第80話 仮面の宴
夕方。
赤く染まる空の下。
一台の馬車が静かに止まる。
目の前にあるのは、大きな建物。
石造り。
装飾は豪華。
ゴルゴア商会の建物である。
入口には警備が立っている。
馬車の扉が開き、最初に降りるのは、マリーナ。
堂々とした足取り。
そのまま入口へ向かう。
後ろに続いてレオンとセレナが歩く。
そして——
アステアとリーナ。
二人の首元には首輪が付いている。
入口の所で。
警備員が手を上げる。
「入場の確認をさせて下さい」
「どうぞこちらを、ギースの紹介ですわ」
アジトで入手した紹介状を警備員に渡す。
警備員が中を確認し、全員を見渡す。
そして。
視線が止まる。
アステアとリーナ。
「……獣人とエルフですか」
眉をひそめる。
「失礼いたします、なぜ奴隷を連れているのでしょうか?」
一瞬の沈黙。
マリーナが小さく息を吐く。
わざとらしく。
軽く、見下すように。
「……はぁ」
視線も向けずに言う。
「わたくしの奴隷に何か?」
警備員がわずかに顔をしかめる。
マリーナは続ける。
「首輪が目に入らないのかしら」
言葉に棘がある。
一歩前へ出る。
「熊の獣人奴隷なんて珍しいでしょう?」
アステアを軽く示す。
「自慢の護衛ですわ」
堂々と言い切る。
次に。
リーナへ視線を移す。
わずかに口元を緩める。
「それに——」
一拍。
「こちらは、わたくしのお気に入り」
さらりと言う。
「今日はこの子以上の“商品”があるか、楽しみですわ」
空気が変わる。
警備員の視線が、リーナへ向く。
露骨ないやらしい目を向ける。
じっくり値踏みするような目線。
欲望にまみれている。
リーナは目を閉じる。
一瞬だけ。
拳がわずかに震える。
何も言わず動かない。
耐える。
その姿を見て。
警備員が鼻で笑う。
「……まぁいいだろう」
道を開ける。
「どうぞお入り下さい」
マリーナは何も言わずに進む。
当然のように。
レオンたちも続く。
入口を越える。
その瞬間。
空気が変わる。
外とは違う。
閉じた世界。
仮面の奥に隠された場所。
ここから先は——
すべてが異常だ。
会場内。
高い天井。
柔らかな灯り。
音楽が静かに流れている。
だが。
空気は冷たい。
仮面を付けた人々が行き交う。
笑っている。
だがその笑みは、どこか空虚だ。
互いに“素性を隠す”ことが前提の場。
それが、この場所のルールだった。
マリーナが歩く。
自然な足取り。
その後ろに、アステアとリーナ。
さらに少し離れてセレナ。
周りから視線が集まる。
品定めするような目。
気分のいいものではない。
リーナは何も言わない。
ただ、感情を押し殺す。
すぐに声がかかる。
「その仮面……見慣れないな」
マリーナが振り向く。
仮面の男。
距離が近い。
視線が流れる。
アステア。
そしてリーナ。
「……ずいぶんと目立つものを連れている」
こちらも値踏みする目。
隠そうともしない。
マリーナが微笑む。
「お気に召しまして?」
軽く返す。
男が肩をすくめる。
「悪くない」
アステアを見て言う。
「その獣人、力はあるのか?」
マリーナは即答する。
「ええ」
「わたくしの護衛で、それなりに役に立ちますわ」
物としての言い方。
迷いはない。
男が頷く。
「護衛か」
「確かにバカな奴は近づかないな」
軽く笑う。
そのまま。
リーナへ視線を移す。
「……こちらは?」
一拍。
マリーナが少しだけ間を置く。
そして。
「気分を整えるためのものですわ」
さらりと言う。
「見た目がいいでしょう?」
男が低く笑う。
「確かに」
「だがエルフか……扱いにくそうだ」
マリーナは肩をすくめる。
「最初はそうでしたわ」
「でも慣れます」
何でもないように。
「言うことを聞かせる方法はいくらでもありますから」
空気が歪む。
リーナの拳が震える。
だが動かない。
顔も上げない。
ただ、耐える。
アステアも同じだ。
無言。
だが。
奥で怒りが燻っている。
セレナがその会話を聞く。
表情が揺れる。
