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吶喊と慟哭

「愚かな」

 部長と校庭で合流し、開口一番にそう言った。遼太は責を感じて縮こまる。

「──すいません」

「いや、貴様のことではない。奴だ」

 部長はそう言うと、『奴』が逃げていった穴の跡を見た。素人が作った落とし穴の様な違和感があるだけで、穴はもう塞がっている。

「腹を穿たれ目を抉られ、存命危機的状況に置かれたのにも関わらず、傷に石垣の塩を塗りこむような行為に走るとは、度し難いな」

「……石垣の塩、ですか?」

「博多の塩でも構わん」

 部長は大儀そうに遼太に応えると、木製と思しき筒を校庭に落とした。乾いた音がなる。

「なんなんですか? それ」

 遼太はそれを見て、訊ねた。さっきも真横にこれと似たものが落ちてきたような気がする。

「これか。対戦車砲なる役割をそのまま名とした人間お手製の武器だ。一般人が分かり易いように言うのであれば、ロケットランチャーとでも言うのであろう」

「…………はぁ」

「人間が互いに牙を剥きあうのを止めた今、この発射口を向ける先があやふやになってしまったから、私がありがたく使わせて貰っているのだ」

「……でも、犯罪ですよね?」

「異物に刃を向けるのが犯罪なのであれば、貴様も立派な犯罪者だ」

 そういえば、昼、部長と話していたときの二人称は貴君であったのに、今では貴様になっている。

「──もういいです」

 となると、今は緊迫した状況なのかもしれない。凛が漏らしていたが、『あれ』は全部で三匹……先ほど遼太が一匹浄化させたから、あとは今逃げた物も含めて二匹。一匹は半死とはいえ、凶器を振るうだけの余力はある。まだまだ十分に危惧すべきなのである。

「──あ、じゃああの時の爆発って、部長がやってくれたものなんですか?」

 そんな思考を巡らせていたら、ふと瓦解した空中廊下のことを思い出し、そう訊ねてみた。どうも先ほど目の前で見た爆発と、空中廊下からの窓から飛び出すとき、『あれ』の体を吶喊した爆発はよく似ている──別に、爆発の種類などに知悉しているわけではないので違うかも知れないが、直感ではほぼ同じであった。

「ふん。あれはこちらからの宣戦布告としての祝砲だったのだがな。手違いでぶち当てたらしい」

「あ、ありがとうございました」

 祝砲、という表現には突っ掛かりを覚えてならないが、結果的に救われたことには変わりないので、礼を言っておく。

「善意無しの行為に一々畏まられても困る。忘れるがいい」

 宣戦布告と称して校舎を射撃するような狼藉に善意が込められていたら、それはそれで異常だ。遼太は穿たれた校舎の二階部分を見やって、げんなりとした。

「奴らの習性として、我々がこの学校の敷地内に居る限り、この学校外への進出はしないようだ。きちんと窓を割って桟を跳び越えるという知能を持ち合わせていないあいつらにとって、受付(エントランス)であるこの地から飛び出すというのは、裸でアマゾン川に飛び込むのと同等の危険が伴うのだよ」

 そこまで言って、部長はコートを翻して遼太と同じく校舎を見据えた。修復するよりは、建て替えた方が早そうで経済的なほどにまで損害を受けた校舎が、余力を尽くして佇んでいるようである。

「あの校舎が在る限りはな」

「え……?」

 遼太は驚いて部長を見た。だが、部長はそんな遼太に目もくれずに校舎に向けて、歩き出した。

「世界は人間が考えている概念以上にややこしい。平行世界が存在していると考える者も居れば、宇宙が幾つも存在すると考える者も居る。神が統べていると考える者も居る。だが、それは真実が見えないが故に現れる想像であり、希望でもある。人間の数だけ、世界概念は存在する。だが、人間が想像の基盤とするのは、人間の常識だ。ある程度常識から逸脱していると思っていても、常識に縛られることは免れない。それが人間の哀しい性質だ。思考の基はいつだって常識にある。ゆえん、人間が真実をその目で見るまで、人間は想像を膨らませつづける」

 ぼやくように、諭すように、抑揚の無い部長の声がその後を追う遼太の耳だけに届く。

 そんな演説を聞きながら、校舎の脇、中庭に入る道に入った。中庭に到着すると、倒壊した空中廊下の残骸が虚しく地面に散っていた。

「だが、想像とは虚構のもの。具現化させることはできても、することは無い。具現化する、とは人間が想像に基づいて創造するのとは違うのだ。──だが、想像と希望は別だ。希望は想像と違って分類できない。ただ、想像と違って無限に続くわけでもない。具現化した時点で、希望は現実となる。希望は幸福を求める上で発生する産物だ。幸福と想像はリンクしない。だが、常識は幸福と想像とリンクしている」

