第89話 湖畔の要塞
ついにモルガン湖の湖畔へ到着した。
空気は冷たかった。
湖から流れる風が草原を揺らしている。
空は晴れている。
だが。
一行の表情は硬い。
戦場が近い。
レオンたちは森の中を進んでいた。
木々に身を隠しながら。
足音を殺し。
気配を抑える。
先頭は風見鷹。
索敵を得意とする冒険者たちが慎重に周囲を確認していく。
やがて。
前を進んでいた風見鷹の一人が手を上げた。
「……見えたぞ」
全員がしゃがむ。
森の隙間。
その先に——。
巨大な別荘が見えた。
モルガン湖の湖畔に建つ白い屋敷。
だが。
優雅な別荘には見えない。
高い城壁。
見張り塔。
巡回する兵士。
そして。
城壁の上。
ローブ姿の集団。
全員が杖を持っている。
リーナが目を細める。
「……あれ全部、魔法師?」
マリーナが険しい顔で頷く。
「ええ」
「子爵が抱える魔法師団ですわ」
一拍。
「かなりの精鋭揃いです」
黒狼の牙の男が低く唸る。
「数が多すぎるだろ……」
レオンは無言で別荘を見る。
正面門。
そこまでの距離。
完全な平地。
遮蔽物はない。
アステアが低く言う。
「正面突破は魔法の的だな」
リーナが左側を見る。
「湖側は高台になってるわ」
「崖もあるから左側からの接近は困難だと思う」
さらに右側。
こちらも平地。
状況は変わらない。
完全な防衛陣地だった。
リーナが舌打ちする。
「嫌な作りね……」
レオンは静かに目を細めた。
射線。
配置。
距離。
頭の中へ叩き込んでいく。
その時だった。
突然。
城壁の上から声が響く。
「侵入者に告ぐ――!!」
全員の視線が上へ向く。
城壁の中央。
一人の若い男が立っていた。
派手なローブ。
細い杖。
余裕の笑み。
「私の名前は、ヴァルツ・ロータス」
子爵の息子だった。
ヴァルツが城壁の上からこちら側を見下ろす。
「森のなかにいるのは分かっているぞ!」
「この森には索敵魔法が張られているからな!」
次の瞬間。
城壁の上の魔法師たちが杖を構えた。
火球。
雷撃。
平地へ向かって放たれる。
轟音。
爆発。
地面が吹き飛ぶ。
完全な威嚇だった。
ヴァルツが笑う。
「引き返せば見逃してやる!」
「来るなら、お前たちの死体が転がるだけだ!」
空気が張り詰める。
だが。
レオンは静かに前を見る。
別荘。
城壁。
魔法師団。
そして。
敵の慢心。
---
森の中。
簡単な地図を地面に描きながら、レオンが作戦を確認する。
「正面突破しかない」
短い言葉。
全員の表情が引き締まる。
レオンが続ける。
「煙幕で視界を切る」
「その間に前へ出る」
アステアが頷いた。
「後衛は森に残れ」
「危なくなったら援護してくれ」
各パーティーが動き出す。
「陣形を説明する」
前衛。
盾役は三人。
アステア。
そして黒狼の牙の盾持ち二人。
三人が最前列を担当する。
その後ろ。
アタッカー。
レオン。
黒狼の牙のリーダー。
さらに。
城壁上の魔法師を狙うため、リーナと風見鷹の弓兵が後方につく。
その隣には風見鷹のヒーラー。
魔法防御と回復を担当。
以上の八人で進む。
残りの冒険者たちは森で待機。
援護と支援。
完全に役割を分けた。
「難しい戦況ならすぐに引く」
攻める7人が頷く。
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リーナが煙玉を取り出す。
ニヤッと笑った。
「派手にいくわよ」
数本の矢に煙玉を巻いて、前方に飛ばす。
次の瞬間。
白煙。
一気に平地を覆っていく。
視界が消える。
「プロテクション・シールド」
魔法防御をかける。
すぐにアステアが前へ走った。
「行くぞ!!」
三人の盾役が前進する。
アステアが大盾を構える。
