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無機質な満身創痍

 ──遭遇者の死。

 遼太の脳内でその文字が点滅したとき、『それ』が口を開いて何かを吐き出してきた。

 岩だ。二トントラックに匹敵するそれが、本気で吐き出されたらしいそれは恐ろしい速度で遼太との間を詰めてきた。

 とはいっても、炎を模したエネルギー弾でさえ躱した遼太である。実体の混じった岩を避けるのは、動作も無い。すぐに横に跳んで避ける。

 そして、岩はそのまま誰も居ない地面を叩くと、粉々に砕け散った。

 それを見届けてから、視線を戻すと『それ』が突進に入っていた。地球の物理法則を完全に無視したような、恐ろしい加速に速度。──身体の全てが頑丈な金属であんな機敏な動きはできまい。

 そして、その状態を維持したまま頭を垂れるように突進してくる。

 だが、その攻撃の矛先は遼太ではなく、粉々に割れた岩の方向だった。

 いくら粉々だとはいっても、それなりの大きさがある。それらが散乱している地帯に、『それ』が突撃してきたのだ。そして、半ば自棄気味にそれらの破片を手当たり次第周囲に蹴散らす。

 岩を初めて発露させたときとは比肩できないほどの速度の飛礫が、幻の三百六十度発砲可能散弾銃を暴発させた様に周囲に四散する。

 正に意表を衝いた頭脳プレイに、遼太は愕然としながらも、慌てて回避を試みる──が、流石に無理があった。ただでさえ、片腕に集中しなければならないのに、至近距離で撃たれたショットガンの弾を無傷で回避などできるわけがない。運がよければ無傷だろうが、実力での回避は不可能と言ってもいいだろう。

 そんなことを本能で承知しつつも、遼太は脚を曲げて一気に伸ばした。ぼぅっと突っ立って、そのまま簡単にやられるのはカカシの仕事だ。

 宙に身体を預けた瞬間に、全身に強い衝撃が走った。その衝撃に同意を示すかのように、身体に熱が奔走し始める。──このコートは普通の九ミリ弾なら着用者に一切被害が及ばない、と部長が自慢げに話していたが、そんな宣伝文句などあっさりと覆られてしまうほどの威力だ。 

 唐突に訪れ襲撃により、空中でのバランスを失って肩から地面に落ちた。そこまで高く飛んでいなかったのが幸いし、そこまで大きな衝撃は無い。

 だが、それと併発して体の各所に焼けるような痛みが広がった。飛礫の威力は四十五口径の拳銃から弾き出された九ミリ弾丸の威力を遥かに凌駕したものだった。軽々とコートを貫き衣服を貫き皮膚を抉り、神経に甚大な混沌を齎す。血液のぬっとりとした感覚が服の中で広がる。顔に命中しなかったのは奇跡としかいいようがない。

 痛みに苦悶しつつ、視線を上げると、『それ』がこちらに存在しない視線を遼太にぶつけてきていた。その一瞬の後、地面を蹴り奔走を開始する。

 遼太はその敏さに瞠目するものの、咄嗟の判断で腕に全気力を注ぎ込み、地面に全身を密着させていた体勢から打って変わって、パチンコの要領で腕をゴム代わりに跳んだ。

 上手く靴底が地面と平行になった。すぐ後ろを『それ』が突進して通過していく。

 安穏に安堵するのも刹那、遼太はとあることに気づいた。

 右脚が全く動かない。

 片脚での着地を試みるものの、少し遅すぎた。流れていく地面に左脚を絡ませると、苦痛と重力が同時に襲ってきて、そのまま勢いで前のめりに倒れ伏す。

 土の味を噛みしめ、遼太はようやく自分の置かれた状況に気づいた。

 攻撃はほとんど効かない。そのくせ、相手の攻撃は反則的に強い。応援も来ない。生殺与奪がかかっているとはいえ、いくらなんでもアンフェア過ぎる。

 仰向けになって半身を起こすと、遠くで『それ』が身構えていた。この行動が不自由なタイミングを衝けば、あっさり自分など死んでしまうだろう。

 凛は例のナイフを義手と同種と言っていた。なんらかの意思表示もできると言っていた。

 となれば、凛がこの場にいたとしても、状況はあまり変わらない。むしろ、彼女に及ぶ危険は計り知れないものになっていただろう。あれだけの知能があるのだから、遼太の陽動も効果は見込めなかっただろう。

