第68話 バルディアの常識
ギルドの喧騒を抜け。
階段を上がる。
足音が静かに響く。
廊下の奥。
一つの扉の前で止まる。
コンコン。
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「入れ」
低い声。
扉を開ける。
部屋の中は広くはない。
落ち着いた雰囲気の部屋である。
机に椅子、本棚も全て黒に統一されている。
そして——
椅子に座る男。
バルディアの冒険者ギルド長、ギン。
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腕を組み、二人を見る。
「座れ」
短い指示。
レオンとリーナが向かいに座る。
一瞬の沈黙。
ギンが口を開いた。
「報告はリーナから聞いた」
視線がレオンへ向く。
「まずは闇奴隷商の件お疲れ様」
それからギンが手元の資料をめくりながら喋り出す。
「まず、リーデルの拠点は一つ潰した」
「証拠もこちらに押さえている」
簡潔な報告。
「残りの闇奴隷商の残党も壊滅に向けて動く」
ギンの声が静かになる。
「ただ…少し厄介なことになった、教会と貴族が絡んでいる、だから動くのに少し時間をくれ」
ギンが説明をする。
「逃げられたらどうするの?」
リーナは今すぐにでも動き出したいと思っている。
だが。
「闇奴隷商を壊滅するならちゃんと準備してからだ」
「今動けば、言葉巧みに逃げられるのがオチだぞ」
一言で空気が変わる。
「特に貴族を相手にするなら、こちらも貴族に協力を頼むしかない」
ギンの目が鋭くなる。
「絶対に闇奴隷商を潰すぞ!」
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リーナがわずかに眉を動かす。
「じゃあとりあえず待てばいいのね」
「ああ…準備が整い次第連絡する」
「この件はごく限られた奴しか知らん、だからお前等しか依頼できない」
「内部に協力者がいる可能性も高い」
レオンの目が細くなる。
「……ギルドに?」
ギンは否定しない。
肯定もしない。
「どこにでも入り込む」
「商人、貴族、役人……」
「そして」
一拍。
「冒険者も例外じゃない」
静かな言葉。
だが重い。
レオンは背もたれに軽く体を預ける。
「……なるほどな」
状況を飲み込む。
「面白いな」
ギンの口元がわずかに動く。
「そう思えるなら向いている」
リーナが横でため息をつく。
「普通は面倒って言うのよ」
ギンが小さく笑う。
「グラードの言ったとおりだな……面白い奴だ」
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そして。
「覚えておけ」
少しだけ前に乗り出す。
「バルディアは“表”だけじゃない」
「見えているものだけで判断するな」
その言葉が、静かに落ちる。
レオンは短く頷いた。
「ああ…わかった」
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ギルド長の部屋を出る。
階段を降りる。
再び、あの喧騒へ。
だが——
空気は、さっきとは違っていた。
視線が集まる。
だが。
敵意ではない。
どこか。
様子を見るような目。
レオンがそれを感じながら歩く。
(雰囲気が……変わったな)
受付の前。
そこに、数人の冒険者が立っていた。
見覚えがある。
さっきの訓練場で倒した連中。
お互い目に入り、一瞬の沈黙。
その中の一人が前に出てくる。
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腕を組み、少しだけ気まずそうに頭をかく。
「……さっきは悪かったな」
素直な言葉。
レオンは特に気にした様子もなく答える。
「気にしてない」
短い返答。
男が少しだけ笑う。
「だろうな」
一歩、近づく。
そして。
手を差し出した。
「すまなかった」
その一言。
周囲の空気も少しだけ緩む。
レオンはその手を握る。
「こちらこそ、やり過ぎた」
後ろの連中も口を開く。
「……悪かった」
「正直、舐めてた」
「リーナさんで頭に血が上ってました」
苦笑混じりの声。
リーナが横でくすっと笑う。
「人気者は大変ね」
誰かがすぐに返す。
「あんたが言うなよ!」
笑いが起きる。
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さっきまでの空気とは違う。
敵ではない。
まだ仲間でもないが——
少なくとも、冒険者達に認められた。
その時。
「さっきの動きを見りゃ、リーナさんと組むのも納得だな」
視線が再び集まる。
だが。
今度は違う。
評価の目。
淡々と。
「でしょ♪」
リーナが横で誇らしげにしている。
この街での新しい立ち位置を示していた。
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ギルドを出る。
昼の光。
人の流れ。
馬車の音。
レオンは軽く周囲を見渡した。
「……やっぱり広いな」
リーナが隣で頷く。
「まだほんの一部しか見てないわよ」
「今から案内してあげるわ」
二人は並んで歩き出す。
まずは、北へ。
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通りの雰囲気が変わる。
人が減る。
建物が整う。
そして——
兵の姿があちこちにいる。
鎧。
槍。
視線が鋭い。
「ここが北区」
リーナが言う。
「貴族区」
レオンが周囲を見る。
広い屋敷。
高い塀。
手入れされた庭。
「……空気が違うな」
「ええ」
リーナが少しだけ表情を引き締める。
「基本、冒険者は用がない限り入らない方がいい」
「面倒事の方から来るから」
レオンが短く返す。
「覚えとく」
次に、西地区へ。
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西地区に近づくにつれて。
景色が開ける。
畑。
風に揺れる作物。
