第67話 バルディア
巨大な城壁が、目の前にそびえていた。
高い。
分厚い。
リーデルとは比べものにならない規模だ。
門の前には、列ができている。
商人。
冒険者。
大型の馬車。
---
レオンは手綱を軽く引いた。
馬車を列に合わせる。
「……人が多いな」
リーナが横で答える。
「バルディアは物流の中心だからね」
「人も物も集まるわ」
やがて順番が来る。
---
「止まれ」
門番が手を上げる。
馬車を止める。
「所属と目的を——」
言いかけて。
門番の視線が止まる。
---
リーナが顔を出した。
「リーナさんでしたか。
一瞬で表情が変わる。
「おかえりなさい」
自然な敬意。
リーナが軽く手を上げる。
「ただいま」
---
門番の視線が、ゆっくりとレオンへ移る。
「……そちらの方は?」
リーナが迷いなく答える。
「私のパーティーメンバーのレオンよ」
一瞬。
空気が止まる。
「……え?」
門番の目が見開かれる。
---
「リーナさんが……パーティーを?」
言葉が追いついていない。
まるで珍しいものを見るように、レオンを見つめる。
レオンは少し首をかしげた。
「Cランク冒険者のレオンです」
登録証を取り出し、見せる。
「これからバルディアで活動しますので、よろしく」
---
門番は数秒固まっていたが。
やがて、ふっと息を吐いた。
「……なるほどな」
少しだけ笑う。
「ありがとう、通っていいぞ」
門が開く。
「これから頑張れよ」
レオンが軽く手を上げる。
「ああ」
馬車が動き出す。
---
門をくぐる。
その瞬間。
空気が変わった。
広い。
道幅が違う。
大型の馬車同士がすれ違っても、まだ余裕がある。
人の数。
建物の大きさ。
音。
すべてが一段上だった。
「……広いな」
レオンの率直な感想。
---
リーナが少しだけ誇らしげに言う。
「街中の移動は馬車が基本だからね」
「道幅も広く作ってあるのよ」
さらに続ける。
「それに、この街は区画で分かれてる」
「東西南北、それぞれ役割が違うのよ」
周囲を指しながら。
「今いるここは東区」
「商業エリアになるの」
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店が並ぶ。
商人の声。
荷の積み下ろし。
「ほとんどの人がここで仕事してるわ」
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レオンが周囲を見渡す。
「……なるほどな」
視線が動く。
観察している。
リーナが続ける。
「他の区画は、あとで説明する」
「まずはギルドね」
少し間を置いて。
「あと」
馬車を軽く叩く。
「持ち馬車はギルドに登録すれば預けられるわ」
レオンが頷く。
「助かるな」
馬車は進む。
東区の中心へ。
---
やがて—
大きな建物が見えてくる。
他よりもさらに大きい。
重厚な造り。
冒険者ギルド。
レオンがそれを見上げる。
「……ここか」
リーナが微笑む。
「ええ」
「バルディアの冒険者ギルドよ」
---
馬車はギルドの前で止まった。
建物の前には、すでに何人かの冒険者がいる。
装備の質も高い。
雰囲気も、どこか張り詰めている。
レオンが御者台から降りる。
軽く周囲を見る。
「……空気が違うな」
リーナが答える。
「ここは商業エリアの中心だからね」
そのまま入口へ向かう。
門の横。
門番とは別に、管理の男が立っていた。
「ただいま」
リーナが軽く声をかける。
男が顔を上げる。
そして——
目を見開いた。
---
「リーナさん」
「おかえりなさい」
すぐに姿勢が変わる。
だが。
次の瞬間。
---
「……え?」
レオンを見る。
「……リーナさんが……?」
言葉が続かない。
リーナがさらりと言う。
「あの馬車、私のパーティー用だから」
「馬車小屋に運んでもらっていい?」
さらに続ける。
「それからあの馬車の修繕と補強もお願い」
---
男はまだ少し混乱していた。
「は、はい……!」
そして。
またレオンを見る。
まじまじと。
値踏みするように。
レオンは首をかしげた。
「えっとリーデルから来た、Cランク冒険者のレオンです」
簡潔に言う。
男は一瞬固まったあと。
小さく笑った。
---
「……わかった」
「これから頑張れよ」
どこか意味深な言い方。
レオンは気にしない。
手綱を渡す。
馬車が引かれていく。
リーナが振り返る。
「さぁ、中に入るわよ」
---
「ああ」
二人は入口へ向かう。
その時
「レオン君!」
