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食べた魔物の力を取り込む【捕食者】だった俺は、最弱の村から最強の料理人を目指す  作者: RUN


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第98話 北への道  

 交易都市バルディアを出発して、1週間が経過した。


 街道を軽快に進む馬車は、トラブルもなく順調に北へと向かっている。


 陽光が降り注ぐ御者席に腰を下ろしているのは、レオンとアステアの二人。

 

 後方の客席からは、リーナ、セレナ、マリーナの楽しげな話し声が途切れることなく聞こえてくる。


 かつての二人旅、三人旅のころに比べれば、格段に賑やかな旅路路だった。


 吹き抜ける風には、ほんの少しだけ北国特有の涼しさが混じり始めている。


 見上げる空はどこまでも高く、澄み渡っていた。


 ふと訪れた沈黙の合間を縫うように、セレナが弾んだ声で御者席へと問いかけた。


「そういえば、レオンさんの故郷ってどんな場所なんですか?」


 その言葉に、マリーナも興味深そうに視線を向ける。


 そういえば、そうした昔話をじっくり話す機会はなかった。


 レオンは正面の街道を見据えたまま、淡々と応じる。


「辺境にある、小さな村だ」


 相変わらずの素っ気ない一言。


 だが、ぽつり、ぽつりと、記憶をなぞるように言葉が続く。


「――冬の寒さは厳しい」


「森には危険な魔物も多い」


「まともな街道すら整備されていないような場所だ」


 想定以上に過酷そうな環境に、マリーナがわずかに目を見開いた。


「まあ……そんな場所で暮らしていらっしゃいましたの?」


「ああ。だから、子供のころから生きるために狩りをしてた。獲物の解体も、調理も、保存食の作り方も、全部叩き込まれたな」


 レオンの言葉に、セレナがポンと手を叩いて納得の表情を浮かべる。


「なるほど、だからレオンさんはあんなにお料理が上手なんですね!」


 褒められたレオンが気まずそうに黙り込むと、隣に座るアステアが堪えきれずに吹き出した。


「ぶっ、食いつくのはそこかよ、セレナ!」


 釣られるようにリーナも声をあげて笑う。


「あはは! でも私も同じこと思った。レオンのサバイバルスキルの原点はそこだったんだって」


 マリーナはふん、と少しだけ頬を膨らませて胸を張った。


「笑いごとではありませんわ。食事の質は旅の調子を左右する最重要事項ですもの。一日のうちで一番楽しみな時間なんですのよ?」


「ふふ、分かります」


 セレナも深く同意し、後衛組の二人は完全にガッチリと手を組んでいる。


 アステアは苦笑しながら、お手上げといった風に肩を竦めてみせた。


「違いない。もう俺たちも、レオンの料理なしじゃ旅を続ける自信がないからな」


「私は最初からそのつもりだけどね」


 リーナが勝ち誇ったように言い放ち、馬車の中にいっそう大きな笑い声が広がった。


 レオンは小さくため息を吐いたが、その横顔には険しさなど微塵もなく、どこか穏やかな温もりに満ちていた。


 その時、地平線の彼方に、薄青く霞む見覚えのある山並みが姿を現した。


 レオンの切れ長の目が、わずかに細められる。


 かつて見慣れた、懐かしい景色。


 目的地はまだ遠い。


 だが、自分たちは確実に北へと進み、あの日旅立った場所へと近づいている。


 隣のアステアも、レオンの視線の先に気づいたらしい。


「……懐かしいか?」


「――ああ」


 短い返事のなかに、確かな感慨が籠もっていた。


 リーナが座席からぐいと身を乗り出してくる。


「ねえ、リーデルまでだいぶ近づいたんじゃない?」


「そうだな。このペースなら、あと四日といったところだ」


 マリーナとセレナも、窓の外に広がる見知らぬ景色へと視線を移す。


 まだ見ぬ町、まだ見ぬ土地。


 そして――レオンとリーナが冒険者としての第一歩を踏み出し、この『焚火の旅団』が産声を上げた始まりの場所。


 新参の二人にとっても、その町を訪れることは密かな楽しみでもあった。


