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食べた魔物の力を取り込む【捕食者】だった俺は、最弱の村から最強の料理人を目指す  作者: RUN


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第97話 闇を喰らう者

 とある村の、それは些細な異変から始まった。


「……あれ?」


 家畜小屋へと足を運んだ男は、不可解そうに首を傾げた。

 

 そこにいたはずの羊が、一匹いなくなっている。


(脱走でもしたか?)


 周囲の柵を見回してみるが、壊れている様子はない。


 だが、家畜の脱走などたまにあることだった。


 男はそれ以上、深く気にとめることはなかった。


 しかし、その翌日。またしても一匹、羊が姿を消した。


「おいおい、冗談だろ……」


 不穏な気配を察した村人たちが集まり、周囲を大がかりに捜索した。だが、何も見つからない。


 連れ去られたのなら残るはずの血の跡も、獣の足跡すらも、そこには一切なかった。


 まるで、最初から存在していなかったかのように、ただ消えていた。


 それから数日、家畜が消える頻度は狂ったように増していった。


 夜が訪れるたびに一匹、時には二匹。


 だが、やはり現場には何も残らない。静まり返る村に、じわじわと不気味な恐怖が伝染していった。


「盗賊の仕業か?」


「いや、それなら多少の物音くらいするはずだろ」


「まさか、魔物……?」


「馬鹿言え、こんな静かに獲物をさらう魔物がいるかよ……」


深刻な顔で話し合う男たちを前に、村長が苦渋に満ちた声を絞り出す。


「……夜の見回りを増やせ。何があっても、必ず二人以上で動くんだ」


 その日の夜、村の男二人が深い闇の中を見回っていた。


 手元にあるランタンの淡い灯りだけが、頼りなく足元を照らしている。


「ったく、嫌な仕事を引き受けちまったな」


「本当だよ。何事も起きなきゃいいんだが——」


隣を歩く男が、緊張を紛らわせるように軽口を叩いた。


「これが終わったら、一杯付き合えよ」


「お、いいな。美味い酒を——」


返事をしながら、何気なく隣へ視線を向けた。


その瞬間、男の言葉が凍りついた。


誰も、いない。


「……は?」


 一瞬、思考が完全に停止した。


 今の今まで隣を歩いていた。


 確かに、声を交わしていた。


 でもなぜか相方のランタンが地面に落ち、頼りなく転がっている。


 その姿だけが綺麗さっぱり消えているのだ。


「お、おい……冗談だろ?なにふざけてるんだよ……」


 男は、狂ったように周囲を見回す。


 だが、視界に映るのは底の知れない暗闇と、静寂だけ。


 いくら呼びかけても、返事は戻ってこない。


 男の喉が、恐怖でヒクリと鳴った。


「やめろよ……おい……っ!」


 その時だった。


 ポタッ、と、冷たい何かが男の頬に落ちた。


 男は引きつった呼吸のまま、ゆっくりと顔を上げた。


 視線の先には、うっそうと茂る木の上。


 ただ黒い闇が広がっているだけで、何も見えない。


 だが、確かにそこに“何か”がいる。


 次の瞬間、男の姿もまた、その場から姿を消した。


 夜の静寂を破る悲鳴すら、上がることはなかった。


 明くる日の明け方。


 見回りに出た男たちが戻ることはなかった。


 村中が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。


「あいつらどこへ行った!?」


「森に迷い込んだのか!?」


「手分けして探せ!!」


 だが、いくら探しても見つからない。


 彼らがそこにいたという証拠すら、何一つ残されていなかった。


 それから一ヶ月。


 村からは、あらゆる命が少しずつ、確実に削り取られていった。


 家畜が消え、村人が消え、立ち寄った旅人が消える。


 夜が来るたびに、誰かが闇に連れ去られていく。


 そして、その日の夜。


 しんとした村の上空を、一つの巨大な影が、音もなく横切った。


 羽音すらしない。


