時空の彎曲
「無茶をしでかしてくれたな」
部長は跡形も無くなって、炎を轟々とあげる校舎跡を見て言った。遼太はそれを聞いて首を竦める。
肌が熱で焼けたのかヒリヒリと痛む。体の創痍は完治したものの、疲労ばかりはどうにもならない。せめてもの反応が首を竦めることだった。
……無茶、と言われても仕方の無い挑戦だったと遼太は自覚はしている。
爆発物の上に立ち、囮になった上で寸前で爆発させる。常人であれば、試してみようとも思わないし、ましてやそんな結論に至るとも思えない──わけではないか。映画ではしょっちゅうありそうな展開だ。
となると、今おかれた状態は映画さながらの状態。
「しかし、よくぞまぁ、その校舎が爆発物の集まりだってことを知っていたな」
部長がフルフェイスのヘルメットを傾けて、座り込む遼太を俯瞰して言った。
凛が遼太に視線を向けてくる。祥吾は、特に関心無さそうに炎を見つめているだけ。
──両者共、遼太の言ったことを鵜呑みにしてさっきの作戦の助長をしてくれたのだろうか。遼太は漠然と今の自分の立場に愕然とする。
遼太は首を落として返す。
「……従妹がここに通ってるんです」
「ほう」
「入学したての頃、そんな校舎があることを雑談として聞かされていたんです。灯油とか、そういうのから科学部が使うような薬品を全部一つの校舎に収納してる、と」
「なるほど。確かに、外見からそんな雰囲気はする」
部長が首を上げ、それに釣られるように顔を上げると、既に炎も消え失せ元通りに校舎がそこに屹立していた。校舎の腹に、危険を促す!マーク。
遼太は複雑な内情でそれを眺めていると、部長が鼻を鳴らした。
「今回は、コウちゃんの宿主の従妹君の頭脳に助けられたということか。貴様、後々おく拝んでおくがいい。命の恩人だ」
──直情径行な人だ、と遼太は心中で苦笑する。ちなみに、毎日養ってもらっている身としては、とっくに命だけでは償いきれないほどの恩人なのであるが。
「お疲れ様」
どこからか、佐慧が姿を現した。部長は首をヘルメットごと回して、その姿を確認する。
「む、ご苦労だ、少佐」
「現物を見たことが無いから、適当に私の感覚で復元させちゃいましたけど、大丈夫ですかね?」
「なに、多少形が違っても、奴らはこれを常識として認識するがゆえ、気にすることは無い」
二人の談話を聞き流しながら、遼太は復元された校舎とそれを繋ぐ空中廊下を眺める。いざ、その場を走っているときは、無闇に長ったらしく感じたその空中廊下も、こうしてみると短く見える。もともと複雑なルートを造っていたのを、佐慧が感覚で改竄して直線にしたのかもしれないが。そう考えると、この世界は本当に常識で縛られているんだな、と思う。
ふいに目が留まった。
その空中廊下の高架下。空中廊下を支える柱のもとに、人影らしきものが見えた。既に、証明となり得る要素が無くなり、遼太の視界も明瞭であるとはお世辞にもいえない状況ではあるが、なんとなくその情報は確信しても良いと思えた。
遼太は弾かれるように立ち上がると、地面を蹴った。同時にふらりとその人影も身を翻して陰へと消える。制止の声があがったような気がしたが、無視させてもらう。
高架下の柱に手をあて、それを軸に勢いを殺さずに直角ターン。
視界が開ける。人影は校庭のど真ん中に佇んでいた。──漆黒の空を背景に、髪を流した背中をこちらに向け、何かを待ちわびる様に。
その堂々とした姿に、遼太は足を止める。造られた右腕が、脈打つ。冷や汗が頬を伝い落ちる。
やがて、その人影が緩慢な動きで振り向いた。
「こんばんは」
遼太は瞠目しかけたが、逆に眇めることによって威勢を保持する。直感を言い訳にするわけではないが──いや、動体視力まで良くなっているのだろうか。
思わずその人物の名前を口にした。
「……葉山さん?」
「ふふ、ご機嫌麗しゅう」
少女──今日行方不明になっていた生徒、葉山実璃はそう言って微笑んだ。その妖艶な声に、遼太の背中が粟立つ。更に稀有なことに、右腕が緊張の色を露わにした。こいつが動揺するとは、珍しい。
でも、それはそれで納得できる。彼女は──変だ。
単刀直入に言い表してしまえば、態度が違う。人が違う。
少なくとも、こんな時間にほぼ縁がないと言ってもいいこの場所に、あたかも当然といった態度で居るような人物ではなかった。もしいつもの彼女であって、こうして目撃されれば、とっくにパニックに陥っていてもおかしくない筈だ。
「なんでここに……?」
──そして、遼太にしても稀有なことに、毅然とした態度で彼女に語りかける。
「ふふ……ちょっと……天体観測にでも」
実璃はそう言って、夜空を仰ぐ。
「──でもよく考えてみれば、空ってこんなにも汚いのよね。月が見えるので精一杯。なんて因果な世の中なんでしょう」
「……」
「しかも、こんな空で満足している人間が居るんだもの。本当に遺憾で仕方ないわ。でも──、この空が綺麗になる方法がある、って言ったら、どんな方法が在ると思う?」
実璃はおどけた笑みを遼太に見せつけながら問うた。意図の掴めない質問に、遼太は困惑する
「どうって……?」
「そうね……例えば、排気ガスのみを吸引できる掃除機だとか?」
本気で言っていないのは、顔を見れば明らかだ。遼太はその顔を見て、改めて戦慄する。
「…………」
相手のペースに錯乱されてか、満足のいく答えが出てこない。遼太の満足が、彼女の感覚ではどうであるかは分からないが。
寡黙な遼太を嘲笑うかのように、実璃が口を開いた。
「それじゃあ、貴方たち曰く<存在しないもの>でも使ってみたらどう?」
「……どういう意味?」
「さぁ? そんなの自分で考えてよね」
存在しないものを使う? 常識に屈せざるを得ない存在で、常識を覆すだと?
