硝煙模様の花火
半ば連行されるように、実際のところ運ばれて、瓦礫が流星群の如く降り注ぐその場を退いた直後、遼太の危惧は的中した。
祥吾が怒鳴っているような声が聞こえる。ついでに、咆哮は収まるところを知らず、ついには遼太の視界の端にその巨体を現した。その眼窩──眼窩の奥の目玉は確実に遼太達を捉えているだろう。
間違いなく、例の岩は『それ』の脳天に直撃していた。
「……気付かれたっぽい」
「え? 嘘……」
遼太は小声で凛に教えてやると、凛はか細い声で返してきた。
それと同時に、目の前の地面が弾けた。要らない爆音とともに、目の前の屋上が崩れ落ちる。
幸いにも、遼太達が屋上にいることしか確認できなかったからなのか、遼太達が居る地面は崩壊していなかったものの、これで完全に先は塞がれて、否、消し飛んでいてしまっていた。
陥没し陥穽と化した穴の前で凛が立ち止まる。
「……ど、どうしよう……」
──どっちにしろ、『あれ』を倒すには、この屋上を伝っていくのが必須なのだ。義手の瞬間移転も、もう使えない。結果的には、落ちたら負け……『あれ』の憤った今の状態から見るに、死は確実である。
「……」
どう考えてもこの穴は、常人が跳び越えられるものではない。ましてや、一女子高生が男を担いで跳べるようなものではない。いくら戦闘能力が常人を逸しているとはいえ、身体能力まで桁違いになるほどのものではないのだ。
穴を見つめる凛の瞳を見て、遼太は──決断を下した。
「あのさ……」
「……何?」
おずおずと切り出した遼太に凛が視線を向ける。
「コートのポケットから……中に入ってるものを取り出して欲しいんだけど……」
「今すぐ?」
校舎が揺れた。激震だ。突進でもかましたのだろうか。だとしたら、こうして立っていることは僥倖、すぐに地面に沈み始めるだろう。
「今すぐ……かなり急ぐかも」
「分かった」
凛は即答すると、躊躇なく遼太のコートのポケットに手を伸ばす。
「どっち?」
「──右かな」
「……ちょっと、取りづらい……」
右ポケット──右肩で担いでいるため、二人の体は密着していて、その状況で利き手ではない左手で中のものを取り出すのは相当難しい。それは遼太にも分かっているが、如何せん既に体の大半が脳の言うことをきかないので、彼女に任せるほかないのだ。
凛は身体を捩らせ、自分の左肩と遼太の右肩とのゆとりを作ると、コートのポケットに左手を突っ込んだ。──そして、その中にある物品に手が触れると、あからさまに嫌な顔をした。
「な、何これ…………」
「は、早くだしてっ」
甲高く細い声で音を上げる凛に、遼太は半ば焦って迅速を促す。
凛は蛙の脚を摘み上げるかのように、それを人差し指と親指で摘むと、恐る恐る引っ張り上げて──まだ蛙の方が何百倍もマシだったと痛感する。
真っ赤な目玉だった。
凛が悲鳴を上げたが、周囲の轟音に掻き消された。足元が酷く揺れる。
「ありがと」
遼太はそう簡潔に言うと、右手にその目玉を載せてもらう。そして、そのまま握り締めた。
「ど、どうしたの……それ……」
「わかんないけど、こいつがいつの間に仕舞っておいてくれたみたいで」
眼窩の奥に仕込まれていた、本命の目玉である。あの時、取り逃したと思っていたが、先ほど確かめたところ、ポケットに収まっていたのだった。凛が気付く今まで気付かなかったのは、何よりも幸いだったと思いたい。
唐突に屋上が傾き始めた。
最初はゆっくりだった傾きが、傾斜が増すごとに速さを増していく。このままでは、やがて地面に対して垂直、地面に叩きつけられる。
凛が今度は引きつった悲鳴を上げた。
バランスを保持する頼みの綱である靴と屋上の床の摩擦も、その接触面積を失いつつあり、やがて遼太がずるりと滑り始めた。遼太は目を瞠って、凛を見上げる。目玉を潰した右手は未だしめられたままだった。
凛は唇を噛んで、床を蹴る。
転がる瓦礫を躱しつつ、雪の無いスキーさながらに直滑降、右手の甲を床に押し付け踏ん張りを見せる遼太よりも下手にでると、すぐ真下に回った。
そして、ナイフを取り出すと、すぐに巨大化させ地面に突き立てる。
ギィーと金属の擦れる甲高い音が響き火花が飛び散る。
凛は目を眇めてその火花の向こうを見やると、サッと手を伸ばした。
その手に遼太の襟首が引っ掛かる。
その感触が腕に伝わったのと同時に、その剣を思い切り床に突き刺した。
ズガッとい、氷を裂いたような音。
俄かに重力からの采配から解放されて、勢いづいていたエネルギーを慣性が最大限まで使用し、体にガクンと凄まじい衝撃が走った。
凛は安堵しようと目を見開き、現実を見る。止まったのは、凛達の屋上での落下だけ。校舎自体の崩壊は止められるはずも無く。
