Episode 8 海老天そばとお庭のミョウガ
午前9時すぎの起床。
作家生活は夜更かしが定番なので、これでも早く起きたほうである。
とっくに起きていた母と「おはよう」と挨拶を交わし、台所に顔を出す。
洗面所より広いのでなんとなく顔を洗う時は台所を使いがちな高梨家。
流しの横に続く調理台を見て、おや、と声を上げた。
ザルにころんと、ミョウガが一つだけ。
「ママ、お庭のミョウガ収穫したの?」
「そうなの。朝に一つ頂いたよ」
「何に合わせて食べたの?」
「朝からそうめん食べちゃった」
「おお、そうめんとミョウガ。いいね」
お湯でぱちゃぱちゃと顔を洗う。
洗面所は廊下を挟んで隣だ。
トコトコと洗面所に移動して、ぷるりと顔を振りタオルで水気をよく取る。
さらりとした保湿クリームを塗ったら、くしで髪の毛を梳く。
被毛ブラシで見える範囲の毛皮を整えたら朝の身支度は終了だ。
朝ごはんはバナナスムージーと、カフェインレスコーヒー。
いつもの定番セットだ。飲み物と飲み物だが、バナナは丸々1本分使われてるので案外お腹は膨れる。
母が鼻歌を歌いながら、作ってくれたバナナスムージーをこくこくと飲む。
カフェインレスコーヒーにミルクを少し注ぎ、ふうふうと少しずつすする。
母は、リビングの大きな窓から見える庭と、その上に広がる曇り空を見ながら尋ねてくる。
「今日は雨は降るんだっけ?」
「んー調べてみる。夕方からみたい。17時とか」
「あらそうなの。昨日買い物行ってないから午前中のうちに行こうかな」
「ついてくー」
「いつも荷物持ちありがとうね」
「まあ、機会作らないと一日中引きこもって運動不足だからさ。これ飲み終わったら着替えるよ」
「急がなくていいのよ」
「はーい」
と、朝のコーヒーブレイクをまったりと過ごす。
小説のランキングやパトロンサイトの様子を見たりして、やがてコーヒーを飲み終える。
自室に戻りパジャマから着替え、スマホ片手に身軽に支度を整えた。
リビングに戻り、母に「お待たせ」と声をかけると、彼女も身支度を終えていた。
「じゃあ行こうか」
「うい」
2人、曇り空の下、生ぬるい外に繰り出す。
道中、母のご近所の知り合いにめちゃくちゃ会って、たくさんお辞儀をする羽目になった。
母はなんとなく誇らしげだ。なぜだ。
「娘が買い物に付き合ってくれるなんて、私きっとすごく幸せそうに見えてるよねー」
「まあ、そういうもんなの?」
「そういうもんなのよ」
「でも朝からこの時間だとなんて思われるかなあ。今度話す機会あったらフリーランスになったって言っといてよ」
「私たちの世代は横文字じゃピンと来ないのよ。在宅仕事って言っとくね」
スーパーは徒歩10分圏内だ。
近年どかんとできて、大盛況なご近所スーパー。
母もとても喜んでいたし、スーパーに毎日買い物に行くのが娯楽の一つと語っていた。
ついでに実家の地価も上がってるといいね、なんて軽口を叩いたりしたものだ。
実際に調べるほどの関心はないが。
スーパーに着いて、手を消毒して買い物かごをカートにセッティング。
母は言う。
「お野菜は、メインを決めてから買いましょうね」
「じゃあお魚やお惣菜、お肉コーナーから見ようか」
と、コロコロとカートを進める母についていく。
魚にめぼしいものは見つからず、お惣菜コーナーへと足を踏み入れる。
今日は天ぷらが妙に目をひく。
ああ、そうか、ミョウガがあるから。
「私、今日はお昼そばがいいなあ」
「あら、そんなのでいいの?」
「最近食べたかったけど食べる機会なくて」
「じゃあ海老天買っておこうねえ」
母の手により、カートに海老天が入る。
その後は牛乳を2本とか、豚肉とか。
細々とした食品、生活雑貨やなんやら。
最後に宣言通り野菜を入れて、レジを終えた。
帰宅して、洗濯物を干した母は、
「じゃあそろそろ作ろうねえ」
と、そばを茹でた。
しばし待つと、食卓にほかほかと湯気をたてたそばがおまちどう。
香る、ねぎとミョウガの瑞々しい芳香。
海老天は揚げ直したのか、見るからにサクサクなのが2本。
アナグマの鼻が思わずひくひくとにおいを回収する。
「美味しそう! いただきます」
「どうぞー。鈴に合わせてちょっと濃いめのつゆにしてみたよ」
「ありがとー」
「濃かったら言ってね。お湯でうめるから」
まずはひとすすり。
濃いめの味わいだ。
茹でたてのそばと、めんつゆのお出汁の味がこれ以上ないほどマッチしている。
もぐもぐ噛みしめると、一緒に入ってきたねぎとミョウガの後味がスッキリと抜けていく。
「美味しいよ!」
「良かった」
「しょっぱさも、めちゃくちゃちょうどいい」
「良かった良かった」
「ミョウガも香り高い」
「良かったー。今朝採ったばかりなの」
私の食レポに対して、母が良かったボットと化してしまった。
にこにこと満足げだ。
私も凛音にご飯を作るときは、美味しいとぱくぱく食べてくれるのが喜びだから気持ちはとてもわかる。
ふたくちめをすすり、海老天をサクリと噛む。
プリプリのサクサク、半分はつゆに浸かってふにゃりとした衣。
うん、この歯ごたえのグラデーションが美味しいんだよな。
エビの芳醇なシーフード的なにおいもまたよい。
「ママはまだ食べないの?」
「朝がそうめんだったし、もう少し後に焼きそば食べようかと思って」
「インスタント焼きそば好きだよね」
「そう、学生時代の思い出の味なの」
「その話もう百回くらい聞いたよ」
「鈴は一番私の話よく覚えてるものね」
と、しゃべりながらずぞぞとお蕎麦をすする、すする。海老天をサクサク食む、食む。
海老天を一つ食べ切ったあたりで、一味唐辛子の粉をとんとんと入れる。
味変だ。
「あら、結構入れるのね」
「辛くておいしいよ?」
「それなら良いけど」
「元が美味しいからね」
そばをまたひとくちすすれば、ひりりとした、微かな辛味。
しょっぱいそばつゆにとても映える味わいだ。
その勢いのままに、そば、海老天、ねぎとミョウガを、はくはくと食べ続ける。
あっという間に食べ終わってしまった。
少し物足りないくらいだ。
「ごちそうさま」
「はーいお粗末様」
良い昼ご飯だ。
ちなみに満腹中枢が働いてきたのか、食後に牛乳を飲んでまったりしたらしっかり満腹感が出てきたことは記しておく。