 それはまるで、闇そのものが意思を持って空を滑っているかのようだった。


 全身を包み込む漆黒の異形。


 夜の闇へと完全に溶け込むその姿の中で、ただ一つ。


 片目だけが、獲物を定めて不気味に赤く光っていた。


 ……やがて、その村から生きているものの気配は、完全に消え失せた。



---


 奴隷商壊滅事件から、数ヶ月の月日が流れていた。


 『焚火の旅団』が新しく構えた拠点には、朝から食欲をそそる香ばしい匂いが立ち込めていた。


 キッチンの前に立つレオンは、手際よく朝食の調理を進めている。


 フライパンの上で肉がじゅうじゅうと音を立てて踊り、爽やかな香草の香りが暖かな湯気とともに広がっていく。


 以前までの朝食は、宿屋の食事で済ませることが多かったが、こうして自分の手で調理をし、食卓を囲むのは、本物の「家」を手に入れたのだと実感させてくれた。


トントンと、二階から眠たげな足音が響いてくる。


「……ん、いい匂い」


 まだ少し髪を乱したリーナが、目をこすりながら降りてきた。


 その後ろからは、アステアも大きな欠伸を噛み殺しながら続いてくる。


「昨日の依頼でそうとう疲れてるはずなのに、朝から凄いな、レオンは……」


「本当よ。私はまだベッドの中で丸くなっていたいわ」


 リーナは気怠そうに笑いながら、食堂の椅子に腰掛けた。


 すでに起きていたセレナが、手際よくテーブルに食器を並べていく。


「皆さん、おはようございます」


 そこへ、マリーナもリビングへと入ってきた。


 かつての華美な貴族服ではなく、少し動きやすい服装を選んでいる。


 まだ冒険者としての板に付いた雰囲気は薄いが、その佇まいには確かな成長の跡が見られた。


 レオンが焼き上がった料理をそれぞれの皿に盛り付け、テーブルへと運ぶ。


「できたぞ、座れ」


 今日の朝食は、以前討伐した岩殻ボアの肉を使ったソテーだ。


 こんがりと黄金色に焼かれた表面から、上質な脂が艶やかに光を放っている。


 リーナが嬉しそうに目を輝かせた。


「これ、絶対に美味しいやつじゃない!」


 アステアも満足げに頷く。


「朝からこの肉が食えるなんて、最高のご馳走だな」


セレナとマリーナも席につき、全員で手を合わせてから、一口その肉を口に運んだ。


「……美味しいっ」


 マリーナが驚きに目を丸くする。


 口いっぱいに広がる濃厚な脂の旨味。


 それでいて、不思議としつこさはなく、噛み締めるたびに深みのある味わいが押し寄せてくる。


 セレナも信じられないといった様子でレオンを見た。


「レオンさん、これ……前よりも格段に美味しくなってませんか?」


「昨日、寝る前に肉を少し香草のタレに漬け込んでおいたんだ。味が締まったんだろ」


 レオンが答えると、リーナが堪らず吹き出した。


「もう、完全に料理人じゃない、あなた」


 そんな和やかな会話を交わしながら、朝の穏やかな時間が過ぎていく。


 その時だった……


 マリーナがふと、不可解そうに自身の両手を見つめ、小さく眉を寄せた。


「……あれ?」


 手のひらを握ったり開いたりしてみる。


 ほんの僅かだが、身体の芯からじわリと熱が湧き上がり、心地よい魔力が体内を駆け巡る感覚があった。


 は隣にいたセレナも、同様の感覚に気づいたようで、ハッとした表情を浮かべる。


「これって……もしかして……」


 レオンが静かに頷いた。


「ああ。俺の能力だ」


 二人が驚きの顔を上げるのを横目に、アステアが豪快に笑った。


「やっぱり、酷使した身体にはレオンの料理が一番効くな!」


 リーナもニヤリと悪戯っぽく微笑む。


「これで体力も魔力も完全回復よ!」


 マリーナは驚きを隠せないまま、もう一度自分の手を強く握りしめた。


 驚くほど身体が軽い。


 内側から力がみなぎってくるのが分かる。


 これこそが、レオンたちの強さの源泉。


 魔物を喰らい、己の力へと変える——『焚火の旅団』だけに許された、唯一無二の力だった。


---


 朝食を終えた『焚火の旅団』の一行は、そのままギルドへと向かった。


 新拠点からの道のりを、五人で並んで歩く。 

 