 馬車は心地よい蹄の音を響かせながら、懐かしい景色が待つ北へとひた走り続ける。



---


 その日の昼過ぎのことだった。


 街道脇に広がるなだらかな草原を通りかかった時、御者席のアステアが突然、鋭く空を見上げた。


「レオン」


「――ああ、気づいてる」


 二人はほぼ同時に、上空の異変を察知していた。


 遥か高空を旋回する巨大な影。


 一見すると鳥のようだが、そのサイズは尋常ではない。


 翼を広げれば三メートルは下らないだろう。


 太陽の光を浴びて青白く輝く美しい羽毛。


 しかし、その鋭利な鉤爪の周囲には、パチパチと不穏な紫電が弾けていた。


 異様な気配を察して、マリーナが窓から顔を覗かせる。


「あれは……何ですの?」


「『雷羽鳥らいうちょう』だ。――来るぞ!」


 レオンの警告と同時に、上空から「キィィィィィッ!」と鼓膜を刺すような鋭い鳴き声が轟いた。


 雷羽鳥が巨体を反転させ、恐るべき速度で急降下してくる。


 狙いは馬車の動力源である馬だ。


 レオンは瞬時に手綱を引き、馬車を大きく蛇行させた。


 凄まじい風圧とともに、雷羽鳥の鉤爪が直前まで馬車がいた地面を深く抉り取る。


「全員、降りて応戦だ!」


 レオンの号令とともに、全員が流れるような動きで馬車から飛び降り、即座に戦闘態勢を整えた。


 リーナは着地と同時に弓を構え、アステアは大盾を構えて前衛へと躍り出る。


 セレナとマリーナは、互いの死角を補うように後衛のポジションを取った。


 一撃目をかわされた雷羽鳥が、大きな羽ばたきとともに再び上空へと舞い上がる。


「させない!」


 リーナが限界まで弦を引き絞り、矢を放った。


 空気を切り裂く鋭い風切り音。


 しかし、雷羽鳥は空中とは思えない機敏さで羽を翻し、その矢を易々と回避してみせた。


「速い……っ!」


 直後、雷羽鳥の全身の羽毛が眩く発光した。


 バリバリと空間を震わせる咆哮とともに、数条の激しい雷撃が降り注ぐ。


「させません! 『プロテクション・シールド』!」


 セレナが即座に杖を掲げ、魔法を展開した。


 一行の頭上に半透明の強固な障壁が出現し、降り注ぐ雷撃を激しい火花とともに霧散させる。


 その完璧な防御に、マリーナは目を見張った。


 セレナの状況判断と魔法の精度は、依頼を重ねるごとに驚異的な進化を遂げている。


「マリーナ、次をお願い!」


 リーナの鋭い声。


 マリーナは即座に思考を切り替え、迷いなく自身の杖を突き出した。


 かつて高慢だった令嬢の姿はそこにはない。


 戦う意志を宿した、立派な魔導士の目だった。


「『アイスランス』!」


 生み出された鋭利な氷の槍が、弾丸のごとき速度で空を駆ける。


 雷羽鳥はそれをも見切り、右へと身体を傾けて避けようとした。


 だが――その回避行動こそが、レオンの狙い通りだった。


「右へ避ける! ――リーナ!」


「捉えた!」


 あらかじめレオンの視線で誘導を予測していたリーナが、二の矢を放つ。

 ドン、と鈍い音が響き、矢は雷羽鳥の右翼の付け根を深く貫いた。


 狂ったような悲鳴をあげ、空中でのバランスを完全に崩す雷羽鳥。


 そこへ、大盾を構えたアステアが地響きを立てて突進する。


「落ちろォォォッ!」


 全身のバネを使い、手斧を豪快に投擲。


 凄まじい回転を伴った刃が、雷羽鳥の胴体へ正確に叩き込まれた。


 たまらず地面へと墜落し、もがく魔物。


 その隙を逃すレオンではない。


 すでに間合いを詰めていたレオンは、腰のミスリル剣を静かに引き抜いていた。


 一閃。


 銀光が走ると同時に、雷羽鳥の首が音もなく地面へ転がった。


 周囲に突如として静寂が戻る。


 完璧な連携による、瞬く間の戦闘終了だった。


 マリーナが小さく息を吐き出し、セレナもほっと胸を撫で下ろす。



 レオンは剣の血振りを払い、鞘に収めると、足元に横たわる雷羽鳥の巨体を見下ろした。


 そして、ふっと口元を緩めて小さく頷く。


「今日の晩飯は、こいつだな」


 リーナが待ってましたとばかりに笑う。


「やった! 久しぶりの魔物料理ね!」


「鳥肉か、最高じゃないか」


