第81話 オークション
灯りが落ちる。
ざわめきが静まる。
中央の舞台に、光が集まる。
仮面を付けた一人の男が現れる。
整った衣装、そして場慣れした声が響く。
「それでは——」
一拍。
「今宵の競りを始めます」
拍手。
軽い。
楽しげな音。
それが、この場の空気をすべて物語っていた。
舞台の奥の部屋から、檻が運ばれてくる。
中には——
獣人。
鎖に繋がれている。
痩せている。
だが目はまだ死んでいない。
「まずはこちらの犬の獣人」
司会が軽く手を広げる。
「力のある個体です」
説明が始まる。
年齢。
特徴。
使い道。
まるで道具のように。
いや——
道具よりも軽く。
「では、100から」
すぐに声が上がる。
「120」
「150」
「180」
迷いがない。
値段が上がる。
テンポよく。
楽しむように。
笑いながら。
「200」
「220」
「230」
競り落とされる。
あっさりと。
「決まりました」
拍手。
軽い音。
檻が引かれて奥の部屋に戻って行く。
レオンは見ている。
表情は変わらない。
だが。
すべてを見ている。
(落札後は檻は奥へ戻り……契約か)
落札した契約者は右手の部屋に入っていく。
流れを整理する。
視線を動かす。
奥の扉。
警備の動き。
人の流れを見ている。
---
また檻が運ばれる。
今度は——
人間の女性。
縛られている。
抵抗はない。
目は虚ろ。
すでに折れている。
「こちらも状態は良好」
司会が笑う。
「使い勝手のいい個体です」
また同じ。
値段が付く。
軽く。
簡単に。
人の人生が。
数字になる。
レオンはグラスを傾ける。
口はつけない。
ただ持つ。
視線は動く。
全体。
配置。
逃げ道。
確認。
すべてを頭に入れる。
横。
セレナ。
震えている。
手が小さく揺れている。
目が離せない。
舞台から。
逸らせない。
リーナは俯いている。
顔は見えない。
だが。
肩がわずかに震えている。
怒り。
押し殺している。
アステアは無言。
だが。
拳が固く握られている。
骨が鳴るほどに。
会場は盛り上がっている。
笑い声。
軽口。
「今日は当たりだな」
「質がいい」
「もう少し値を上げてもいいな」
そのすべてが。
歪んでいる。
レオンはゆっくりと息を吐く。
まだだ。
終わらせるなら——
すべてを叩く。
そのために。
見続ける。
耐える。
この地獄を。
---
競りは続く。
次々と運ばれてくる檻。
次々と付けられる値段。
人が、物のように扱われる光景。
それが当たり前のように進んでいく。
会場の熱は上がっていく。
笑い声も。
掛け声も。
どんどん軽くなる。
「これはいい」
「まとめて買ってもいいかもしれん」
軽口。
冗談のように。
だが。
そこにあるのは現実だ。
リーナの肩が震える。
限界に近い。
小さく、低く。
「……もういいでしょ」
押し殺した声。
隣のアステアも、同じだ。
視線は動かない。
だが。
拳に力が入り続けている。
レオンは視線を動かさない。
舞台を見たまま。
「まだだ」
短く言う。
それだけ。
だが。
意味は重い。
リーナが歯を食いしばる。
分かっている。
今じゃない。
だが。
耐え難い。
---
その時。
会場の空気が変わる。
ざわめきが広がる。
自然と視線が集まる。
舞台に二人の男が登ってくる。
仮面をつけているが、雰囲気が違う。
明らかに。
他の者よりも立場が上な存在。
舞台を歩くだけで空気が変わる。
「……やっと来たか」
誰かが呟く。
「主役の登場だ」
低い声が混ざる。
ざわめきが、期待に変わる。
男達が中央に立つ。
ゆっくりと周囲を見る。
支配するように。
そして。
口を開く。
「お待たせしました」
落ち着いた声。
だが。
底にあるのは冷たさ。
レオンの目が細くなる。
視線が固定される。
「……出てきたな」
小さく呟く。
闇奴隷商ギース。
そしてゴルゴアの商会長。
この場を仕切る男達。
すべての元凶。
リーナも顔を上げる。
目が変わる。
怒りが、形になる。
アステアの呼吸が重くなる。
だが。
まだ動けない。
まだだ。
すべてを終わらせるために。
---
男達が中央に立つ。
会場の空気が変わる。
ざわめきが止まる。
全員の視線が集まる。
支配するように。
一人の男がゆっくりと手を広げる。
「ここからは私、ギースが進行いたします」
低く、よく通る声。
それだけで空気を握る。
司会が一歩下がる。
完全に主役が入れ替わる。
ギースが笑う。
「今宵は“特別な品”をご用意しておりますのでお待ちください」
「……ただ、一つ残念なお知らせをいたします」
