充填から斬撃へ
自らその鋭利な鎌に突進していき、そのまま哀れにも肉片となりかけた瞬間、爆音が廊下に轟いた。正確さを追求するのであれば、廊下が爆発した。
鎌は驚愕したのか、それとも爆発を防御するためか、さっと引っ込んで、窓ガラスが遼太の視界に露見した。
窓ガラスが割れて、遼太の体は宙に投げ出される。遼太は無事脱出できたことに安堵すると、空気をクッションにしているかのように、軽やかに中庭に着地した。
「……ふぅ」
佐慧を降ろしながら、溜息。三十秒前が三十分前に感じるほど、先ほどの出来事は濃度が濃かった。
「大丈夫?」
佐慧の方も大分緊張していたようで、よろよろと立ち上がりながら遼太を見る。遼太は荒れた息を整えながら、返事をした。
「は、はい、なんとか」
「ふぅ……でもゆっくりは出来なさそうよん……」
バゴンッ、と物騒な音がした。
遼太は顔をしかめて、空中廊下を振り返ると──空中廊下の壁から鎌が突出していた。兎の巣穴に突っ込まれて必死に兎を探している狩人の手の様に、鎌を振り回し空中廊下を瓦解させている。
遼太は何も言わずに、佐慧の腕を取って地を蹴った。無論、廊下とは反対方向にである。
その一瞬後、空中廊下が四散した。破壊、爆発、落下。木っ端微塵に。
「はははは、早くっ、ほほ、北馬と合流しましょうっ!」
そのテロの様な光景に、遼太が狼狽した表情を見せた。この分だと校舎が消滅するんじゃないか、とでも思ったのだろうか。
だが、佐慧も凛と早急に合流するのはやぶさかではない。ここまで敵の数が多いと、力を分散させるのは愚の骨頂である。この現状では。
そのまま第一校舎を回りこんで、校庭へと辿りつく。空中廊下の瓦解によって、相当の衝撃を受けたのか、『それ』達は追いかけてこなかった。
「や、いた……おーい!」
その中央に、校舎を見て愕然としている凛が佇んでいた。声に反応したのか、すぅっと顔を遼太のほうを向いた。そして、破顔一笑、顔を安堵の色で一杯にした。
「ど、どうして追いかけてこなかったの!?」
だが、第一声がそれ。随分と手厳しい。彼女らしいわねん、と佐慧は頬を緩ませる。
遼太はそうのほほんともしてられなく、必死にぺこぺこし始める。
「ご、ごめん、ちょっと邪魔が入ったから……」
「んもぅ…………んん……も、もう次ははぐれないでよっ」
そして、率直に謝意を見せ付けられると、何も言えなくなってしまう。その憤怒の矛先をどこに向ければ分からなくなって困惑しているのを、無理に隠している表情もなんとも可愛らしい。佐慧は今度はにっこりと微笑む。いつもこうならいいのにねん。
「あんまりゆっくりもしてられないわよん……、ところで部長さんが来てる筈だけど……?」
佐慧はついと凛から視線を逸らすと、校舎を見て、そう言った。大分どたばたしている。早急に手を打たないと、本当に校舎が浄化しかねさそうだ。
それを聞いて、凛は首を傾げた。
「さぁ……?」
「……あっ」
遼太が声を漏らした。刹那、轟音が炸裂し、第一校舎の向かって左端の一階部分が爆ぜた。
「……部長さんね」
「間違いないですね……」
凛は漸く来た待ち人を受け入れるような声で、佐慧は呆れたような声で言った。遼太は話が見えず狼狽えて、更に校舎が破壊されているのに、呑気に会話をしていられる彼女達を怪訝に思う。
「──何か一人でやってるみたい。早く援護してあげましょう?」
佐慧はそう言いつつ、遼太の方を向いた。視線をあてられた遼太は反射でがくがくと頷く。
「それじゃあ、佐貫君は足速いから、先行ってあげて。私たちはあとで追いつくから」
「わ、分かりました」
結局疑問を晴らさぬまま、遼太はその場を駆け出した。腕は佐慧を抱きかかえた際にデフォルトの形に戻っていたので、走りながら、変形させる。凝縮、炸裂。先ほどと同じ、銃身の形である。
