第四話 薄桜を知る者
第二章、第四話です。
討伐を終えた夜。
東雲家では、澪の力について少しずつ動きが出始めます。
中央区画での討伐から、一夜が明けた。
東雲家の屋敷は、朝から慌ただしい空気に包まれていた。
術師たちが行き交い、報告書が運ばれていく。
だが。
澪の胸は、まだ昨夜のざわめきを引きずっていた。
「……黒焔」
小さく呟く。
昨夜、自分は確かに感じた。
朔夜の炎が苦しんでいたことを。
そして。
自分の花弁が、それを鎮めたことも。
「どうして……」
理解できない。
自分の力は、弱い結界術だったはずだ。
それなのに。
昨夜の感覚は明らかに異常だった。
その時。
こんこん、と襖が叩かれる。
「澪様、失礼いたします」
入ってきたのは榊だった。
だが、その表情はいつもより真剣だ。
「榊様……朔夜様は」
「お怪我はありません」
その言葉に、澪はほっと息を吐いた。
胸の奥に張り詰めていたものが少し緩む。
榊はその様子を静かに見つめていた。
「ですが」
続いた声に、澪の肩が揺れる。
「昨夜の件について、東雲家内部でも話が上がっています。
「……昨夜の件」
「黒焔暴走を、澪様の術が鎮めた件です」
澪は息を呑んだ。
やはり、皆気づいていた。
榊は少しだけ視線を落とす。
「本来、黒焔暴走は他者が干渉できるものではありません」
「……」
「ですが昨夜、朔夜様の黒焔は確かに澪様の術へ反応した」
静かな声。
けれど、その意味は重い。
澪は無意識に、自分の手を握りしめた。
「私にも……何が起きたのか分からないんです」
「ええ。ですので」
榊は一度言葉を切る。
「東雲家の古参術師が、澪様へお会いしたいと」
澪の瞳が揺れた。
◇
案内されたのは、本邸のさらに奥。
普段はほとんど人が立ち入らない静かな部屋だった。
障子の向こうから、淡い香が漂う。
「失礼いたします」
澪が頭を下げる。
室内には、一人の老人が座っていた。
昨夜、自分へ”薄桜”と呟いた老術師だ。
白髪交じりの髪。
深く刻まれた皴。
だがその目だけは鋭い。
「……九条澪殿」
低い声が響く。
澪は緊張しながら頭を下げた。
「は、はい」
老人はしばらく澪を見つめていた。
まるで何かを確かめるみたいに。
やがて。
「花弁を見せていただけますかな」
澪は戸惑う。
「花弁、ですか……?」
「無理にとは言いません」
静かな声音だった。
澪はそっと胸元を押さえる。
どうすればいいのか分からない。
けれど。
少しだけ、朔夜のことを考えた瞬間。
ふわり、と。
薄桜色の花弁が舞った。
部屋の空気が柔らかく染まる。
老人の瞳が、大きく揺れた。
「……やはり」
ぽつり、と零れた声。
澪は不安そうに老人を見る。
「あの……」
「失礼」
老人はすぐに表情を戻した。
だが、その目には驚きが残っている。
「澪殿。貴女は、ご自身の術をどこまで理解しておられますかな」
「……ほとんど」
澪は小さく俯く。
「私は結界術しか使えないと、ずっと言われていました」
「結界術、ですか」
老人は静かに目を細めた。
「なるほど。九条家は、そこまでしか見ておらなんだか」
その言葉に、澪は目を瞬かせる。
「……どういう意味でしょうか」
老人はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくり口を開く。
「”薄桜”とは、本来”繋ぐ術”です」
澪の瞳が揺れる。
「繋ぐ……」
「人と人。術と術。心と力」
老人の声は静かだった。
「特に、暴走した術式を鎮める力に長ける」
昨夜の光景が蘇る。
暴走する黒焔。
そして、それへ触れた花弁。
老人は澪を真っ直ぐに見つめた。
「黒焔と最も相性が良い術式とも言われております」
澪は息を呑んだ。
「そんな……」
信じられない。
自分の力が。
役に立たないと言われ続けたこの術が。
朔夜を支えられる?
その時だった。
す、と。
障子が開く。
「……勝手に話を進めるな」
低い声が響いた。
澪が振り返る。
「朔夜様!」
黒い着物姿の朔夜が立っていた。
昨夜の疲労が残っているはずなのに、その紫紺の瞳は静かだった。
老人は小さく肩を竦める。
「申し訳ありませんな」
「澪を混乱させる」
朔夜は澪の隣へ立つ。
その瞬間。
ふわり、と。
薄桜色の花弁が穏やかに揺れた。
老人はそれを見て、静かに目を細める。
「……なるほど」
ぽつり、と呟く。
その声音には、どこか確信めいたものが混ざっていた。
だが澪はまだ知らない。
”薄桜”という力が。
東雲家の黒焔と、長い因縁を持つ術であることを。
第二章、第四話を読んでくださり、ありがとうございました。
今回は、”薄桜”の力について少し踏み込む回でした。
まだ澪自身も知らないことばかりですが、少しずつ”役に立たない力”ではないことが明らかになり始めています。
そして、朔夜と澪の力には、まだ語られていない繋がりがあるようでーー。
少しでも楽しんでいただけましたら、
● ブックマーク
● 評価
● 感想
などいただけると励みになります。




