第99話 懐かしい人達
馬車の車輪が、懐かしい石畳の振動を伝えてくる。
見慣れた赤レンガの街並み、行き交う人々の活気。その中心にそびえ立つ、重厚な木造の意匠――リーデル冒険者ギルドが、ようやく五人の前に姿を現した。
「ふふ、久しぶりね」
リーナが目を細めて笑う。
レオンは応えず、ただ慣れた足取りでギルドの巨大な両開き扉を押し開けた。
――ガヤガヤと、地響きのような喧騒が鼓膜を震わせる。
昼前だというのに、ギルド内は依頼の品定めや無駄話に興じる無数の冒険者たちで溢れかえっていた。
受付の職員たちも、押し寄せる書類の山を前に戦場のような忙しさを見せている。
その時だった。
一人の受付嬢が、ふと書類から顔を上げた。
「えっ……」
彼女の動きが、完全に凝固する。
見間違いか、あるいは白昼夢か。信じられないものを見るように何度も瞬きを繰り返した後、彼女――リズは、肺の空気をすべて吐き出すように叫んだ。
「レオンさんっ!?」
黄色い悲鳴に近い大音声が、ギルド中に鳴り響く。
何事かと、周囲の荒くれ者たちが一斉に振り返った。リズは受付のカウンターから身を乗り出すようにして、目を輝かせる。
「帰ってきたんですね!」
「……ああ。久しぶりだな、リズ」
レオンが軽く手を挙げると、リズは破顔した。その隣から、リーナもひらひらと手を振る。
「リズも元気そうじゃない」
「リーナさんこそ! お元気そうで何よりです! ……って、あれ?」
そこでリズの視線が、二人の背後に佇む面々に向けられた。
熊獣人の大盾持ちのアステア。
聖職者の雰囲気を纏うセレナ。
そして、隠しきれない気品を漂わせるマリーナ。
三人の姿を認め、リズはぱちくりと目を丸くした。
「新しい仲間、ですか?」
「アステアだ。よろしく」
「初めまして、マリーナと申しますわ。お見知り置きを」
「セレナです。よろしくお願いしますね」
三人がそれぞれ個性を滲ませて挨拶すると、リズは慌ててペコペコと頭を下げた。
「は、初めまして! 受付のリズです! ……それにしてもリーナさん、なんだか『焚火の旅団』、一気に大所帯になりましたね?」
「でしょ? いろいろあってね」
リーナが得意げに豊かな胸を張る。その様子を見て、セレナがくすくすと小さな笑い声を漏らし、マリーナは感心したように周囲を見回した。どうやら、このリーデルという町でも、レオンたちの名はかなり売れているらしい。
その時、二階へと続く吹き抜けの階段から、厳格な足音が響いた。
「随分と賑やかだと思えば……君たちか」
全員が顔を上げる。
そこに立っていたのは、鋭い眼光を宿したエルフの男――ギルド長アルヴェインだった。
威圧感のある佇まいだが、その口元には、どこか教え子の帰還を喜ぶような、微かな懐かしさが滲んでいる。
「お久しぶりです、ギルド長」
レオンが小さく一礼すると、アルヴェインは五人をじっくりと見回し、満足そうに鼻を鳴らした。
「ギンから連絡は受けているよ。バルディアで、随分と派手な大立ち回りを演じたらしいじゃないか」
「私達じゃなくて、主にこいつの仕業よ」
リーナが呆れたようにレオンを指差すと、アルヴェインは「違いない」と豪快に笑った。しかし、すぐにその表情を引き締める。
「まあ、立ち話もなんだ。上に来なさい」
ギルド長室へと移動し、重厚な扉が閉められると、部屋は一転して静寂に包まれた。アルヴェインはデスクの向こう側に腰掛け、すぐに本題を切り出す。
「それで、今回の本命は例の『北部の件』かな?」
「ああ」
レオンが頷き、単刀直入に問いかける。
「北の村から住人が忽然と消えた事件。バルディアから依頼を引き受けたが、ギルド長、何かこちらで掴んでいる詳しい情報はないか?」
アルヴェインは深く椅子に背を預け、腕を組んだ。その顔には、隠しきれない苦渋が滲んでいる。
「……正直に言おう。私も、これ以上の詳細は握っていない」
その言葉に、部屋の空気が張り詰めた。
「北部の村々から『定期連絡が途絶えた』という報告は上がっている。だが、それが何者の手によるものかまでは分からんのだ」
