第十五話 旧結界管理区画
第二章、第十五話です。
今回は、これまで調査してきた異変の中心地と思われる場所へ向かいます。
翌朝。
東雲家は早くから慌ただしかった。
調査隊の編成。
結界術師の選定。
瘴気対策の準備。
旧結界管理区画への調査が正式に決定したのだ。
その中心にいるのは当然、東雲朔夜だった。
「出発は一刻後です」
榊が資料を手渡す。
朔夜は目を通しながら頷いた。
「現地周辺の瘴気濃度は」
「通常の三倍ほどです」
「まだ増えているな」
「はい」
榊の表情も険しい。
これは単なる後処理ではない。
何かが起きている。
それだけは誰の目にも明らかだった。
◇
一方。
澪は縁側で空を見上げていた。
朝だというのに落ち着かない。
胸がざわつく。
昨夜から花弁も静かではなかった。
風が吹くたびに揺れ。
時折、西の方へ流れようとする。
まるで何かを知らせるように。
「旧結界管理区画……」
その名前を思い浮かべる。
行ったこともない場所。
不思議と気になって仕方がなかった。
その時。
「澪」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
「朔夜様」
黒い羽織姿の朔夜が立っていた。
出発前なのだろう。
いつもよりさらに張り詰めた空気を纏っている。
「調査へ行く」
「……はい」
分かっていた。
それでも胸が少しだけ苦しくなる。
朔夜は澪を見つめた。
「留守を頼む」
短い言葉。
けれど。
そこには信頼が込められていた。
澪は小さく頷く。
「お気を付けて」
自然と口から出た言葉だった。
朔夜は一瞬だけ目を細める。
そして。
「ああ」
静かに答えた。
◇
昼過ぎ。
旧結界管理区画。
そこは皇都西部の外れに位置していた。
今ではほとんど人が訪れない場所。
かつて皇都の結界維持を担っていた施設も、長い年月によって朽ちている。
石造りの建物。
崩れた壁。
ひび割れた術式。
周囲には重い空気が漂っていた。
「瘴気が濃いな」
朔夜が呟く。
榊も頷く。
「記録以上です」
術師たちも警戒を強める。
異様だった。
禍の姿はない。
それなのに。
まるで見えない何かが潜んでいるような圧迫感がある。
その時。
「朔夜様」
一人の術師が声を上げた。
「こちらを」
案内された先には、地下へ続く階段があった。
半ば崩れている。
だが最近動かされた形跡がある。
朔夜の瞳が細められた。
「下へ行く」
◇
地下施設は想像以上に広かった。
古い結界設備。
封印用の術式。
崩れた祭壇。
その全てが長い年月を感じさせる。
だが。
最奥部に近づくにつれ、瘴気は濃くなっていった。
「これは……」
榊が眉を寄せる。
朔夜も足を止めた。
部屋の中央。
そこには巨大な術式が刻まれていた。
円形の封印陣。
だが。
その一部が破損している。
「封印……か」
朔夜が低く呟く。
そして。
封印陣の中心を見た瞬間、表情が変わった。
「朔夜様?」
榊が問いかける。
朔夜は答えない。
ただ封印陣の一角を見つめていた。
そこには。
見覚えのある紋様が刻まれていた。
東雲家の紋でもない。
皇都の紋でもない。
もっと古い意匠。
だが。
玄夜の記録で見たことがあった。
「……藤」
小さく呟く。
その瞬間。
地下全体が震えた。
術師たちが一斉に顔を上げる。
「何だ!?」
轟音。
地鳴り。
そして。
封印陣の亀裂から黒い瘴気が噴き出した。
「全員下がれ!」
朔夜の声が響く。
次の瞬間。
黒焔が燃え上がった。
◇
同じ頃。
東雲家。
澪は突然立ち上がった。
「っ……!」
胸が苦しい。
呼吸が乱れる。
大量の花弁が舞い上がる。
「澪様!?」
使用人たちが驚く。
だが澪の耳には届かない。
見える。
見えてしまう。
黒焔。
地下。
崩れた封印。
そして。
噴き出す瘴気。
「朔夜様……!」
花弁が激しく舞う。
今までで一番強く。
まるで。
何かを止めようとするように。
第二章、第十五話を読んでくださり、ありがとうございました。
第二章はいよいよ佳境へ入りました。
旧結界管理区画の地下で発見された封印。
そして再び現れた「藤」の痕跡。
過去の異変と現在の異変が、少しずつ一つの線として繋がり始めています。
次回は地下で起きた異変と、澪が見た光景の続きとなります。
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