表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒焔に咲く薄桜  作者: 日ノ澤しの
第一章 黒焔の婚約者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/39

第十四話 帰る場所



第十四話です。


第一章完結目前。

今回は、澪が少しずつ”九条家ではない場所”を自分の居場所として認識し始めます。




 東雲家へ来てから、澪は夢を見ることが減った。


 以前はよく見ていた。


 冷たい廊下。


 綾乃の鋭い声。


 華鈴の笑み。


 何かを失敗して謝り続ける夢。


 けれど最近は違う。


 静かな庭。


 柔らかな灯り。


 紫紺の瞳。


 そんな光景ばかりが浮かぶようになっていた。


「……変わってしまったのでしょうか」


 鏡台の前で、小さく呟く。


 髪には、朔夜から贈られた簪。


 淡い薄桜色の石が朝日に透けていた。


 その時。


 こんこん、と襖が叩かれる。


「澪様、失礼いたします」


 女性使用人が入ってくる。

 

 どこか困ったような顔だった。


「九条家から、お手紙が届いております」


 澪の肩がぴくりと揺れた。


「……九条家から」


 差し出された封筒には、見慣れた九条家の家紋。


 澪はそっと受け取る。


 指先が少し冷えた。


     ◇


 手紙の内容は短かった。


『一度、屋敷へ戻るように』


 それだけ。


 けれど澪には、それだけで十分だった。


 胸の奥が重くなる。


 東雲家へ来てから、九条家から呼び出されるのは初めてだ。


「……何か、失礼があったのでしょうか」


 知らず知らずのうちにそう考えてしまう。


 すると。


「違うと思いますよ」


 声がして、澪は顔を上げた。


 いつの間にか、榊が廊下に立っていた。


「榊様」


「おそらく、澪様の様子を探りたいのでしょう」


「私の……?」


「東雲家でどのように扱われているか、気になっているのかもしれません」


 澪は目を伏せる。


 綾乃や華鈴の顔が浮かぶ。


 東雲家へ来る前、自分は確かに”追い出された側”だった。


 それなのに今、こうして穏やかに過ごしている。


 それを知れば、二人はどう思うのだろう。


「……戻らなければ、いけませんよね」


 小さく呟く。


 榊は少し困ったように笑った。


「それは朔夜様が決めることです」


「東雲様が……?」


 その時だった。


「その必要はない」


 低い声が響く。


 澪が振り返る。


 廊下の先に、朔夜が立っていた。


 黒い着物姿のまま、静かにこちらを見つめている。


「東雲様」


 朔夜は澪の手元の手紙を見る。


「九条家からか」


「……はい」


「内容は」


「一度、戻るようにと……」


 数秒の沈黙。


 朔夜は静かに息を吐いた。


「断る」


 澪は目を見開いた。


「え……?」


「お前は東雲家の婚約者だ。今更、好き勝手に呼び戻させるつもりはない」


 低い声。


 けれどそこには、はっきりとした意思があった。


 澪は言葉を失う。


 今まで、”守られる側”になったことなどなかった。


「ですが、九条家へご迷惑が……」


「迷惑をかけたのは向こうだ」


 朔夜は静かに言う。


「お前は、何も悪くない」


 その言葉が、胸へ真っ直ぐ落ちてくる。


 澪は唇をきゅっと結んだ。


 泣きそうになる。


 けれど泣き方が分からない。


 すると朔夜が、澪の前へ歩み寄る。


「澪」


 名前を呼ばれる。


 それだけで、胸が熱くなる。


「お前はもう、無理にあの家へ戻る必要はない」


 澪の瞳が揺れる。


 戻らなくていい。


 その言葉を、ずっと誰かに言ってほしかった気がした。


 その瞬間。


 ふわり、と。


 大量の薄桜色の花弁が舞い上がる。


 今までで一番優しく。


 温かく。


 まるで春そのものみたいに。


 朔夜は花弁を見上げ、静かに目を細めた。


「……綺麗だな」


 ぽつり、と落ちた声。


 澪ははっと顔を上げる。


 誰かに、自分の力を”綺麗”と言われたのは初めてだった。


 胸がいっぱいになる。


 言葉にならない感情が溢れて、また花弁が揺れた。





第十四話を読んでくださり、ありがとうございました。


今回は、澪が初めて”戻らなくていい場所”を得る回でした。


東雲家では少しずつ、澪にとって婚約先ではなく、”帰る場所”へ変わり始めています。


次回、第一章完結です。


少しでも楽しんでいただけましたら、


● ブックマーク

● 評価

● 感想


などいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