第69話 鬼人のバルグ
朝、冒険者ギルドの扉を開く。
すでに多くの冒険者が集まっている。
掲示板の前。
依頼書がびっしりと並んでいた。
レオンはその前に立ち、視線を走らせる。
「……相変わらず多いな」
リーナが隣で答える。
「この街は規模が違うから」
「その分、依頼の質も下から上まであるわ」
紙を一枚取る。
「中型魔物の討伐」
別の一枚。
「護衛」
さらに。
「調査依頼……」
内容を見比べる。
どれも悪くない。
リーナが言う。
「まだ様子見でもいいと思うわよ」
「地形も完全に把握してないし」
冷静な判断。
だが。
レオンは首を横に振った。
「いや」
一枚の依頼書を見ながら言う。
「そろそろ探索範囲を広げる」
リーナがちらりと見る。
「無理はしないでよ?」
「しない」
短い返答。
だが。
その目はすでに決まっている。
その時だった。
レオンの手が止まる。
---
紙を持ったまま。
「……リーナ」
小さく呼ぶ。
「どうしたの?」
リーナが視線を向ける。
レオンは掲示板から目を離さないまま言った。
「掲示板の前に来てからずっと見られてる」
一瞬。
空気が変わる。
ざわめきは変わらない。
人の流れも同じ。
---
だが——
“視線”だけが違う。
リーナの表情がわずかに引き締まる。
「……どこ?」
レオンがほんのわずかに指を動かす。
リーナが視線を動かす。
後方、ギルドの奥。
壁にもたれるように立つ影。
だが、普通ではない。
背が高い。
体格が違う。
そして——
頭部に角が二本生えている。
あれは、鬼人族だ。
その男は、こちらを見ていた。
動かない。
ただ、じっと。
値踏みするように。
レオンを見つめていた。
---
空気が重くなる。
周囲の冒険者たちも、わずかに距離を取っている。
自然と。
道が空く。
リーナが小さく息を吐いた。
「……最悪ね」
レオンが視線を外さずに聞く。
「知り合いか?」
リーナは少しだけ間を置いた。
そして。
「ええ」
短く答える。
「Bランク冒険者」
一拍。
「鬼人のバルグ」
その名前が落ちた瞬間。
空気がさらに重くなる。
バルグがゆっくりと身体を起こした。
---
壁から離れる。
一歩。
こちらへ向かって歩き出す。
足音が、やけに大きく響く。
誰も邪魔しない。
誰もが足を止める。
ただ。
道が開く。
強者のために。
一本の道が出来上がる。
---
レオンはその姿を見ていた。
逃げない。
逸らさない。
ただ、道の先から自分に向かって歩いてくる。
---
そして——
その距離が、ゆっくりと縮まっていく。
嵐は、もう目の前だった。
重い足音。
ダン…ダン…。
先程まで賑やかかったギルドが静かになっている。
近づいてくる。
誰も声を出さない。
ただ、見ている。
鬼人族——バルグ。
レオンの前で止まる。
見下ろす。
赤い瞳。
鋭い視線。
数秒の沈黙。
やがて。
「……リーナ」
低い声。
呼び捨て。
リーナは眉をわずかにひそめた。
「……久しぶりね、バルグ」
感情は抑えている。
だが。
好意はない。
---
バルグの口元がわずかに歪む。
「やっと見つけた」
その一言。
執着が滲む。
視線がレオンへ移る。
「……で?」
一拍。
「こいつはなんだ」
問いではない。
確認だ。
---
リーナが答える。
「私のパーティーメンバーよ」
迷いのない言葉。
バルグの目が細くなる。
「……そうか」
ゆっくりと頷く。
そして。
一歩、踏み込む。
レオンとの距離が縮まる。
圧。
空気が重く沈む。
周囲の冒険者たちが、後ろに距離を取る。
---
レオンは動かない。
そのまま、見返す。
バルグが言う。
「名前は」
短い問い。
レオンは答える。
「レオンだ」
---
淡々と。
視線も逸らさない。
バルグの口元がわずかに上がる。
「……いい目だ」
一瞬の評価。
だが。
次の言葉で空気が変わる。
「だが——足りない」
はっきりと。
否定。
リーナが口を開く。
「バルグ——」
止める声。
だが。
バルグは無視する。
「リーナ」
再び名前を呼ぶ。
「俺のパーティーに来い」
真っ直ぐ。
迷いなく。
周囲がざわつく。
だが。
リーナは即答した。
「断る」
空気が張る。
バルグの目がわずかに細くなる。
「……理由は」
静かな問い。
リーナはレオンの方を見た。
「いつもと同じよ、私は自分が認めた人と組みたい、それだけ」
一瞬の沈黙。
