第70話 大盾の熊獣人
バルディアに来て、数ヶ月。
レオンはこの街にも慣れてきた。
朝の日課も、日に日に回数が増している。
---
リーデルの時とは違い、リーナとパーティーを組んでから依頼の難易度も上がり。
戦いの質も変わった。
そして——
今、渓谷の中にいる。
ここは、バルディアから距離もあり1日野営を挟んでの依頼である。
目の前には、岩肌がむき出しの地形。
乾いた風。
そして……焦げた匂い。
---
「……近いわね」
リーナが足を止める。
弓を構えながら、周囲を見る。
レオンも頷く。
「ああ」
地面や岩肌には、黒く焼けた跡が残っている。
---
「サラマンダーだな」
中型魔物。
火を吐くトカゲ。
この渓谷に出現した個体の討伐。
それが今回の依頼。
---
「熱気も上がってる」
リーナが言う。
「もう近くにいるわね」
その時だった。
ドォンッ!!
鈍い衝撃音。
岩場の向こうから。
「……戦闘音か」
レオンの目が細くなる。
さらに——
ガァァァァ!!
獣の咆哮。
だが。
レオンが首をかしげる。
「サラマンダー……違うな」
リーナが低く言う。
「オークじゃないの?」
レオンはすでに戦闘準備をしている。
「行くぞ」
二人は岩を蹴る。
音の方へ。
駆ける。
そして——
視界が開ける。
渓谷の少し広い場所。
そこにいたのは。
巨大な影。
ナイトオーク。
それが二体。
筋肉質な体。
分厚い皮膚。
鈍い光を放つ武器。
そしてその前に立っている者が一人。
体格は人より一回り大きくガッチリとしている。
「あれは……熊の獣人か」
---
大盾を構え、片手斧を握る。
だが——かなり押されている。
ナイトオークの一撃。
ドンッ!!
盾で受ける。
地面が抉れる。
足が滑る。
それでも、一歩も引かない。
「……ぐぅっ!!」
歯を食いしばる。
後ろには。
倒れている仲間がいる。
血を流している。
意識がなく動かない。
---
そして。
もう一体のナイトオークが動く。
横から回り込む。
無防備な側面を狙おうとしている。
(……まずいな)
レオンの目が鋭くなり、動き出す。
---
今、熊の獣人は動けないでいる。
正面の一体を抑えるので精一杯だ。
それでも。
叫ぶ。
「うおぉぉぉ!!」
倒れている仲間を守るための声。
だが…横からナイトオークが武器を振り上げる。
そして……武器が振り下ろされる——
---
その瞬間。
ギィンッ!!
ナイトオークの武器から鋭い音した。
ぽとりと矢が足元に転がる。
リーナの放った一撃がナイトオークの動きをとめる。
---
ナイトオークが矢を放ったリーナの方を振り向く。
そして。
次の瞬間。
レオンが目の前に割り込む。
そのまま踏み込み。
視線は一瞬で敵を捉える。
「加勢する」
短く。
熊の獣人の横に立つ。
---
その一言で。
戦場の流れが変わる。
“ただ守っていただけの戦い”が——
“勝つための戦い”に変わる。
---
ギィンッ!!
レオンの刃が、ナイトオークの武器を弾く。
間合いを奪う。
一歩、前に踏み込む。
そのまま——
ドンッ!!
腹へ一撃。
鈍い音がする。
ナイトオークの巨体が揺れる。
「——グォッ!?」
体勢が崩れている。
だが。
倒れない。
(……硬いな)
レオンの目が細くなる。
その瞬間。
横から影。
もう一体。
ナイトオークが突っ込んでくる。
---
速い。
だが——
ガァンッ!!
大盾が間に入る。
熊の獣人が受け止める。
「……通さない」
低い声。
レオンが一瞬だけ横を見る。
(……いいタンクだ)
確信する。
そして、そのまま前へ出る。
さっきの一体へ。
---
ナイトオークが体勢を立て直す。
振りかぶる。
だが。
遅い。
レオンが踏み込む。
低く。
斬り上げる。
ズバッ!!