「本日、ガルークから参加予定だった奴隷ですが、どうやら宿屋のアジトが火事により全焼してしまった模様です」
「部下どもの火の不始末の用で、全員焼死との連絡がありました」
一拍。
「ですが来月の開催には問題ありません、ただ本日の商品の数が減ってしまった事をお詫び申し上げます」
喋り終え、一礼をする。
「では続きに参りましょう」
---
ギースに司会がかわり競りもヒートアップしていく。
檻が運ばれてくるたびに期待が膨らむ。
観客が身を乗り出す。
また舞台の奥の部屋から、檻が運ばれてくる。
ゆっくりと。
重々しく。
そして。
中にいるのは——
小さな影。
子供の女の子。
会場が一瞬だけ静まる。
だがすぐに。
ざわめきが戻る。
「ほう……」
「これはまた」
「珍しいな」
興味。
欲望。
軽い声。
セレナの体が強く震える。
目が見開かれる。
「……あの子」
かすれた声。
息が止まる。
「孤児院に……いた子……」
言葉が途切れる。
現実が重なる。
ここにいる理由。
すべて繋がる。
リーナの顔が上がる。
目が完全に変わる。
怒りが剥き出しになる。
アステアの拳が鳴る。
限界を超える。
レオンは——
動かない。
だが。
完全にスイッチが入る。
---
ギースが手を上げる。
「では、始めましょう」
軽く言う。
「100から」
すぐに声が上がる。
「150」
「200」
「250」
早い。
異様なほどに。
子供に値が付く。
軽く。
当たり前のように。
「260」
「270」
「300」
止まらない。
熱が上がる。
「さぁ300まで出ました」
ギースが笑う。
楽しそうに。
「まだいきますか?」
一拍。
「350」
「450」
ざわめきが広がる。
「おお……!」
空気がさらに熱を帯びる。
そして——
「600」
静かな声。
だが。
会場が止まる。
一瞬。
全員の視線が向く。
レオンたちも目を動かす。
そこにいたのは——
マリーナだった。
---
手を上げている。
表情は変わらない。
静かに。
ただそこにいる。
ギースが笑う。
「……600」
一拍。
「これで決まりです」
木槌が鳴る。
乾いた音。
すべてが確定する。
係が声をかける。
「落札者は、こちらへ」
右手の部屋を示す。
マリーナが立ち上がる。
ゆっくりと。
そして。
レオンへ一瞬だけ視線を向ける。
合図。
すべて伝わる。
「あなた達二人はついてきなさい」
リーナとセレナを見る。
「来なさい」
迷いはない。
リーナが立ち上がる。
怒りを抱えたまま。
セレナも続く。
まだ震えている。
三人が歩き出す。
右手の扉へ。
レオンは動かない。
アステアも同じ。
残る。
その意味を理解している。
分断。
同時進行。
すべては——
ここからだ。
---
ざわめきが戻る。
競りは続こうとしている。
だが。
レオンは動かない。
席に座ったまま。
視線は前。
ギース。
その一点に固定されている。
アステアも同じだ。
無言。
だが。
空気が変わっている。
いつでも動ける状態。
レオンが小さく息を吐く。
「……もうすぐだ」
低く呟く。
時間は共有されている。
外。
ギルド。
突入のタイミング。
すべて計算済み。
あと数分。
それだけで——
この場は崩れる。
ギースは気づいていない。
舞台の中央。
次の競りを始めようとしている。
余裕の表情。
すべてを掌握しているつもりでいる。
---
……バァーン。
入口側の重い扉が——
勢いよく開く。
音が響く。
空気が裂ける。
一人の警備員が飛び込んでくる。
息が荒い。
焦りが隠せていない。
「報告!」
声が響く。
会場の視線が一斉に向く。
「ギルドが突入してきました!」
一瞬。
静止。
そして——
爆発。
「なに!?」
「どういうことだ!」
「守れ!守れ!」
怒号。
混乱。
仮面の群れがざわめく。
立ち上がる者。
逃げようとする者。
状況を理解できない者。
すべてが一気に崩れる。
レオンが立ち上がる。
静かに。
だが。
迷いはない。
「始まったな」
短く言う。
アステアも立ち上がる。
拳を握る。
目が変わる。
獣のように。
レオンが一歩踏み出す。
視線はギース。
逃がさない。
それだけ。
「行くぞ」
アステアが頷く。
二人は同時に動く。
一直線。
人の間を縫うように。
最短で。
最速で。
ギースへ。
舞台の上。
ギースの表情が変わる。
余裕が消える。
理解する。
遅い。
もう遅い。
仮面の宴は——
終わる。
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