 その姿も、今ではすっかり街の風景に馴染みつつあった。


 ギルドの重い扉を開けると、いつも通りの喧騒が彼らを出迎えた。


 冒険者たちの荒々しい話し声、安酒の匂い、忙しなく立ち働く受付嬢たち。


 だが、今日の空気はどこかいつもと違っていた。肌にまとわりつくような、重苦しい緊張感が漂っている。


掲示板の前に、群がるように冒険者たちが集まっていた。


「おい、村から人が消えたらしいぞ」


「ここからだとかなりの距離があるなぁ」


「それだけじゃねぇんだ。何でも、異変を調べに向かった討伐隊の連中まで、一人も戻ってきてないらしい……」


飛び交う不穏な噂話に、リーナが不快そうに眉をひそめた。


「……何かあったの?」


近くにいた馴染みの冒険者が、彼らの気配に気づいて振り返る。


「あぁ、お前等か。まだ知らねぇのか?」


「北部の地域で妙な行方不明事件が多発してんだと」


 男は声を潜め、深刻な顔で言葉を継いだ。


「消えたのは村人や家畜だけじゃねぇ。ベテランの冒険者まで、跡形もなく消えちまったんだ」


セレナが不安げに胸元を抑える。


「それって……強力な魔物の仕業なんですか?」


 男は力なく肩を竦めた。


「それが、さっぱり分からねぇんだ。争った形跡も、血の一滴すらも残ってねぇらしい。まるごと煙みたいに消え失せるんだとよ」


 その言葉を聞いた瞬間、レオンの眼光が鋭く変貌した。


 小さく目を細め、何事かを思考するように黙り込む。


「レオン、お前等、ちょっとこっちへ来い」


 重苦しい声をかけてきたのは、ギルド長のギンだった。いつになく険しい表情で背後に立っている。


「……わかった」


レオンの短い返事を合図に、焚火の旅団はギンの後を追い、ギルド長室へと向かった。


部屋に入ると、ギンが重々しくデスクの椅子に腰掛け、レオンたちも応接用のソファへと腰を下ろす。


「表での話は、耳に入ったか?」


「北部の失踪事件のことならな」


レオンの言葉に、ギンは深く頷きながら、デスクの上に一枚の地図を広げた。


「最初は、ただの悪質な盗賊の類かと思っていた。だが、規模が違いすぎる」


指先で北部のいくつかの地点をトントンと叩く。


「村人、家畜、派遣した冒険者……そのすべてが、文字通り『消滅』しているんだ」


一拍置き、ギンはさらに声を低くした。


「血痕もなければ、戦闘の痕跡すらない。


 命からがら隣町へ逃げてきた数少ない生存者は、こう言っていた。


『夜になると、生きている者がそのまま闇に溶けるように消える』と」


 部屋の空気が、凍りついたように静まり返る。


 レオンは広げられた地図をじっと見つめたまま、地を這うような声で呟いた。


「……食われたな」


 セレナとマリーナが、弾かれたように顔を上げる。ギンの視線が、射抜くような鋭さを帯びた。


「お前、その手口に心当たりがあるのか?」


 沈黙が部屋を支配する。


 やがて、レオンは静かに口を開いた。


「昔、一度だけ遭遇したことがある」


 その一言で、リーナとアステアの表情からも余裕が消え失せた。マリーナが恐る恐る尋ねる。


「……その、魔物の名前は?」


 レオンは微動だにせず、その名を告げた。


「『宵喰い』だ」


 その名が放たれた瞬間、ギルド長室の空気はさらに一段と重さを増した。


 聞き覚えのない不気味な名前に、セレナとマリーナは困惑の表情を浮かべている。


「宵喰い……」


 マリーナが小さくその名をなぞるように呟く。


 ギンは深く腕を組み、背もたれに体重を預けた。


「……なるほどな。確かに『宵喰い』の仕業だとすれば、すべての合点がいく」


 レオンは黙って地図の一点を見つめていた。


 北部、山沿い、そして鬱蒼とした深い森が広がる地域。


……そこは、かつて自分が育った故郷にも近い場所だった。


