第100話 北方への道
交易都市リーデルを出発して五日。
『焚火の旅団』を乗せた馬車は、ひたすら北へと針路を取り続けていた。
石畳で舗装されていた街道はいつしか砂利道へと変わり、それすらも徐々に細くなっていく。代わりに存在感を増していくのは、行く手を阻むように鬱蒼と広がる深い原生林だった。
御者席で手綱を握るアステアの隣には、静かに前方を凝視するレオンの姿がある。
揺れる馬車の奥では、リーナ、セレナ、マリーナの三人が身を寄せ合い、古びた羊皮紙の地図を広げていた。
「今、私たちがいるのはこのあたりかしら?」
マリーナが白く細い指先で地図の一点を指す。隣からセレナも熱心に覗き込んだ。
地図の持ち主であるリーナが、髪を揺らしながら小さく頷く。
「ええ、そうよ。ここから中継都市のバルクスまであと五日ってところね。……ただ、そこから先が問題なんだけど」
「問題、ですか?」
セレナが顔を上げると、御者席から振り返ることなくアステアが応じた。
「そこから先は本格的な山道になるんだ。馬車じゃとても入れない」
「道幅が極端に狭くなるし、片側が切り立った崖の場所も多い」
レオンが言葉を引き継ぎ、淡々と淡い色の瞳を前方に向けたまま告げる。
「馬車を引かせるより、徒歩で山を越えた方が圧倒的に早い」
マリーナはふう、と小さくため息を漏らし、どこか呆れたような、しかし感心したような表情を浮かべた。
「本当に、絵に描いたような辺境なんですのね……」
――その時だった。
前方の鬱蒼とした茂みが、不自然に大きく波打った。
ズシンッ!!
凄まじい地響きとともに、街道の真ん中へ巨大な影が躍り出る。
「止まれっ!」
アステアが鋭く叫び、手綱を力一杯引き絞る。
急停止した馬たちが甲高い嘶きを上げ、前足を跳ね上げた。激しく土煙が舞い上がる。
立ち込める砂塵の向こうから姿を現したのは、三体の異形。
優に二メートルを超える巨体。陽光を弾くどす黒い皮膚に、口元から不気味に突き出た太い割れた牙。その双眸は血のように赤く澱み、手にはそれぞれ大人の胴体ほどもある粗末な木の棍棒を握りしめていた。
レオンが御者席から音もなく立ち上がり、腰の剣に手をかける。
「黒牙オークか」
「へえ、こんな人通りのある街道筋まで降りてくるなんて珍しいじゃない」
リーナがすでに馬車の座席から弓を掴み、鋭い視線を獲物へ据えていた。
セレナとマリーナも即座に馬車から飛び降り、それぞれの武器を構える。一瞬にして、辺りの空気がぴりついた戦闘のそれへと変貌した。
「ゴブブゥゥゥッ!!」
中央の一体が耳を聾するような咆哮を上げ、大地を揺らしながら突っ込んでくる。
アステアがその正面へと躊躇なく躍り出た。身の丈ほどもある大盾を深く構え、衝撃に備える。
ドゴォォン!!
硬質な衝撃音が森に響き渡る。棍棒と盾が正面から激突した。
「くっ、重てぇ……!」
アステアの足がわずかに土を削る。だが、その硬直は一瞬だった。
盾の影から、リーナが極限まで引き絞った弓を放つ。
ヒュッ、と風を裂く短い音の直後、確実な手応えを伴う肉色音が響いた。
ドスッ!
