第一話 開かれた記録
第三章開始です。
第二章では、中央区画の異変と共に「藤ヶ宮」という名が少しずつ浮かび上がってきました。
第三章では、澪の母・千鶴の過去、そして藤ヶ宮家の真実へ近づいていきます。
三日前。
旧結界管理区画での異変は終息した。
地下へ封じられていた禍は消滅し、中央区画で続いていた瘴気の発生も止まっている。
皇都は再び平穏を取り戻した。
少なくとも、人々の目にはそう映っていた。
だが。
東雲家の中では、まだ何も終わっていなかった。
◇
「藤ヶ宮家の記録……ですか」
澪は目の前に置かれた数冊の書物を見つめた。
場所は東雲家の書庫。
向かいには榊が座っている。
「はい」
榊は静かに頷いた。
「旧結界管理区画で発見された資料や、東雲家に残されていた記録を整理した結果です」
机の上には古い冊子が並んでいる。
どれも年代を感じさせるものばかりだった。
澪は少し戸惑った。
「私が見ても良いのでしょうか」
「朔夜様の許可はいただいております」
その言葉に、澪は小さく目を瞬かせた。
朔夜。
最近は調査や報告が続いているらしく、顔を合わせる機会も少し減っていた。
それでも。
こうして自分へ気を配ってくれていることが嬉しかった。
「ありがとうございます」
そう言って、澪は一冊目を開いた。
◇
最初に記されていたのは、藤ヶ宮家の歴史だった。
『皇都創設以前より続く術師の家系』
『結界術を専門とする』
『皇都結界維持へ深く関与』
難しい言葉が並ぶ。
だが。
澪にも一つだけ分かることがあった。
「すごい家だったのですね……」
思わず呟く。
九条家も名門だ。
けれど。
藤ヶ宮家はそれとは少し違う。
もっと古く。
もっと深く。
皇都そのものへ関わっているように見えた。
「ええ」
榊も静かに頷く。
「現在は表舞台から退いておりますが、かつては非常に影響力を持つ家でした」
「母様も……この家の方だったのですね」
まだ不思議だった。
母の旧姓。
母の故郷。
何も知らなかった場所。
けれど。
少しずつ現実味を帯び始めている。
◇
さらに頁をめくる。
すると。
ある名前で手が止まった。
『藤ヶ宮千鶴』
澪の呼吸が止まる。
また母の名前だ。
今度は肖像画ではない。
術師としての記録だった。
『結界術適性極めて高し』
『歴代有数』
『皇都大結界補習任務へ参加』
澪は目を見開く。
「母様が……」
老術師から優秀な術師だったとは聞いていた。
けれど。
こうして記録として残されていると重みが違う。
「母様は有名な方だったのですね」
榊は少しだけ懐かしそうに目を細めた。
「私が東雲家へ入る前の話ですが」
「はい」
「当時を知る方々から名前を聞くことはありました」
澪は静かに頁を見つめる。
知らなかった。
本当に何も。
九条家で生きてきた十六年間。
母のことを知ろうとしたことすらなかった。
いや。
知る機会がなかった。
だから今。
初めて母へ近づいている気がした。
◇
その夜。
朔夜は執務室で資料を読んでいた。
榊がまとめた調査結果。
旧結界管理区画。
玄夜の記録。
そして。
藤ヶ宮家。
その中の一枚へ視線が止まる。
『二十五年前』
『玄夜、藤ヶ宮家訪問』
短い記録だった。
だが。
重要な意味を持つ。
「祖父……」
玄夜は何を知っていたのか。
何を残そうとしていたのか。
その時だった。
机の上へ一枚の花弁が落ちる。
薄桜色。
見慣れた花弁だった。
朔夜は思わず苦笑する。
「またか」
窓は閉まっている。
それなのに、いつの間にか入り込んでいる。
まるで。
澪そのものみたいに。
静かに。
気づけば隣にいる。
朔夜は花弁を指先で摘まむ。
そして。
ふと窓の外を見る。
春の夜風が吹いていた。
その先にある真実へ辿り着くには、まだ足りない。
だが。
確実に近づいている。
そんな予感がしていた。
第三章、第一話をよんでくださり、ありがとうございました。
第三章では、藤ヶ宮家の過去と千鶴の人生へ少しずつ踏み込んでいきます。
第二章までが「異変の発見」だとすれば。第三章は「真実への調査」が中心になります。
次回は、澪がさらに藤ヶ宮家の記録を読み進める中で、思いがけない人物の名前を見つけることになります。
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第三章もどうぞよろしくお願いいたします。