 レオンは低く、淡々とした口調で過去を語る。


「前に戦った時もそうだった。あいつらは獲物を狩るんじゃない、文字通り『闇が喰らう』んだ。だから痕跡が残らない。犠牲者は、自分が襲われたことすら気づかずに消える」


 各一拍を置き、アステアが身を乗り出した。


「そいつは……そんなに強いのか?」


「強い」


 レオンの返答は即答だった。


 一切の迷いも誇張もない、確信に満ちた声。


「前に遭遇したのは、まだ若い個体だった。それでも……俺が全力で戦って、片目を潰して退散させるのが精一杯だった」


 室内を、圧倒的な沈黙が支配する。


 レオンにそこまでの戦闘を強いたという事実だけで、その魔物の異常な危険度が痛いほど伝わってきた。


 ギンは深く、重いため息を吐き出し、デスクの引き出しから一枚の書面を取り出した。


「……なら、この依頼を受けられるのはお前等しかいねぇな」


 差し出されたのは、特級の危険度を示す真っ赤な依頼書だった。


【北部失踪事件・原因の調査および討伐依頼】


「さっきまでは正体不明の怪異だったが、敵が『宵喰い』と分かれば話は別だ。正式に討伐を命じる」


 レオンは迷うことなく、その依頼書を手に取った。


「俺達が向かう」


 その瞳には、一片の躊躇いもなかった。 


 ギンは満足そうに頷き、身を乗り出す。


「準備が出来次第、すぐに出発してくれ。それと——」


 そこで一瞬、言葉を切ったギンの顔には、普段の不真面目さは微塵もなかった。


「……死ぬなよ。お前等には、まだ死なれちゃ困る」


「ああ」


短く答え、レオンたちは席を立った。


 

---


ギルドを後にした『焚火の旅団』は、すぐさま拠点へと戻り、出立の準備に追われていた。


 リーナは一本一本、矢の歪みを厳しくチェックし、アステアは新たに調達した頑強な盾を背中に固定する。


 セレナは素早く正確な手つきで、各種の回復薬をポーチへ整理していた。


 マリーナもまた、新調されたばかりの冒険者用のローブに袖を通す。


 その顔つきには、かつての弱々しさはなく、一人の戦士としての覚悟が宿りつつあった。


 その光景は、数ヶ月前とは比べ物にならないほど、確かな信頼で結ばれた「パーティー」そのものだった。


 準備の最中、マリーナがふと手を止め、レオンの背中に視線を向けた。


「……レオンさん。その、怖くは……ないのですか?」


 レオンは荷物の紐を締め上げながら、振り返ることなく答えた。


「かなり怖い。あいつの強さは、身に染みて分かっているからな」


 あまりにも率直で意外な返答に、マリーナはパチパチと瞬きをした。無敵に見える彼でも、恐怖を感じるのだと。


 だが、レオンは荷物を肩に担ぎ、ゆっくりと振り返ると、微かに口元を緩めた。


「けど、今の俺達なら大丈夫だ」


 その静かな、だが絶対的な自信に満ちた言葉に、全員の身体に走っていた緊張が、心地よい高揚感へと変わる。


「よし、行こう」


 準備を終えた五人は、拠点の前に準備した馬車へと乗り込んだ。


 夕暮れ時の美しい朱に染まる街道。


 その先には、不気味な闇が待つ北へと続く道が伸びている。


 レオンは静かに、変わりゆく空の景色を見つめていた。


 レオンとアステアが御者台に乗り込み鞭を振るい、馬車がゆっくりと、しかし力強く動き出す。


 再び、怪物との死闘へ臨むために。


 『焚火の旅団』は、夜を喰らう怪鳥を追って、まずは中継地となる街「リーデル」を目指し、北へとひた走るのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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次回もお楽しみに。

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