「グギャァッ!?」
矢は正確にオークの右目を射抜いていた。
巨体が苦悶に怯み、頭を抱えてのけ反る。その隙を見逃さず、今度は後方からマリーナの凛とした声が響いた。
「アイスアロー!」
展開された魔法陣から放たれた氷の矢が、オークの足元へ次々と突き刺さる。瞬時に凍りついた冷気がその強靭な脚を地面へと縫い付けた。
完全に動きを止め、狂ったように叫ぶオーク。
その光景のすべてが、レオンにとっては「お膳立て」に過ぎなかった。
風を吸い込むような足運びで間合いを詰め、跳躍する。
きらりと、一筋の銀光が走った。
一閃。
吸い込まれるように放たれたレオンの刃が、オークの太い首を綺麗に断ち切る。巨大な頭部が宙を舞い、遅れて巨体がどさりと崩れ落ちた。
「残り二体!」
アステアが声を張り上げる。
残されたオークたちが、同胞の死にさらに激昂して武器を振り上げた。しかし、その挙動よりもセレナの詠唱の方が早かった。
「――バインド!」
地面から伸びた光の鎖が、左側のオークの身体をがんじがらめに締め上げる。
「うぉぉぉぉおッ!」
身動きの取れなくなったオークの脳天が、アステアの放った強烈な斧の一撃によって叩き割られた。骨の砕ける鈍い音が響き、二体目が沈む。
最後の一体は、もはや理性を失い、ただの肉の塊となって突っ込んできた。
アステアの口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「来い!」
再び正面衝突。大盾で完全に突進の勢いを受け止め、その反動でオークの体勢を大きく崩れさせた。
ガラ空きになった脇腹へ、影のように滑り込んだレオンが横一文字に刃を奔らせる。
冷たい風が通り過ぎる中、最後の一体が静かに事切れた。
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戦闘終了。
街道に横たわる三体の黒牙オークを見下ろし、アステアがぐるりと肩を回した。
「……いい肉だな、これ」
「ああ」
レオンが剣の血を払い、死体の腹肉を検分するように見つめる。
「よく締まっている。今日はステーキだ」
さらに、たっぷりと脂の乗った美しいバラ肉の部位に視線を移した。
「こっちは……少し手をかけて、燻す」
「燻す?」
マリーナが不思議そうに首を傾げると、レオンはすでに懐から解体用の短刀を取り出しながら答えた。
「保存の効く燻製ベーコンを作る。これからの山道、生肉の持ち歩きはできないからな」
一瞬、静寂が満ちた。
そして、リーナが肉の塊を見つめながら、ニヤリと悪戯っぽく笑った。
「決まりね。今日は大当たりじゃない」
手際よく切り分けられた肉を馬車の荷台へ積み込むと、一行は日が落ちる前の最適な野営地を探すため、再び北へと馬車を走らせた。
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茜色の夕闇が周囲を包み込み始めた頃。
『焚火の旅団』は街道から少し外れた、見晴らしの良い開けた平地で馬車を止めた。
手慣れた様子で馬を繋ぎ、労うように水を与える。
アステアが周囲から手際よく乾いた薪を集めて組み上げ、パチパチと心地よい音を立てる火を起こしていく。
その傍らで、リーナは手際よく携帯用のまな板で干し野菜を刻み、セレナは木製の食器を並べていく。マリーナは少し離れた場所で、生活魔法を使って水桶へと清らかな水を溜めていた。
それぞれの役割が、ごく自然に機能している。この新しい旅の形に、誰もが少しずつ馴染み始めていた。
そして即席の調理場の中心では、レオンが先ほど仕留めた黒牙オークの肉と向き合っていた。
迷いのない刃捌きで、巨大な塊肉が吸い込まれるように切り分けられていく。分厚い肩ロース、そして美しく層をなしたバラ肉。
その無駄のない動きを、マリーナが感心したように見つめていた。
「相変わらず、見事な腕前ですわね。」
「食える部分は、余さず使う。それがこいつらの命に対する礼儀だ」
レオンは短く答え、肩ロースを贅沢な厚さにスライスしていく。
「これは今夜のステーキ。……で、こっちが本番だ」
長く切り分けたバラ肉の表面に、粗塩と、あらかじめ用意していた数種類の香草をたっぷりと擦り込んでいく。
そこへ、野菜を切り終えたリーナがひょっこりと顔を出した。
「それが、さっき言ってたベーコンの仕込み?」
「ああ」
レオンは焚火から少し離れた場所に、頑丈な木の枝を組んで簡易的なつるし棚を設置した。そこに紐で縛ったバラ肉を吊るし、焚火から流れる煙がゆっくりと肉を包み込むように調整する。
やがて、じっくりと熱せられた肉の脂と、薪の燻る香ばしい匂いが辺りに漂い始めた。
「……これ、匂いだけでお腹が空いてきますね」
セレナが心底待ち遠しそうに目を輝かせ、マリーナも深く同意するように頷く。
「信じられませんわ。辺境の山道の一歩手前で、こんな贅沢な香りを嗅ぐことになるなんて」
煙が肉を育てる傍らで、レオンが熱した鉄板の上に分厚い肩ロースを並べた。
ジュウウウウウッ!!!