今回は、丁寧に昇降口から侵入する。できるのであれば、支援は後方から下ほうがいいだろう、という遼太の勝手な推測からである。
下駄箱が立ち並ぶ合間を土足で駆けて、左右に伸びる廊下を見渡す。左方向の廊下が黒く潰されているだけで、異物の姿は見えない。──移動しながら、戦闘しているのだろうか。
足音がした。右方向からだ。左方向に体ごと向けていたので、振り向くようにして、そちらを見ると──『それ』がいた。
凛が倒した筈の、片手がもげている人型。残っている片手はてぶらだ。
とりあえず、武器を持っていないことに安堵するのもつかの間、『それ』の様子があからさまにおかしいことに気がついた。変。歩き方がぎこちない。素人の人形遣いが操っているようだ。
ふいに、その動きが止まり、直立不動の体勢になった。
そして──首が吹っ飛んだ。内側からの何かの圧迫に負けたように、真上に吹っ飛び天井に頭頂部をうちつけ、肉片と化す。
そして、主亡き首の断面からは、二本の鎌が這いずり出てきて、躍っていた。
そして、服を引き裂く様に皮が弾けて、先ほどに見た『あの』巨体へと変貌を遂げた。二本の鎌に、一つの赤い目玉、蛇のような肢体の無い体。
なるほど……、こいつらは、人型からの派生──進化形態だったのか。
疑問の一つが解消される。だが、そんなことは後でゆっくり吟味できるもの、今はこれをどうにかしなければ……。
鎌が躍った。横薙ぎで遼太の首を狙ってくる。発動こそは機敏であったが、振りは緩慢なのでバックステップで難なく躱した。宙を切裂いた鎌はそのまま廊下の壁を破壊する。
自分では始めて使う、銃身の形をした右腕に力を集中させた。徐々に熱くなっていくのが分かる。
──チャージ式か……。
充填される前に、もう片方の鎌が縦に空を薙ぎ、降りかかってきた。横に跳ねて躱す。が、間髪を入れずに先ほど空を切った鎌が横から払ってくる。
遼太の判断は一瞬。一瞬でも足りない方だ。それだけ、『こいつ』の行動は機敏で迅速だ。緩慢に見えたのは、陽動だったのか。
跳んで躱した。佐慧が居ないので、普段よりも心置きなく跳ぶことができた。
そのまま、天井に手をついて、『それ』の背中に飛び乗る。『それ』は狼狽したように、体をよじらせた。廊下の横幅のほとんどを、その巨体で占めているので、身動ぎするごとに廊下の壁が軋みを上げる。
踏み心地は最悪だ。ゼリーの様に柔らかいのに足が沈まず、その上ぬるぬるしている。気色が悪い。
だが、意外とこの位置は良好のようだ。まさか自分の背中に鎌をつきたてるわけにもいかないので、『それ』はひたすら身悶えするのみ。結果、安定しない足場が更に揺れるので、危なっかしい。
これはさっさと終わらせてしまうに限る。
チャージ充填完了した銃口をその異質の背中に向ける。そして、架空のトリガーを引いた。
閃光が炸裂した。『それ』の正気とは思えぬ咆哮が廊下に交錯する。肉片が飛び散り体液が蒸発し内臓が浄化され、閃光は全反射するように『それ』の体を蝕んでいく。
全てが済んだとき、廊下に横たわるのは黒く原型を残さない『それ』の体がそこにあった。その体の爆心となった辺りには、ぽっかりと丸い穴が空き、穿たれた廊下が見える。どうにもやりすぎたらしい。
溜息をついて、廊下を改めて見渡すと、廊下は惨禍の産物と化していた。特に、『それ』の屍の付近が甚だしく破壊されている。教室と廊下を区分する隔たりはもちろんのこと、外と内を区分する壁も木っ端微塵。夜の風が虚しく遼太の背中を粟立てる。
居心地の悪さを感じたので、その空いた壁から外に出た。壁に沿うように配置された花壇も丁寧に破壊されている。その花壇の柔らかな土の上に佇む。
校庭に、凛と佐慧の姿は見られなかった。何かが転がったような跡が校庭に残されており、三階部分に穴が空いていた。──『あれ』が飛び出してきたのだろうか。そしてやむを得ずに、移動?