 だんだん何を言っているのか分からなくなってきた。

「前に述べたように、常識とは人間の深層意識が構築する基盤だ。常識があるから人間は至福のために幸福を求める。常識があるから人間は解放を求めて想像を膨らませる。常識が無ければ、両者とも存在できない。だが、その常識を省いて、幸福と想像を直結できたとしたら、どうなる?」

 ふいに部長が立ち止まり、振り返りヘルメットを遼太に向けた。その動作に気圧されて、遼太も立ち止まる。

 そして。

「想像が具現化する……ですよねん?」

「うわぁああっっ!」

 遼太の背後でいきなりそんな声がして、遼太は大声をあげて全身を粟立てて飛び上がった挙句、足をもつらせて尻餅をついてしまった。

「そ、そんなに驚かなくても……」

「せ、先輩……」

 果たして遼太の後ろには、佐慧が立っていた。まるで背後霊の様な登場の仕方だったので、遼太の驚き様も無理は無い。いや、それでも度を越しているか。

「少佐、いつから聞いていた?」

 部長は億劫そうに振り向いて、佐慧に顔を向けた。億劫というよりも、過剰な反応を見せる遼太に憤慨しているのかも知れないが。

「常識を省いて……くらいでしょうか?」

 佐慧が指を顎にあてて答える。

「……たった今ではないか。凛君はどうした」

「私を残して、一人戦闘に入りました」

「ふむ。いわゆる、『ここは私に任せて、貴方は先に逃げてッ!』的なアレか」

「──そういう表現の仕方もありますね」

「なるほどな……」

 部長はヘルメットの先端を空に向けて唸った。夜空の光を独占している月が躍っている。

 やがて、遼太の方に向き直って言った。

「貴様は凛君のもとへ赴いてやれ。話はその後だ」

「え……?」

 未だ尻餅をついたままの遼太は、茫然と間抜けた声を返す。

「今……からですか?」

「明日行っても私は構わん」

「い、行かせてもらいます──」

 遼太は頷くと、立ち上がり、そして、佐慧を見て言った。

「何処でやってますか?」

「──今も動かずやってれば、テニスコート周辺よん」

「ありがとうございます」

 そう言って、遼太は地面を蹴った。

 テニスコートは、第三校舎と旧校舎の中ほどに位置している。義務として渋々作られたような感じだ。部員の確保もままならないので、趣味として兼け持ちする生徒が多いらしい。顧問もあからさまに文化系の教師という点も重なって、涼属高校のテニス部はさして強くない。

 万一の為に、遼太は右腕を予め銃身にしておき、チャージを始めた。さっきの感覚から、別に最大まで充填する必要は無いらしい。だが、もちろん限界まで溜めておけば、それなりの応酬が得られることは言うまでも無い。

 八割ほど溜まったあたりで、テニスコートが見えてきた。三面だけあるコートを、フェンスがぐるりと囲んでいる。──そして、そのフェンスの一部が見事に損壊していた。内から質量のあるものが猪突猛進してきたような穴が開いている。犯人なんて考えずとも答えはでる。

 だが、生憎と犯人もそれを追う狩人の姿も見られなかった。コンクリートを固めて作ってあるテニスコートは、土のみの校庭と比べれば穴を掘った後の跡は目立つだろうが、そんな痕跡も見あたらない。

 とりあえず、遼太はコートへ入ってみることにした。

 特に変わったところは見られない。鎌を振るった傷跡も、『あれ』が這った跡も見られない。いくら暗いとはいえ、あの鎌で地面を抉れば見落とす筈は無いのだが……。

 遼太がコートの中ほどに立ち、周囲を見渡していたその時。

 地面が隆起し、割れて、その割れ目から、『それ』が鎌で地面を刺し、それを支えとして地面から這いずり出てきた。

 傷が無い。恐らく、凛が交戦していたと思われる『もの』だ。──となると、凛はひたすら防御に徹していたことになる。そして、ここに凛が居ないということは……。

 既に右腕は満タンだ。撃って当たれば浄化できる。『これ』を殺せばあとは半死状態の『それ』のみが残る。

 遼太は右腕を上げた。その先端を『それ』の目玉へとむける。『それ』は威嚇のつもりか挑発のつもりか、目玉で遼太を捕捉しつつ、やたらと咆哮している。

 逃げる気がないのであれば、さっさと終わらせてしまおう。

 右腕から力を抜いた。エネルギーが腕の中で逆流し決壊し漏洩しその流れが主流となって一本の線を紡ぎ、一直線に『それ』の目玉へと向かっていく。校舎が紫白に染められ、月が赤く塗り潰され、あたりにこれ以上も無いほどに閃光が蔓延り、その光源のエネルギー光線が赤い眼球に触れると思った。