後ろから声。
レオンが振り返る。
さっきの馬車を渡した男。
ニヤッと笑っている。
「気を付けろよ」
その一言。
「……?」
レオンは首をかしげる。
意味が分からない。
だが。
リーナは何も言わない。
---
そのまま中へ入る。
扉を押し開ける。
ガンッ
音が響く。
そして——
空気が変わる。
中にいた冒険者たちが、一斉に振り返る。
---
ざわ……
「……リーナだ」
「おい、戻ってきたのか」
「おかえり!」
あちこちから声が上がる。
だが。
すぐに。
視線が、もう一人へ移る。
レオンに。
「……誰だ?」
「なんで男と一緒にいる?」
「まさか……」
ざわつきが広がる。
視線が刺さる。
レオンはそれを受けながら。
(……なんだこの反応)
内心で呟く。
---
リーナは気にしない。
そのまま歩く。
受付の列に向かう。
ざわめきが、少しずつ大きくなっていく。
レオンは周りの気配が気になる。
まるで嵐の前の静けさだ。
ギルド内が殺気立ってる。
---
リーナは何事もないように受付へ進む。
「ただいま〜」
軽い声。
受付にいた女性が顔を上げる。
「リーナさん!」
「おかえりなさい!」
明るい声。
リーナが軽く手を振る。
「サラ、ただいま」
「任務完了の報告お願い」
サラが頷く。
「かしこまりました」
---
そして。
視線が横へ移る。
「……そちらの方は?」
リーナが迷いなく言う。
「紹介するわ」
一拍。
「私のパーティーメンバーのレオンよ」
——沈黙。
次の瞬間。
「はぁぁぁ!!?」
ギルド内が揺れた。
あちこちから怒号。
椅子が倒れる音。
誰かが立ち上がる。
---
「おい待て!」
「今なんて言った!?」
「パーティー!?」
視線が一斉にレオンへ突き刺さる。
サラも目を見開いていた。
「リーナさんが……パーティーを……?」
信じられない顔。
リーナはあっさりと言う。
「そうよ」
「私から誘ったの」
——再び爆発。
「はぁぁぁぁ!?」
「なんでだよ!!」
「俺たち全員断られてんだぞ!?」
---
怒号。
嫉妬。
混乱。
レオンはその中心で、首をかしげた。
「……なんだこれ」
本気で分かっていない。
その時。
「おい、お前」
前に出てくる男たち。
ひとり、ふたり——
気づけば十人ほど。
「お前、何者だよ」
「ちょっと面貸せ」
完全に敵意。
---
レオンがリーナを見る。
リーナは笑っていた。
「いいんじゃない」
軽い。
レオンがため息をつく。
「はぁ……わかった」
「よし」
男が顎で指す。
「裏の訓練場だ」
ぞろぞろと歩き出す。
---
レオンもその後をついていく。
視線が集まる。
ざわめきが続く。
その背中を見送りながら。
サラが慌ててリーナに言った。
「ど、どうするんですか!?」
「相手、あの人数ですよ!?」
「止めないと——」
だが。
リーナは落ち着いていた。
カウンターに書類を広げる。
「えっと、報告書とパーティー登録」
「これでいい?」
---
ペンを走らせる。
サラが固まる。
「な、何呑気にしてるんですか!?」
「パーティーの方、連れて行かれましたよ!?」
リーナは顔を上げる。
一瞬だけ考えて。
「大丈夫でしょ」
あっさり。
「私より強いし」
サラの思考が止まる。
「……え?」
理解が追いつかない。
リーナは書き終える。
「すぐ戻ってくるわよ」
---
そして。
「ギルド長いる?」
話題が変わる。
「は、はい……上の部屋に……」
「じゃあ行ってくるわ」
そのまま階段へ向かう。
レオンのことは一切心配していない。
---
ただ一人。
訓練場へ向かうレオンだけが——
嵐の中心へ進んでいた。
---
ギルド裏の訓練場。
広い。
土の地面。
踏み固められている。
すでに人が集まっていた。
正面には、十五人ほどの冒険者。
さらに周囲には野次馬。
十人以上。
---
ざわざわと声が飛び交う。
「俺たちのリーナさんを」
レオンは小さく笑った。
「……人気だな」
呑気な一言。
---
レオンが両手に木剣を持つ。
そして構える。
「いつでもどうぞ」
空気が張り詰める。
前に出た男が指示を出す。
「よし、順番に——」
言い終わる前に。
---
レオンが言った。
「全員でいいですよ」
笑顔。
「一斉にどうぞ」
——沈黙。
次の瞬間。
「……舐めやがって!!」
全員が動いた。
一斉に突撃。
殺気。
土煙。
---
だが。
一人目。
剣が振り下ろされる。
レオンが動く。
速い。
見えない。
---
ガッ——
受け止める。
同時に。
ドンッ!