 アステアも早くも涎をすするような仕草を見せる。


 その横で、マリーナとセレナは苦笑しながら顔を見合わせた。


 一般の冒険者にとって、魔物の討伐は命がけの仕事であり、死体は素材として換金するものだ。


 しかし、『焚火の旅団』において、それは極上の食材調達をも意味している。


 これから始まるのは、単なる事後処理ではない。


 このパーティだけの、特別な時間が始まろうとしていた。



---


 その日の夕方。


 街道から少し離れた、見晴らしの良い開けた場所で野営の準備が整いつつあった。


 アステアが手際よく薪を組み、リーナとセレナは周囲に魔物避けの結界や罠を設置していく。


 そしてキャンプの中央では、レオンが雷羽鳥の解体を進めていた。


 無駄のないナイフ捌き。


 どこに刃を入れれば綺麗に肉を切り分けられるか、その指先がすべてを記憶しているかのようだった。


「マリーナ、その桶に水を入れてくれ」


「ええ、お任せあそばせ。『ウォーター』」


 手際よく魔法で桶に水を満たしながら、マリーナはその職人技のような手捌きに見惚れていた。


「何度見ても、見事な手際ですわね。まるで一流の料理人のようですわ」


 レオンは余分な脂肪を削ぎ落としながら、事も無げに応じる。


「ただの慣れだ」


 すかさず、薪を組み終えたアステアが突っ込みを入れた。


「おいおい、それを慣れの一言で片付けるなよ。普通はそんなに綺麗に部位ごとに切り分けられねぇって」


「そうよ。普通の冒険者が見たら、素材の剥ぎ取りギルドの職員かと思うわよ」


 リーナの言葉に、周囲からどっと笑いが起きる。


 焚火に火が灯り、オレンジ色の柔らかな光が五人の顔を温かく照らし出していた。


 やがて、香ばしい匂いとともに料理が完成した。


 今夜のメニューは、雷羽鳥の香草焼き。


 じっくりと火を通された肉からは、食欲をそそる脂の爆ぜる音が聞こえる。


 皮目はパリッと黄金色に焼き上がり、閉じ込められた肉汁が表面にじんわりと浮き出ていた。


「「「「「いただきます」」」」」


 声を揃えて手を合わせ、肉を口へと運ぶ。


 その瞬間、セレナの丸い目がさらに大きく見開かれた。


「……っ! 美味しい、美味しいです、レオンさん!」


「鳥肉のはずなのに、なんて柔らかいのかしら……。嫌な臭みがまったくありませんわ!」


 マリーナも上品に気取りながらも、フォークを進める手が止まらない。


 リーナにいたっては夢中で肉に齧り付いており、アステアは早くも二本目の肉に手を伸ばしていた。


 至福の時間を堪能していると、不意に身体の奥底から、じんわりとした熱が広がっていくのを感じた。


 レオンが自身の感覚を確かめるように呟く。


「――雷羽鳥の能力スキルだな。反応速度が少し底上げされている」


 言われてみれば、視界が驚くほど鮮明になっていることに気づく。


 夜風に揺れる草木の動き、遠くを飛ぶ虫の羽音、焚火の薪が爆ぜる瞬間――それらの情報が、まるでスローモーションのように頭の中に流れ込んでくるのだ。


 リーナが嬉しそうに立ち上がり、その場で軽くステップを踏んだ。


「本当だわ! 世界の動きが少しゆっくり見える! これなら動く標的でも、百発百中で射抜ける気がする!」


 弓使いである彼女にとって、この恩恵は計り知れない。


 アステアも自身の大きな手を何度も握り締め、感触を確かめている。


「確かに、身体が軽いというか、次の動作にすんなり移行できる感覚があるな」


 マリーナは自分の手をじっと見つめ、驚きを隠せない様子で呟いた。


「本当に、魔物を食すことでその能力を得られるのですわね……」


 いまだに信じられない気持ちはある。


 魔物を喰らい、その力を己のものとするなど、魔法学会の常識に照らし合わせてもあり得ない奇跡だ。


 だが、今この瞬間、自分の身体がその事実を何よりも明確に証明していた。


 セレナも穏やかな微笑みを浮かべ、スープを口に運ぶ。


「本当に不思議で、素敵なお力ですね」


 すると、リーナが誇らしげに胸を張って笑った。


「でしょ? 私たちの『焚火の旅団』は、こうでなくっちゃ!」


 その言葉に、マリーナも少し照れくさそうに笑い、セレナも楽しそうに声をあわせた。


