第66話 バルディアへの道
朝。
リーデルの門前。
空気は澄んでいた。
人の出入りもまだ少ない時間。
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レオンは荷物を背負い、門の前に立っていた。
その隣にリーナ。
二人とも軽装。
旅の準備は整っている。
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「……よし行くか」
レオンが言う。
リーナが頷く。
「ええ」
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その時。
「ちょっと待ちなさいよ」
後ろから声がする。
振り返ると——
リズが歩いてきていた。
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「見送りくらいさせなさいよ」
少し呆れたような顔。
だが。
どこか柔らかい。
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レオンが肩をすくめる。
「別にいらないだろ」
「いるの」
即答だった。
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リーナが小さく笑う。
リズは二人の前で止まる。
軽く腕を組む。
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「バルディア、でしょ?」
「ああ」
レオンが答える。
「無茶しないこと」
「あと」
少しだけ間。
「たまにはリーデルに帰ってきなさい」
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真っ直ぐな言葉。
レオンは少しだけ考えて。
「気が向いたらな」
リズがため息をつく。
「ほんとにもう……」
だが。
その表情は優しい。
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ふと。
リズが思い出したように言う。
「そうだ、グラードから伝言」
レオンの目がわずかに動く。
「“日課は続けろ”だって」
一瞬の沈黙。
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レオンが小さく笑う。
「……グラードさんらしいな」
リーナが首を傾げる。
「日課?」
「朝の訓練だ」
短く答える。
「えっ旅に出てもやるの?」
「当たり前だろ」
迷いのない言葉。
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リズが言う。
「ちゃんと頑張りなさいよ」
「せっかくCランクまで来たんだから」
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レオンは軽く手を上げる。
「ああ」
少しの沈黙。
風が吹く。
リズが一歩下がる。
「……じゃあ、いってらっしゃい」
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レオンが頷く。
「世話になった」
リーナも軽く頭を下げる。
「ありがとうございました」
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リズが手を振る。
二人は背を向けて歩き出す。
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「おうレオンか、バルディア行くんだってな頑張れよ!」
「ありがとう、行ってくる」
門番と軽く挨拶をしてリーデルの門をくぐる。
リーデルの外へ。
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レオンは一度だけ足を止めた。
振り返らない。
ただ、静かに息を吐く。
「……楽しみだな」
リーナが横で言う。
「バルディアが?」
「ああ」
リーナが少し考えながら応える。
「でも、馬車で十日以上はかかるのよね」
これからバルディアまでどうやって歩いていくか話し始める二人である。
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「レオンさーん、こっちでーす」
と大声で呼んでいる人がいる。
ギルドの職員さんだ。
その脇に停められた馬車が目に入る。
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木製の車体。
しっかりした造りの馬車。
だが。
ところどころに残る傷。
削られた刻印。
あの闇奴隷商が使っていたものだとすぐに気付く。
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「こちら、ギルド長からの餞別だそうです」
と、職員が馬車を叩く。
「いやーギルドでも闇奴隷商が使っていたものだから買い手が付かなくて正直邪魔で困っていたんですよね、コレ」
職員が笑いながら喋る。
(アルヴェインめ……)
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リーナが馬車を見る。
少しだけ表情が引き締まる。
「……あいつらの」
少し怒っているのが分かる表情をしている。
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ギルドの職員が喋り出す。
「向こうに着いたら、馬車を修繕と補強して下さい、バルディアの方がいい職人もいますので」
淡々と連絡事項を述べていく。
「あと、ギルド長から個人的に馬車を押し付けた迷惑料とのことで修繕費に使ってくれとコチラを」
袋をもらい、中身を確認する。
金貨が10枚ほど入っている。
「……一応、ギルド長にお礼を伝えといて下さい」
レオンが言う。
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「では、レオンさん、お気をつけて」
短い言葉。
そのまま、職員は走って門へと戻っていった。
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レオンとリーナが顔を見合わせ、
「とりあえず、荷物を乗せてバルディアに向かうとするか」
「向こうに着いたら絶対、すぐに修繕するんだからね」
リーナはあまり納得していないが、修繕費をアルヴェインからいただいたので仕方がないと頷いていた。
荷物を荷台に積み込み、レオンは御者台に座り手綱を握る。
リーナは荷台から乗り込み御者台に顔を出す。
「さぁしゅっぱーつ!」
リーナの掛け声と共に、馬車が動き出す。
ゆっくりと、確実にバルディアへ向けて。
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リーデルの門が、背後で小さくなっていく。
