第78話 夜明けの後で
地下。
戦いの余韻は、まだ残っている。
だが。
もう敵はいない。
レオンは牢の前に立つ。
鉄格子の向こうにいる攫われた人達。
痩せた体に怯えた目をしている。
誰も動かない、助かったことを信じていない。
本当に終わったのか、まだ分からない様子で見ている。
レオンは剣を鞘に戻し、ゆっくりと膝をついて。
「……もう大丈夫だ」
短く言う。
それだけ伝える。
その言葉で。
一人が、わずかに顔を上げる。
レオンは鍵を探す。
倒れている男から奪う。
鍵を差し込む。
回す。
ガチャリ……。
レオンが扉を引っ張る。
ギギィー……重い音がして扉が開けられた。
それでも彼女たちは出てこない。
レオンがリーナに目を向ける。
リーナが頷き、牢屋の中に入っていく。
しゃがみ、目線を合わせる。
「もう大丈夫よ」
優しく言う。
「怖い人はいないわ」
ゆっくりと手を差し出す。
しばらくして。
一人が、その手を取る。
震えている。
リーナはそのまま支える。
「安心して、上に行きましょう」
静かに導く。
他の者たちも、少しずつ動き出す。
アステアは周囲を警戒しながら立つ。
ボスの体を担ぎ上げる。
重さなど気にしない。
そのまま地上へ上がり。
正面から外へ出る。
縄を取り出す。
無言で縛りあげ、柱に括りつける。
それを吊るす。
逃げ場はない。
見せしめでもある。
レオンは地下を出る。
建物の周囲を確認する。
安全を確保する。
そしてすぐに動き出す……。
酒場の厨房へ向かう。
残っている食材を見る。
火を起こす。
手際よく食材を細かく刻む。
鍋に水を入れる。
火にかける。
柔らかく。
噛まなくてもいいように。
煮る。
ゆっくりと厨房内に、料理の香りが広がっていく。
---
その頃、二階に移動したリーナは攫われた人達を座らせる。
部屋の隅にあった毛布を渡す。
「少し待ってて」
優しく言う。
視線はまだ不安。
だが、みんな少し安心した表情をしている。
リーナは部屋の入口に立ち、一息をついた。
ガチャ…ガチャ…と音がして誰かが階段を上がってくる。
……部屋の中が、緊張した表情に変わる。
リーナは弓を持ち階段を覗く。
レオンとアステアが階段から上がってきたのが見えて、弓を下ろして部屋の中に振り向く。
「さぁ、みんな食事ができたわよ」
---
一人ずつ温かい食事が配られていく。
「さぁ、食べましょう」
リーナが食事を促す。
震える手で、恐る恐る口に運ぶ。
一口だけすする。
モグ…モグ…ゴクン…。
動きが止まる。
そして、目から涙があふれる。
声にならない。
ただ、すすり泣く。
他の者たちも、ようやく食べ始める。
少しずつ。
ゆっくりと。
……涙を流しながら。
---
食事が終わり表情が変わる。
生気が戻っている。
小さな声が出る。
それが広がる。
周りの空間が安全だと教えてくれる。
アステアはゆっくりと一階に降りていく。
建物の入口に立つ。
外を見張る。
何も言わない。
だが、その背中は充実感に満たされていた。
そして、遠くの空が薄くなっていた。
もうすぐ夜が終わる。
ガルークの闇がなくなった。
もう昨日までの朝ではない。
朝日が登る。
ガルークに光が差し込む。
静かだ。
昨夜の喧騒が嘘のように。
だが。
その静けさの中に、残っている。
壊れた机。
倒れた椅子。
血の跡。
終わった証だ。
ガラガラ…ガラガラ…。
遠くから馬車の音が聞こえてくる。
音が近づいてくる。
レオンが外へ出てくる。
アステアは入口に立っている。
視線は街道の先。
リーナも二階から降りてくる。
「来たわね」
小さく言う。
やがて、ギルドの紋章が入った馬車が数台、目の前で止まる。
馬車の扉が開き、職員と冒険者たちが降りてくる。
慣れた動きで無駄がない。
「状況は?」
先頭の男が短く聞く。
レオンが答える。
「制圧済みだ」
「二階に攫われた人達がいる」
「全員、生きてる」
男が頷く。
「ご苦労」
すぐに動き出す。
複数の職員が中へ入る。
担架。
毛布。
水。
声をかけながら。
手際よく。
二階から人を降ろす。
怯えた様子。
だが。
レオンたちを見ると、少しだけ安心する。
馬車へ運ばれていく。
「近くの街へ移送する」
職員が説明する。
「教会で保護の準備ができている」
名前は出ないが仕事が速い、その役は明確だ。
リーナが小さく息を吐く。
「……よかった」
ぽつりと呟く。
アステアは何も言わない。
ただ、その様子を見ている。
中では。
別の職員たちが動いている。
棚を開ける。
箱を運ぶ。
書類を確認する。
「名簿だ」
「これも押収」
証拠が次々と集められる。
袋に入れられ、封がされる。
すべて記録していく。
そして、外では……。
柱に吊るされた男。
ボス。