すぐそこに地面が迫っていた。ついでに、毅然とした『それ』の姿も。
「あ……」
と、呟いた時にはもう遅く、地面と屋上はすぐに垂直に交わろうとしており──。
「ありがとっ」
遼太の礼が聞こえた。
それと同時に、世界が視界の淵へと落ちた。煩わしい程の、頬を書く風が耳を撫でていく。
「えっ……?」
と、思った時には既に凛の体は遼太の腕の中、その遼太の体は自由を掴んでいた。早い話が、二人は空を飛んでいた。
それを認識したと同時に、下から遅いくる轟音。校舎が完全に倒壊したらしい。
遼太は校舎の瓦解を一瞥すると、重力を感じ始めた。そのまま、抗うことなく素直に自由落下し、まだ安全な屋上へと着地する。丁度、屋上の倒壊が始まる直前に目指していた場所なのだが。
「え?」
再び同じ感動詞を、降ろしてあげた凛が呟いた。
「な、なんで……?」
そして、混乱気味に遼太を見上げる。その瞳は、典型的なまでも、動揺と困惑を醸し出していた。そんな澄んだ眼を見て、遼太は困惑顔になる。
「ご、ごめん、説明は移動しながらでお願い」
そう早口に言って、凛の腕を取ると屋上を蹴った。その数瞬後、その場所は支えを失ったように崩れ始める。
満身創痍だったはずの遼太は、今やすっかり傷が治ったばかりか、コートの損傷部分までが完璧に直っている。佐慧の能力も兼ね合わせているのか、と疑いたくなるほどだ。
「でもそうじゃなくって」
遼太がそう言った直後、地上で重いものが蹴散らされるような音がした。祥吾が『それ』を蹴り倒したのだろうか。
「一昨日の晩、あの初めてあいつらと遭った日なんだけど、その、<レッド>の討伐が終わった直後にこいつから聞いたんだけど──っと!」
高熱のエネルギー波が飛んできた。遼太は足首を捻り、足裏を爆発させて難なく躱す。凛がか細い悲鳴を上げる。──ちなみに、さっき降ろしたのはつかの間、すぐにまた腕に収められ夜の校舎の屋上を疾走中である。
「赤い目玉を代謝変換して、治癒に活用できるんだって。そんで、さっきのはあいつの一つ貰ってきて、こうして使ってみたんだけど……」
要は、目玉に込められたエネルギーを使って、体の傷を完全に修復できるというものだ。
正確にこの目玉の使用を心の中で内定したのは、腕が潰れた時だった。どの道、こんなボロボロの体で家に帰るなんて論外だし、病院に行ったところで何年入院生活を余儀なくされるか分かったものではない。今になって試行をしたのは、只単にタイミングが見当たらなかっただけだ。
「それじゃあ……さっさと止めを刺すか……」
一通り言い訳まがいの説明を終えると、遼太は真正面に向き直った。
管理棟は、敷地のど真ん中に、長さの違う長方形をクロスさせた十字の校舎である。それに管のように近辺の校舎に空中廊下接続されているのである。形式上では、管理棟を中心にするように抹消の校舎が繋がっている、と説明できるのだが、実際見てみると、そこまで単純ではないのが分かる。第一に、中央にあるべき管理棟が、サッカーコートと野球グラウンドと接しているところから、十分にその複雑さがはかり知れる。
遼太は屋上を一蹴して再び跳びあがる。滑らかな弧を描き、数多ある空中廊下の上に舞い降り、爆走を再開する。
視界をずらすと、周囲の景色と違和感のある巨体が目に入った。<レッド>だ。祥吾は上手く誘導できたらしい。
「竹中君は……、なんて言ってた?」
それを一瞥し、遼太は腕の中の凛に訊ねる。凛は口をぱくぱくさえて目を白黒させていたが、やがて我に帰ったかのように話し出した。
「平行にぶっ飛ばすのは無理だって……」
「……そっか。そんじゃ」
遼太は納得したようにそう呟くと──、空中廊下から校庭に向けて飛び降りた。
このふわりと浮かぶ感覚。体の自由が利かずに、何かに誘われるかのように、愚直に重力にしたがって落下していく、その現実離れした感覚には慣れてしまった。いまだにこの内臓が浮く不快感には慣れないが。
「ひゃっ…………」
凛が小さく叫ぶ。──よくよく考えてみると、彼女を抱えたのは初めてだった。佐慧に関しては、かなり嬉々としていたが、やはり彼女は異常だったのだろうか。
やがて、軽々と地面に着地すると、遼太は彼女を腕から降ろした。
「今から、もう一度僕がこの上に上る。そしたら、あいつを銃撃して注意を惹くから。そしたら……尻でも引っ叩いてやって」
「…………一人で大丈夫?」
凛にしては珍しい、弱々しい声。遼太はそんな彼女に頷いてみせる。
「大丈夫」
素足での回し蹴りが見事に頬を貫き、『それ』の体は惨めに地面に倒れ伏す。裸足なのは、靴の上から蹴りつけるより、こちらの方が遥かに効果的なのが分かったからである。
