第三話 その瞬間
会議室は、静まり返っていた。
⸻
プロジェクト発表の日。
⸻
本来なら、
男が立っているはずの場所に、
別の人間が立っていた。
⸻
部下だった。
⸻
男は、
その少し後ろに立っている。
⸻
「……以上です」
⸻
発表が終わる。
⸻
沈黙。
⸻
誰も、何も言わない。
⸻
その空気だけで、
十分だった。
⸻
やらかした。
⸻
そう分かるには、
十分すぎた。
⸻
男は、何も言わない。
⸻
ただ、
部下の背中を見ていた。
⸻
――任せたのは、自分だ。
⸻
そのとき、
上司の声が落ちる。
⸻
「……で?」
⸻
短い一言。
⸻
「これ、お前の管理やろ」
⸻
男に向けられる。
⸻
「ちゃんと見とけよ」
⸻
強くもない。
怒鳴り声でもない。
⸻
ただ、
逃げ場がなかった。
⸻
周りの視線が、
一斉に集まる。
⸻
誰も、何も言わない。
⸻
ただ、
見ている。
⸻
男を。
⸻
そのときだった。
⸻
胸の奥の“それ”が、
強く脈打つ。
⸻
どす黒い。
⸻
重い。
⸻
押し込めていたものが、
一気に浮かび上がる。
⸻
男は、
口を開いた。
⸻
「――」
⸻
声が、
出なかった。
⸻
そして、
笑った。
⸻
体だけが、
揺れる。
⸻
肩が、
震える。
⸻
呼吸だけが、
乱れる。
⸻
なのに、
音がない。
⸻
――笑っている。
⸻
そう見えるのに。
⸻
男は、
ゆっくりと手を上げる。
⸻
――パチン。
⸻
乾いた音が、
一つだけ響く。
⸻
もう一度。
⸻
――パチン。
⸻
間が、
ずれている。
⸻
誰も、動かない。
⸻
動けない。
⸻
男は、
笑ったまま、
視線を上げる。
⸻
何もないはずの空間へ。
⸻
その一点を、
見つめる。
⸻
そして、
ほんのわずかに、
首を傾けた。
⸻
――そこに、
“何かがある”みたいに。
⸻
パチン。
パチン。
パチン。
⸻
拍手が、
速くなる。
⸻
ズレたまま、
速くなる。
⸻
その瞬間、
男は理解した。
⸻
――見ている。
⸻
“それ”が、
自分を。
⸻
次の瞬間。
⸻
音が、
消えた。
⸻
世界が、
切り離される。
⸻
空気も、
人の気配も、
すべてが、
遠ざかる。
⸻
男の呼吸も、
心臓の音も、
消えていた。
⸻
その中で、
ただ一つだけ、
確かなものがあった。
⸻
何かが、
内側から、
突き上げてくる。
⸻
背中から、
胸から、
腕から、
全身から。
⸻
――突き抜ける。
⸻
痛みは、
なかった。
⸻
ただ、
“形が変わる”感覚だけがあった。
⸻
男は、
それを見た。
⸻
自分の、
すぐ後ろに、
“それ”が立っているのを。
⸻
だが、
振り返ることはできなかった。
⸻
できるはずがなかった。
⸻
それは、
外にいるのに、
同時に、
内側にもあったから。
⸻
音は、
戻らない。