アルヴェインは机の上に一枚の古びた地図を広げた。赤い印がつけられた場所を指先で叩く。
「判明しているだけで、消えた村は三つ。行方不明者は、優に百人を超えている」
その数字の重みに、セレナとマリーナが小さく息を呑んだ。
「これだけの規模でありながら、争った形跡も、流血の跡すらも無い。まるで煙のように、人間だけが消えている。何も残されていないんだ」
「やはり……『宵喰い』だな」
レオンの静かな呟きに、アルヴェインの眉が跳ね上がった。
「……確かに、それなら辻褄は合う。だがレオン、なぜ君がその名を? 」
「俺の故郷はこの北の村の一つだ。数年前に一度、奴と戦ったことがある」
レオンの眼光に宿る本物の宿怨を感じ取り、アルヴェインは表情を険しくした。
「なるほど、魔物というわけか……。分かった。明日までにもう少しギルドの記録も漁っておこう。相手が『宵喰い』と分かっているなら、情報の絞りようもある」
その時だった。
ゴンゴン…、と部屋の扉が遠慮がなく力強くノックされた。
返事をするよりも早く、重い扉が押し開けられる。室内に差し込んだ光を遮るようにして、巨躯が姿を現した。
「ひっ……!」
マリーナとセレナが思わず圧倒されて見上げる。
そこに立っていたのは、熊のような体躯を誇るギルドの料理長であり、かつてレオンに戦闘のイロハを叩き込んだ男――グラードだった。
グラードは獰猛な肉食獣のような視線でレオンを睨みつけると、ニヤリと不敵に口端を吊り上げた。
「帰ってきたか、レオン」
地響きのような声でそう言い残し、グラードはレオンを指差す。
「明日の朝、裏の訓練場へ来い。鈍ってねえか見てやる」
それだけの言葉を残し、巨漢は嵐のように去っていった。
レオンは深くため息を吐いたが、その瞳には静かな闘志が灯っていた。彼が何を意図しているのか、言葉にされずとも痛いほど理解できたからだ。
---
翌朝。
リーデル冒険者ギルドの裏手に広がる訓練場は、早朝の冷気をも吹き飛ばすほどの熱気に包まれていた。
まだ朝靄が残る時間帯だというのに、噂を聞きつけた無数の冒険者たちが、観客席や柵の周りを取り囲んでいる。
「おいおい、本当かよ。あのグラードのオヤジと、あのレオンがやり合うって?」
「懐かしいな。昔は毎日ボコボコにされてたろ、あいつ」
「何発耐えられるか、賭けようぜ」
「バカ言え、一発でも掠りゃ御の字だろ」
野次馬たちの声が飛び交う中央。
レオンは二本の木剣を正眼に構え、極限まで集中を高めていた。
対するグラードは、ただの太い木の棒を無造作に肩へ担いでいる。構えすら取らず、まるで散歩の途中のように弛緩して立っていた。
だが、そこから放たれる圧倒的な存在感が、周囲の空気を歪めている。
「大丈夫、なのでしょうか……」
柵の外で見守るセレナが、祈るように両手を胸の前で組む。マリーナもまた、冷や汗を流しながらその光景を見つめていた。
「凄まじいプレッシャーですわ……。あのような怪物と、本気で戦うというのですか?」
「安心しなさいって。あれでもグラードは、かなり手加減してる方よ」
リーナだけが呆れたように平然と言ってのけ、アステアも苦笑いを浮かべる。
「まあ、俺ならあの場に立つだけで遠慮したいところだな」
そして――グラードの顎が、わずかにしゃくられた。
「来い」
その地鳴りのような一言が合図だった。
レオンの姿が、爆発的な踏み込みとともにピントがぶれるように掻き消える。
地面を蹴り、一瞬でゼロ距離へと肉薄。最速、最短の軌道で放たれる、木剣の2連撃。
――ガッ、ガッ、と空気を切り裂く音が響く。
しかし、レオンの渾身の刃は、グラードがわずかに半歩、身体を傾けただけで完全に空を切った。
「遅い」
グラードは担いだ木の棒すら使わないで拳を突き出す。
ただ、目にも留まらぬ速さで突き出された巨大な拳が、レオンの視界を覆う。
本能的な危機感でレオンが斜め後ろへと飛び退いた直後、凄まじい衝撃波とともに、彼がさっきまでいた地面が爆ぜた。
「えっ……!?」
「今ので、当たっていない、のですか……!?」