そして。
バルグが小さく息を吐く。
「……そうか」
納得したようで。
していない。
視線が再びレオンへ向く。
じっと見る。
測るように。
「なら」
一歩前に出る。
さらに距離を詰める。
「そいつを試す」
周辺の空気が凍る。
周囲の視線が一斉に集まる。
リーナが鋭く言う。
「やめなさい」
だが。
バルグは止まらない。
レオンを見る。
「どうする?逃げてもいいぞ」
確認。
レオンは少しだけ首を鳴らした。
そして。
一歩前に出る。
バルグの目の前に立つ。
「いいぞ」
短い返答。
迷いはない。
お互いに殺気が出る。
周囲の空気が一気に張り詰める。
誰も動かない。
ただ。
視線だけを送る。
強者同士の衝突を見るために。
バルグの口元が歪む。
「……面白い」
低く、笑う。
戦いの火種は——
すでに、ついている
ギルド内の空気が張り詰める。
「裏の訓練場だ」
バルグが短く言う。
それだけで十分だった。
周囲の冒険者たちが動く。
道が開く。
---
レオンとバルグが歩き出す。
向かう先は——訓練場
ギルドの裏にある訓練場。
かなりひらけた空間ではあるが、あっという間に人が集まる。
「あいつまたやるのか……」
「相手バルグだぞ……」
「終わったな……」
---
ざわめき。
リーナは腕を組み、少し離れて見ている。
(……やりすぎないでよ)
小さく呟く。
中央。
レオンとバルグが向かい合う。
距離、数歩。
「武器はどうする?」
バルグが聞く。
「ありでもいいぞ」
レオンが答える。
バルグは鼻で笑う。
「なら素手でいい」
構える。
重心が落ちる。
空気が変わる。
レオンも軽く構える。
静寂。
---
そして——動く
ドンッ!!
地面が沈む。
バルグが消えた。
「——ッ!」
次の瞬間。
目の前まで来ていた。
拳を振り抜く。
速い。
レオンはとっさに腕を合わせる。
ガンッ!!
衝撃。
後方にわざと飛び衝撃を和らげる。
(……重いな)
拳を受けた腕を見つめる。
レオンの目が細くなり警戒を強める。
バルグが笑う。
「ほぅ…一撃で終わらせるつもりだったが、耐えるか」
次。
またバルグが飛び出してくる。
連撃。
右、左。
速い。
だが。
---
レオンはそれを捌く。
最小の動きで避ける。
流す。
そして——
カウンター。
踏み込み。
バルグの脇腹に拳を打ち込む。
ドッ!!
鈍い音。
だが。
バルグは動かない。
レオンが顔をしかめる
「……硬いな」
バルグがそのまま腕を振るう。
レオンが後ろに跳ぶ。
距離を取る。
呼吸。
静かに整える。
(……速さは通る)
(だが——)
視線がバルグの身体を見る。
(耐久が違う)
バルグが言う。
「いいな」
バルグはさらに早く、一歩を踏み込む。
「ただの雑魚じゃない」
地面が軋む。
「だが」
一瞬で距離を詰める。
拳。
レオンが捌く。
だが。
そのまま——
掴まれる。
「——!」
腕。
力が桁違い。
そのまま振り回される。
ドンッ!!
地面に叩きつけられる。
---
土煙。
周囲が息を呑む。
「終わりか……?」
だが。
煙の中。
レオンが立ち上がる。
服に土。
だが。
目は死んでいない。
「……まだだ」
構え直す。
バルグが笑う。
「そうでなくてはな」
その時。
「そこまでよ」
鋭い声。
リーナだ。
一歩、前に出る。
「これ以上はやりすぎよ」
空気が止まる。
バルグがしばらく黙る。
そして。
ふっと力を抜いた。
「……熱くなりすぎたか」
一歩下がる。
レオンを見る。
「合格だ」
短く言う。
周囲がざわつく。
「合格……?」
バルグが続ける。
「リーナの横に立つ資格はある」
一拍。
「今は…お前にまかせる」
最後に含みを持たせる。
そして背を向ける。
「せいぜいくたばるなよ」
それだけ言って去っていく。
道が開く。
誰も止めない。
その背中を見ながら。
レオンは小さく息を吐いた。
「……強いな」
リーナが隣に来る。
「二人とも本気になり過ぎよ」
一言。
そして。
「でも」
レオンを見る。
「いい勝負だったわ」
レオンは少しだけ笑う。
「俺が勝てたぞ」
「あれ以上はギルドに叱られるわよ」
視線を戻す。
バルグの去った方向へ。
胸の奥。
わずかに熱が残る。
そして——
ここでの超えるべき壁が、はっきりと見えた。
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