左手の木剣がみぞおちに突き刺さる。
男がくの字に折れる。
そのまま崩れ落ちる。
---
「……は?」
周囲が固まる。
「今……何した?」
だが。
止まらない。
二人目、三人目。
左右から来る。
---
レオンは一歩も引かない。
視線だけで軌道を読む。
最小の動き。
バキッ。
一撃。
ドゴッ
また一撃。
二人が同時に崩れる。
そのまま流れるように。
次。
…次。
……次。
踏み込む。
叩く。
崩す。
---
無駄がない。
ただの“処理”。
気づけば。
既に半分が倒れている。
---
周囲の野次馬も、声を失う。
「……なんだあれ」
「強すぎだろ……」
だが。
まだ終わらない。
残りが突っ込んでくる。
レオンは変わらない。
同じ動き。
同じ精度。
確実に潰す。
---
そして——
最後の一人。
最初に指示を出していた男。
息を荒げながら、剣を抜く。
実剣。
「てめぇだけは……!」
踏み込む。
振り下ろす。
---
だが。
レオンは動かない。
ただ、見る。
(……雑だな)
軌道。
力の流れ。
握り。
(手入れも甘い)
左足が一歩動く。
---
ひらりと攻撃を避ける。
そのまま。
右手の木剣を振り下ろす。
バキンッ!!
男の剣が、根元から折れる。
「なっ——!?」
その隙をせちせ。
左手。
ドゴッ!!
---
顎を打ち抜く。
男の身体が宙に浮く。
そのまま。
地面へ。
---
沈黙。
全員が倒れていた。
訓練場が、完全に静まり返る。
その時。
---
「……終わった?」
場違いなほど柔らかい声。
振り返る。
リーナが立っていた。
その後ろに。
---
一人の男か立っている。
空気が変わる。
ざわ……
「……ギルド長」
誰かが呟く。
男はゆっくりと前に出る。
---
重い足取り。
だが、圧がある。
周囲が自然と道を開ける。
その目が、訓練場を見渡す。
---
倒れた冒険者たち。
立っているのは一人。
レオンただ一人だ。
男は小さく息を吐いた。
---
「……後始末をしろ」
受付たちに指示を飛ばす。
そして。
一歩前へ。
声を張る。
「Cランク冒険者、レオン」
低く、通る声。
「本日より、バルディアの冒険者だ」
ざわめき。
「あれでCランクだと……!?」
驚きの声。
レオンはその中を歩く。
まっすぐ。
男の前へ。
止まる。
---
男がじっと見下ろす。
「お前がレオンか」
一瞬の間。
「グラードから聞いている」
わずかに口元が緩む。
「面白い拾い物をした、とな」
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手を差し出す。
「バルディア冒険者ギルド長——ギンだ」
「グラードとは昔、同じパーティーだった」
レオンはその手を見る。
そして。
握る。
「レオンだ、よろしくお願いします」
「バルディアは、おまえを歓迎する」
---
短い言葉。
だが。
それで十分だった。
新しい街。
新しいギルド。
そして——
新しい戦い。
焚火の旅団の物語は。
ここから、始まる。
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