第七話 藤の名を継ぐ家
第二章、第七話です。
今回は、澪が初めて「藤ヶ宮」という名に向き合う回になります。
藤ヶ宮。
その名前が、澪の頭から離れなかった。
母の旧姓。
自分の知らなかった名前。
そして、自分の知らない母の人生。
書庫で見た記録を思い出しながら、澪は縁側へ座っていた。
春の風が穏やかに吹いている。
だが胸の奥は落ち着かなかった。
「母様は……どんな場所で育ったのでしょう」
九条家で母の話を聞いたことはない。
だからこそ気になる。
藤ヶ宮家とは何なのか。
母はどんな人だったのか。
知りたい。
そう思う自分がいた。
◇
その日の午後。
澪は再び書庫を訪れていた。
老術師も以前と同じように机に向かっている。
「また来てしまいました」
澪が申し訳なさそうに言うと、老術師は穏やかに笑った。
「構いませんとも」
そして。
澪の表情を見ただけで察したようだった。
「藤ヶ宮家について知りたいのですな」
澪は少し驚く。
「分かるのですか」
「顔に書いてあります」
その言葉に澪は少し恥ずかしくなった。
最近、自分の考えていることが顔へ出やすくなった気がする。
東雲家へ来てからだろうか。
「少しだけ、お聞きしても良いでしょうか」
老術師は頷く。
「話せる範囲でしたら」
そう言って、一冊の古い資料を開いた。
「藤ヶ宮家は長い歴史を持つ家です」
澪は耳を傾ける。
「代々、結界術に優れた術師を輩出してきました」
「結界術……」
「ええ」
老術師は静かに頷く。
「特に『守る』ことに長けた家系です」
その言葉を聞いて、澪は少しだけ母を思い出した。
優しかった人。
いつも微笑んでいた人。
守る。
その言葉は不思議と母に似合う気がした。
「母様も……そうだったのですか」
老術師は目を細める。
「千鶴様もまた、人を守ることを大切にされておりました」
澪は静かに記録へ視線を落とした。
知らないことばかりだ。
けれど。
少しずつ母が近くなる気がした。
◇
書庫を出た帰り道。
廊下を歩いていると、向こうから榊がやって来た。
「澪様」
「榊様」
榊は柔らかく微笑む。
「書庫ですか」
「はい」
澪は少し迷った。
だが。
聞いてみたかった。
「あの……」
「何でしょう」
「藤ヶ宮家というのは、どんな家なのですか」
榊が僅かに目を見開く。
そしてすぐに表情を整えた。
「興味を持たれたのですね」
澪は小さく頷く。
「母のことを知りたくて」
榊は少し考え込む。
何か言葉を選んでいるようだった。
「そうですね」
やがて口を開く。
「東雲家とは古くから縁のある家です」
「そうなのですか?」
「ええ」
それ以上は語らない。
だが。
どこか含みのある言い方だった。
まるでまだ話せないことがあるみたいに。
澪は少し不思議に思った。
◇
その夜。
朔夜は執務室で資料を読んでいた。
中央区画で発生した禍の調査報告。
異常発生の記録。
瘴気の残滓。
どれも違和感だらけだった。
「やはり……」
自然発生ではない。
その可能性が高まっている。
だが決定的な証拠はない。
その時。
机の端へ置かれた一枚の紙へ視線が向く。
藤ヶ宮家。
その名が記された古い資料だった。
朔夜は静かに目を伏せる。
祖父から聞いた話を思い出す。
黒焔。
結界。
東雲家。
藤ヶ宮家。
その繋がりを。
「まだ早い」
誰へ言うでもなく呟く。
澪はまだ知らない。
知らないままでいてほしいとさえ思う。
だが。
中央区画で起きた異変は、確実に何かを動かし始めていた。
その時。
窓の外を、一枚の花弁が流れていく。
薄桜色の花弁。
朔夜はそれを見つめる。
まるで。
嵐の前の静けさみたいに。
第二章、第七話を読んでくださり、ありがとうございました。
今回は、澪が藤ヶ宮家という存在へ興味を持ち始める回でした。
まだ澪は何も知りません。
ですが、少しずつ、
・母の過去
・藤ヶ宮家
・結界
・東雲家との繋がり
へ近づき始めています。
そして裏では、中央区画の異変についても不穏な動きが続いています。
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