 その時。

 『それ』の目の前の地面が再び裏側から突貫され、もう一匹の『それ』が踊り出てきた。這いずりでるようにではなく、飛び出てきたのだ。

 点を結ぶ線分上に、新たな点が現れる。すると、どうなる。

 簡単な話だ。新たな点は、基の点から一番近い距離にある。

 ──つまるところ、遼太と部長で痛めつけた『それ』は、最後の力を振り絞って唯一壮健を保持している『それ』の盾になることを決めた。

 いや、意思の有無はこの際どうでもいい。

 結果、その光線は『それ』の腹に直撃し、『それ』はあっさりと蒸発して消えてしまった。──だが、光線は決して貫通はしなかった。

 遼太が驚愕し、硬直した一瞬を健全な『それ』が看過することは無かった。

 燻る煙の向こうから、『それ』が鎌を振り上げ突進してきた。その巨体からは想像できぬほどの機敏な動きに、遼太の脚は咄嗟に動けない。

 赤い目玉が彎曲したように見えた。──動けぬ獲物を前に舌なめずりする狩人の様に、心底から喜びを込めて笑むように……。

 遼太は目を瞑った。いつの間にか死と直面している。というか、死という概念にしっかりと足首をつかまれている。だが、戦慄は無い。恐怖も無い。畏怖も虞も不安も焦燥も何も無い。かといって、喜び等といったポジティブな感情もない。

 賭博。結局のところ、この部活動に運という要素は必要不可欠なのだ。何回目だろうか、自分の命を担保にするのは──。

 今回の倍率は高い。勝った暁の報酬は、何も無いに等しい。存命権だろうか。ただ、負けると死という返すに返せない負債を抱えることになる。

 目を開いた。

 ゼロコンマの世界での大きな障壁となる空気を持ち上げるように、右腕を突進してくる『それ』の目玉に──ではなく、校舎側のフェンスに向けて、余力を尽くして力を放った。

 充填無しのエネルギーなど高が知れている。せいぜい、水を沸騰させる程度だろう。

 だが、そんなか細いエネルギーでも、損傷したものにぶつければ、被ったものの損害はただでは済まない。

 フェンスが音を立てて『燃えた』。穿たれた穴を中心として、瞬時に燃焼し尽くされて、即座に消し炭と化す。こうして、フェンスには即興の空間が出来上がった。

 その数瞬後、何か巨大な無機物が、空を裂く音が聞こえてきた。否──その音は『それ』が突進し始めたときから聞こえていたのだ。

 巨大な──巨人の剣と比喩されても、本当だと愚直に信じてしまいそうな程に、三十メートルは優に超しているであろう巨大な剣が刃を地面に向けて、倒れてきていた。

 そして、フェンスの空間に差し込まるように落ちて、『それ』の体に激突し、その重みと刃の鋭利さで『それ』の身体を二つに割く。体が唐突に乖離されたが故、体液が水風船を割ったかのように噴出し、テニスコートを黒く染めた。

 鎌は生命力を無くし、振り下ろされることはなくなったものの、二分された体のうちの前の部分は勢いを殺せずに遼太にそのまま突っ込んできた。赤く何も見ていない眼球が。

 目玉に抱きつかれるように衝突され、そのままフェンスまで吹っ飛ばされる。酷い圧迫感と、フェンスに体がめり込む痛みに目が眩んだものの、その鎌でみじん切りにされることは無かった。

「うあ゛ッ!」

 ただ、体液の臭いなのか、強烈な刺激臭が遼太の鼻腔を激しく突いた。目もやたらと沁みる。その上、感触が最悪の目玉が懐に収まっている。助かったのはいいが、状況が悲惨すぎた。これなら、スイッチの入っていない大型冷蔵庫で腐った肉と同居する方がマシだ。

 遼太は目玉を蹴ると、おぼつかない足取りでテニスコートからでると、膝をついて胃の中のものを吐いた。内容物の排出に伴って、胃酸も共にせりあがってきて喉を焼く。喉にひりひりとした独特な不快感が押し寄せてくるが、大方スッキリとした。