ナイトオークの左腕が宙を舞う。
腕から血が噴き出す。
「ガァァッ!!」
怒りの咆哮。
だが。
レオンの追撃が止まらない。
間合いを完全に支配していた。
そのまま左手の蒼嵐刀がきらめく。
首に向けて一閃。
…ナイトオークの動きが止まり、胴体から頭だけが滑り落ちる。
まずは一体。
---
もう一方のナイトオーク。
熊の獣人が大盾でなんとか身を守っていた。
ナイトオークの激しい猛攻。
振り下ろし。
横薙ぎ。
そのすべての攻撃を――受ける。
盾で。
ただ、ひたすらに。
受け続ける。
「……ぐっ」
膝が沈む。
---
だが。
下がらない。
下がれない。
背後には仲間がいる。
それでも……反撃をしない。
レオンが悩む。
(……なぜ攻めないのだろうか)
レオンが熊の獣人を見る。
(いや違うな)
(攻めることができないのか)
その瞬間。
ナイトオークが踏み込む。
大振り。
重い一撃。
ガァァンッ!!
盾に直撃。
熊の獣人の身体が大きく揺れる。
足が滑る。
体勢が崩れる。
「……っ!」
その隙を見て。
ナイトオークがさらに踏み込む。
追撃。
だが—−
ヒュンッ!!
一本の矢がナイトオーク目掛けて飛んでくる。
---
リーナの一撃。
ナイトの目元を掠める。
わずかな怯み。
「構えろ!」
レオンの声。
熊の獣人が反応する
ギリギリで盾を
そして受ける。
だが。
押されている。
完全に防戦。
(……守るだけじゃ崩れるな)
レオンが判断する。
そのまま動く。
一気に距離を詰める。
ナイトオークの懐へ。
---
踏み込み。
全力。
ドンッ!!
体重を乗せた一撃。
巨体が大きく揺れる。
さらに。
連撃。
足。
胴。
顎。
流れるように打ち込む。
そして——
「今だ、盾で押せ!」
レオンが叫ぶ。
熊の獣人が一瞬戸惑う。
だが。
一歩を踏み出す。
大盾を前に。
相手を押し込む。
---
ナイトオークの体勢が崩れる。
レオンがその隙を逃さない。
一歩
踏み込む。
刃が走る。
ズバァッ!!
深い一撃。
ナイトオークの膝がつく。
そのまま静かに倒れた。
レオンは一息を付き武器をしまう。
熊の獣人を見る。
守るだけでは足りない。
攻めることで——
守れるものもある。
その事実を知ってほしい。
---
膝をついて倒れたナイトオーク。
頭を無くして倒れたナイトオーク。
だが——まだのこっている魔物がいた。
火の玉が急にレオン目掛けてとんでくる。
---
しかし、レオンは冷静だった。
(やっと見つけた)
レオンは本来の討伐目的のサラマンダーに向けて走り出す。
距離を詰めている間にも、サラマンダーは口から火の玉を吐き出している。
それらを避けつつ疾走する。
サラマンダーは身の危険を察知したのか逃げ出そうする。
(今さら、遅いな)
レオンがさらに距離を詰める。
サラマンダーは振り返って逃げ出す瞬間だった。
……ドスッ!
サラマンダーの胴体に矢が刺さった。
「ガァァァァ―!」
サラマンダーの口から悲鳴が上がった。
足を止めて振り返った時には、レオンがサラマンダーに追いついていた。
(終わりだ!)
