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喰い譚-感情を喰う者-  作者: かさ


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第四話 名前のない存在

 数字は、止まらなかった。


 再生数。


 登録者。


 コメント。


 すべてが、右肩上がりに伸び続けている。


「……やばいな、これ」


 笑いながら、スマホを眺める。


 違和感は、あった。


 確かに。


 動画に映る“三人”。


 コメント欄の“黒い影”。


 普通なら、気にするべきなのかもしれない。


 けど――


「……そんなことより、だろ」


 画面に表示される数字を見て、小さく呟く。


 今は、それどころじゃない。


 この流れを止める方が、よっぽど怖い。


 


「はいどうも、レンです」


 カメラの前で笑う。


 少しだけ、余裕が出てきた。


 言葉選びも、間の取り方も、以前より洗練されている。


「今日も例のリンクについてやっていこうと思います」


 自然と口が回る。


 視線も、ブレない。


 ――見られていることに、慣れてきていた。


 


 撮影後。


 いつものように、スマホを開く。


 コメント欄。


 最近は、目を通すのが習慣になっていた。


 視聴者が何を求めているのか。


 何に反応しているのか。


 それを知ることが、次に繋がる。


 スクロール。


 スクロール。


 ――ふと、指が止まる。


 《この配信者、なんかおかしくね?》

 《最初の動画からずっと見てるけど怖い》

 《黒い影より配信者の方が気になる》


「……配信者?」


 眉をひそめる。


 違和感。


 けど、すぐに流す。


 ただの言い方の問題だろう。


 スクロールを続ける。


 《この人、誰なん?》

 《配信者の名前なんだっけ》

 《最初の動画では名前言ってたよな》


「……は?」


 指が止まる。


 今度は、流せなかった。


 おかしい。


 明らかに。


 名前は、言っている。


 毎回、最初に。


 「レンです」って。


 なのに。


 ――出てこない。


 コメントの中に、一つも。


 


 慌てて、過去の動画を開く。


 コメント欄。


 スクロール。


 スクロール。


 《この配信者、誰か分からんけど好き》

 《声いいよな、この人》

 《なんで名前出てこないんだろ》


「……いや、言ってるって」


 思わず呟く。


 動画を再生する。


 ――はいどうも、○○チャンネルのレンです。


 確かに言っている。


 はっきりと。


 聞こえている。


 なのに。


 コメントには、残っていない。


 誰一人として、“レン”という名前を書いていない。


 


 喉が、少しだけ乾く。


 さっきまでの高揚感が、ほんの僅かに揺らぐ。


 でも。


「……まあ、いいか」


 スマホを閉じる。


 考えすぎだ。


 ただの偶然。


 たまたま名前を出してないだけ。


 それよりも。


 重要なのは、別にある。


 


 登録者数。


 ――さらに増えている。


 再生数も、落ちない。


 むしろ、加速している。


「……これ、マジでいけるな」


 笑みがこぼれる。


 さっきの違和感は、もうどうでもよくなっていた。


 名前なんて、後からでも覚えられる。


 今は――


 見られていることが、全てだった。


 


 その夜。


 ベッドに横になりながら、スマホを見る。


 コメント欄。


 もう一度だけ、確認する。


 スクロール。


 スクロール。


 ――止まる。


 《この人、前なんて名乗ってたっけ》

 《名前思い出せないの気持ち悪い》

 《ずっと見てるのに分からん》


 ……分からない。


 その言葉が、やけに引っかかった。


 まるで。


 最初から存在しなかったみたいな扱い。


「……いや、あるだろ」


 小さく呟く。


 自分の名前を。


 頭の中で、なぞる。


 ――レン。


 ちゃんと、ある。


 問題ない。


 そう思った、その瞬間。


 ふと。


 違和感が走る。


 ……レン?


「……」


 もう一度、心の中で呼ぶ。


 レン。


 レン。


 レン。


 ――ほんの一瞬だけ。


 その名前が、“自分のものじゃない”気がした。


 


 スマホの画面が、暗くなる。


 黒い画面に、自分の顔が映る。


 ぼんやりと。


 輪郭が、少しだけ曖昧に見える。


 でも。


 その違和感に、気づくことはなかった。


 ただ一つ。


 画面の端に表示されていた文字だけが、静かに変わっていた。


 チャンネル名。


 ――「○○チャンネル」


 そこにあったはずの名前は、どこにも残っていなかった。


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