無事ならいいんだけど、と遼太は心の中で呟いた。
その瞬間、遼太の頭上二メートル程、ニ階が炸裂した。遼太の目の前に、鉄筋だのコンクリートだのが四散し落下、散乱する。
遼太はその鼓膜を大きく穿ちかねない音に目を瞑り、耳を塞いだ。だが、右腕は無機質な銃口だったので、爆音は在りのままの波状で遼太の耳に流れ込んできた。その大きさに、遼太は目を白黒させる。
と、ふいに何かが落ちてきて、すぐ横の花壇の土に、刺さった。遼太は耳鳴りに苦悶しながらも、視線を落として、その落下物を確認した。
筒。木製の筒だ。途中で突起物があって、先端はラッパ状になっている。
遼太がそれを見て、眉をしかめていると、すぐ横で今度は結構な重量があると思われる落下物の音が聞こえた。
「──遅かったではないか。どこで道草を喰っていた?」
夜の景色と同化する、漆黒のフルフェイスヘルメット。それに追随するかのように黒いコート、黒い手袋、黒いズボン。そして、流暢な流れるような黒い声。
本名は聞かされていない。『中世武器研究会』部長。
落下及び着地時の衝撃を最小限に抑えた状態=膝をついた状態からのろのろと立ち上がって、フルフェイスを遼太へと向ける。
「お陰で施設の大幅な損傷を促す結果となってしまった。この落とし前、どうつけてくれよう?」
「え……遅れてきたのは部長じゃないですか……」
あまりにも理不尽な謂れ様なので、遼太はおずおずと反論する。その態度がこの人物の活力の糧だとも知らずに。
「人間の思考とは常に主観に縛られるのが常なのだよ。遅れてきた君たちのことを免じて、私は君たちを探し回っていたのだ。この尊大な優しさを遅刻と称して蔑ろにするなど愚の骨頂」
「……その言葉そっくりそのまま返せるんですけど……」
この部長はこの状況でもこれなのか……、遼太はげんなりする。
そんな遼太の呟きを知ってか知らずか、部長は鼻を鳴らして腕を組み、校庭をきょろきょろと見回す。
「ふむ……戒めの通り、退いたか。賢明だな」
「……?」
「そうだ、貴様にこれを渡しておかねば」
意味不明なことをぼやきつつ、部長はコートに手を突っ込むと、丁重に畳まれたコートを取り出した。ユニホームともいえる、黒いコート。凛によれば、防護服になるのだとか。
「あ、ありがとうございます……」
遼太は頭を下げて、そのコートを受け取る。意外に重い。内側に何かが縫いこんであるようだ。黒いのは、擬態を促すものなのか、趣味なのか。見栄えを追及するのであれば、是非とも前者であって欲しいものである。
「さっさと着たまえ。招かれざる客がすぐに降って来るぞっ」
「ちょ、ちょっと待ってください……」
とは言うものの、内側にゴム樹脂の様な物が縫いこまれているために、非常に着にくい。袖が妙な形になってめくれる。
なんとか着終えると、非常に防寒具としての性能が卓越しているのか、暖かいを飛躍して暑くなってきた。
「なんだ貴様。この非常時に制服を着て来てきたのか」
部長がそんな遼太を見て言った。
「え……一応、校内ですし……」
「規律をとったか。なるほど。自分に自信があるのか」
「い、いえ……そういうわけでも」
「──度し難いな」
なんだか話が噛合ってないような気がする。遼太はげんなりとして、肩を落とした、その瞬間。
もう聞き飽きた轟音。二階から壁を突き破って『それ』が飛び出してきた。本能と感覚の衝動に突き動かされて何も考えずに飛び出してきたのか、そのまま校庭に激しく全身を打ちつけた。
無論、そんな衝撃で『それ』が死ぬとは到底思えない。
校庭をニ、三転すると、『それ』の体は停止した。間髪入れずに、鎌が暴れ出す。
遼太はそれを見て、右腕に力を溜め始めた。初めてこの能力を使ったとき、この体を牛耳っていたものは遼太の精神ではなかったが、確かこんな煩わしい充填は必要無かったように思えるが……。
起動音に気づいたのか、部長は右腕を一瞥すると、鼻をならした。
「貴様も遠距離か。非効率的だな。遠くからバックアップするから、貴様は近距離で戦って来い」
唐突なその根も葉もない指令に、遼太は目を丸くして、部長ののっぺりとしたヘルメットを見た。その無機質な表情には、感情の欠片も伺えない。
「一つの事柄が、ほとんどの能力に精通して作業するよりも、それぞれが特出した能力を持つ事柄が、合同で作業する方が効率が良いのだ。これが社会性というものだ。その人間の唯一ともいえる高尚な文化を自ら捨ててどうする」
「……? 社会性……えぇ?」
前半部はどうにか理解できたが、後半部分は言っていることが良く分からない。僕がいつ社会性を捨てて独立するような発言をした?