 遼太は銃身となっている右腕を見た。自分が死んだら、この義手はどうなるのだろう。

 凛と邂逅したとき、この義手は切り離され、再び接合された。それでも、全く問題なく今も作動している。となると、主である遼太が死んでも、これは問題ないのだろうか。

 だとしたら、さっき義手が遼太のみをここに赴かせたのは、遼太を捨て駒と見たからなのか。

 ──だが、今までの見聞によれば、この義手は<レッド>からしてみれば、とんでもなく大きな宝物らしい。

 周囲に回収要員がいない今、遼太が死んで義手のみ残ったとしても、そのまま手を拱いている『あれ』に回収されてしまうのではないか。それでも構わないのであれば、最初からこの義手は協力などしなかったはずだ……。

 様々な考えから疑懼が生じ、それらがぶつかり合っては更に大きな疑問を紡ぎ出していく。

 そして、それらの疑問を弁えるのには、遼太にはまだこの出来事に首を突っ込んでからの日が浅すぎたのだった。

 『それ』は揶揄するかのように、狼狽える遼太を暗い眼窩で睥睨していたが、やがて口を開いた。

 止めにかかるらしい。口を開いた。──先ほどと比べて、随分と小さく。

 遼太の本能はそれを見逃さなかった。数多の思考に押しつぶされながらも、自分の指名はきちんと弁えている。

 真意なんて、これの二の次だ……。

 纏わりついた砂を蹴散らすように右腕を振り上げると、その小さく開いた口腔に向けて、凝縮されたエネルギーを解放した。

 ──エネルギーの流れは速かった。音速を凌駕し、光にも劣らずともの速さ。

 缶ほどの太さの光線を主軸とし、その周囲に集るように細い何かが螺旋を描いている。

 そして、その組織が一直線に寸分の狂いも無く『それ』の口へと飛び込んでいった。

 『それ』は驚いたように身体を捩った。そのまま、エネルギー光線の照準から逃れようと身体をねじらせる。口から逸れた光線は『それ』の体に直撃し、凝縮された上から更に圧縮されていたエネルギーが弾けた。

 外皮を剥ぐことはできなかったものの、相当の影響を与えることができたようだ。

 『それ』は口から黒煙を燻らせながら、バランスを崩して倒れた。それから、ひっくり返った亀の様にじたばたと暴れている。どうやらその体は、きちんと起立している前提で構成されているらしい。

 遼太はその隙に動かない脚を庇うように立ち上がると、左脚を酷使し、瓦解した高校校舎を迂回するように隣の野球グラウンドに逃げ込んだ。

 体中が針を刺すように痛い。実際のところ、針以上に厄介なものがめり込んでいるのであろうが。

 中ほどまでたどり着いて、一息ついていると、身体をかき混ぜられるような違和感が全身を襲った。そして、銃身となった腕から無数の飛礫が排出されてきた。

「……こんなに……」

 その数の多さに、遼太は愕然とする。これほどの数の岩の粒が、体内を巡っていたというのか……全身が粟立つ話である。

 体内の異物を排斥したからといって、損害が完治したわけではない。裂けた皮膚はいまだ開いたままだし、脚だって正常な反応をしない。

 遼太が再三、自分がかなり劣勢だということを思ったその時、瓦礫と化していた高校第一棟を蹴散らすように、『それ』が突進してきた。その威圧に慄いた大気が容赦なく振動し、頬をビリビリと撫でる。遼太はそれを見て、目を眇めた。岩の排出が間に合っただけ僥倖である。

 遼太は左脚で跳ねてその突進と瓦礫を躱す。そのニ、三秒のタイムラグの後、『それ』が遼太の居た位置を駆け抜けていった。相変わらずのことだが風圧がすごい。

 遼太はその後姿を眺めて、唾を飲んだ。

 『それ』は突進の勢いを殺さずに、バスケットコートのあたりまで走っていくと、ゴールのネットが備わった板をおもむろに掴み、フェンスから剥がすと遼太に向かって投擲してきた。

 力任せに投げたブーメランのように、首を易々と刎ねることができそうな回転の様態のそれを遼太は再び横に跳んで避ける。空を切ったそれは、躊躇せずに管理棟に衝突して煙を撒き散らす。