直撃などしていない。ただの拳圧だけで、訓練場の土が砂埃をあげる。
驚愕に目を見開くセレナたちを置き去りに、グラードの追撃が始まる。
容赦のない拳、暴風のよう棒術。その巨体からは想像もつかない神速の連打が、レオンを襲う。
レオンは紙一重でそれを避け、受け流し、必死に猛攻を凌ぎ続けるが、じりじりと後退を余儀なくされていく。
「どうした、レオン! 身体が鈍ったか!」
グラードの怒声が鼓膜を打つ。
レオンは極限の呼吸の中で、しかし視線だけは絶対に外さなかった。
肉体が焼き切れるような限界の最中、グラードの踏み込みが一瞬だけ、ほんの数ミリの隙を生んだのを、レオンの動態視力が捉える。
――ここだ。
レオンは死地へと自ら踏み込んだ。
右、左、そしてさらに前へ。流れるような三連撃。
グラードがそれを木の棒で軽々といなしていく。
だが、それこそがレオンの誘い水だった。
いなされた衝撃を利用し、強引に身体を反転。予測不能の軌道から、文字通り『牙』を剥くような神速の突きが一閃、グラードの顔面へと奔った。
ヒュッ、と鋭い風切り音が響く。
刹那の静寂。
グラードの動きが止まり、周囲の冒険者たちも、息をすることを忘れたように硬直した。
グラードの浅黒い頬。そこに、一本の細い赤い線が走り――一筋の血が、たらりと流れ落ちた。
「おい……嘘だろ……」
「あのグラードに……一太刀、入れたぞ……!」
野次馬たちが、地鳴りのようなざわめきを上げる。
グラードは親指で頬の血を拭うと、その指先を見つめ……やがて、狂おしいほどの笑みを浮かべた。
「――ハハッ、いいじゃねえか。今の踏み込みは合格だ」
レオンはすぐに次の一手に備えて身構えた。
だが、その瞬間、グラードの姿が完全に視界から消失する。
「っ——!?」
レオンの全神経が警鐘を鳴らすが、肉体が追いつかない。
背後から迫る、暴風を纏った木の棒。それが横一文字に、レオンの防御ごとすべてを薙ぎ払った。
――ドゴォォォォォン!!
訓練場全体を揺るがすような轟音が炸裂する。
レオンの身体は木の葉のように吹き飛び、地面を何度も激しくバウンドしながら、訓練場の端にある防壁まで転がっていった。
もうもうと立ち込める砂煙。静まり返る場内。その中心で、レオンはピクリとも動かない。
「レオン様!」
セレナが悲鳴のような声を上げ、真っ先に柵を飛び越えて駆け出した。その手には、すでに瑞々しい回復魔法の光が灯っている。
マリーナも顔を真っ青にしてその後に続いた。
「だ、大丈夫ですの!? レオン様、息はありますの!?」
当のレオンは、仰向けのまま、ぼんやりと高く広がる青空を見上げていた。
骨がきしみ、全身が悲鳴を上げている。生きているのが不思議なほどの衝撃だったが、不思議と心地よさもあった。
ずしん、ずしんと重い足音が近づき、見下ろしてくるグラードが腕を組む。
「いい一撃だった。昔の面影もねえな」
その言葉に、レオンは痛む身体を強引に起こし、口端をわずかに綻ばせた。
「……まだ、あんたには届かないがな」
「当たり前だ、百年早えよ」
グラードは満足そうに笑うと、一転して、どこか楽しげな、機嫌の良さそうな声を出した。
「よし、合格だ。ついでに昼飯の厨房も手伝っていけ」
レオンは、全身の筋肉の痛みに耐えながら、心底嫌そうな顔をしてみせた。
「……結局、それが目的か?」
そのやり取りに、周囲で見守っていた冒険者たちが、ドッと大きな爆笑を上げた。
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昼前。
リーデル冒険者ギルドの一角にある食堂は、凄まじい熱気に包まれていた。
訓練場で散々酷使されたレオンは、結局のところ、グラードの巨大な手に首根っこを掴まれるようにして厨房へと連行されていた。
「なぜ俺が帰って早々、厨房に立たなきゃならないんだ……」
「お前が帰ってきたからに決まってるだろ。四の五の言わずに手を動かせ」
会話として全く成立していない。だが、グラードの顔は大真面目だった。
レオンが厨房の暖簾をくぐった瞬間、仕込みをしていた職員たちが一斉に顔を跳ね上げた。