「ふふっ、分からないのも当然よね。目の前にあるものにひたすら翻弄されて、利己のためにそれを活用しないで、そのままなすがままに朽ちていく儚い運命しか選べないような子だもんねぇ……」
実璃は目を細めて、喉で笑う。遼太にはその揶揄の意味を漠然と理解して、仄かな憤りを覚える。
「なすがままに……?」
「そうでしょ? 貴方も奇々怪々な連中に拉致されちゃって、お気の毒よねー。もしも出会わなかったら、あたしみたいに自分のための世界を構築できたのに──って、あら……」
実璃はようやくそこで言葉を切って、笑みを絶やした。そこに一喝。
「退けっ!」
遼太はそれが自分に向かって言われた言葉と受理して、慌てて飛び退いた。
その頭上を一発の弾頭が飛来していく。実璃に向かって。
「やぁね。皆さん勝手な正義感に翻弄されちゃって。そういう人は狭量だから嫌い」
実璃は弾道に向かって悪態をつくと、身を翻し──と思った一瞬後、弾道が目的地にたどり着いて爆発した。
硝煙が燻り、煙が蔓延する最中で遼太はとある言葉を聞く。
『最終段階。世界の融合は近い』
「──逃げられたか」
火薬の焦げる匂いを体に纏った部長が背後から現れた。大儀そうに手に持った筒をガチャガチャいじると、横手で投げ捨てる。
「知り合いだったようだな」
半ば呆然と佇む遼太の横まで歩いてくると、そんな遼太の顔を見ようせずに言った。
「……学校での隣の席の人です」
「……ほぉ、運が悪かったようだな」
「……運?」
遼太が夜空の保護色であるヘルメットの横顔を盗み見ると同時に、再び後ろから足音が聞こえた。振り返ると、凛達が走ってこちらに向かっている。
凛は足を止めると、地面に穿たれたクレーターを見ると瞠目した。
「な、何……?」
「あー、すまない、少佐。仕事が増えた」
「……了解です」
唖然とする凛を尻目に、部長は佐慧に声を掛け、佐慧は事情を聞くでもなく屈託なく頷く。
「──彼女は何なんですか?」
佐慧が視界から消えて、予期せぬ事態に困惑気味の凛と眉間に皺を寄せ眼光を鋭くした祥吾に見守られ(ているかどうかは知らないが、状況的にそう言っても認識に差は出ないのでこれでいいとする)、遼太は部長に視線をぶつける。部長はようやくか、といった感じで溜息をヘルメットの隙間から漏らした。くぐもったその声から、彼の疲弊が窺える。
「詳しいことは知らんが……鍵であるコウ氏が宇宙にその存在を置くことになったきっかけ──、私は時空の歪みと称しているが、それを引き起こしたそもそもの存在であると私は推測する」
「……どういう意味ですか?」
「奴はなんと言っていた?」
部長の問いに、遼太は空を見上げる。
「今の空は汚いが、それを綺麗にする方法を作るとしたら……と」
「なんと答えた?」
「答える前にあっちが勝手に模範を言ってきました」
「──それか」
「……はい」
義手。ナイフ。脅威の身体能力。想像実現能力。それらが類するのを総括して、『それ』。
部長は息を吐いた。
「……言ってしまえば、厳密に言うとそれらも全て<レッド>だ。それは分かるか」
頷く。
「──奴は、空云々といったが、それは解釈の仕方を変えれば、世界を変える方法があるとしたら、なんだろう、という反語での示唆なのだ。即ち、これから私は世界を変えてやろう、という意だ。奴が何を求めているか知らんが、二億年という猶予はあまりにもありすぎだ。それだけ準備の時間があれば、それなりの策をぶつけてくるのが定石というものだ……」
「……世界を……変える?」
「左様だ」
世界を変える。何故? 何故宇宙に侵入し、何故わざわざ地球を選び、こうして意図の掴めない行動に出たのだ……?
