Episode 5 実家飲み、サゴチ、他
今日は、まったりと実家で母と飲む日。
兄と姉は自室に引っ込んでいて、二人きりだ。
父は車で一時間の所に別に住んでいる。
母は料理好きなので、私が座って飲んでいるだけで、どんどんおつまみを持ってきてくれる。
おもてなしの精神がすごい。
「半額だったから、サゴチを塩焼きにしてみたわよ」
「いい匂いだね」
「鈴から聞いた通り、サワラの若魚で、脂があまりないみたいね。硬くならないようにサッと焼いたの」
「見るからに、ふっくらふかふかしてるねえ」
美しい白身に箸を入れると、ふっくらした身がほろりと崩れてほどける。
はふりと熱々の身を口へ入れると、魚特有の旨味が口の中に溶けていく。
魚らしい筋繊維の食感もちゃんとあるが、とにかく柔らかい。
ほどよい塩気が食欲をそそる前菜だ。
「これ、すごく美味しいよ。ママ、本当に初めてこの魚を料理したの?」
「えっへん。鈴が調べてくれたから、その通りにしたのよ」
母は満足げに頷くと、キッチンに戻り次の料理に取りかかった。
少し経つと、ほかほかと湯気を立てた皿を持ってリビングへ戻ってくる。
「はい、お待ちどう。ペペロンチーノ枝豆よ」
「待ってました。これは炭酸が進む一品だあ」
「私も味見しながらつまみ食いしてるけど、うまくできたと思う」
「これもいただきます」
オリーブオイルで炒められ、艶やかになった枝豆を箸でつまんで口へ運ぶ。
さやを少し吸いながら歯でしごくと、中のつるりとした豆粒だけが口の中に残る。
枝豆のほのかな甘みと旨味に、ニンニクの香ばしさと鷹の爪の辛みが交わり、最高だ。
「これはビールが進みそう」
「もらい物のビールを冷やしてたから、開けようかな」
「いいビールあるんだね」
と、ちびちびと焼酎ソーダを飲みながら感心する。
カシュッと缶を開ける小気味よい音が響き、母は缶に口をつけて、ゴクリとビールを飲む。
「うん、すごく合う」
そう言いながら、んん、と悩む素振りをする母。
「ズッキーニが安かったから、ベーコンかウインナーと炒めようかと思うの」
「ウインナーに一票」
「そうね、ボリュームも出るしそうしようかな」
「美味しい予感しかしない」
「味付けは洋風だしと黒胡椒、ハーブソルトかな。ウインナーから塩気が出るからね」
「味付けへの信頼感が増す」
「おつまみだからって、しょっぱくすればいいものじゃないからね」
と、キッチンに戻り再びフライパンに向かう母。そしてまた、しばらくすると皿を持ってリビングに戻ってくる。
「わくわく」
「はい、ズッキーニとウインナーの炒め物よ」
「できたて、いただきます」
アナグマの本能のままに、ウインナーとズッキーニを一つずつ箸でつまみ、はぐはぐと口へ入れる。
しっかりと加熱されつつも、歯ごたえが残るズッキーニ。
それに絡むのは、しっかりした塩気の、パリッとしたウインナー。
「これ、さらにビールに合いそう」
「うん、合うね」
「これだけで缶一本なくなりそう」
「ありがと。やっぱりウインナーにはビールだね」
チン、とレンジが鳴ると、今度はほくほくのカボチャの煮物が差し出される。
「これはお惣菜よ。半額だったから」
「甘みだ。塩気と甘みを交互に食べるのは贅沢だねえ」
ほくりと口へ運ぶと、少しの塩気と、カボチャのねっとりと濃厚な甘みが口の中に広がっていく。
これはこれで、焼酎ソーダに合うものである。
その合間にズッキーニとウインナーの炒め物や、ペペロンチーノ枝豆を食べると、塩気が際立ってかなりうまい。
「冷凍の焼きおにぎりもあるけど、食べる?」
「え? でも、まだおつまみがたくさんあるよ」
「余ったのは全部、明日のおかずで消えるから大丈夫」
「まあ、これだけ美味しければ兄や姉も食べるよね」
なんだかんだで成人して久しい兄や姉である。酒こそ飲まない彼らだが、食欲は旺盛だ。さすがアナグマ一家。
とりあえず、母には焼きおにぎりをお願いしておくことにしよう。
「焼きおにぎり、ちょうど炭水化物が欲しかったところだから、お願いしてもいい?」
「チンしてくるね」
「はーい」
二分ほど、飲み食いしながらしゃべって待つと、湯気を立てた醤油味の焼きおにぎりが、卓上の仲間に加わる。
私は箸でおにぎりをつつく。
「これこれ。こういうインスタントも好きなんだよね」
「自分で作ることもできるけど、チンして済むなら、そっちでいいね」
うんうん、と母と頷き合いながら、焼きおにぎりにぱくつく。
醤油が少し焦げた外側の硬めのお米と、中のふわっともちもちしたお米。その食感のコントラストが美しい。
炭水化物も入り、それなりにお腹も膨れた。
ここで少し休憩し、おしゃべりに夢中になる。
テレビを見ながら、とりとめもなくツッコミや合いの手を入れた。
しばらく経った後、母がふと声をかけてくる。
「鈴、まだ食べられる?」
「少しならいけるかな?」
「鈴が好きなやつできるよ」
「お? なんだろ」
「塩辛」
「!」
「じゃがバター。これでわかる?」
「あれじゃん!」
「そ。芋は一度加熱してあるから、チンしたらすぐできるよ」
「食べたい!」
「わかった。ちょっとだけ待ってて」
母はキッチンへ戻っていった。
知らない人もいると思うので解説すると、その名のとおり、じゃがバターにイカの塩辛を載せただけの料理だ。
しかし、たかがじゃがバターと侮ることなかれ。
ジャガイモのほくほくした甘み、バターの鼻へ抜ける香り。それに合わさる、磯の香りをまとったイカの塩辛の塩気。
北海道名物、塩辛じゃがバター。
それが今、目の前にコトリと置かれた。
ほかほかと湯気を立て、塩辛とバターが混ざり合ったなんともいえない香りを漂わせている。
母はさて、と口を開く。
「私も一個食べるよ」
「何個でも食べよう。なんてね」
「そんなには食べられないよ。鈴じゃないんだから」
「私は案外少食じゃない?」
「そうね。そうだった」
塩辛は好きなだけかける方式なので、こんもりとかけたら、母に笑われてしまった。
これもまた箸で崩して、はむりと口へ入れる。
「美味しい」
じゃがバター自体も美味しいが、イカの塩辛を載せるだけで、なぜこんなに伸びしろがあるのか。
塩辛じゃがバターの謎は、深まるばかりだ。
母も食べながら、うん、と頷いた。
「これもビールが進むね」
「北海道とか、ほかにもローカルなおつまみっていいよね」
「なめろうとか、マンボウとか?」
「マンボウはマイナーすぎない? 美味しいけどさ」
などと話が脱線しまくりながら、夜は深まっていった。
今日の宅飲みも優勝だ。




