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偽りの眼球

 一歩動くたびに地面が酷く揺れ、足がもつれる。別に楽観的に『それ』を見ていたわけではないが、それでもこの相性の悪さは異常だった。

 一度(ひとたび)接近すれば、水が一瞬で蒸発しそうな振幅数で大気を震撼させてくる。

 無論、そんなところに突っ込んでいってはひとたまりもないので、遼太は反射的に後退。すると、すぐにその熱波は無くなり、すぐさま得体の知れないエネルギー弾が飛来してくる。

 遼太は咄嗟にそれを躱すと、今度はその巨体を行使させて急接近してきて、その禍々しく彎曲した爪で遼太の喉笛を引きちぎろうとその腕を振り上げてきた。エネルギー弾を躱すために伸ばした脚をねじると、そのまま相手の懐に潜り込むようにその身体を浮かせた。

 振るわれた爪は空を薙ぎ、遼太の体は四つんばいになっている『それ』の下部に滑り込んだ。

 常人ならとっくに攣っているであろう足の捌き方でそれら一連の行動をこなすと、予め変形させておいた右腕を振り上げる。

 風圧だけでスイカを木っ端微塵にできそうな威力でその腹に剣を突き立てた。

 そんな、空を引き裂く快感も刹那、グワァン、と岩を叩いたような、あまり直に聞きたくない音が響く。

 斬った方も斬られた方も無傷だった。どちらも恐ろしい程の硬度を誇っている。

 迎撃が飛び込んできそうだったので、遼太はすぐさま体の下から脱走する。その経緯で、脚を素早く切り刻んで見たが、効果は皆無、鈍い音だけを散らして消えた。

 先ほどからずっとこんな感じだ。

 遼太はなんとかそのプロセスをこなせているが、これは身体強化あってのものである。それの無い、凛がこの場に立ち合わせていたら、と思うと遼太は戦慄する。

 コートの端が焦げているのは、最初無計画に突っ込んだとき、熱波をもろに受けたときのものである。インパルスの反射能力が無ければ、今ごろ校庭の砂となっていただろう。

「……接近戦は無謀、か」

 そう察し、遼太は右腕の変形にかかる。

 どういう経過を辿ったのかは見たくないが、数秒後、その右腕は銃身へと変貌と遂げていた。

 弱点は<レッド>総じて目である。部長の教訓を受けたのは十時間ほど前だ。

 非常識の存在であっても、宇宙のルールに縛られている以上、エネルギー源の存在は必要不可欠であり、その重要な役割を<レッド>は全内臓に次いで最重要器官である眼球に委託したらしい。

 昨晩実感した通り、その目玉の硬度は相当なものだ。これは眼球にそれだけの硬度があるわけではなく、その内部に篭ったエネルギーの奔流によって剣刃が受け止められてしまったのだとか。

 だから、剣は傷つけ弱らせるためのもの、銃は止めの浄化に使う。

 ──遼太は右腕が銃身になったことを確認すると、充填を開始しつつ『それ』を見据えた。

 外見が大きいので、動きも緩慢だと思いがちだが、それは常識的な見解だ。あくまで<レッド>は『宇宙における常識的範囲外生物』──簡単にいえば、『化け物』。所詮人間の常識など、宇宙規模で考えれば創造主の爪垢にも匹敵しない。

 こちらが遠距離メインに作戦変更したことを悟ったのか、チーターを凌駕する速度で遼太に向かってきた。形式はドラゴンなのに、二本足で立って、ズドドドドドドド……と。

 どこかのギャグ漫画のような効果音がピッタリなその容姿だが、威圧感を揃えるとその禍々しさというものは桁違いになる。

 充填に気を配りつつ、遼太は横に転がった。

 その靴底の先一メートルをダンプカーが有機化したような個体が猪突猛進していく。

 そして、校舎に派手に激突した。

 派手に瓦礫をばら撒きながら、校舎にその頭をめりめりと食い込ませていく。攻撃が速いだけ、その反動もそれなりに大きかったようだ。

 その校舎に及んだ被害に眩暈を覚えつつ、遼太は転がった反動でそのまま立ち上がった。

 そろそろ右腕の充填も最大値まで溜まる。

 問題は、何処に撃ちこむか、なのだが。

 弱点は目玉、と言われてはいるものの、あの巨体にそんなものは見当たらないのだ。

 確かに、頭部には赤い球体が嵌っていた。燦然と輝いていた。剣呑な光を湛えたそれは、確実に機能し、遼太を視界内に捕捉していた。

 もちろん、遼太も享受したことは利用した。

 そもそも、あれはここまで動きは機敏でなかった。足を怪我した乳牛を連想させるような鈍重さを、見せつけるようにしていた。

 動きが常識の範疇に収まったことに安堵しつつ、遼太は訓えどおりにその眼球にその剣を突き立てたのだが──それも一時の杞憂のようで、今ではただのパフォーマンスだったのではないかと疑える。