 続けざまに、高熱のエネルギーの塊が連続して飛んできた。どうにも休ませる気はないらしい。こちらが右脚を傷つけていることを知っているのだろうか。

 速度が増した。半ば転がるようにひたすら遼太は回避に徹する。

 エネルギー弾はほとんど効果が無かったようだ。先ほどと点で変わらなく動き回っている。

 口腔も駄目なら外皮も通じる筈も無い。だとすれば──

 熱塊を躱しながら、銃身を変形させ始める。

 動くたび服が擦れて傷が抉られ、刺すような痛みが全身を包んでいく。きっと、今着ている服を脱いだら、血祭りになっていることだろう。

 凝縮し展開した義手は、本来の五本指の形態へと戻っていた。力押しが駄目ならば、人間らしく知性的な策を講じるに限る。鶴嘴が使えればよかったのだが、生憎とこの義手はそこまで万能ではない。

 右脚が軋みをあげる。模擬炎は手加減という言葉を知らないようで、経済的な雨の様に次々とその猛威を見せ付けてくる。先ほどよりも威力が増しているらしく、着弾した地面はクレーターと化していた。

 遼太は悟った。本気だ。本気で仕留めにかかっている。

 よろけつつも何とか炎を躱すと、遼太は『それ』の頭部を一瞥した。無感情な眼窩が遼太を睥睨している。そこから流れ出る眼漿のような液体の流れも既に止まっている。

 もう一回そこを突いてみる。剣ではなく、指で。この義手の、本来在るべき姿で。

 すぐ近くで着弾。次の攻撃はもう避けられないだろう。

 脚で高温を感じてそう直感しつつ、左足を駈って『それ』に向けて今度はこっちから突進していった。

 とはいっても、片方の脚が使えない身である。すぐにバランスを失って地面に倒れ伏す。

 だが遼太はすぐに機転を利かせて腕の筋力を行使した。横に転がるようにして受身を取ると、すぐに立ち上がる。その刹那後、すぐ左手に着弾による熱波が発生した。自分のものである左手が高温にじりじりと悲鳴を上げる。

 『それ』はすぐそこに居る。揶揄するような虚構の視線をこちらに向けて、周囲を飛び回る蝿に審判を下すべく最後の吐息を吐き出そうとしている。

 遼太は顔を引き締めると、疲弊しきっている左脚に命令を撃ち込んだ。

 跳べ、高く。



「出ませんでしたね……」

 佐慧は暗い校舎を寂しそうな瞳で見上げて言った。すぐ隣に居る部長は押し黙っている。

 その言葉の通り、今夜涼属高校に<レッド>は現れなかった。

「──」

 部長は寡黙を守りつづけたまま。

 冷たい夜風が吹き込み佐慧の髪をでたらめにかき混ぜる。暴れる髪を押さえつけながら、佐慧は部長のその無骨で見えない横顔を見やった。

 現場でもその破天荒な姿勢を崩さないのは、常に何かを隠しているからなのではないか、と佐慧は思ったことがある。その何かがそれではないか、と察しがつく見通しは無いのだが。

 この人物との邂逅は唐突だった。

 いつも通りの高校生活を終えて帰ろうとしたところに彼が現れ、その奇天烈な言葉に目を白黒させている間にあっという間にあの部室に連れて行かれたのだ。

 そこには既に全員──遼太を除いた全員が揃っていた。皆一同に戸惑いの色を隠せていなかったのはよく覚えている。

 それからそろそろ半年近く経つが、この部長について分かったことは男であることと、この学校の関係者ではないということだけだ。それだけ、身の上の隠蔽に徹しているのだ。

 そんな謎だらけな割には、佐慧は部長のことを信頼しきっていた。何分、彼の言葉に一切の偽りはない。嘘をつかれた記憶がない。無茶苦茶な言動の中には、自分たちのことを慮ってくれているようなフレーズが数多も含まれていた……気がした。

 それだけに、この結果は重かったのだ。<レッド>がこの敷地内に現れないという結果が。

「もしや少佐は」

 不意に部長が口を開いた。

「私が誰なのか分かってるのか?」

「──いえ」

 佐慧は意図を模索するように答えた。それを聞いて部長は鼻を鳴らす。

「ならばいい」

「──」

 考えたことはある。だが、数少ない情報から彼の素性を明らかにするには難しすぎた。

 そもそも、何故、部外者である彼が部活を作っても生徒会があれこれ言ってこないのかが不思議でならないのだ。

 涼属高校の生徒会の権力は新入教師を凌駕するほどである。それらの勢力を押し退けて、部活を設立、しかも正式の部活に仕立て上げるなんて、普通の人間にはできっこないのだ。