「あっ! レオンじゃねえか!」
「本当に帰ってきたんだな!」
「おい、早くこっちを手伝ってくれ! お前の腕が恋しかったんだよ!」
歓迎という名の容赦のない催促。レオンは小さく頭を抱えたが、懐かしい調理器具の感触、慣れ親しんだ火の匂いに、自然と身体が動き出す。
ため息を一つ。しかし、その手つきは極めて鮮やかに、エプロンを締め、包丁を握った。
――調理開始。
一方、食堂のフロアでは、すでに尋常ではない数の冒険者たちが席を埋め尽くし、今か今かと待ちわびていた。
「おい、マジで今日の昼飯はレオンが作ってんのか?」
「間違いない、あの訓練場の後にグラードのオヤジが連行していった!」
「最高じゃねえか! 今日は依頼に行くのやめだ、ここで昼飯を食う!」
いつもの倍以上の盛況ぶりに、隅の席に陣取っていた『焚火の旅団』の面々は圧倒されていた。マリーナが、ビールジョッキが行き交う喧騒を見つめながら呟く。
「……本当に、レオン様はこの町で人気者なんですのね」
「『料理限定』だけどね」
リーナがニヤニヤしながら付け加える。アステアもスープをすすりながら頷いた。
「まあ、いかにもレオンらしいじゃないか」
「でも、皆さん本当に嬉しそうですよ」
セレナが目を輝かせる。確かに、並んでいる荒くれ者たちの顔には、一様に子供のような期待の笑顔が浮かんでいた。
やがて、厨房の奥から、じゅうじゅうという小気味よい音とともに、暴力的なまでに食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。香辛料と肉の焼ける匂い、そして奥深いスープの香り。
食堂中の胃袋が一斉に鳴ったかのような、凄まじいどよめきが起こる。
「来たぞぉ!」
「この匂いだ、レオンの炒め物だ!」
運ばれてきたのは、大盛りの肉と新鮮な野菜を強火で一気に炒め上げた豪快な一皿。それに、ふっくらと焼き上げられた麦パンと、旨味が凝縮された濃厚なスープ。
どれも「冒険者向け」の、安くて美味くて腹に溜まる至高の料理たちだ。
「うめぇぇぇ!」
「これだよこれ! この味こそリーデルのギルド飯だ!」
食堂のあちこちから歓声と笑い声が湧き上がる。
マリーナは、取り分けられた炒め物を上品に口に運び……その美味さに目を丸くした後、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「……侯爵家で催される、退屈な晩餐会とはまるで違いますのね。でも――」
「でも?」
リーナが覗き込むと、マリーナは少し悪戯っぽく微笑んだ。
「お恥ずかしい話、私、こちらの雰囲気の方がずっと好きかもしれませんわ」
「へぇ、マリーナも分かってきたじゃない」
「私も、大好きです!」
セレナも大きく頷く。
そこには身分も、退屈な社交辞令も、窮屈な肩書きも存在しない。ただ、純粋に「美味い飯」を前にして、誰もが等しく幸福に笑っている。その空間の心地よさが、彼女たちには何よりも愛おしかった。
しばらくして、山のような注文をすべて捌き終えたレオンが、疲れ果てた様子で席へと戻ってきた。
その瞬間、周囲の席から一斉にジョッキが掲げられる。
「レオン、ごちそうさん!」
「またいつでも厨房に入れよ!」
「美味かったぞ、料理人!」
レオンは、うるさそうに耳を塞ぐ仕草をしながらも、軽く手を挙げてそれに応えた。マリーナがそんな彼の横顔を覗き込み、くすくすと笑う。
「レオン様。本当に、思っていた以上にこの町の皆さんに愛されていますわね」
レオンは、手元に置かれた冷たい水を一気に飲み干すと、大真面目な顔で即答した。
「……俺じゃない。『俺の飯』がな」
そのあまりにもブレない返答に、四人は同時に、お腹を抱えて笑い声を上げた。
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昼食を終え、すっかりお腹を満たした『焚火の旅団』は、再びギルドの受付へと向かっていた。
