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黒焔に咲く薄桜  作者: 日ノ澤しの
第三章 藤に眠る春

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第二話 記録に残る名



第三章、第二話です。


今回は、澪が藤ヶ宮家の記録を読み進める中で、ある人物の名前を見つけることになります。




 藤ヶ宮家の記録を読み始めてから数日。


 澪は時間を見つけては書庫へ通うようになっていた。


 以前の自分なら考えられないことだった。


 何かを知りたいと思うことも。


 自分から行動することも。


 けれど今は違う。


 母のことを知りたい。


 その想いが、澪を動かしていた。


     ◇


 その日も澪は書庫の一角に座っていた。


 机の上には藤ヶ宮家に関する記録が積まれている。


 古い紙の匂い。


 静かな空気。


 頁をめくる音だけが響いていた。


「皇都大結界……」


 小さく呟く。


 藤ヶ宮家は代々、結界術を担ってきた家だった。


 母もまた、その一人。


 記録を読むたびに、自分の知らない母の姿が見えてくる。


 その時だった。


「これは……」


 澪は頁をめくる手を止めた。


 ある名前が目に入ったからだ。


『東雲玄夜』


 思わず目を瞬かせる。


「玄夜様……?」


 何故ここに。


 東雲家前当主の名前が。


 不思議に思いながら続きを読む。


『皇都大結界補習計画』


『東雲玄夜』


『藤ヶ宮千鶴』


『共同任務』


 澪は息を呑んだ。


 母と玄夜。


 二人の名前が並んでいる。


「一緒に……?」


 記録によれば、二人は何度か同じ任務へ参加していたらしい。


 それも一度ではない。


 複数回。


 つまり。


 ただ顔見知りだったわけではない。


「母様と玄夜様は、思っていたより親しかったのでしょうか……」


 独り言が零れる。


 その時。


「その可能性はありますな」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 老術師だった。


     ◇


 老術師は向かいへ腰を下ろした。


「失礼しました」


「いえ」


 澪は少し慌てて記録を見せる。


「これを読んでいて……」


 老術師は頷いた。


「懐かしいですな」


 その言葉に澪は顔を上げた。


「ご存じなのですか?」


「ええ」


 老術師は微笑む。


「当時、私はまだ若輩でしたが」


 そして記録へ視線を落とした。


「玄夜様と千鶴様は何度も顔を合わせておりました」


 澪は静かに聞く。


 老術師は少し考えるように目を細めた。


「どちらも人を守ることを何より大切にする方でした」


 その言葉に澪は少しだけ胸が温かくなる。


 母らしい。


 そう思えたからだ。


「仲が良かったのですか?」


 老術師は少しだけ笑った。


「さて」


 珍しく曖昧な返事だった。


「ですが、お互いを信頼していたことは確かでしょう」


 その言葉だけで十分だった。


 澪は再び記録へ目を落とす。


 知らない過去。


 知らない繋がり。


 けれど。


 少しずつ形になっていく。


     ◇


 その日の夕方。


 澪は中庭を歩いていた。


 夕陽が庭を染めている。


 春風が心地良い。


 ふわり、と。


 薄桜色の花弁が舞った。


 澪は足を止める。


 最近、この花弁を見るたびに思う



 母も同じように術を使っていたのだろうか、と。


 だが。


 すぐに首を振る。


 それは分からない。


 まだ誰も教えてくれていない。


 それに。


 自分の力のことすら、澪はまだよく理解していなかった。


「澪」


 声がして、振り返る。


「朔夜様」


 朔夜が歩いてくる。


 仕事を終えたばかりなのだろう。


 少しだけ疲れた表情をしていた。


「記録は読んだか」


「はい」


 澪は小さく頷く。


「母様と玄夜様が一緒に任務へ参加されていたことを知りました」


 朔夜は僅かに目を細めた。


「そうか」


 短い返事だが、その後に続いた言葉は意外だった。


「祖父は、人を信じるのが上手い人だった」


 澪は目を瞬かせる。


「そうなのですか?」


「ああ」


 朔夜は空を見る。


「だから多くの人が祖父についていった」


 夕陽が紫紺の瞳を照らしていた。


「千鶴殿も、その一人だったのかもしれないな」


 澪は少しだけ微笑んだ。


 母と玄夜。


 今はまだ分からないことばかりだ。


 けれど。


 その関係を知ることが、真実へ近づく一歩になる気がしていた。





第三章、第二話を読んでくださり、ありがとうございました。


今回は、千鶴と玄夜の繋がりが初めて記録として明かされました。


まだ断片的な情報ばかりですが、少しずつ過去の人物たちの関係性が見え始めています。


次回は、藤ヶ宮家に関するさらに古い記録の中から、玄夜が隠そうとしていたものへ近づいていきます。


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