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黒焔に咲く薄桜  作者: 日ノ澤しの
第一章 黒焔の婚約者

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第十一話 初めての贈り物



第十一話です。


今回は、澪が少しずつ東雲家で”居場所”を感じ始める回になります。




 東雲家へ来てからというものの、澪は未だ自分がこの屋敷にいることには慣れきれていない。


 朝になれば食事が用意されていて。


 使用人たちは穏やかで。


 誰も怒鳴らない。


 誰も澪を邪魔者みたいに見ない。


 それが未だに不思議だった。


「……本当に、変な感じです」


 小さく呟きながら、澪は縁側へ座る。


 春の風が髪を揺らした。


 今日は珍しく、朔夜も屋敷にいる。


 討伐の予定がないらしい。


 その事実に、澪は自分でも気づかないうちに少し安心していた。


 その時だった。


「澪様」


 榊が廊下の向こうから歩いてくる。


「榊様」


「少々、お時間よろしいでしょうか」


「はい」


 榊はどこか楽しそうだった。


「実は、朔夜様から預かっているものがありまして」


 澪は目を瞬かせる。


「東雲様から……?」


「ええ」


 榊が差し出したのは小さな包みだった。


 深い紫色の布で丁寧に包まれている。


「……これを、私に?」


「はい」


 澪は戸惑いながら受け取った。


 軽い。


 恐る恐る布を開く。


 中に入っていたのはーー。


「簪……」


 細工の美しい簪だった。


 銀細工の先に、淡い薄桜色の石が揺れている。


 繊細で、綺麗で。


 思わず息を呑むほど。


「先日、今の簪を大事にされていたので」


 榊が穏やかに言う。


「予備になるものを、と」


 澪は言葉を失った。


 贈り物。


 しかも、自分のために選ばれたもの。


 そんな経験は、今まで一度もない。


「……どうして」


 小さく零れた声。


 榊は少しだけ困ったように笑った。


「朔夜様なりのお気遣いかと」


 気遣い。


 あの人が。


 澪は簪を見つめる。


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


     ◇


 夕方。


 澪は自室で、新しい簪を手にしていた。


 どうしたらいいのか分からない。


 こんな高価なものを受け取っていいのだろうか。


「……お返し、した方が」


 けれど、そう思いながらも手放せない。


 その時。


 こんこん、と襖が叩かれる。


「は、はい」


 開いた襖の向こうに立っていたのは、朔夜だった。


 澪は慌てて立ち上がる。


「東雲様」


 朔夜の視線が、澪の手元へ向く。


「届いたか」


「……っ」


 やはり本人だった。


 澪はさらに慌てる。


「あ、あの……!こんな立派なもの、私には……」


「気に入らなかったか」


「ち、違います!」


 思わず大きな声が出た。


 澪は顔を赤くする。


「とても綺麗で……その……本当に、私がいただいていいのかと……」


 朔夜は数秒、澪を見つめる。


 それから静かに口を開いた。


「お前に選んだ」


 その言葉に、澪の呼吸が止まりそうになる。


「お前以外に渡すつもりはない」


 低い声。


 淡々としているのに、胸へ真っ直ぐ落ちてくる。


 澪は視線を彷徨わせた。


 心臓がうるさい。


「……ありがとうございます」


 やっとそれだけ言う。


 すると朔夜が、ふと澪の髪を見る。


「今、つけるか」


「え……?」


「その簪」


 澪は固まった。


「い、今ですか?」


「ああ」


 朔夜は当然見たいに頷く。


 澪は慌てて簪を握りしめた。


「で、ですが……自分では、上手く……」


 九条家では、自分の身支度をゆっくり整える余裕などなかった。


 髪も最低限まとめるだけ。


 こうした飾りをつけることにも慣れていない。


 すると朔夜は静かに手を差し出した。


「貸せ」


「え」


「つける」


 澪は完全に固まった。


「だ、大丈夫です……!」


「何がだ」


「そ、その……東雲様にそのようなことしていただくのは……」


 朔夜は少しだけ眉を寄せた。


「婚約者だろう」


 まただ。


 この人は時々、とんでもないことを自然に言う。


 澪が真っ赤になっている間に、朔夜はそっと簪を受け取った。


「座れ」


 澪は逆らえず、そろそろと座る



 その後ろへ、朔夜が立った。


 指先が髪へ触れる。


 びくり、と澪の肩が震えた。


「痛いか」


「い、いえ……!」


 近い。


 距離が近すぎる。


 低い体温。


 静かな呼吸。


 全部が近くて、澪はまともに息ができなかった。


 朔夜は器用な手つきで簪を挿していく。


「……似合うな」


 ぽつり、と落ちた声。


 その瞬間。


 ふわり、と。


 大量の薄桜色の花弁が舞った。


「わ……!」


 澪は慌てて口を押さえる。


 花弁は部屋中へ広がり、静かに目を細める。


「また漏れているぞ」


「す、すみません……!」


「だから謝るな」


 低い声。


 けれどその響きは、どこか笑っているようだった。





第十一話を読んでくださり、ありがとうございました。


今回は、澪が初めて”自分のために選ばれたもの”を受け取る回でした。


朔夜もかなり無自覚ですが、少しずつ澪を特別扱いし始めています。


少しでも楽しんでいただけましたら、


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