前だけを見つめる。
バルディアまで十日以上。
長い旅の始まりだった。
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お昼すぎ馬車の音が、一定のリズムで響く。
ガタ、ゴト……
車輪が土を踏む音。
手綱が揺れる音。
風が頬を撫でる。
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リーデルを出て、半日。
街の気配はもう完全に消えていた。
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レオンは御者台に座り、手綱を握っている。
荷台から顔出しているリーナ。
荷台には荷物と、最低限の食材。
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「思ったより揺れるな」
レオンが言う。
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「整備されてない道だもの」
リーナが答える。
「これでもマシな方よ」
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しばらく沈黙。
風の音だけが続く。
ギギ…ギシッ…ギー。
馬車からも聞き慣れない音が混じっている。
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リーナがふと聞いた。
「……十日、持つ?」
レオンがちらりと横を見る。
「何がだ」
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「食料とコレ」
リーナが御者台をパンパンと叩く。
レオンは前を向いたまま答える。
「馬車の事は分からないが」
「食材は足りなければ途中で調達する」
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「じゃあ魔物を狩るの?」
「ああ」
淡々とした会話。
だが自然だ。
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リーナは少し考える。
「じゃあ、途中で狩りと採取もするのね」
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「ついでだな」
レオンは続ける。
「やっぱり肉は新鮮な方がいい」
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リーナが小さく笑う。
「大事なのはそこなのね」
「当たり前だろ」
2人で顔を見合わせて笑い合う。
笑いが落ち着いてから沈黙がしばらく続く。
だが今は悪くないと感じている。
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リーデルを出て三日目。
今日は2人とも御者台に座りながら、のんびりと進んでいる。
レオンがふと呟く。
「……あと一人は欲しいな」
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リーナが顔を向ける。
「前衛?」
「いや」
少し考えてから言う。
「回復役が欲しい」
リーナが納得したように頷く。
「確かに」
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「今回みたいな闇奴隷商との戦いもそうだが」
「魔物との集団戦、探索には2人だと限度がある」
レオンは続ける。
「あと」
一拍。
「魔法使いも欲しい」
リーナも頷く。
「確かに戦闘の幅も広がるわね」
「いや野営の時に火と水が助かる」
リーナが吹き出して、お腹を抱えて笑い出す。
「えっ?そっちなの」
レオンは真剣に応える
「野営の火と水は死活問題だ」
「ホント、レオンって変わってるわね」
旅の空気が笑いに包まれている。
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その時。
レオンの目が細くなる。
「……止めるぞ」
手綱を引く。
馬車がゆっくり止まる。
「どうしたの?」
リーナが周囲を見る。
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前方の道の先、道の端。
何かが倒れていた。
木ではない。
岩でもない。
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レオンが静かに言う。
「……小型の魔物だな」
動かない。
だが——
完全に死んでいるわけでもなさそうだ。
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リーナが弓に手をかける。
「やる?」
レオンがリーナの前に手を出す。
「いや」
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一歩、前に出る。
「丁度いい食材だ」
その一言で。
空気が少しだけ緩んだ。
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リーナが苦笑する。
「ほんとにブレないわね」
レオンは答えない。
ただ、剣を抜く。
魔物に近づいていく。
まだ旅は始まったばかりだ。
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三日目の夜。
街道から少し外れた場所。
馬車を止め、焚き火を起こす。
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火が安定する。
鍋をかける。
昼間の魔物肉と香草の匂いが、ゆっくりと広がっていく。
パチ……パチ……
薪が弾ける音。
静かな夜。
器に分けられた料理を手に、二人は焚き火の前に座っていた。
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しばらく無言で食べる。
温かい。
落ち着く時間だ。
そして。
リーナが口を開いた。
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「……昼間の続きなんだけど」
レオンが顔を上げる。
「今後のパーティー編成、どうしたい?」
一瞬の沈黙。
火が揺れる。
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レオンは少し考えてから答えた。
「まず、前は俺でいい」
リーナが頷く。
「そこは問題ないわね」
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「後ろはリーナ」
「中距離の弓」
リーナが頷く。
「それも問題ない」