その横を黒狼の牙の二人が並ぶ。
直後。
魔法が飛ぶ。
火球。
氷槍。
雷撃。
だが。
煙で狙いが甘い。
アステアが盾で受け止める。
轟音。
衝撃。
それでも止まらない。
「押し込め!!」
黒狼の牙の男が叫ぶ。
煙の中を強引に進む。
レオンも後ろから走る。
そのさらに後方。
リーナが弓を引いた。
煙の隙間。
見えた魔法師へ矢を放つ。
一閃。
城壁の上。
魔法師の肩を射抜いた。
「ぎゃっ——!」
崩れる。
風見鷹の弓兵も続けて射撃。
城壁の魔法師たちが慌て始める。
押せる。
そう思った瞬間。
城壁の上。
ヴァルツが笑っていた。
「ほう……」
杖を軽く振る。
風魔法。
突風が吹き荒れる。
煙幕が一気に吹き飛ばされた。
「まずい!」
リーナが叫ぶ。
視界が開く。
城壁の上。
魔法師団全員がこちらの位置を捉えた。
魔法が次々と放たれる。
ドーン…ドーン……と火球や雷撃、氷撃が辺りに着弾する
前方の盾役がなんとか、魔法を受け止めている。
「もう一度、煙幕を張るわ」
リーナが煙玉を地面に叩きつける。
また、もくもくと白煙が上がり始める。
「はぁ~、つまらん小細工だ」
ヴァルツが杖を空へ向け、詠唱を唱え始める。
空中に魔法陣が展開され始める。
赤い光。
空気が熱を帯びる。
後ろで見ていたマリーナの表情が変わった。
「上位火魔法……!」
ヴァルツの詠唱が終わる。
「消し飛べ!」
「炎爆」
空に巨大な火球が現れた。
そして。
火球が落ちる。
周囲の空気が熱を帯びた。
マリーナが大声で叫ぶ。
「下がって――!!」
次の瞬間。
轟音。
世界が白く染まった。
---
超爆発が起きた。
炎と衝撃波が平原を薙ぎ払う。
地面が吹き飛ぶ。
アステアたち前衛が一気に吹き飛ばされた。
レオンも腕で顔を庇いながら後方へ飛ばされる。
熱風。
爆音。
キーン―――と、耳鳴りがひどく音が聞こえない。
土煙が舞い上がっている。
徐々に視界が晴れて周囲が見えるようになってきた。
アステアの大盾が地面へ転がっている。
表面が焼け、ヒビが入っている。
黒狼の牙の男が地面へ倒れ込みながら呻いた。
「っ……なんだよ、あれ……」
風見鷹の弓兵も顔を引きつらせる。
「上位魔法とか聞いてねぇぞ……!」
すぐにヒーラーが回復魔法を展開する。
「ヒール!」
光が負傷者たちを包む。
だが。
全員の表情は重かった。
押し切れない。
レオンが立ち上がる。
焼けた平地。
目の前の着弾地点に広がる巨大なクレーター。
正面突破は厳しい。
「一旦下がるぞ!」
武器を拾い、全員が森まで後退する。
木々の影まで一度下がる。
そこで態勢を立て直す。
回復。
負傷確認。
空気は最悪だった。
誰もすぐには言葉を出せない。
その時。
ギギギギ……。
重い音が響く。
全員の視線が別荘へ向く。
正門。
巨大な門がゆっくり開いていく。
その奥から——。
ローブ姿の集団。
魔法師団。
そして中央。
ヴァルツ・ロータス。
余裕の笑みを浮かべながら歩いてくる。
完全に勝ったつもりだった。
ヴァルツが杖を肩に乗せながら笑う。
「どうした――!」
「もう終わりか――!」
魔法師団も薄く笑っている。
こちらを完全に見下していた。
レオンが静かに前へ出る。
アステアもヒビが入った盾を構える。
リーナも矢を整える。
森の中から。
こちらも平地へ出た。
後ろにセレナ、マリーナ、黒狼の牙、風見鷹も後に続く。
両者が向かい合う。
風が吹く。
その時だった。
ヴァルツの視線が止まる。
マリーナを見た。
一瞬。
目を細める。
そして。
ニヤッ――っと。
ヴァルツの口元がゆっくり歪んだ。
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