 弱体化どころか桁違いに強化されている。もはや、種類が別になったとしか思えない。

 一応、両目は潰れているのだが、全く頓着していない様子で、反則気味にも感じられるほど遼太にピンポイントの攻撃を加えてきているのだ。

 それなら、まだ目玉が残っていると考えるのが定石である。

 『それ』は校舎を発泡スチロールの様に砕きながら振り向いた。そこに校舎は実在しなくて、崩れていくその光景は、巧妙に見せられた虚像だと言われても納得しかねないほど円滑な動きで。

 この動きにより、高校第一棟は見た目通り半壊──機能の上では、全壊してしまった。

 無論、『それ』はもとから無かったかのように、残骸である瓦礫を尻尾であしらうと、遼太に向けて追撃しようと突進してくる。

 無計画にも思えるその行動だが、それは常識的に考えてのことであるのだが。

 『それ』は遼太の寸前、二メートルほどの位置で全てのエネルギー法則を無視して、その巨体を支える二本足でブレーキをかけた。四十キロ弱は出ていたであろうが、その制動距離は数センチも無く、多少ともの砂埃を舞い上げながら、その前足に生えた爪を振り上げてくる。

 爪が醸し出す風圧を感じながら、遼太はなんとか後退してその一撃を躱した。

 そのまま、その勢いに乗って『それ』との距離を一気に取る。至近での射撃も良かったが、効果が無かったときのリスクを考えると、距離があったほうが好ましかったのだ。

 常人離れした脚力で校庭の端あたりまで跳ぶと、空を切った爪を元の位置に戻し、こちらへの突進を試みようとしている『それ』に銃口を向けた。

 解放。

 幾千もの光線が螺旋を成して一筋の光を形成し、『それ』一直線に突っ込んでいく。

 そして、『それ』を爆心に爆ぜた。

 時空が歪むのではないかと思えるほどの熱量と光。それが包み込むように爆心を彷徨する。

 遼太は右腕を見下ろした。右腕は依然、銃身の形でそこにある。

 明らかに昨晩とは異質なものだった。あそこまで強力だなんて聞いていないし、ましてや余蘊として散乱したエネルギーまで丁寧にターゲットに注ぎ込むとは──。

 成長している……と受け取って良いのだろうか。

 永遠とも思える時間の果て、巻き起こった煙が鎮まってきた。利きにくかった視界が明瞭になる。

 それと同時にビルに電車が突撃したかのような咆哮。

 『それ』はまだそこに佇んでいた。咆えているということは、多少なりともダメージは与えたのだろう──だが、外傷はほとんど無い。眼窩もそのままである。

 やがて『それ』は咆えるのを止めると、首を降ろして地面と平行にし、口を開いてその口腔を遼太に向けた。いわゆる、「炎を吐く」ような体勢である。

 いくら常識範囲外の生命体だったとしても、流石にその姿勢になってしまえば、することは一つ。

 期待通り、炎を吐いた。

 実際は炎ではない、観測不能のエネルギーの集結体なのだろうが、その効果と様態は炎のそれに違いなかった。非常識というてんを挙げれば、燃えている物質が無いのに、燃焼を続けているという点であろうか。もともと炎ではないから、それも容易に頷けるが。

 なんとなく訝りながらも、遼太は横に跳んでそれを避ける。炎を模したそれは空を切って校庭周辺に繁茂している雑草達に火を齎した。瞬く間に高温に身を蝕まれ、融けて消えていく。

 もちろん、それだけで攻撃は止まることは無い。

 当たったら即気体として空に霧散してしまいそうな程のエネルギーを持ち合わせた塊が次々と押し寄せてくる。

 それらを全て躱しながら遼太は新たに充填を始める。

 なんとなく、その炎を吐き出している『それ』を見て、思い立ったことがある。よくこういったドラゴン──体が異常に硬い生物に関して、ほとんどの物語は内部が柔いといっては、口腔を攻撃して撃退している。