 ──ふと気がつくと、部長が隣から居なくなっていた。

 少し驚いてから周囲を見渡すと、部長は校舎に向かって歩いているのが見える。

「部長……!」

 佐慧は慌ててその背中に追いつくと、声をかけた。部長は止まりこそはしたが、振り向きはしない。

「応援に行くんですか?」

「何処にだね」

「……彼らの処に」

「──不安ではある」

 そう苦々しく呟くと、部長は吸い込まれそうな程の黒々とした空を見上げた。一等星がちらほらと輝いているだけの空。人間の懐疑を具現し、その色を反映しているかのようだ。

「一体、あの義手は何なんですか?」

 佐慧はその無機質な後頭部を凝視して訊いた。すると、部長は大仰そうに両手を広げてみせる。

「昨日一昨日と、彼奴は戦闘をした。昨日に関しては、我々にその目覚しい戦闘能力を見せ付けてくれた。そして、今日、ここに奴らは現れなかった」

 ──見せ付けるというよりは、彼には何度も助けられた。あの常人外れの身体能力に、自在に変形する右腕。かつて無い、反則に近い能力である。

「これらから推測できるのは、<レッド>の活動目的が明瞭になったということだ」

「……義手の、確保ですか?」

 肯定という意なのか、部長が腕を降ろす。

「奴らにとって、あの義手が何の価値に値するかはわからないが、それが昨今の目的であることは間違いない。だとしたら、奴らがこの敷地以外に存在する理由も分かる」

「……」

「確実に、例の敷地では<レッド>が発生している」

 別に愕然とすることでもない。薄々察しはついていた。

 毅然として構える佐慧に、部長は尚も言葉を繋ぐ。

「中途半端に実力の有る者を持ち込んでは負け、数で圧しても負け、それならば人員を割かせ強敵を送り込むのが一番効率的だと悟ったのだろう。何が<レッド>を動かしているのかは知らないが、そういった考えが動いていることは確かだ」

「……それで、応援には行かないんですか?」

 その言葉で、くるりと部長は佐慧の方に向き直った。

「応援? 私が行ったところでどうにもなるまい」

「何故です?」

「<レッド>は策が稚拙であろうと、学習能力は著しいものを持っている。そして、<レッド>には数多の種類がある。単純に硬いもの、大量生殖が可能なもの、強力な攻撃を持っているもの……とだ。そして、私が見た中で一番厄介だったのは、無機物での攻撃が通用しないものだ」

 ──無機物での攻撃が通用しない。凛のナイフも遼太の義手も無機物である。

「私なら、こういった状況を作り上げて……そうだ、不確定な存在を匂わせておき、力を分散した上で、こういったタチの悪い特製の<レッド>を持ち込むだろう」

「……通用しない? 効果が無い……?」

「通用しない。全くをもって効果が無いわけではない。有機物は様々な変貌を遂げる可能性をもち合わせていて、その形態の種類は神を以ってしても把握は不可能だろう。だが、無機物はあくまで無機物だ。宇宙に浮いている無機物には限りはある。自律しないからな。だから、それらの無機物の種類を網羅し、その全てへの対処法を編み出せば、そんな体を作ることは不可能ではあるまい」

「……でも、それじゃあ…………」

 佐慧は狼狽の色を露わにし、何かを危惧したかのようにか細い声を漏らした。それを見て部長は、指を立てる。

「まだ全ての可能性が却下されたわけではない。まだ彼奴らにはとっておきの切り札が残っている筈だ」




私立合格通知を手に、きゃーきゃー喜んでたら、前のアップよりまた一週間過ぎてしまった……orz  なんとも怠惰な一週間を過ごしたものです。申し訳ない。

一応、完結に向けて急加速をしているんですが、これでもまだ佳境に入りません。ちょっと芋虫に時間掛けすぎたっぽいです。

結末は一応、決まってはいるものの、下手したら酷くグダグダになりそうです……が、最後までお付き合いいただけたら、と思います。


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