第79話 オークションへ潜入準備
街道を走る馬車。
見慣れた門が見えてくる。
石造りの壁、バルディアまであと少しだ。
行き交う人達。
普段と変わらない景色。
だが。
三人の中は違う。
昨日の奴隷にされる人達がいた建物。
あの光景が、まだ残っている。
馬車が門をくぐる。
門番が軽く手を上げる。
「おかえり」
短い声。
レオンが軽く頷く。
それだけで通る。
街の中へ入る。
朝のバルディア。
朝から人が多い。
商人の小隊。
依頼に出発する冒険者。
日常の空気。
だが。
その中に、少しだけ違うものが混ざる。
視線。
三人に向けられる。
「……あれ、焚火の旅団じゃないか」
「珍しく朝に戻ってきたのか」
「依頼かな?」
「そういえばガルークで町外れの宿屋で火事が起きたんだって」
「周りに何もないからゴロツキが毎日どんちゃん騒ぎしていたからな」
小さなざわめき。
ガルークでの火事、詳しく知っているわけではない。
火事があったことは伝わっている程度だな。
リーナが小さく肩をすくめる。
「……上手く火事として騙せてるかな」
レオンは答えない。
気にする必要はない。
やるべきことは一つ。
三人はそのままギルドに向かう。
---
冒険者ギルドに到着し馬車が止まる。
馬車の中からレオン達三人が降りる。
御者をしていたギルドの職員にお礼を言う。
「御者助かった」
「我々もすぐに証拠品を持っていきますので、先にギルド長に報告をお願いします」
レオンは頷き、建物に向かって歩き出した。
重い扉を開ける。
ギギィー……と大きな音が鳴る。
三人はギルドの中に入っていく。
一瞬。
空気が変わる。
視線が集まる。
「焚火の旅団だ、おはよう」
普段と変わらない挨拶。
「悪い、依頼の報告だ」
一言で周りの冒険者も察して離れていく。
すぐに受付のカウンターへ向かっていく。
サラが顔を上げてこちらに気づいた。
柔らかく笑顔を浮かべる。
「お疲れ様でした」
その声に、少しだけ安心が混ざる。
リーナが軽く手を上げる。
「ただいま」
アステアは小さく頷く。
レオンが言う。
「ギルド長はいるか」
サラがすぐに答える。
「はい、上に」
「報告ですね」
レオンが頷く。
「ああ」
それだけで通じる。
三人は二階へと向かい歩いていく。
階段を上がり足音だけが響く。
ギルド長の部屋の扉の前で止まる。
レオンが軽く叩く。
「入れ」
中から声。
三人は扉を開ける。
ギンが椅子に座っている。
腕を組み、こちらを見る。
「戻ったか」
短い言葉。
レオンが前に出る。
「ガルークは制圧した」
淡々と報告する。
「奴隷は全員救出」
「証拠は押収済み」
ギンは動かない。
ただ聞いている。
「オークションの参加方法も確認した」
一拍。
部屋が静かになる。
ギンがゆっくりと息を吐く。
「……上出来だ」
短く言う。
それだけで十分だった。
リーナが小さく笑う。
「でしょ」
アステアは何も言わない。
レオンは続ける。
「次はオークションだ」
ギンの目が細くなる。
「ああ」
低く答える。
「ここからが本番だ」
空気が変わる。
戦いは終わっていない。
むしろ。
これからが核心だ。
レオンが言う。
「準備に入りたい」
ギンが頷く。
「すぐに会議だ」
その一言で次の準備が始まる。
---
会議室。
机の上に地図と資料が広げられている。
すでに全員が揃っていた。
レオン、リーナ、アステア。
セレナ。
マリーナ。
ギンが腕を組んで口を開く。
「時間がねぇ」
一言。
「明日がオークションだ」
全員の意識が揃う。
レオンが言う。
「俺たちが潜入する」
迷いはない。
ギンが頷く。
「後からギルドと冒険者で乗り込む」
「入るための条件は分かってるな」
机の上の紙を叩く。
「五人一組」
「全員、仮面着用」
「貴族」
「奴隷商人ギースの紹介制」
視線がマリーナへ向く。
マリーナは軽く顎を上げる。
「問題ありませんわ」
淡々と答える。
「貴族としての参加は、私が通します」
リーナが腕を組む。
「頼りになるじゃない」