激しい音とともに、極上の脂が跳ねる。
瞬時に周囲の空気が「ご馳走」の匂いで満たされた。
グゥゥ、と大きめの音が響く。アステアがバツの悪そうにお腹を押さえた。
「おいおいレオン、もう限界だ。胃袋が降伏を宣言している」
「あはは、アステア、気が早すぎでしょ!」
リーナの笑い声が響く中、完璧な火加減で焼き上がったステーキが木皿へと次々に並べられていく。野生の肉特有の力強い香ばしさと、溢れ出る肉汁。
「「いただきます」」
各自がナイフで肉を切り分け、口へと運ぶ。
その瞬間、マリーナの美しい両眸が見開かれた。
「……っ、柔らかい! オークの肉が、こんなに簡単に噛み切れるなんて……!」
「美味しい……! 噛むたびに旨味が溢れてきます!」
セレナも頬を緩ませ、リーナは「これよ、これこれ!」と幸せそうに肉を頬張っている。アステアにいたっては、言葉もなく豪快に肉を咀嚼し、幸福感に浸っていた。
だが、変化は味覚だけではなかった。
肉を飲み込んだ直後、身体の芯からじわリと熱いものが湧き上がってくるのを感じた。
セレナが驚いたように自分の両手を見つめる。
「……疲れが、みるみる引いていきます。今日一日の歩きの疲労が、まるでないみたいに」
「ええ、今回は前回の魔物の肉よりも、効果がはっきりと分かりますわね」
マリーナの言葉に、レオンは自身のステータス画面を虚空に呼び出し、淡々と確認する。
「黒牙オークのスキル効果が、付与されたみたいだ」
「へぇ、何の効果?」
リーナが身を乗り出す。レオンはその画面の記述を読み上げた。
「……『持久力上昇・微』。なるほどな」
「じゃあ長期戦や隠密行軍向きのバフね。悪くないわ」
リーナが満足げに笑うと、セレナも嬉しそうに微笑んだ。
「これからの険しい山道に、まさにぴったりの能力ですね」
こうしてまた一つ、『焚火の旅団』は新たな力をその身に宿した。
夜の帳が降り、焚火の炎が静かに揺れる。吊るされたベーコンから立ち上る煙は、香ばしい匂いを残しながら、星の隠れた夜空へと静かに消えていった。
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それから、さらに五日後。
『焚火の旅団』の馬車は、ようやく北方への最終中継都市『バルクス』の門をくぐっていた。
リーデルを発ってから計十日。
ここから先は、文明の恩恵が極端に薄れる本当の辺境地域となる。町自体は小規模ながらも、これから北を目指す、あるいは北から戻ってきた行商人や冒険者、頑強な狩人たちで異様な活気に満ち溢れていた。
風はどこか乾いており、通りには特有の強い香辛料の匂いが漂っている。
「ふあぁ……やっと着いたわね!」
リーナが馬車の荷台で大きく伸びをする。アステアも御者席で凝り固まった肩を回した。
「ああ、だが馬車が使えるのはここまでだ。ここから先は俺たちの足が頼りになる」
「思っていたよりも、随分と賑やかな町ですね」
セレナが物珍しそうに周囲を見回すと、マリーナが「辺境の入口、といった風情ですわね」と冷静に分析する。
そんな仲間の会話を背に、レオンは迷いのない足取りで市場の並ぶ一角へと向かっていた。目的はこれからの山越えに必要な保存食の徹底的な補給だ。
干し肉、塩、干し野菜、小麦粉、そして防腐効果のある香草。これより先に進めば、これらを正規の価格で手に入れる機会は二度とない。
品定めをしていた、その時だった。
「……おい、まさか、お前?」
背後から、低く濁った声が掛けられた。