家畜の鳴き声。
「ここが西区、農業エリアよ」
リーナが説明する。
「この街の食料はほとんどここから来る」
レオンの目が少し細くなる。
「……いいな」
短い一言。
リーナが笑う。
「料理人目線ね」
「当然だ」
そして。
南へ向かう。
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再び人が増えて来る。
商店。
宿。
酒場。
生活の音が溢れている。
「ここが南区」
「一般居住区」
リーナが言う。
「冒険者の拠点はだいたいこの辺」
レオンが周囲を見る。
「落ち着くな」
「でしょ?」
リーナが少し笑う。
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通りを進む。
いくつかの宿の前を通り過ぎる。
「どこにする?」
リーナが聞く。
レオンは少し考える。
建物。
人の出入り。
匂い。
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そして。
一つの宿の前で止まった。
「ここでいい」
シンプルな造り。
だが清潔感がある。
中に入る。
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店主が顔を上げる。
「いらっしゃい」
軽く話を通す。
部屋を確認する。
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問題なし。
「ここを当面の宿泊先にする」
レオンが言う。
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リーナが頷く。
「ええ、いいと思う」
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案内された部屋に荷物を置く。
窓から外を見る。
バルディアの街。
広く。
複雑で。
そして——
可能性に満ちている。
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レオンが小さく呟く。
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「悪くないな」
ここから。
本格的に、この街での生活が始まる。
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翌朝。
まだ人の少ない時間。
レオンとリーナはギルドへ向かっていた。
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空気は静か。
だが。
街はすでに動き出している。
「まずは資料室ね」
リーナが言う。
レオンは軽く頷く。
「ああ頼む」
ギルドの中。
奥へ進む。
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扉の前で止まる。
「ここよ」
開ける。
中は静かだった。
本棚が並ぶ。
資料が整然と並べられている。
戦場とは違う空気。
知識の場所。
レオンは一歩中に入る。
視線を巡らせる。
「……多いな」
率直な感想。
リーナが棚に手をかける。
「バルディアで冒険者するなら全部必要なものよ」
机に資料を広げる。
「まずは魔物」
地図と図鑑。
「この周辺に出る種類」
「危険度」
「特徴」
ページをめくる。
「毒持ち」
「群れで動くタイプ」
「夜行性」
一つ一つ指しながら説明する。
レオンは黙って聞く。
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「次に地形」
別の資料。
「森」
「渓谷」
「丘陵」
「洞窟」
「山」
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「どこに何が出るか」
「採集の場所」
一拍。
「逃げ場があるかどうかも重要」
レオンが小さく頷く。
「依頼も同じ」
掲示板の写し。
「討伐」
「護衛」
「調査」
「内容で危険度が変わる」
リーナがレオンを見る。
「Cランクでも死ぬ時は死ぬ」
静かな言葉。
重い。
レオンは目を逸らさない。
「ああ」
しばらく沈黙。
ページをめくる音だけが響く。
やがて。
リーナが少しだけ声を落とした。
「それから」
新しい資料を出す。
「教会」
レオンが顔を上げる。
「回復役の拠点よ」
「神官」
「治療」
一拍。
「……あと、政治にも顔を出す」
レオンの目が細くなる。
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「そして貴族」
さらに一枚。
「依頼主になることもある」
「でも——」
少し間を置く。
「関わると面倒」
短くまとめる。
静かな空間。
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今日は朝からずっと資料室にいる
レオンはようやく資料を閉じた。
小さく息を吐く。
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「……覚えること、多いな」
リーナが少し笑う。
「でしょ?」
だが。
レオンの表情は崩れない。
むしろ——
楽しんでいる。
「でも」
レオンが言う。
「知らないよりいい」
「無知は罪だ」
リーナが少しだけ目を細める。
「私も強くなった気で死ぬ奴、何人も見てきたから」
リーナの一言。
静かだが重い。
ただ。
少しだけレオンも頷いた。
強さとは。
力だけじゃない。
知ること。
準備すること。
積み重ねること。
レオンが立ち上がる。
「次は実戦だな」
リーナも立つ。
「ええ」
資料室の外へ出る。
依頼内容を見に行く。
これからが始まりだ。
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