まだ生きているが、意識はない。
そこへ、二人の職員が近づいていく。
水をぶっかける。
男が咳き込む。
目を開ける。
状況を理解する前に、殴られる。
「話せ」
低い声。
容赦がない。
男は笑おうとする。
だが。
顔が歪む。
「……奴隷商人ギースについて吐け」
職員が言う。
一瞬。
反応。
それで十分。
男の目が泳ぐ。
確信に変わる。
「全部吐け」
縄を引く。
締まる。
男が呻く。
尋問が始まる。
容赦はない。
レオンはそれを見ない。
興味もない。
やるべきことは終わっている。
リーナも視線を逸らす。
「……好きじゃないわね、ああいうの」
小さく言う。
アステアは静かに言う。
「……必要だ」
短く。
それだけ。
時間が流れる。
準備が整う。
馬車に人が乗せられる。
証拠も積まれる。
ガルークは、すでに空になり始めている。
ここにあったものは。
すべて、外へ運び出されていく。
---
建物の中は、ほぼ片付いていた。
人は運ばれ。
証拠もまとめられている。
残っているのは。
終わった痕跡だけ。
レオンたちは、建物の一角に集まっていた。
机の上。
押収された書類。
袋から取り出される。
ギルド職員が一つずつ確認している。
「……これだな」
一人が呟く。
紙を広げる。
そこには。
日付。
場所。
記号のような名前。
そして。
“商品”の一覧。
リーナが顔をしかめる。
「……気持ち悪いわね」
レオンは何も言わない。
ただ内容を見る。
職員が説明する。
「オークションの記録だ」
一拍。
「参加条件も書いてある」
紙を指で叩く。
「一グループ、五人まで」
「全員、仮面着用」
アステアが腕を組む。
「顔を隠すためか」
「だろうな」
職員が頷く。
「それと——」
紙をめくる。
「貴族の参加が前提だ」
空気が少し変わる。
リーナが舌打ちする。
「やっぱりね」
さらに。
「紹介状」
レオンが視線を上げる。
「誰の紹介だ」
職員が答える。
「奴隷商ギースの紹介状」
一瞬の沈黙。
すべてが繋がる。
レオンが静かに言う。
「……ここを通らないと入れない」
「そういうことだ」
職員が頷く。
リーナが腕を組む。
「でも逆に言えば」
「そこを通れば潜れるってことよね」
レオンが短く答える。
「ああ」
アステアが低く言う。
「……中に入れる」
確信。
危険もある。
だが。
道は見えた。
リーナが少し笑う。
獲物を見つけた顔。
「……いいじゃない」
「まとめて潰せる」
レオンは地図を見る。
次の場所。
次の戦い。
頭の中で組み立てる。
もう迷いはない。
ギース。
オークション。
すべて繋がっている。
ここは終わりじゃない。
ただの通過点だ。
レオンが静かに言う。
「次は——ゴルゴア商会を潰す」
その一言で。
全員の意識が揃う。
戦いは、続く。
---
静まり返った町外れ。
もう人の気配はない。
残っているのは。
この建物だけだ。
レオンは入口の前に立つ。
中を一度だけ見る。
死体の山。
空になった牢。
すべてが終わった証。
リーナが横に立つ。
「……これで終わりね」
静かに言う。
アステアも後ろに立つ。
何も言わない。
だが視線は同じだ。
レオンは小さく息を吐く。
「……ああ」
短く答える。
手に持っていた松明を持ち上げる。
ためらいはない。
そのまま投げる。
乾いた木材に当たる。
火がつく。
小さな炎。
だが。
すぐに広がる。
壁を伝い。
床を舐め。
建物を包んでいく。
パチパチと音が鳴る。
煙が上がる。
炎が大きくなる。
もう止まらない。
リーナが振り返る。
「行きましょう」
レオンも背を向ける。
アステアが最後に一度だけ見る。
そして。
何も言わずに歩き出す。
三人は離れていく。
後ろでは。
炎がすべてを飲み込んでいく。
ガルークの闇が……。
人が消えていった場所。
その闇は。
ここで焼き尽くされる。
馬車の元へ戻る。
ギルドの馬車。
準備は整っている。
三人は乗り込む。
扉が閉まる。
馬車が動き出す。
バルディアへ戻る。
誰もすぐには口を開かない。
揺れる車内。
疲労がどっと来る。
まだ終わったわけではない。
レオンが口を開く。
「明日、ギルドに戻ったら作戦会議だ」
静かに言う。
リーナが頷く。
「ええ」
表情はすでに切り替わっている。
アステアも短く答える。
「……次だな」
レオンが続ける。
「明後日のオークションに備える」
一拍。
空気が締まる。
次の戦い。
次の場所。
すべてが繋がる。
リーナが小さく笑う。
だがその目は鋭い。
「今度は中から潰すわよ」
馬車は進む。
煙を背に。
燃え落ちるガルークを後にして。
戦いは、まだ終わらない
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