思索の渦から逸して、ふと顔を上げるとクレーターが消えていた。それと同時進行で、ひょっこりと佐慧が姿を見せる。
「……今日は解散だ。激戦だったようだな、体は休ませておけ」
部長は一同を見渡すと、そう言って踵を返し立ち去った。
「……どうしちゃったのん?」
その後、何故か重い空気が流れて沈黙に陥るその場に疑問をもったのか、佐慧が各々の顔を見渡して言った。その言葉で、遼太はようやく我に帰る。
「……さぁ……」
「? まぁ、とにかく今日はお疲れ様。ゆっくり休んでねん」
「──はい」
佐慧は微笑を漏らしてそう言うと、部長に倣うようにその場を立ち去っていく。そしてまた、昨日と同じようなパターンに陥る。違うといえば、祥吾が居るくらいか──。
と、思ったところで凛が口を開いた。
「そんじゃ、私たちも帰ろっか」
ふいに縛めから解放されたような感覚がしたかとおもったら、骨が鉛になったかのようなダルさが体を覆い尽くした。異変、と感じると同時に、発動が解除されたのか、と漠然と理解する。そういえば、昨日妙な契りを交わしていたような……。
「……どうやって帰るんだよ」
「タクシーかなんか拾えるんじゃない? とにかく、手段はどうでもいいから早く帰りたい……」
祥吾と凛の会話が聞こえる。遼太はそれを聞いて、手をズボンのポケットに入れ、遠い空を眺めた。
「……財布どっかで落としたな……」
佐慧によって改変されたこの世界に、彼の財布の居所はない。
翌日の授業中。
遼太は席についてはいるものの、そわそわと落着かなかった。既に、校舎倒壊のイメージは払拭されているのだが、今日は隣の空いた席の底知れぬ威圧感に圧されている。
なんとなく、というか不可抗力だが、遼太は昨日見てしまった。彼女の本来の姿……かどうかは知らないが、私生活以上に見てはいけないものを。
目が赤かった。真っ赤だった。闇の中でも分かるほどの赤。
その不思議な眼光を思い出すだけで、戦慄が背中を駆け巡る。その戦慄を隠すのに必死で、教師の演説なんて脳に吸収されない。
こんなところで指名されたら、一巻の終りだが、その程度の危機を恐れるのであれば、ここまで酷い震えはありえないだろう。
部室のドアを開くと、部長がドアから一番遠い席にどっしりと居座っていた。黒い衣に包まれた足を組み、遼太のことを凝視している。
そして、一言を矢の様に放つ。
「騒がしい」
「すみません」
遼太は屈託なく謝罪を述べるとドアを閉めて最寄の席についた。
と、遼太が座ると同時、再びドアが開く。
「……あ、こんにちは……」
「どうも」
凛と祥吾が、そう言って入室してくる。そして、各々が任意の席についていく。
──何故かそれから、誰も言葉を発しなかった。どちらかというと、この場の議論はほとんど部長に委託されているので、部長が寡黙を守っていることが、この沈黙に繋がっている。だが、そののっぺりとしたヘルメットに隠されている表情を窺うことはできない。
腹の奥から、厭な緊張がこみあげてくる。こういう場面は特に苦手なのだ。
そんな杞憂も一瞬の様。部長が口を開いた。
「何ゆえ、君たちはこうして部に居座り、在らぬものとして戦闘をする?」
視線をもろにあてられた凛は困惑顔を作った。
「え……?」
「私はそれが不思議でならない。自分に対して全く利益にならないことを、こんなふざけた形でする君たちが」
……部長の声にも、かつてないはっきりとした困惑の色が混じっている。遼太はそれを感じて、再び例の少女を思い出す。
「──調べてみたら、はっきりとした。昨日遭遇した例の女子は、元凶だ。今、この世に蔓延る混沌の根源だ」
混沌の根源。
俄かには信じがたい。ただの、平凡なクラスメイトだった彼女が、気味の悪い怪物をここに送り出してきて、戦略的に自分を狙ってきている? 彼女が?
「──昨日になって姿を現したということは、既に世界を乗っ取る準備は完了しているということだ。だが、ああした挑発をしてきているということは、我々の存在が邪魔だということを暗に示している。恐らく……近いうちに奴は襲い掛かってくるだろう。少佐には、自宅待機と言っておいた。彼女が出てくるのに奴は危険な存在だ」
──つまり、最初に言ったあの言葉が指す意味は……。
「貴君らも、自分の命が惜しかったら、逃げ出してもいい。それだけだ」
今回は短めです。最終決戦に向けての、前夜という扱いなので、作者もちょっと休ませて置かないと……。
一ヶ月前の自分とは、方針が全く違うので、急展開になってしまったことは、不甲斐なく思います。……ただ、いい感じに伏線が撒けているのは僥倖でした。もし、全く撒いていない状態であったらと思うと……あぁ、怖い怖い。




