。
戦闘力では、圧倒的に遼太の方が上である。単純な攻撃力では凛の方が上だが、便宜を踏まえて見ると遼太が総合的には秀逸だ。そんな彼が後ろに回る。馬鹿みたいで単純な作戦で、駄目元での突撃に過ぎない。失敗しても次がある。
柄に指を絡ませる。柄の革に自分の汗が染み込み、なんともいえない一体感を醸し出している。
どっちにせよ、これでお別れになる。部長の言っていた最後とは、そのことだろう。
「……」
フェネクスの巨体を見上げた。腹部の裂傷の流血は止まったようだ。両手にはバカでかい剣と槍。威力は大きいが、回避は容易である。
ぶつけてくるエネルギーが増大するに比例して、この刀でのそのエネルギーの受け流しは容易になっていく。動きは鈍重だとはいえないが、そこそこ凛との相性が良い相手だ。
相手から動く気配は無い。こちらからいかせてもらう。
刀を肩に担ぐと、思い切り地面を蹴って懐へと向かう。武器もでかい分、ちょこまかとした動きには適応しにくいだろう。こういう分野は遼太が得意だが、凛だって負けては居ない。
「あら、貴女一人?」
上から実璃が揶揄混じりに訊ねてきた。凛は敢えて上を向き、にんまりと笑ってみせる。
「私一人で十分だからね」
「……あらそう」
あからさまに信用してない内情を隠すでもなく、実璃はそっけなく言い返した。
すると、フェネクスが大儀そうに首を傾げる。そして──脚を振り上げた。凄まじい勢いで地面が抉れて乾いた砂が舞い上がり、凛に振りかかり周囲に砂埃を作り上げる。
──目潰しだ。直接目を潰すことによる効果と、視界を遮断することによることによる効果の二重の目潰し。目には入らなかったものの、視界を遮断されるだけで大分辛い。
ふいに砂煙の最中に、黒い影が躍った。
凛は咄嗟に反応しきれず、刀を翳してその影を躱そうと試みる──が、刀に入ったのは鈍い衝撃。
剣ではない、それはフェネクスの脚だった。
完璧に不意を討たれて、凛の体が宙に舞った。背中から派手に地面に転げ落ちる。刀を落とさなかったのは僥倖だった。
凛は全身に走る痛みと不快感に耐えつつ、腕をついて立ち上がる。コートがなければ、今ごろ肋骨が折れていてもおかしくない。部長には感謝をしておかなければ──実のところ、部長にあんな仰々しい態度をとらざるを得ないのは、このコートのお陰なのだが。
吹っ飛んだお陰で、砂煙の範囲外に出ることができたようだ。だが、そんなことは計算の範疇にあったようで、フェネクスは堂々とその姿を露呈している。
同じ手段を幾度も使うほど安直ではないと思うが、迂闊に近づくのは危険だ。
コートの裾を翻し、一定の距離を保つ。
弱点はあの小さな目玉。ただ、あれを狙うのには手段が足りない。
だから、少し時間を取ってもらって、遼太とそのことについて話していた。
周囲のドラゴン達は、祥吾たちが相手をしているが、一体相手でもキツイのにそれが複数のこっているというだけあって、祥吾も足止めで精一杯、部長も遼太のアシストがないと弾頭を当てるのが難儀そうである。疲弊が溜まるのはこっちの方が格段に早い。
即ち端的にいうと、時間が無い。
凛は立ち止まると、フェネクスの巨体を見上げた。心変わりした天使を彷彿させるその巨体の肩に、人形の様な実璃が載っている。
なんとなく、ふと考えてみる──実璃がフェネクスを操っているのだろうか。それとも、逆なのか。もし逆だとしたら、その目的は……? 否、前者でもその疑問は同じだ。
だが、それが解明できたら少し前に進めるのではないか。
「ねぇ」
「──何? 命乞い?」
凛の方から話し掛けたのがそんなに意外だったのか、実璃は大袈裟に目を瞬かせながら返してきた。
「……なんでこんなことしてるの?」
部長が言うには、この世界が気に入らないだのなんだのと言っていたが。
「何でって、この世界が気に入らないからに決まってるでしょ?」
ドンピシャの予想通り。凛は少し口調を荒めて反駁する。
「普通はそうでしょ。何が気に入らないか具体的に言いなさいよ」
「……何が気に入らない……、そうね、例えば目の前の貴女とか……?」
「私のために世界を滅ぼすの?」
「滅ぼすなんて人聞きが悪いわね。再構築するのよ」
「だから、どうして?」
「──うっさいわね……、宇宙を見回ってきたけど、人類みたいな愚鈍な知的生命体がいたのはこの地球だけだったのよ、分かる?」
挑戦的に言葉を投げかけると、すぐにそれに便乗して饒舌になるのが実璃の性格らしい。
「もちろん他の場所にも知的生命体は居たわよ? ひたすら同類で殺しあったり、逆に恒星からの熱エネルギーだけでのんびりと暮らしてる生命体も居た。でもその中で、建前の団結を以って、支えあって生きる生命体なんて、ここで初めてみた」
「……」
「そんな愚鈍で可哀想なあなた達を救済してあげようと、こうして私が乗り出してあげたの、分かった?」
なんだか本心とは違うような気がするが──一度話した以上、これ以上の情報は引き出せないだろう。あの人間の姿で宇宙を旅していたのか、等の些細な疑問が残るが、やむを得ない。
「で……、世界を再構築してどうするの?」
話の締結が悪いと思い、凛は柄を強く握り締めながら訊いた。
「皆平和でほのぼのと暮らす世界でも作るわけ?」
「……ふふ、そんなことするわけないじゃない。人間から知性を吸い出すのよ。無益な自己存在を懐疑する思考なんて、生物には要らないのよ。漠然と生きて子々孫々を地球が滅びるまで繰り返し作っていけば良いのよ、生物なんてものは」
「……じゃあ、あんたはなんなの?」
「私? ……ふふ、さぁね」
実璃が面白げに言って、手をフェネクスの横顔につけたの瞬間──剣が唸りを上げて急降下を開始した。
凛は驚愕するでもなく、ただ刀を突き出すと落着いてそのエネルギーを分散させる。
すぐさまそれを弾き返すと、横から薙がれた槍を受け流し、前へとんだ。
一気にフェネクスとの間合いを詰めると、刀を翳して畳み掛ける。
──刀が触れようとしたその瞬間、不意にフェネクスの脚が視界から消えた。
凛は空を薙いだ刀を慌てて手元に手繰り寄せて態勢をすぐ立て直すと、振り返ってその巨体を探す。
視界が移り変わると同時に、斬撃が目の前に飛び込んできた。
短い! 無理矢理尺あわせした感ありすぎ!
ごめんなさいorz 自分に巧遅拙速という言葉は一切そぐいません。拙遅拙速です。
……とはいっても、苦戦したのはこの会だけで、次からは急展開して、終末へと直滑降していきます。
……こんな言葉いつか書いた記憶があるな……まぁ、いいや。それでは、また明後日に会えたら。