食堂の狂乱のような盛り上がりもようやく落ち着きを見せていたが、レオンが通路を通るたびに、あちこちから「また来いよ!」「次は俺が奢ってやる!」と温かい野次が飛んでくる。
「本当に、良い場所ですね」
セレナがしみじみと呟くと、マリーナも深く同意するように頷いた。
受付に到着すると、そこにはすでに、リズが真剣な表情で待っていた。カウンターの上には、丁寧に紐で縛られた分厚い紙の束が置かれている。
「レオンさん、これ。アルヴェイン様からの指示で、大急ぎでまとめておきました」
レオンがそれを受け取り、パラパラと中身をめくる。
そこには、ここ数ヶ月で失踪事件が発生した北部の村々の正確な位置、最後に行方不明が確認された日付、周辺の巡回兵による目撃証言、そして過去の類似事件の調査報告書が、驚くほど綿密に網羅されていた。アルヴェインが、ギルド長の権限をフルに使って集められる限りの情報を詰め込んでくれたのだ。
リズは、少し心配そうにレオンの瞳を覗き込む。
「……本当に、気を付けてくださいね。今回の件、なんだかいつもの魔物被害とは違うというか、すごく嫌な予感がするんです」
「ああ、分かっている。助かるよ、リズ」
レオンが資料をしっかりと懐に収めると、リズの視線は自然と、彼の後ろに並ぶ仲間たちへと向けられた。
かつて、この町を旅立った時は、レオンとリーナのたった二人だけだった。それが今や、それぞれに一騎当千の気配を纏った五人の大所帯だ。
全員の瞳に宿る確固たる信頼の光を見て、リズの不安は自然と消え去り、笑みが溢れた。
「……ふふ、でも、今の皆さんなら大丈夫ですね!」
「ええ、任せてください」
セレナが優しく微笑み、マリーナもエレガントに頭を下げた。
「色々とありがとうございました。行ってまいりますわ」
五人が回れ右をして、ギルドの大きな出口へと歩き出す。
その背中に向けて、酒場側の席でまだ飲んでいた冒険者たちが、一斉に声を張り上げた。
「おーい! レオン! 死ぬんじゃねえぞ!」
「帰ってきたら、またあの美味い炒め物食わせろよ!」
「気をつけてな!」
次々と背中に浴びせられる、不器用で、けれどどこまでも温かい激励の数々。
レオンは一度だけ足を止め、振り返ることなく、ただ右手を高く掲げてそれに応えた。
「――行ってくる」
その短い一言に、リズが満面の笑みで大きく手を振る。
「いってらっしゃい!」
重厚な扉を開け、ギルドの外へ。
外の空気は少し冷たかったが、胸の奥には心地よい熱が残っていた。
待たせていた馬車へ荷物を積み込み、アステアが手慣れた様子で御者席へと腰掛ける。
リーナが御者席の隣から、もう一度だけリーデルの活気ある街並みを見渡した。
「また来るわよ、この町には」
「ああ。……出そう、アステア」
「了解、出発するぞ」
御手綱が振られ、馬車がゆっくりと動き出す。
石畳を叩く蹄の音が響き、馬車はそのまま真っ直ぐに北門へと向かう。門を警備していた馴染みの門番たちも、レオンたちの姿に気づいて「おう、もう行くのか!」「道中気気をつけろよ!」と気さくに手を挙げて見送ってくれた。
門をくぐり、リーデルの堅牢な城壁が少しずつ、少しずつ遠ざかっていく。
街道の先を見つめていたセレナが、どこか緊張を孕んだ声で呟いた。
「次はいよいよ……レオン様の故郷ですね」
「ええ。レオン様が生まれ、育った場所……」
マリーナの言葉に、アステアがニヤリと視線を送る。
「まあ、二人が想像してるような『のどかな田舎の村』とは、毛色がだいぶ違うだろうな」
「そうそう。たぶん、度肝抜かれるわよ?」
リーナの含みのある笑い方に、セレナとマリーナは「え?」と不思議そうに首を傾げ、お互いに顔を見合わせた。
レオンは、ガタゴトと揺れる馬車の中で、ただ静かに前方の道を見つめていた。
ここから北へ。確実に、あの場所に近づいている。
懐かしい、己の原点。
そして――罪なき人々の命を煙のように攫う、夜を喰らう怪物が潜む、暗澹たる北の最果てへと、馬車は静かに街道を突き進んでいった。
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