「それにだ。そんな我武者羅な能力に頼っていては、成長できないぞ。毎回首尾よく浄化できるとは限らないからな。今日みたいな雑魚では練習をすべきだと私は思う」
「は、はぁ……」
あれで雑魚。一体、彼らの目にしてきた怪物はどれほど凄まじかったのだろうか。でも、佐慧や凛は顔をしかめていたような気がするが。
だが、これほどに悠長な会話をしていられるのは、奇跡といってもいい。『それ』はすぐに態勢を整え終え、迎撃の体勢に入っている。
遼太にこの部長の意見を覆すすべが無いのは既知の事実である。ゆえん、ここは遼太が動かないと始まらない。
「弱点は目玉だ。存分にやってくるがいい」
土を蹴ると同時に、右腕を変形させる。凝縮、膨張。昨日利用した、剣へと変貌を遂げた。凛の刀とは比べ物にはならないが、人間の創造物の中ではそこそこの威力はあると思われる。あとは、遼太の腕次第だ。
もちろん、生まれてこの方こんな武器はもちろんのこと、玩具の武器でさえ触れていなかったものだから、高等な技術を持っているとは決していえない。
だが、ここで退くわけにはいかない。──部長の監視下であるから。
槍だって使えた。大丈夫だ。己にそう言い聞かせて、脚を加速させる。
『それ』の回転距離は結構なものになった。遼太が『それ』に辿り付いたころには、『それ』の戦闘態勢はとっくに整っていた。
赤い眼球が蠢き、遼太を捉えた。
挨拶も前ぶれも何もなしに、鎌が閃いた。おぞましいスピードと重さで空気が引き裂かれる。
そんなもの、弾ける気がしない。無理せずに遼太は後ろに跳んで躱す。
だが、『それ』に関節など存在しないらしい。あからさまに不自然な体勢のまま、もう片方の鎌を振り下ろしてきた。遼太は慌てて左に転がって躱す。鎌が刺さり、校庭が派手に抉れた。
第三撃が来る前に、遼太は後方に跳んで距離を確保した。
鎌が柔軟な分、接近戦は分が悪い。あのニ連攻撃がほぼ無限といってもいいほどに繰り返されるのだ。またさっきのように、背中に乗れればいいのだが……。
その時、何かが聞こえたような気がした。──人がニヤける時の、口端が吊り上がったときの様な……形容しがたい音。無論、気のせいであったのだが……。
何かが飛んできた。何か。何と説明しにくい、丸っこくも見えれば、円錐のようにも見える。それが、真っ直ぐにこちらに飛来してきて──『それ』の体に命中した。
炎が炸裂した。四散した熱気が遼太を襲う。咄嗟に、腕で顔を隠したが隙間からじりじりと熱気が迫ってきた。
少し距離を取った分、遼太の被害は皆無に等しかったが、直撃した『それ』はどうも芳しくないようだ。中央辺りに大きな穴を穿って、身悶えしている。あれだけの爆発で、あの程度の損傷で済んだのであれば、大したものである。
が、遼太としては、木っ端微塵が理想だったのだが。
遼太は息を一つ吐いて、地面を再び、今度は前進するように蹴った。
そして──『それ』の目玉を剣先で一突きした。寸分の狂いも無く、赤みを一層際立たせる瞳の中央に。
だが、ずぶりと食い込む感覚がしたのは刹那。すぐに剣の進行は止まった。硬すぎるのだ。目玉が。
遼太は失態を痛感した。突くのであれば、槍の方が良かったのに。
すぐに『それ』は体をくねらせた。目から力任せに遼太の右腕を引き抜くと、鎌を振るった。遼太は反射で右脚を弾かせ、なんとか躱した。体勢に無理があったので、そのまま地面に倒れこむ。
その直後、『それ』の追撃があるかと思われたのだが──そのまま鎌で地面を掘り始めた。そして、そのまま地の底へと逃げていってしまった。
「……へ、逃げた……?」
穴も丁寧に塞がれている。器用な奴だ、と遼太は息を吐いた。
もう年末ですねー。今回が今年最後のUPとなります。
そろそろこの物語を執筆し始めてから、一ヶ月でしょうか。まだまだ浅いですね。というか、全く進展しませんね……次は加速させます。
完結はどうしましょうかね。一応、ネタが尽きるまでは続けたいと思ってますが、それでも二十五……くらいでしょうか。
とりあえずのところ、結末は考えてあるので、そこまでいきついて要望があれば、続行させたいと思っております。
はい、では来年もよろしくおねがいしますっ!