 彼らが宇宙の存在を享受してどれほどの時間が経ったかしらないが、ここに在るということはそれなりに宇宙の常識に溶け込んだのだろう。いくら非常識であるからといって、全身がガチガチの硬さを持っていてここまで機敏な動きを見せるのはありえない。

 一昨日の<レッド>が敏捷に、昨晩の<レッド>が体力に特化しているのであれば、今日の<レッド>は『力』だろう。

 効率を一切無視した、力押しのその戦闘スタイル。それに伴う必要があるのは、強固な肉体だ。これは宇宙という前提が無くとも必須なのではないか。

 しかし、効率化を無視するとはいえど、体が重くては当てられる攻撃も命中させることも困難になる。

 それならば、外側を恐ろしく頑丈にすればいい。単純だが、効率的だ。

 先ほど腹部を斬った(刺した)時の感覚を思い出す。

 グワァン、という音に、鈍い感触。

 首がこちらを向いた。口は先ほどから間抜けに開かれたままだ。おまけに、連射速度はそこまで速くはない。

 右腕にはまだ満タンまで充填されていないが、それでも車を吹っ飛ばすことはできるだけのエネルギーが溜まっている。外部に当ててあれだけの影響だ、内部に撃ち込んで咆哮で済むとは到底思えない。

 遼太は即決し、迫りくる高熱の飛来物を躱して、ぽかんと開いた口にエネルギーを放出させた。

 先ほどと同じように、パフォーマンスの入った光線が腕から伸び、吸い込まれるように『それ』の口内に滑り込んでいく。──思ったより、その光線の量は少なかったが。

 『それ』は驚いたように口を閉じると、おもむろに後ろ足で立ち上がった。餌を欲す犬の様に、惨憺とした眼窩で虚空を見つめて。

 そのまま、頭が破裂すれば──と遼太は願ったが、そんな迂闊な願いは届かず。

 上を向いていた首が静かに遼太に向いた。

 そして──口の端を吊り上げ、笑った。無機質に。人間らしい動作だったが、歯は持っていないようで、それが尚人間から遠くかけ離れた存在だということを誇示している様だった。

 そのおぞましさといったら、大地震に遭遇したそれに似ている。遼太の背筋に厭な悪寒が走り抜けていき、皮膚が粟立った。

 何がしたかったのか定かではないが、『それ』は気味の悪い一笑だけすると、浮いていた前足を地面に降ろした。震度三と誤観測されそうな揺れが起こる。

 そして、間髪入れずに突進してきた。

 遼太は意味不明な行動に唖然としていたものの、その行動はパターンに嵌っていたので、既に慣れきっている。

 転がるまでもなく、そのまま脚を反撥させて横に跳ぶ。

 遼太の後方、学校の敷地を示すフェンスに突っ込んでいくその巨体を横目で見て、ヒヤリとしたが、学校外に出る事に執着は無いのか、フェンスを破壊するでもなくその寸前で立ち止まった。すぐにくるりと遼太の方を向く。

 凛によると、<レッド>の潜伏が観測されたのは、今回が初めてらしい。とはいっても、凛が創設時からここに居たという話も聞いていないし、実際のところ、初めてではないのかも知れないが──。

 不可解だ。

 何故、潜伏する必要があった? 外界を望むのであれば、どうして今の突進の拍子に出て行かなかった? そもそも、何故、数多ある場所の中で、眞夏高校を選んだ? 気まぐれという、曖昧模糊な感情が<レッド>に存在するというのか?

 笑みの理由は? どうやって、そんな高等な技術を身に付けた? 感情が芽生えたとでも……?

 もはや、体内への衝撃による効果が見込めなかったことなど問題ではなかった。不可解な点が多すぎた。

 そもそも、部長の説明だけでは<レッド>に関する全ての範囲に光が当てられてないのだ。

 宇宙外に生命が存在する可能性を否定することは、そのことに関して浅学の身である遼太には無理だ。そもそも、彼の行っていたことを全て呑み込むには相当の労力を必要とするのだ。いまだ納得していない件もある。

 その一つが、この義手である。

 遼太には右腕を外されて、義手を新たに代えさせられた記憶は無かった。両親だって健全そのものだったし、佐貫家の家系だってそこまで大したものではない。平々凡々なものだ。

 もしかしたら、凛と初対面の時に刈り取られた腕が、本当は義手ではなく遼太のものであって、新たに付け替えられた腕がその義手だったのではないか。痛みがなかったのも、単に神経系が切断されたからだったのかもしれない。