左右の武器が、サラマンダーの胴体を切り裂く。
そのまま崩れて、動かなくなった。
これで討伐依頼完了だ。
静寂。
風の音だけが残る。
レオンは息を整えながら、剣を下ろす。
---
剣を鞘にしまい、歩き出す。
熊の獣人を見る。
まだ盾を構えたまま。
動かない。
「……終わったぞ」
レオンは近づき声をかける。
熊の獣人がゆっくりと力を抜く。
盾を下ろす。
その場に膝をついた。
「……すまない、助かった」
低い声。
レオンは首をかしげる。
「お互い様だ」
熊の獣人は答えない。
後ろを見る。
倒れている仲間。
血を流している。
ピクリとも動かない。
「……守れなかった」
絞り出すような声。
レオンは黙って見る。
熊の獣人は拳を握る。
震えている。
「まただ」
ぽつりと漏れる。
「また……守れなかった」
その言葉。
ただの今回の話じゃない。
過去。
同じことがあった。
レオンはそれを理解する。
(……そういうことか)
守ることに、縛られている。
だから。
攻めない。
攻められない。
結果——
動けない。
レオンは一歩近づく。
「……違うな」
熊の獣人が顔を上げる。
「お前の盾は守れてる」
短く言う。
そして。
「だが——それだけじゃ倒せない」
その言葉が。
静かに、重く落ちた。
熊の獣人の目が揺れる。
---
“自分の戦い方”を否定された。
だが——自分でも分かっていたことだ。
ただ盾を構えることしか出来ない、相手に向かって攻撃出来ない。
また、あんなことが起きてしまうかもしれないから……。
風が、渓谷を抜ける。
戦いは終わった。
だが。
静けさの中に、重い空気が残っている。
倒れている仲間たち。
---
リーナがこちらに駆け寄ってきた。
「安心して、まだなんとか息があるわ」
短く告げる。
「止血と回復ポーションを急いで」
素早く動く。
レオンは周囲を警戒しながら、熊の獣人を見る。
膝をついたまま。
動かない。
ただ、仲間を見ている。
「……生きてるのか?」
ぽつりと呟く。
レオンは肩をすくめる。
「手伝ってくれ」
熊の獣人がゆっくりと立ち上がる。
まだふらついている。
それでも。
仲間の元へ歩く。
「……こいつらは、生きてるのか?」
確認するように言う
「ああ、よかったな」
レオンが答える。
「お前が守ったからだ」
熊の獣人の動きが止まる。
振り返る。
「……今度は守れたのか」
その言葉を、噛みしめるように繰り返す。
だが。
すぐに首を振る。
「でも違う」
低く言う。
「俺は……ただ攻撃を止めただけだ」
盾を見下ろす。
「勝てなかった」
その一言に。
全てが詰まっている。
---
レオンは少しだけ息を吐く。
「当たり前だ」
熊の獣人が顔を上げる。
「一人でやってるからだ」
静かな言葉。
重い。
「盾は一人で戦うためのもんじゃない」
一歩、近づく。
「誰かと組んで、背中を預けて初めて意味がある」
熊の獣人の目が揺れる。
そんな事は知っている、当たり前のことだ……。
いや。
それすらも考えないようにしていた。
その時。
「終わったわ」
リーナが戻ってくる。
---
「応急処置はした」
「街に戻れば大丈夫よ」
熊の獣人が深く頭を下げる
「……感謝する」
リーナは軽く手を振る。
「気にしないで」
そして。
レオンを見る。
ほんの少しだけ、笑う。
レオンが熊の獣人に向き直る。
「お前」
短く呼ぶ。
「名前は」
一瞬の間。
「……アステアだ」
低く、落ち着いた声。
レオンは頷く。
「俺はレオンだ」
それだけ。
そして。
「一緒に街に戻ろう」
背を向ける。
歩き出す。
リーナも続く。
アステアは、その背中を見る。
迷いがある。
だが。
足が、自然と動いた。
ついていく。
街に向けて帰ろう。
---
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひブックマークをお願いします。
評価や感想もとても励みになります!
次回もお楽しみに。




