第五話 誰でもない男
その日は、コラボの予定だった。
昔から一緒にやってきた配信者。
登録者は向こうの方が上だったけど、今回のバズでようやく並べる。
いや――超えられるかもしれない。
「……今日で一気に伸ばすか」
鏡の前で軽く髪を整える。
自然と口角が上がる。
こんなチャンス、逃すわけがない。
◇
時間になっても、連絡は来なかった。
「……遅れてんのか?」
スマホを見る。
通知はある。
コメントも増えてる。
登録者も伸びてる。
でも――
コラボ相手からの連絡だけが、来ていない。
「まあ、あいつも忙しいだろうしな」
一度だけ、メッセージを送る。
《今日どうする?》
既読は、つかない。
しばらく待つ。
返信は来ない。
電話をかける。
――呼び出し音。
数秒。
切れる。
「……なんだよ」
軽く舌打ちする。
もう一度かける。
繋がらない。
「忘れてんのか?」
苦笑する。
あいつなら、あり得る。
そう思って、スマホを置いた。
夜。
なんとなく、YouTubeを開く。
おすすめ欄。
見慣れたアイコンが、目に入る。
「……は?」
そこには、そいつのチャンネル。
――新しい動画が投稿されていた。
投稿日は、数時間前。
サムネもタイトルも、いつも通り。
違和感はない。
――“自分以外は”。
動画を再生する。
画面の中で、そいつは普通に喋っていた。
笑っている。
楽しそうに。
いつも通りの空気で。
――“最初から、自分なんて存在していなかった”みたいに。
「……いや、待てよ」
コメント欄を見る。
《この企画いいな》
《安定して面白い》
《このメンツ最高》
どこにも、自分の話はない。
名前も、存在も。
最初から“いなかった”みたいに。
急いで、電話をかける。
今度は、繋がった。
「――もしもし!」
少し強めに言う。
間があった。
そして。
『……はい?』
聞き慣れた声。
なのに。
どこか、距離がある。
「何やってんだよ、今日コラボだろ?」
笑いながら言う。
軽く。
冗談っぽく。
でも。
返ってきた言葉は――
『……どちら様ですか?』
――一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「は? 何言ってんだよ」
思わず笑う。
「俺だよ、レン。○○チャンネルの」
沈黙。
数秒。
そして。
『……すいません、分からないです』
「いやいや、ふざけんなって。今日コラボだって言ってただろ」
声が少し強くなる。
けど。
向こうの反応は、変わらない。
『コラボ……? 誰とですか?』
「俺とだよ!」
思わず叫ぶ。
「最近バズってるだろ! 例のリンクの動画!」
沈黙。
そして。
小さく、笑い声が聞こえた。
『……すいません、そういうのいいんで』
――ブツッ。
通話が切れる。
「……は?」
スマホを見つめる。
意味が分からない。
理解できない。
今のは、何だ。
冗談にしては、質が悪い。
でも。
あの反応は――本気だった。
震える指で、自分のチャンネルを開く。
トップページ。
再生数は、伸びている。
登録者も、増えている。
動画も、並んでいる。
全部、ある。
――なのに。
「……なんでだよ」
チャンネル名。
そこにあったはずの名前が。
どこにもない。
“レン”という文字が、消えている。
概要欄。
自己紹介。
過去の動画。
どこを見ても。
自分の名前が、残っていない。
「……俺は、誰だよ」
小さく、呟く。
声が、震える。
頭の中で、自分の名前を呼ぶ。
何度も。
何度も。
――でも。
その音は、どこか遠く感じた。
まるで。
他人の名前みたいに。
その時。
――ふっと。
音が、消えた。
完全な無音。
呼吸音すら、遠い。
時間が止まったみたいな感覚。
ゆっくりと、顔を上げる。
視界の端。
そこに――
いた。
三人。
スーツ姿の男女。
無表情で。
自分を、見ている。
距離が、近い。
今までよりも、明らかに。
すぐそこに。
手を伸ばせば、触れられるくらいの位置に。
「……なんだよ」
声が、出ない。
音がない世界で、口だけが動く。
三人は、動かない。
ただ。
じっと。
こちらを見ている。
――“認識している”。
その事実だけが、伝わってくる。
その瞬間。
理解した。
自分は。
“見られていた”んじゃない。
――“選ばれていた”だけだ。