レオンが振り返ると、そこには荷馬車の脇に立つ、一人の大柄な男がいた。
日に焼けた赤銅色の肌、丸太のように太い腕。仕立ての良い、だが実用的な旅商人の服を纏っている。
「レオン……レオンじゃねぇか!?」
男が驚愕に目を見開く。レオンの脳裏に、古い記憶が瞬時に蘇った。
「……ギレーヌ」
ギレーヌ――かつてレオンの故郷の村へ定期的に足を運び、塩や鉄製品を運び込んでは、村の獲物や薬草を買い取っていた馴染みの商人だった。
「おいおい、本当に生きてやがったか!」
ギレーヌが豪快に笑い、レオンの肩を叩こうとして、その佇まいに思わず手を止めた。
「村を出てから何年だ? いや、大したもんだ、随分と引き締まった面構えになりやがって」
ギレーヌはレオンの背後に控える、一癖も二癖もありそうな仲間たちに視線を走らせる。
「へぇ、随分と立派な仲間を連れてるじゃねぇか」
「レオンの知り合い?」
リーナが親しみやすい笑みを浮かべて尋ねると、レオンが短く応じた。
「村と取引のあった商人だ」
その言葉を聞いた瞬間、ギレーヌの豪快な笑みが、すっと消えた。商人の鋭い目が、深刻な光を帯びる。
「……レオン。お前、まさか村に帰るつもりか?」
「ああ」
レオンの迷いのない返事に、ギレーヌの顔が目に見えて曇った。彼は声を潜め、周囲を警戒するようにレオンたちに顔を近づける。
「……なら、警告だ。本当に気をつけろ」
一瞬にして、空気が凍りついた。
レオンの淡い瞳が、ナイフのように細くなる。
「何かあったのか」
「お前の村は、まだ無事だ。俺も先週確認した。だがな……」
ギレーヌは重々しく腕を組んだ。
「お前の村から二つ隣にある村が、数日前に『やられた』」
セレナが小さく息を呑み、マリーナの表情から血の気が引く。
「やられた、というのは……?」
「言葉の通りだ。生存者はゼロ。それどころか、家畜も、死体すらも残っちゃいねぇ。まるで最初から誰も住んでいなかったみたいに、綺麗さっぱり『消えた』んだよ」
レオンの奥歯が、微かに軋んだ。
間違いない。その異常なまでの不自然さ――『宵喰い』の仕業だ。
ギレーヌはレオンの肩を強く掴んだ。
「今あの一帯の森は狂ってる。行くなら、引き返す覚悟も持っておけ」
だが、レオンの瞳に宿る静かな焔は、微塵も揺らがなかった。
「――そのために、戻ってきた」
その言葉に含まれた絶対的な決意に、ギレーヌは一瞬だけ目を見開いた。
やがて、商人は降参したように小さく息を吐くと、自身の荷台からずっしりと重い大きな革袋を下ろした。
「……そうか。なら、これを持っていけ」
袋の中には、上質な干し肉、大量の塩、乾燥小麦など、一級品の保存食が信じられないほどの量、詰まっていた。
「ちょっと、これ、いくら何でも多すぎない?」
リーナが驚いて声を上げると、ギレーヌはふっと不敵に笑った。
「代金は格安でいい。どうせ近いうちにお前の村へ運ぶ予定だった物だ。その『ついで』に、お前たちに配達を頼んだと思えば安いもんだろ」
ギレーヌは真っ直ぐにレオンの目を見つめ、短く、だが魂を込めて告げた。
「死ぬなよ、レオン」
「……ああ」
交わされた言葉はそれだけだった。だが、それで十分だった。
ギレーヌはそれ以上、引き留めるような言葉は口にしなかった。目の前に立つ青年が、かつて村の片隅で泥に塗れていた子供などではなく、一人の立派な戦士であることを理解したからだ。
見上げる北の空は、いつしか厚い灰色の雲に覆われ始めていた。