 パチパチと爆ぜる焚火を囲む五人の影。


 旅はまだ半ば。


 けれど、彼らの絆は、以前よりもずっと深く、そして賑やかなものへと変わっていた。



---


 それから、さらに四日後。


 快晴の空の下、『焚火の旅団』を乗せた馬車は、一本の街道を北へと突き進んでいた。


 御者席で手綱を握るアステアが、前方の地平線を見つめ、嬉しそうに口元を緩める。


「おい、見えてきたぞ!」


 その声に反応し、リーナが客席から勢いよく身を乗り出した。


 遥か先、街道の終着点に、雄大な石造りの城壁都市がその姿を現しつつあった。


 堅牢な外壁、見慣れた懐かしい大門。


 門へと吸い込まれていく無数の馬車や行商人たち、そして行き交う人々の活気。


「久しぶり……! レオンと本格的にパーティを組んで以来!」


 リーナが感慨深げに目を細めると、アステアも大きく頷いた。


「俺は噂に聞くだけで、実際に来るのは初めてだからな。新鮮だわ」


 レオンは無言のまま、静かにその景色を見つめていた。


 冒険者になった街、リーデル。


 まだ駆け出しの冒険者だったころ、がむしゃらに依頼をこなしていた町。


 リーナと出会い、そして『焚火の旅団』の旅が始まった、すべての原点となる場所。


 セレナとマリーナも、馬車から身を乗り出してその活気ある町並みを見上げる。


「素晴らしい石造りの素晴らしい町ですね」


「ええ。規模こそバルディアには及びませんけれど、独自の活気があって、とても栄えていますわ」


 やがて馬車が大門へと差し掛かると、不審者を警戒していた門番の男たちがこちらへと近づいてきた。


 だが、御者席の顔ぶれを見た瞬間、門番の一人が大袈裟に目を丸くした。


「おっ……? おい、見ろよ!」


 もう一人の門番も気づき、破顔して声を張り上げる。


「おいおい、レオンじゃねぇか! 生きてたのか!」


 レオンは困ったように苦笑を浮かべ、軽く手を挙げた。


「久しぶりだな、お二人さん。死んでないよ」


「久しぶりどころの話じゃねぇよ! 噂じゃバルディアの方で大暴れしてるって聞いてたが、相変わらず元気そうだな!」


 門番と親しげに言葉を交わすレオンの姿を見て、マリーナとセレナは少し驚いたような顔をしていた。


 あの無口で愛想のないレオンが、これほど町の人間に親しまれているのが新鮮だったのだ。


「お前のパーティなら身元保証なんて必要ねぇよ。ほら、通んな!」


 それだけの短いやり取りで、馬車は門を通過する。


 車輪がガタゴトと懐かしい石畳の振動を伝える。


 威勢のいい行商人の声、路地裏の屋台から漂う香ばしい匂い、行き交う人々の笑顔。


 リーナは懐かしそうに辺りを見回しながら、深く息を吐いた。


「ふふ、なんだかすごく安心するね」


「ああ、わかる気がするよ。いい町だな」


 アステアも同意し、レオンも小さく顎を引いた。


 ここは自分の生まれ故郷ではない。


 だが、泥に塗れながら冒険者としての基盤を築き上げたこの町は、彼にとって間違いなく「第二の故郷」と呼べる場所だった。


 マリーナが賑やかな街頭を見つめながら、ぽつりと呟く。


「ここが……『焚火の旅団』の始まりの町なんですのね」


 その言葉に、レオンとリーナの視線が自然と交わった。二人はどちらからともなく、悪戯っぽく微笑み合う。


「あはは、まあ、そうなるのかな?」


「――そうだな。間違いない」


 レオンも今度は否定しなかった。


 すべての始まりの町、リーデル。


 今日はこの町で旅の疲れを癒やす。


 明日は冒険者ギルドに顔を出し、北方の情報を集める予定だ。


 そして明日が過ぎれば、馬車はさらにその先へ――レオンの本当の故郷を目指し、未知なる北の大地へと再び歩みを進めることになる。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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次回もお楽しみに。

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