『それ』が間抜けに倒れたその時、凛が祥吾の名前を呼びながら走ってきた。
「……大丈夫だったか」
祥吾はやや冷や汗をかきながら訊ねる。──恐怖は相当なものだったのか、凛の顔は紅潮していた。壊すな、と命じられた直後にあの様だ。叱責の一つは覚悟していたのだが。
「だ、大丈夫……それよりも……」
息を切らした凛は、断続的にそう呻くように言うと、視線を祥吾から外した。祥吾もその視線を追って顔を向けると、そこには単身奔走する遼太の姿が。
「思いッきり引きつけて……私達が思いっきりぶつけるの」
「──結局そうなるのか」
祥吾は息をついて、遼太が校舎に飛び乗るのを見届ける。それと同時に、『それ』がのろのろと立ち上がってきた。
「……わ、私疲れたから、止めるのは竹中君お願い……」
見るからに疲弊している凛が、そう言うのを聞いて祥吾は顔を顰める。
「……マジでそれでいくのか?」
「だって、今更変更なんて──」
『それ』が咆えた。見ると、彼方から光線が飛んできて、『それ』の体に次々と突き刺さっている。
『それ』はその光線をものともせずに、それが飛んできた方向に向き直ると──身構えた。突進の全長だ。
祥吾は舌打ちすると、凛の頭をパシッと叩いて地面を蹴った。
身体強化が可能な祥吾が全力疾走をすれば、『それ』の突進をリードすることは容易い。祥吾が『それ』を追い抜いた数瞬後に、『それ』が突進を開始する。
今回、足払いは絶対にタブーである。先ほどの件で、既に学習済みだ。
とはいえ、あの突進を簡単に止められる訳ではない。軌道修正はできるが、そんなことをしたところで、必ず「当たらない」とは限らないのだから……。
祥吾は少し前に出て距離を作ると、間合いを見計らって靴裏を地面と擦らせ、速度を落として──、地面を思い切り蹴り飛ばした。
反動で体が宙に浮く。そして、思い切り脚を突き出した。
絶妙なタイミングで、『それ』の頭と足が衝突し、凄まじい衝撃が脚を襲った。尋常の一撃ではないがために、『それ』の体も突進の勢いを殺さぬまま横転し滑っていく。
だが、今回はそれだけでは終わらない。
祥吾は着地して、エネルギーを全て地面に逃がすと、再び地を蹴る。
一瞬で間を詰めると、未だ滑っている『それ』の頭頂部目掛けて──踵落しを喰らわせた。
バギッとよくない音がして、『それ』の体の運動に歯止めがかかった。
「どいてーっ!!」
凛の叫びが聞こえて、祥吾がそちらを見やると、巨大な剣(昨日遼太を救ったものよりはかなり小さめだが)を担いだ凛が走って着ているのが見えて、慌てて飛びずさる。
それを確認した凛は、思い切り振りかぶって、その刃身を『それ』の尻に叩きつけた。
グワンッ、と高速道路での自動車事故の瞬間のような音が響き、『それ』が飛んだ。
爆発に煽られたフィギュアの様に、『それ』は地面を離れ空を引き裂き「それ」に向けて加速していく。
そして──爆ぜた。
『それ』の放つ熱波よりも具体的な、きちんとした化学式が成り立つ(熱波にも成り立つのだろうが、詳細の原理を知るものは居ない)大爆発。
一瞬で生じた、映画でもめったに見ない爆発を目の前に、鼓膜は限界まで震えて耳鳴りが起き、顔などの露出している部分は焼けそうな程熱く感じる。映像で見るのとでは、あまりにそのインパクトに雲泥の差があった。
そして、その爆発の中心となった『それ』は──血肉と化したのは間違いないだろう。爆発に巻き込まれたのは間違いない。部長の言っていることは正しかったようだ。
祥吾は顔を腕で隠してその熱波から顔を庇い、ついでに凛の方に向き直ると、凛は横に巨大剣を置いて尻餅を付き呆然とその光景を眺めていた。
「……派手な花火だ」
祥吾が毒づくようにそう呟くと同時、隣に何かが落ちてきた。その落下速度からして、ある程度重い音がしてもいいと思ったのだが、したのは軽い音。
祥吾が視線を向けると、その何かは遼太だった。あの爆発から逃れるためにダイブし、その衝撃を前転で抹殺したらしい。
「お疲れ」
「ん……どうも……」
祥吾が声を掛けると、遼太は立ち上がってそう返してきた。
そんな二人の傍らに、プレートの様なものが落ちてくる。もと、その建物に貼ってあったものらしかった。
そこには無骨な活字で、『中枢管理棟』とだけ、書かれていた。
なんと二日で上げることができました……疲れました。ごめんなさい。。 なんか毎回謝ってる……?
忘れがちですが、まだまだ受験が終わりません。戦いは続きます……。
感想、めっちゃ待ってます……感想もらえると、ズバズバ進むのは実証済みなので、是非ともしていただけると、ありがたいです。




