第84話 静かな朝
朝。
バルディア冒険者ギルド。
まだ空気は冷たい。
だが。
ギルドの中には、すでに多くの人が集まっていた。
冒険者。
ギルド職員。
武装した者たちが静かに準備を進めている。
いつもの朝とは違う。
空気が張っている。
レオンたちも到着していた。
アステアは腕を組み。
リーナは周囲を見回す。
そして眉をひそめた。
「……あいつ、まだ来てないの?」
マリーナの姿がない。
セレナはすでに教会騎士側と合流準備をしている。
だが。
マリーナだけがいない。
ギンが近くで書類を確認しながら答える。
「マリーナなら大丈夫だ」
短い。
だが迷いがない。
リーナが怪訝そうな顔をする。
「その自信どっから来るのよ」
ギンは笑う。
「まぁ見てろ」
意味深。
それ以上は言わない。
その時。
ギルド職員が前に出る。
「全員、集まってください!」
声が響く。
ざわめきが止まる。
冒険者たちが集まる。
ギンがみんなの前へ出る。
周囲を見渡す。
「これより孤児院制圧作戦を開始する」
空気が変わる。
全員の視線が集まる。
ギンが続ける。
「現在、孤児院は冒険者が監視中だ」
「今のところ、不審な動きは確認されていない」
机の上に地図が広げられる。
孤児院。
周囲の道。
配置。
「この後、セレナが教会騎士と共に孤児院へ向かう」
「予定通り、子供たちを西区へ連れ出す」
レオンたちは静かに聞いている。
「子供たちの姿が孤児院から見えなくなった瞬間に作戦開始だ」
ギンが地図を指で叩く。
「半数は外を囲め」
「関係者を一人も逃がすな」
次に。
「もう半数は内部制圧」
「証拠品の確保と関係者拘束を優先する」
簡潔。
だが明確。
冒険者たちが頷く。
誰も軽口を叩かない。
相手は教会の孤児院。
失敗は許されない。
ギンが最後に全員を見る。
「短時間で終わらせるぞ」
一拍。
「——作戦開始だ」
その言葉と同時に。
全員が動き出した。
---
朝の光が孤児院を照らしている。
石造りの建物。
庭では子供たちが遊んでいた。
笑い声。
穏やかな空気。
一見すれば、普通の孤児院。
だが。
その裏側を、セレナは知っている。
教会騎士を連れ、正門をくぐる。
子供たちが気づく。
「あっ、聖女様!」
「おはようございます!」
笑顔で駆け寄ってくる。
セレナも微笑み返す。
「おはようございます」
優しく頭を撫でる。
胸が痛む。
この子たちは何も知らない。
利用されているだけだ。
その時。
建物の中から牧師が姿を見せる。
穏やかな笑み。
優しそうな表情。
だが。
セレナの目にはもう違って見える。
「これは聖女様」
牧師が丁寧に頭を下げる。
「本日はよろしくお願いいたします」
セレナも礼を返す。
「それでは予定通り、本日は私と教会騎士で子供たちを西区の収穫体験へお連れいたします」
自然な口調。
いつも通りを装う。
牧師は笑顔のまま頷く。
「ええ、よろしくお願いいたします」
「子供たちも楽しみにしておりました」
演技は完璧だった。
だからこそ不気味だ。
セレナは静かに息を吐く。
周囲を見る。
修道女。
孤児院職員。
みんな普段通りに動いている。
少なくとも表面上は。
子供たちが列を作り始める。
楽しそうに話している。
「今日は何するのかな!」
「野菜の収穫体験だって!」
無邪気な声。
セレナはその姿を見る。
絶対に守る。
改めて強く思う。
教会騎士が確認する。
「準備できました」
セレナが頷く。
「では、出発しましょう」
子供たちが歩き出す。
孤児院の外へ。
ゆっくりと。
穏やかな朝。
だが——
見えない場所では、すでに包囲が始まっていた。
---
孤児院から、子供たちの列が離れていく。
先頭を歩くのはセレナ。
その周囲を教会騎士が囲む。
子供たちは楽しそうに話しながら歩いている。
何も知らないまま。
西区へ向かう道。
少しずつ。
孤児院との距離が開いていく。
それを見ている屋根の上の人影。
見張りをしていた冒険者が静かに目を細める。
そして。
「パァーン!」
乾いた音が屋根の上から鳴り響く。
別の場所。
路地裏。
建物の影。
音を聞いて、待機していた冒険者ちが動き始める。
音を立てずに。
素早く。
レオンたちも孤児院へ向かっていた。
リーナが周囲を確認する。
「裏路地、異常なし」
アステアが頷く。
盾を軽く持ち直す。
ギルド職員たちも配置につく。
正面。
裏口。
塀の外。
窓。
完全包囲。
逃がさない。
ギンが建物を見上げる。
「……まだ気づいてねぇな」
孤児院の中は静かだった。
いつも通りの朝。
誰も、外で何が起きているのか知らない。
レオンがゆっくり息を吐く。
そして。
孤児院の奥を見る。
ここから先は、一瞬だ。
失敗は許されない。
その時。
屋根の上の冒険者が再び合図を送る。
「パァーン!」
またあたりを乾いた音が鳴り響く。
子供たちが完全に孤児院から離れた合図だ。
作戦開始条件達成。
ギンが静かに笑う。
戦う顔。
「……始めるぞ」
全員の空気が変わる。
武器を構える。
レオンが前へ出る。
孤児院の入口。
その扉を見つめる。
静かな朝。
だが次の瞬間——
この場所は戦場になる。
---
レオンが扉の前に立つ。
後ろにはアステア。
リーナ。
ギルド職員。
冒険者たち。
全員、準備はできている。
ギンが小さく頷く。
「行け」
短い合図。
アステアが前へ出る。
大盾を構える。
そして——
踏み込む。
轟音。
入口の扉が吹き飛ぶ。
木片が舞う。
孤児院の静寂が、一瞬で壊れた。
「なっ——!?」
中にいた修道女が悲鳴を上げる。
職員たちも固まる。
突然すぎる。
理解が追いつかない。
レオンたちは止まらない。
一気に中へ雪崩れ込む。
「ギルドだ!」
「全員その場から動くな!」
職員が叫ぶ。
冒険者たちが左右へ散る。
廊下。
部屋。
逃げ道を塞ぐ。
ギンが中央へ進む。
視線は鋭い。
「関係者は全員拘束しろ!」
孤児院側も動き始める。
奥の扉が開く。
男が飛び出してくる。
武器。
短剣。
普通の孤児院の職員ではない。
レオンの目が細くなる。
「やっぱりか」
男が斬りかかってくる。
レオンが踏み込む。
一瞬で間合いに入り腕を掴んで投げ飛ばす。
地面に叩きつけられた男は、持っていた短剣を地面に落とした。
そのまま男の顔へ、一撃をお見舞いする。
男が動かなくなる。
---
別方向。
アステアが壁際の男を掴む。
そのまま地面へと叩きつける。
リーナは入り口から侵入して廊下を走る。
逃げようとした修道女の前へ回り込む。
「動かないで」
笑っている。
だが目は笑っていない。
修道女が震えながら座り込む。
奥。
さらに奥。
まだ人の気配がある。
ギンが叫ぶ。
「奥の扉を探せ!」
その瞬間。
孤児院の奥から——
何かが倒れる重い音が響いた。
レオンたちの視線が向く。
まだ終わっていない。
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