言い方は軽い。
だがどこか棘がある。
マリーナは気にしない。
「当然ですわ」
それだけ。
空気がわずかに張る。
ギンが話を戻す。
「編成はこの五人だ」
机を指で叩く。
「レオン」
「リーナ」
「アステア」
「セレナ」
「マリーナ」
誰も異論はない。
レオンが続ける。
「役割を決める」
一拍。
「俺がゴルゴアの商会長を押さえる」
短く言う。
判断。
指示。
中心になる。
リーナが続く。
「奴隷になった人達の索敵と外のケアは任せて」
「逃がさないわ」
笑う。
だが目は鋭い。
アステアが言う。
「……警備兵は俺が受けとめる」
腕に力が入る。
セレナが静かに言う。
「私は回復と支援を担当いたします」
柔らかい声。
最後に。
マリーナ。
「貴族対応と内部誘導は私が」
迷いはない。
自然と役割分担が決まった。
ギンが頷く。
「潜入してから重要だ、逃げられないように細心の注意を払え」
「だが―」
一拍。
「状況次第では任せる」
レオンが短く答える。
「中を見て決める」
無理はしない。
だが。
躊躇もしない。
リーナがため息をつく。
「面倒ね」
「貴族しかいないんでしょ?」
ギンが低く言う。
「騒げば面倒なことになる」
マリーナが続ける。
「だからこそ慎重にですわ」
リーナが少しだけ眉を動かす。
「はいはい、お嬢様」
軽く返す。
空気がまたわずかに張る。
だが。
それ以上は広がらない。
レオンが言う。
「目的は一つだ」
一拍。
「全部、潰す」
静かに。
だが確実に。
全員の意識が揃う。
オークション。
すべての元凶。
ここで終わらせる。
ギンが最後に言う。
「これから準備しろ」
「それから明日は朝から服装を仕立てろ」
会議は終わる。
だが。
戦いはすでに始まっている。
作戦は決まった。
あとは準備を残すだけだ。
---
——のはずだった。
マリーナが静かに口を開く。
「ただ——」
一拍。
全員の視線が向く。
「このままでは、失敗しますわ」
空気が止まる。
リーナが眉をひそめる。
「……どういう意味?」
マリーナは視線を動かさない。
そのまま言う。
「アステアとリーナには、首輪を付けていただきますわ」
一瞬。
完全な沈黙。
「はぁ!?」
リーナが声を上げる。
即座に反応する。
「何言ってんのよアンタ!」
怒気が混じる。
当然の反応だ。
だが。
マリーナは動じない。
淡々と言葉を続ける。
「貴方達二人は、仮面だけでは入れません」
一歩も引かない。
「むしろ怪しまれますわ」
リーナが舌打ちする。
「は?なんでよ」
マリーナが静かに言う。
「考えてくださいな」
一拍。
「貴族が集まる奴隷オークションです」
視線がアステアへ。
「熊の獣人」
次にリーナへ。
「エルフ」
そのまま続ける。
「その二人が、仮面だけで紛れ込む?」
冷静に。
論理的に。
「“怪しいです”と自分から言っているようなものですわ」
リーナの言葉が詰まる。
理解はしている。
だが納得はしていない。
「……だからって!」
食い下がる。
マリーナはさらに踏み込む。
「他の貴族と話す際も同じです」
「わたくしの奴隷として動けば、誰も疑いません」
自然な流れ。
最も安全な偽装。
それが“奴隷”だった。
レオンが口を開く。
「……なるほどな」
短く言う。
ギンも腕を組んだまま頷く。
「筋は通ってる」
現実的な判断。
感情ではなく、成功率。
リーナが振り返る。
「ちょっと!本気!?」
苛立ちが強い。
当然だ。
だが。
アステアが静かに言う。
「……問題ない」
一言。
迷いはない。
リーナが驚く。
「はぁ!?」
アステアは続ける。
「中に入るのが優先だ」
「形はどうでもいい」
目的がブレていない。
それだけ。
リーナが歯を食いしばる。
視線が揺れる。
レオンを見る。
判断を求めるように。
レオンは短く言う。
「成功率が上がるならやる」
それだけ。
余計な言葉はない。
リーナが黙る。
数秒。
そして。
大きく息を吐く。
「……はぁ……」
視線を逸らす。
「……最悪」