 ──とすると、どうして彼女は遼太を選んだのだろうか。

 適当に選んだのだとしたら、適当すぎる。相当『中世武器研究会』は義手の持ち主探しを急いでやったに違いない。

 それとも、適性云々があったのだろうか。

 ──再び突進してきた。思考の奔流を一時止め、回避に徹する。

 遼太に思考のゆとりを持たせるかのような、緩慢な突進だった。これなら、身体強化をせずとも躱すのは容易いだろう。

 と、そこで、あるセリフが思い起こされた。

『……あなた、<レッド>じゃないの?』

 邂逅し、開口一番に行ったのがその言葉だった。

 今ならその驚愕の意図も察すことが出来る。

 この義手が<レッド>の存在を察知することができるのであれば、彼女のナイフも同様だろう。実際に、遼太の腕を切り取ったのはそのナイフだ。

 となると、そのセリフと情報から吟味すると、この義手は<レッド>だということになる。

 部長の話口調から言うと、<レッド>とは宇宙外来生命体全般のことを指すようだ。それならば、この義手に反応を示してもおかしくは無い。仮にでも、宇宙と外空間のパイプを閉鎖する役割を持っていたのだ。

 ──となると、遼太の右腕は切り取られる以前から義手だったのだ。あんなセリフ、咄嗟に思いつけるはずもないし、予め決められていたものだったとしても、あそこまで神妙な演技はできないだろう。

 再び突進してきた。動作無く躱す。

 それによって、再び意識が現実に向いた。『こいつ』の不可解な笑みによって、思考の渦に巻き込まれてしまった。油断ならない。

 しかし、さっきからこればっかりしているが、何がしたいのだろうか。満タンの砲撃を喰らったら咆え、中途半端な砲撃を口に喰らったらにっこり。美味かったのだろうか。

 遼太はもう一度充填を開始した。先ほどは中途半端だったから、今もケロっとしているのかもしれない。

 それで少しは怖気づくかと思われたが、全くそんな素振りも見せず、『それ』はひたすら突進を続けてきていた。

 そんな節、八分目まで溜まったあたりだろうか。

 『それ』が校舎に突っ込みかけたのをヒヤリとしてみていたのだが──、そこでようやく思い出した。

 詰め警備員の巡回が始まる。

 もうとっくに十分など経っているだろう。それならば、もうとっくに警備員の巡回は始まっている筈だ。

 これらの突進は全て時間稼ぎだったのか。貴様の攻撃は全て受け付けない、という教示のために、わざわざ剣を体に付き立て、エネルギー弾を呑み込んでニヤリと笑ってみせたのか。

 『こいつ』は、一般人が自分の姿を目撃するのを『中世武器研究会』が恐れているのを知っている。そして、それを逆手にとるだけの知性がある。

 目玉もダミーだった。攻撃は単調とはいえ、先ほどから全くキレも落ちていない。体力は無尽蔵か。

 だが生憎と、遼太は『中世武器研究会』ではない。あくまで一個人に過ぎない。ただ義手を宿されたゆえん、活動に加えられているだけだ。──まぁ、正式には部員として登録されてしまったわけだが。

 だから、別に部長の意思に則る必要は無い。

 どうせ、全て目撃されようが、異物を排斥してその他を元通りにすれば、単なる夢だと思えるのが常人である。深夜なら尚更だ。集団幻覚という、便利な口実も存在する。

 どうせあの部長だって弁えているはずだ。放逐するほうが、よっぽど危険だということを。

 最大まで溜まった。血液が最大まで流れているような、激しい脈動を感じる。

 ──部長が恐れているのは、もっと他のことだ。


えぇー……遅れてすみませんでしたorz 本当に申し訳ない……。いろいろとごたごたしてたもんで。

なんと、明日、私立高校受験です。結構燃えてます。キットカット二本食べました。燃えてます。というわけで、今日は早く寝ます。

とはいっても、明日終わってもまだまだ終わらないんですよね……。最中は嫌なことでも、終わってしまえば過去のものです。「懐かしいな、あっはっは」とか高笑いしている未来の自分を嫌悪しつつ、今日もこうして頑張ってる……のか?

さて。いつもたくさんの人が見てくれているようで、嬉しいです。

次がいつ発表になるかわかりませんが、そのときまでどうかご勘弁を……。

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