表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒焔に咲く薄桜  作者: 日ノ澤しの
第一章 黒焔の婚約者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/39

第三話 紫紺の瞳


第三話です。


澪と朔夜、二人が初めて顔を合わせます。


 婚約の席は、三日後に設けられた。


 場所は白菊宮の近くにある、東雲家の別邸。


 格式高い屋敷だと聞いていたが、実際に目にした建物は、想像以上に静かだった。


 黒を基調とした外壁。


 広い庭園。


 人の気配はあるのに、不思議なほど音が少ない。


「ぼさっとしないで」


 隣を歩く華鈴が小声で言う。


「みっともない真似をしたら、九条家の恥ですからね」


「……はい」


 本来なら婚約者として呼ばれたのは澪だけだ。


 だが綾乃は、”付き添い”として華鈴も同行させていた。


 澪が失敗した時のため。


 あるいは、まだ諦めきれていないのかもしれない。


 案内役の使用人に通され、広間へ入る。


 そこで澪は思わず息を呑んだ。


 部屋の奥。


 一人の青年が座っていた。


 長い黒髪。


 整った顔立ち。


 けれど何より印象的だったのは、その瞳。


 深い夜を閉じ込めたような、紫紺。


 冷たいのに、どこか静かな色だった。


「東雲朔夜様です」


 使用人が告げる。


 澪は慌てて頭を下げた。


「九条澪です。本日は、お時間をいただきありがとうございます」


 沈黙。


 恐る恐る顔を上げると、朔夜は澪を見ていた。


 まっすぐに。


 値踏みするようでもなく、侮蔑するようでもない視線。


 ただ静かに見つめられているだけなのに、澪は妙に落ち着かなかった。


「……座れ」


 低い声だった。


「失礼します」


 澪が座ろうとした、その時。


「東雲様」


 華鈴が一歩前へ出る。


「本日はお会いできて光栄ですわ」


 柔らかな笑み。


 普段より幾分高い声。


 華鈴は優雅に礼をした。


 けれど朔夜は、ほとんど視線を向けなかった。


「お前は」


「妹の華鈴です」


「そうか」


 興味がない。


 それがはっきり分かる返事だった。


 華鈴の笑顔が僅かに引きつる。


 澪は気まずさに俯いた。


 空気が重い。


 やはり噂通り、恐ろしい人なのかもしれない。


 そう思った時だった。


「九条澪」


 突然、名を呼ばれる。


 澪は肩を震わせた。


「は、はい」


「お前は、この婚約をどう思っている」


 澪は言葉に詰まった。


 どう思っているか。


 そんなこと、考える余裕もなかった。


 断れる立場ではない。


 逆らえる立場でもない。


「……九条家のためになるのであれば、と」


 それが精一杯だった。


 朔夜は少しだけ目を細める。


「お前自身は?」


 澪は息を止めた。


 自分自身。


 そんな風に問われたことなど、一度もない。


「私は……」


 答えが出ない。


 澪が俯いた、その瞬間。


 ふわり、と。


 薄桜色の花弁が舞った。


「……え?」


 澪は目を見開く。


 風はない。


 閉ざされた室内だ。


 なのに、どこからか桜の花弁が現れ、澪の周囲を淡く漂っている。


 綾乃の顔色が変わった。


「澪!」


 鋭い声。


 澪は慌てて立ち上がる。


「も、申し訳ありません……!」


 感情が揺れたせいだ。


 澪の力は、心に強く呼応する。


 動揺すれば、時折こうして勝手に術が漏れることがあった。


「お前、東雲様の御前で何をーー」


「黙れ」


 低い声が遮る。


 空気が一変した。


 綾乃が言葉を止める。


 朔夜は澪を見ていた。


 その紫紺の瞳が、初めて僅かに揺れる。


「今のは、結界術か」


 澪は小さく頷く。


「……未熟なものです」


「未熟?」


 朔夜の視線が花弁へ向けられる。


 淡く揺れる薄桜色。


 静かで、柔らかな力。


 それは朔夜のどんな術とも違っていた。


「これを、未熟だと言うのか」


 その声は独り言に近かった。


 澪は困ったように俯く。


「役に立たない力ですので……」


 次の瞬間。


 朔夜の眉が僅かに寄った。


 初めて感情が動いたみたいに。


「誰がそう言った」


 澪は顔を上げる。


 朔夜は静かに澪を見ていた。


 その瞳からは、侮蔑も憐れみも感じない。


 ただ真っ直ぐだった。


 澪の胸が、不思議とざわつく。


 怖いはずなのに。


 恐ろしい人のはずなのに。


 その紫紺の瞳から、なぜか目を逸らせなかった。




第三話を読んでくださり、ありがとうございました。


澪と朔夜、初対面回でした。

まだぎこちない二人ですが、ここから少しずつ関係が変わっていきます。


次話では、婚約の話が本格的に進み始めます。


少しでも楽しんでいただけましたら、


● ブックマーク

● 評価

● 感想


などいただけると励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