わずかに。
息が止まる。
目を逸らしそうになる。
だが。
耐える。
ここで崩れるわけにはいかない。
男が続ける。
「今夜はいい品が揃っていると聞いた」
興味の混じった声。
マリーナは微笑む。
「そうであれば嬉しいですわね」
「わたくしの“手持ち”より上がいれば、ですが」
余裕のある返し。
男が軽く頷く。
「それは楽しみだ」
短く言って離れる。
それで終わり。
名前も名乗らない。
それがこの場の礼儀。
その場を離れる。
少し距離を取る。
リーナが小さく息を吐く。
声は出さない。
だが。
限界に近い。
アステアがわずかに視線を向ける。
それだけで通じる。
“まだだ”
その間。
レオンは別行動。
会場をぐるり歩く。
自然に。
目立たずに。
ウェイターが近づく。
グラスを差し出す。
レオンは受け取る。
軽く頷く。
そのまま歩く。
飲まない。
ただ持つだけ。
視線は動いている。
警備。
入口。
出口。
配置。
警備員の武器。
人数。
巡回の流れ。
逃走経路。
扉。
窓。
すべてを拾う。
(……多いな)
だが想定内。
問題はない。
奥。
扉。
重厚な造りの前に警備が二人。
近づく。
自然に。
視線を向ける。
その時。
係の者が声を上げる。
「まもなく開始いたします」
静かに。
だが通る声。
会場の空気が変わる。
「奥の扉からお進みください」
「地下会場へご案内いたします」
一斉に動き出す。
仮面の群れが。
同じ方向へ。
レオンは立ち止まる。
扉を見る。
その先にある通路を。
重厚な扉をくぐり通路を歩く、マリーナが前回来た時にはあった看板は正面の通路に立っており左手に曲がり奥にある階段を下りていく。
一段。
また一段。
音が消えていく。
上の世界から切り離される感覚。
そして——
視界が開ける。
レオンの足が止まる。
目の前に広い空間が広がっていた。
想像以上に。
地下とは思えない空間。
低い天井。
厚い壁。
整えられた照明。
中央には花道から続く舞台。
その周囲を囲むように、円卓が並んでいる。
まるで劇場。
だが。
ここで行われるのは——
娯楽ではない。
売買だ。
「……趣味が悪いわね」
リーナが小さく呟く。
誰にも聞こえない程度に。
マリーナは何も言わない。
ただ前を見る。
係の者に案内される。
「こちらからお好きなテーブルにお座りください」
順に席へ誘導されていく。
一組ずつ。
円卓へ。
視線が集まる。
仮面の奥から。
無数の目。
興味、期待感、欲望。
レオンは歩きながら全体を見る。
入口。
出口。
警備。
距離。
配置。
すべてを見る。
そして。
一番後ろ。
入口に最も近い席。
そこに向かう。
自然に。
何も言わずに座る。
他の四人もそれに続く。
配置が整う。
背後に入口。
視界に会場全体。
最適だ。
座った瞬間。
マリーナが静かに手を伸ばす。
レオンへ。
一本の扇子。
豪華な装飾。
だが。
どこか重い。
「こちら」
小さく言う。
「見た目は扇子ですが——」
一拍。
「ミスリルで加工しています」
レオンが受け取る。
わずかに重さを確かめる。
理解する。
「鉄扇か」
短く言う。
マリーナが頷く。
「武器無しは不便でしょう」
レオンが軽く息を吐く。
「助かる」
それだけ。
次に。
マリーナがリーナを見る。
何も言わずに手を伸ばす。
細いかんざし。
二本。
そのまま、髪に差し込む。
自然な動き。
ただ、明らかに“ただの装飾”ではない。
「お使いくださいな」
リーナが一瞬だけ目を閉じる。
そして。
小さく頷く。
怒りは消えていない。
だが。
今は抑える。
準備は整った。
武器。
配置。
役割。
すべて揃う。
会場の灯りが、わずかに落ちる。
ざわめきが収まる。
中央の舞台に、視線が集まる。
音が止まる。
一瞬の静寂。
そして——
「それでは」
低い声が響く。
「今宵の競りを始めましょう」
開幕だ。
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