いよいよ、因縁の故郷が近づいている。
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バルクスでの入念な補給を終えた『焚火の旅団』は、長居することなく、その日のうちに町を出発した。
頑強な石造りの北門を抜けると、風景は一変する。
馬車は、バルクスの預かり所へと出発前に預けてきた。
これからは、全員が己の足で歩く。
ギレーヌから譲り受けた大量の保存食、満杯の水袋、予備の武具、そして討伐用の特殊な道具。それぞれの背負い袋は、ちぎれんばかりに膨らみ、重量を増していた。
しかし――山道を登る五人の足取りは、驚くほど軽快だった。
「……本当に、不思議なくらい疲れませんわね」
マリーナが自身の足元を確かめるように呟く。険しい傾斜を登っているにもかかわらず、息一つ乱れていない。
「ええ。肩に食い込む荷物の重さも、不思議と半分くらいに感じられます。これがレオンさんの能力の力なんですね」
セレナが感嘆の声を漏らすと、アステアが愉快そうに笑った。
「戦闘用のスキルもいいが、こういう旅の道中でジワジワ効いてくる能力ってのは本当にありがたいな。前衛の俺としては、これだけで命拾いする」
「ふふ、長旅の移動がこれだけ楽なら、どこまででも行けちゃいそうね」
リーナも軽く肩を回しながら、楽しげに笑う。
だが、そんな軽口を叩き合えるのも、最初のうちだけだった。
標高が上がるにつれ、山道は険しさを増し、周囲の木々は光を遮るほどに深く、濃くなっていく。衣服の隙間から入り込む空気は、肌を刺すようにひんやりと冷たい。
マリーナが警戒を強めながら、杖の柄を握る手に力を込めた。
「本当に……何もありませんのね」
王都周辺の、人の手で管理された街道とは根底から異なる。ここは自然そのものが牙を剥く、原始の領域だ。
先頭を行くレオンが、振り返ることなく答える。
「この険しい峠を越えた先に、俺の故郷の村がある。……この足なら、あと一日だ」
「いよいよ、ですね……」
セレナが緊張に胸を震わせ、小さく息を吐いた。
それから、さらに一時間ほど歩を進めた頃。
一行の間に、言い知れぬ「違和感」が広がり始めた。
あまりにも、静かすぎるのだ。
聞こえるのは、冷たい風が梢を揺らす、ざわざわという不気味な音だけ。
これほど深い森であるにもかかわらず、鳥の囀り一つ聞こえない。草むらを駆ける小動物の気配も、虫の羽音すらも、完全に途絶絶えていた。
「……変ね。静かすぎるわ」
リーナが弓にそっと手をかけ、声を潜める。
アステアも大盾の裏でいつでも動けるよう身構えた。
「ああ。生き物の気配が綺麗に消えてやがる。まるで、何かに怯えて隠れているか……」
「あるいは、すべて『喰い尽くされた』後か」
マリーナの言葉に、全員の緊張が最高潮に達する。
目に見える敵はいない。しかし、この森全体が巨大な怪物の胃袋の底であるかのような、圧倒的な圧迫感が彼らを包み込んでいた。
レオンは歩みを止めなかった。その表情は、不気味なほどに凪いでいる。
だが、その淡い色彩の瞳だけは、暗がりを透視するかのように鋭く光っていた。
山の端へ、夕日が沈んでいく。
血のような真っ赤な残光が、険しい山道を不気味に染め上げていった。
今夜はこの先で野営。そして明日――。
五人は無言のまま、静まり返った死の森の奥へと、一歩一歩深く足を踏み入れていった。
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