小さく呟く。
だが。
拒否はしない。
覚悟は決まった。
マリーナが軽く微笑む。
わずかに。
「賢明ですわ」
その言葉に。
リーナが睨む。
だがもう言い返さない。
作戦は固まった。
仮面だけでは足りなかった部分。
役を演じる必要性。
失敗は許されない、それが潜入。
その現実を、全員が受け入れる。
明日のために準備を整え。
オークションへ踏み込む。
---
翌朝のバルディア。
空は晴れている。
準備はすべて整っている。
ギルド前に一台の豪華な馬車が止まっている。
深い紺の装飾。
貴族のものだと一目で分かる。
マリーナが先に乗り込む。
「乗りなさい」
短く言う。
レオンが続いて乗り込み。
アステア。
セレナ。
最後にリーナ。
全員が乗り込む。
扉が閉まる。
馬車が走り出した。
向かう先は——
南区。
高級店が並ぶ通り。
やがて、一件の宝飾店の前で止まる。
外観からして貴族が通う店だと分かる。
磨かれたガラス。
静かな佇まい。
マリーナが迷いなく降りる。
そのまま中へと入っていく。
四人もその後を続く。
店内は、落ち着いた雰囲気で静かな上品な空間。
店員がこちらに気づく。
姿勢を正して声をかけてくる。
「いらっしゃいませ」
マリーナが視線を向ける。
「こちらの四名を仕立ててくださいな」
一拍。
「夕方までに間に合わせて」
店員が一瞬だけ驚く。
だがすぐに頭を下げる。
「かしこまりました」
奥に一旦下がり、すぐに数名の従業員を連れてくる。
状況を説明して、従業員がそれを理解する。
即座に指示を飛ばし動き出す。
採寸、布の選定、全く無駄がない。
まずはレオンから。
黒を基調としたタキシードで、無駄のないシルエット、動きやすさも考えられている。
次に、アステアの番。
同じくタキシードを選択、だが体格が大きいので少し余裕を持たせて仕立てるように指示。
セレナには、白のロングドレスが運ばれてくる。
柔らかい布を使い優しい印象を与えるドレスだ。
セレナはそのまま女性の従業員さんに連れられて奥の部屋へと入っていく。
そして——
リーナ。
マリーナが視線を向ける。
「この子は露出を高めに」
一瞬の沈黙。
「それと——獣人とこの子に首輪を付けてくださいな」
リーナの肩が震える。
わなわなと。
顔が引きつる。
「……は?」
小さく漏れる。
だが。
マリーナは見ない。
そのまま店員に指示を出す。
「品のある範囲で」
「ただし、“極上の商品”として見えるように」
完全に割り切っている。
リーナが拳を握る。
歯を食いしばる。
だが。
何も言わない。
言えない。
作戦のためだと理解しているから。
リーナも奥の部屋へと連れられて入っていく。
---
時間がどんどん過ぎる。
針が動く。
布が形になっていく。
夕方。
すべての準備が整った。
レオン。
黒のタキシードで無駄がない。
そのまま“裏の貴族”のような、危ない雰囲気を漂わせている。
アステア。
大柄な体に合わせた一着。
威圧感は消えない。
だが違和感もない。
首輪もゴツゴツした形をしており、強さをにじませている。
セレナ。
白いドレス。
優しく、柔らかい。
まるで、貴族のご令嬢と言われても疑わないほどに。
そして。
リーナ。
胸元の開いた露出のある衣装。
細い首に。
首輪。
裾にはスリットが大きく入っており、歩くたびに太ももが見えている。
それだけで意味は十分。
リーナは無言。
視線は冷たい。
怒りを押し殺している。
マリーナが全体を見る。
満足そうに笑顔で頷く。
「完璧ですわ」
短く言う。
レオンが一度全員を見る。
違和感はない。
むしろ。
完成されている。
「よし行くぞ」
それだけ。
五人は店を出る。
外。
馬車が待っている。
再び乗り込む。
扉が閉まる。
動き出す。
夕方。
空が赤く染まり始める。
向かう先は——
オークション会場。
仮面の世界。
すべてを終わらせる場所へ。
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