 だが、それは気分だけだ。刺激に苛まれている目からは、どぼどぼと涙が溢れて来ている。体は突然の圧迫によりがくがくと痙攣している部分がある。喉が痛い上に、零しきれていない胃酸が口から漏れて、口がきけるとは思えない。体に及んでいる影響が消え去るのには、もう暫く時間が必要だ。 

 よろよろと立ち上がって、再び揺れる足取りで校舎の壁まで向かうと、背中を丸め手をついてげほげほと堰き込む。──病魔と闘う人たちは、こんな辛い発作に毎日苛まれているのだろうか。遼太は涙で滲む視界で地面を捉えつつ、そんなことを考える。──他人事じゃないな。

 そんな今は亡き『あれ』の遺産に苦しめられている遼太の背中に、何かがぽんと載せられた。

「──大丈夫?」

 凛だ。辛苦に身を呈している遼太の背中をさすっている。

 先ほど遼太を危機から救った巨大な剣は、凛のものである。不意打ちを予測していた凛は、保険として剣を刺し向かせておいたのだが、その危惧は見事に的中し、『それ』のカウンターが入ろうとしていた。巨大剣は上手く『それ』の行く手を阻むことに成功したと思ったのだが、ここに誤算があった。

 フェンスだ。ボールが飛び出さないようにするために設置されたこのフェンスのため、微妙なズレが生じて、『それ』に王手を取らせてしまう──。

 だが、危ういところでフェンスは消え失せた。そして、剣はそのまま『それ』の身体を引き裂いた。

 ──という顛末である。これは、遼太が落着いた後に聞いた話であるのだが。

 遼太は悪臭に苦悶しつつ、顔を上げてぼやける視界で凛の顔を確認した。委細は良く分からないが、不安が表情に表れているのはなんとなく分かる。

「ぅぇ……だ、大丈夫……」

 とはいうものの、涙は止まらない。嘔吐が再び目を覚ました。涙に伴い鼻水も逆流してくる始末。全然大丈夫に見えない。格好つかないな、と遼太は心の中で苦笑した。

「……うん、大丈夫、だから……」

 だが、話し掛ける凛の口調は泣き喚く子供を諭すような調子だった。背中の温もりも安堵を拡張させるような、優しさが感じられる。

 遼太は何かおかしい、と思って堰を漏らしつつ、背中を真っ直ぐに伸ばして、凛を見た。だが、すぐに視界は涙で満たされて、やむをえず手で拭うために下を向く。更に、嘔吐が追撃だと言わんばかりにせりあがってきた。

 その旨を伝える合図として掌を突き出すと、そのままくるりと振り向いて、再び吐いた。本当に臭い。──死んで尚、自分を殺めた者を苦しめるとは、その執念は人間に匹敵する。その点は賞賛すべきなのだろうか。遼太は袖で口元を拭いながら、そう思った。

 大分落着いたので、凛を安心させようと、振り向こうと膝立ちをした。だが、それは何かに憚られる。

「──大丈夫……」

 凛が後ろから静かに抱き付いてきていた。遼太の思考が一瞬どこかに吹き飛ぶ。

「あ……」

 振り返ってその事実を確認した遼太が発したのは、そんな間の抜けた声。

 二人はぴったりとくっつきあったまま、動かない。遼太は動くに動けないだけなのだが。

 そして──遼太はあることに思い至って、恐る恐る言った。

「……臭くない?」

「ううぇぇぇ……何この臭い……」

 途端に凛の鼻声が聞こえてきた。──遼太が『それ』の突進を喰らう光景は、彼女からは死角になっていたのだ。抱きつかれたコートは、『それ』の体臭と体液でべとべとになっている。直接よりはまだマシなほうだが、それでも大変な臭さであるはずだ。

 その後、二人は涙腺の暴走が収まるまで、ずっと二人夜の学校で泣きはらしていた。──子供の様に。

 




ううー、真冬の深夜の気温は恐ろしく低くて、恐ろしく鋭利に肌をついてきます……初詣に行った人は、ご注意を……って、もう三日か。早いものです。明日から本腰を入れなければ……。

さて、人間編お終いです。いかがでしたでしょうか?

あー……、うーんと、一応、人間が原型なので、うーん、そういうことにしてくれると、ありがたい……結局化け物でしたけどね;

当初二、三話で終わらせると報告してありましたが、結局四,五話分に膨れ上がってしまいました。──プロットの短い指示がこんなにも!

というわけで、完結は半年先かもしれません。それでも、懲りずに怠慢なこの作者に付き合ってくれる方が居ることを信じて……

⇒to be continued


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