Episode 6 とんかつとしじみの味噌汁
セミはツクツクボウシ、トンボは赤とんぼ。
生き物の入れ替わりに秋が見えつつも、残暑厳しい日々だ。
夏も終わりかけ? いやいや、まだまだ暑い日は続いていくよ。
今日の献立はヒレかつだ。
冷蔵庫に安い豚ヒレの塊肉があったから。
ロースかつもいいが、この年になると脂身がきつい日もある。あるったらあるのだ。
千切りキャベツは切って用意する? いやいや。私はそんなに面倒なことはしない。
コンビニのミックスカットキャベツで十分だろう。
タイムイズマネー。投資家の兄の口癖。私は投資する余剰金なんてないが。
メインディッシュは大抵、割引されている肉や魚ばかりである。
世知辛い世の中だ。物価高だかなんだか知らないが、庶民としては勘弁してほしいの一言に尽きる。
凛音も先月贅沢してしまったから引き落としが厳しいなんて言っていた。
しがない作家としがない会社員にはつらめの世の中だな。
さて、米は無洗米。美味しいし、これもタイムイズマネーの一環だ。
というか私は職業柄か、腱鞘炎持ちなので手間暇をかけて安く上げる方向にはできないのだ。
タイムイズマネーとか言ってものぐさして贅沢してるから金が無いという単純な話ではない。
心身がしんどい時ほど、自炊する気力がなくて配達ばかり使い、かえってお金が減るなんて話も聞く今日この頃だ。
凛音はよく食べるから、2.5合炊いておけば間違いないだろう。余ったら冷凍すればいいし。
とんかつは豚ヒレの塊肉一本分。これも凛音に多めに分けてあげよう。
「うめ、うめ」とがつがつ食べる様は、一種の豪快さもある。
料理を作った側としては誇らしいばかりである。
ちなみに、お米は健康を気にしてもち麦入りだ。
本当は浸水させる時間があったほうがいいらしい。
しかし、いつも別に浸水させなくても炊き上がりは美味しい。
適当にちょっと多めに水を入れて炊飯ボタンを押す。
あとは帰ってくる時間を逆算して、とんかつと味噌汁の調理を始めればいいかな。
ああ、味噌汁はしじみの味噌汁にしよう。砂抜き済みの冷凍ものがあったはず。
砂抜き済みで、そのまま使えるから楽だ。
冷凍したしじみは旨味も増す、なんて話を聞いたことがある。
凍ったまま鍋に放り込めるのだから、ものぐさな私にはありがたい食材である。
味噌汁は先に作ってしまおう。
その間、ヒレ肉は少し常温に戻すために冷蔵庫から取り出しておく。
浄水を鍋にじゃあと入れて、冷凍しじみをからからと放り込む。
2人分なら、おかわり分を含めても作りすぎないほうがよい。
夏場は汁物の二日目は怖いからな。
隠し味に料理酒をちょいと入れて、火にかける。
その間、とんかつ用にパン粉をごぞごぞ取り出したり、銀色のバットを取り出したりした。
少し経てば、沸騰。
弱火に切り替えて五分程度待つ。
その後、火を止めて味噌を溶き、冷凍ネギを散らしたら完成だ。
さて、とんかつにとりかかりますか。
ヒレ肉を包丁で約2cm幅に切る。
まな板に並べ、包丁の背でゴンゴンと叩く、叩く、叩く。
平べったくなったら両面に塩コショウを振る。さらに、薄力粉もはたく。
卵は一個でいいかな。ボウルに卵を割り入れ、ちゃちゃっと菜箸で溶く。
パン粉はたっぷりバットに敷き詰める。
フライパンにサラダ油を薄く入れ、火にかける。
菜箸の先を油につけ、細かな泡が出るくらいの温度になったら火を弱める。
薄力粉をはたいたヒレ肉を、素手で取り、卵液につけ、バットにふかりと着地。
手はねとねとだ。
火にかけたフライパンの油に、静かにパン粉をまとったヒレ肉を置くと、じゅうと音が立った。
ヒレ肉を卵液につけ、パン粉をまとわせ、フライパンに置く工程をせっせと繰り返すと、やがてフライパンいっぱいに肉があふれかえった。
あたりが、パン粉の香ばしい匂いに包まれる。
一旦手を洗い、頃合いを見て菜箸で最初の肉からひっくり返すと、こんがりしたいい色味。
あとは、裏側の焼け具合を香りや色合いで判断して、大皿に並べれば完成!
一回目で入り切らなかった第二陣のヒレかつをせっせと調理していたら、がちゃがちゃと鍵を開ける音をアナグマ耳がとらえた。
今日も会社で戦ってきた会社員のおかえりだ!
ややくたびれた様子の凛音がドアをガチャリと開けて帰宅してきた。
「おかえり、凛音」
「ただいま。今日はとんかつだっけ?」
「うん、メッセージで送った通り。しじみ汁も作ったよ!」
「おっ、とんかつといえばしじみ汁だよね」
「ご飯も2.5合炊いたから思う存分食べてね」
「ありがと」
と、部屋着に着替えながら凛音は応えた。
私はといえば、尻尾をフリフリしながらいそいそと食器ととんかつソースを食卓に並べた。
ご飯と味噌汁はセルフサービス方式だ。
お互いどれだけ食べたいかわからないし。合理性を追求した結果だ。
こっちがキッチンで自分のしじみ汁を注いでいると、凛音は置いてあるしゃもじでこんもりと漫画飯のようにお茶碗いっぱいに米を盛っている。
相変わらず見かけによらず食べるなあ。
お互い入れ替わりに、ご飯と味噌汁をそれぞれ自分の前に並べる。
そして、ミックスのカットキャベツをそれぞれのサラダ皿に盛って渡し、大皿のとんかつをサーブしたら、手を合わせて目を見合わせる。
「「いただきます」」
まずはにんじんドレッシングをキャベツに、ソースをとんかつにかける。
料理したのもあり、お腹はすっかりぺこぺこだ。
しじみの味噌汁を一口。貝らしいうまみと、味噌とネギのいい香りが鼻腔をくすぐる。
とんかつをサクリと咀嚼してすかさず白米をかき込む。
ヒレ肉のジューシーな肉汁、パン粉のサクサク感、ソースの甘じょっぱさのハーモニーが素晴らしい。
それを全てつつみこむ、白米の懐の広さ。
素直にうまいのひと言だ。
口直しにしじみの味噌汁をすすり、ゴクリと飲んだらサラダをしゃきしゃき噛む。
一息ついたら、ヒレかつ、ご飯、味噌汁、サラダのサイクルを繰り返して食べ尽くしていく。
途中、凛音は1回ご飯と味噌汁をおかわりしていたのを見逃さなかった。
「うまい、うまい」と呟きながらはぐはぐとがっついててとても可愛い。
「私もうお腹いっぱいだから、あとのとんかつ食べきっちゃっていいよ」
「あれ、鈴、もういいの?」
「うん、これ以上食べたらますます横幅大きくなっちゃうよ」
「そう?」
「凛音に抱っこしてもらえなくなっちゃうよ」
「何キロでも大丈夫だよ!」
「そうは言うけれどさ」
と、しょうもないやりとりをしながら夜は更けていった。
今日もいい日になったな。




