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黒焔に咲く薄桜  作者: 日ノ澤しの
第一章 黒焔の婚約者

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第二話 黒焔の男


第二話です。


今回は東雲家側、そして朔夜について少しずつ描かれていきます。


 東雲家は、皇都の北に居を構えている。


 広大な敷地。


 黒鉄の門。


 静まり返った屋敷。


 そのすべてが、”近寄りがたい”という言葉を形にしたようだった。


「本当に、あの九条家から婚約者を?」


 重々しい空気の中、年配の男が口を開いた。


 東雲家の長老の一人だ。


「しかも、あの出来損ないの娘だと聞きましたぞ」


「九条家も随分な真似をしたものですな」


 低い笑いが広間に広がる。


 だが、その場の中心に座る青年だけは無言だった。


 東雲朔夜。


 現東雲家当主。


 禍を焼き払う”黒焔”の継承者。


 彼は頬杖をついたまま、淡々と書類へ目を通している。


「朔夜様」


 側近の青年ーー榊が口を開いた。


「九条家から正式な返答が届いております」


「読め」


「は。婚約者として、九条華鈴様をーー」


「違う」


 朔夜が静かに遮った。


 榊が目を瞬かせる。


「……はい?」


 朔夜は書類を机へ置いた。


「祖父の遺言にあった名は、九条澪だ」


 広間の空気が変わる。


 長老の一人が眉を顰めた。


「しかし、その娘は」


「出来損ない、でしたかな」


 朔夜の紫紺の瞳がゆっくり向けられる。


 それだけで、場が凍り付いた。


「それがどうした」


 静かな声だった。


 だが、誰も言い返せない。


 朔夜は続ける。


「東雲が必要としているのは、”飾り”ではない」


「ですが朔夜様。九条家は明らかに澪という娘を軽んじています。婚約の場へ出すのも、体裁合わせでしょう」


 榊が慎重に言う。


 朔夜は少しだけ目を細めた。


「……分かっている」


 それが余計に気に入らなかった。


 東雲家を利用しようとする九条家も。


 娘を押しつけるような真似も。


 そして。


 その状況に、逆らえない娘も。


「朔夜様?」


 榊が訝しげに呼ぶ。


 朔夜は立ち上がった。


「婚約の席は予定通り設ける」


「では、華鈴様を?」


「違う」


 朔夜の声は冷たい。


「遺言通り、九条澪を迎える」


     ◇


 同じ頃。


 九条家では、綾乃が苛立たしげに扇を閉じていた。


「どういうことなの」


 机の上には、東雲家からの返書。


 そこには確かに書かれていた。


「婚約者は、九条澪を望む」


 華鈴が顔を歪める。


「どうしてお義姉様なんですの!?」


「落ち着きなさい、華鈴」


 綾乃は言いながらも、内心穏やかではなかった。


 本来なら華鈴を東雲家へ嫁がせるつもりだった。


 東雲家との縁は大きい。


 国の中枢を担う名家。


 そこへ嫁げば、華鈴の立場もさらに強くなる。


 だが。


「まさか、あの娘を名指しするなんて……」


 綾乃は唇を噛む。


 澪を東雲家へ?


 ありえない。


 あの陰気な娘が、東雲家当主の婚約者など。


 けれど断れば、東雲家との関係に傷がつく。


 華鈴が苛立ったように立ち上がる。


「お義姉様なんか、東雲様に相応しくありません!」


「華鈴」


「だって、お義姉様は何もできないじゃない!」


 綾乃は扇で口元を隠した。


 その時だった。


 部屋の外から、侍女の声がする。


「綾乃様。澪様をお連れしました」


「入りなさい」


 襖が開く。


 そこに立っていた澪は、どこか不安そうだった。


「お呼びでしょうか」


 綾乃は澪を見つめる。


 儚げな顔立ち。


 千鶴によく似たその姿が、綾乃は昔から嫌いだった。


「東雲家との婚約が決まりました」


 澪の目が大きく見開かれる。


「……え?」


「お前が東雲朔夜様の婚約者になります」


 言葉の意味が理解できない。


 澪はただ、呆然と立ち尽くした。


 華鈴の視線が痛いほど刺さる。


「わ、私が……?」


「勘違いしないことね」


 綾乃の声は冷たかった。


「これは九条家のためです。お前のためではありません」


 澪は唇を噛む。


 胸がざわつく。


 東雲朔夜。


 黒焔を纏う、恐ろしい人。


 そんな相手の婚約者に、自分が。


「返事は?」


 澪はゆっくり俯いた。


「……承知、いたしました」


 そう答えるしかなかった。


 たとえそれが、どんな未来へ繋がっていようとも。


第二話を読んでくださり、ありがとうございました。


今回は東雲家側と、朔夜の雰囲気を中心に描きました。

まだ冷たく見える朔夜ですが、少しずつ澪との関係が変わっていきます。


次話では、いよいよ澪と朔夜が初めて顔を合わせます。


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