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短く整理されていく。
レオンが続ける。
「俺が足りないと思うのは三人」
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指を立てる。
「一人目はタンク」
「前に立って受けられる奴」
リーナが言う。
「確かに」
「俺一人だと受けきれない場面が出る」
レオンが地面に立ち位置を描いていく。
「2人目、今一番重要な回復役」
少しだけ間。
「これはパーティーとして必須だ」
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リーナも表情を引き締める。
「……ええ」
「冒険者ランクが上がれば上がるほど回復役は必須よ」
「特に私達はCランクパーティーだから間違いなく入れなくちゃ駄目ね」
現実的な言葉。
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「三人目は魔法使い」
リーナが少し考える。
「料理補助?」
「昼間のは冗談だ」
レオンが笑う。
「もちろん野営での火と水は助かる」
「でも後衛からの魔法はどんな場面に置いても助かる」
リーナも頷く。
「なら私からも一人、索敵ができる人が欲しいわ」
「周辺の気配が読めて、罠を仕掛けたり解除出来たらなおいいわ」
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リーナが息を吐く。
「一気にパーティーが増えそうね」
レオンが首を横に振る。
「それでも認めた奴だけだ」
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リーナがぽつりと言った。
「……いずれは拠点も欲しいわね」
レオンが顔を上げる。
「拠点?」
「そう、パーティーメンバーみんなで住むお家」
リーナは火を見たまま言う。
「補給が安定する」
「装備も整えやすいの」
「依頼の共有、伝達も早い」
それだけじゃない。
「それから拠点には専属の鍛冶師も欲しい」
レオンが少し驚く。
「そこまで考えるのか?」
「レオンも武器は信用できる奴に任せなさい」
レオンはリーデルとの違いに驚く。
「バルディアのCランク冒険者なら普通よ」
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さらに続ける。
「錬金術師もいれば、ポーションも安定するわ」
それからリーナがしばらく、ぶつぶつと黙って考え事をしている。
レオンは地面に描いた図を見る、そのスケール。
(……大きいな)
小さく呟く。
「……随分大きな話だ」
レオンは少しだけ笑った。
「やるなら徹底的によ」
リーナの迷いのない声。
焚き火の光。
揺れる影。
そして——
「……これからもっと楽しくなりそうだ」
レオンの素直な言葉。
二人の間に、静かな空気が流れる。
火が揺れる。
レオンが小さく焚き火を見ながら呟いた。
「焚火の旅団か」
リーナが少し笑う。
「いつかこの焚き火を、たくさんの人で囲むのよ」
二人の理想が徐々に形になっていくのがわかる。
そして……夜は静かに更けていく。
二人で語った未来は、確かな形を描いていた。
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十日目の昼。
日が登り、陽射しも強くなっていた。
馬車の速度がゆるむ。
レオンが前を見たまま言う。
「この辺で一度止めるか」
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リーナが周囲を見る。
木々の間。
少し先に、光が反射している。
「……確か近くに水場があるわよ」
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馬車を少し進め、道の脇に寄せて止める。
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リーナが言った通り、森の近くには川が流れていた。
水は澄んでいる。
流れも穏やかだ。
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「ちょうどいいな」
レオンは桶を持ち、川へ向かう。
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水を汲む。
冷たい水。
手を浸すと、熱が引いていく。
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その間に。
リーナが言った。
「少し体流してくるわね」
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レオンは顔を上げずに答える。
「ああ」
それだけ。
水の音。
風の音。
穏やかな時間。
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レオンは桶に水を満たし終えた。
ゆっくり顔をあげる。
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ふと。
視界の端に、動きが映る。
川の少し下流。
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リーナがいた。
水に触れている。
髪をほどいていた。
長い金髪が、光を受けて揺れる。
水に濡れ、少し重くなっている。
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肩に水をかける。
肌を流れる水。
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その動きが、一瞬だけ目に入った。
レオンの動きが止まる。
「……っ」
一瞬。
視線が固定される。
リーナから目が離せない……。
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だが。
すぐに目を逸らす。
桶を持ち直す。
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(……何やってる)
息をゆっくりと吐き出す。
何事もなかったように、二つ目の桶に水を汲み終える。
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その時。
「見た?」
後ろから声。
レオンの肩がわずかに動く。
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振り返る。
リーナが立っていた。
髪はまだ少し濡れている。
だが。
もう整えている。
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口元に、わずかな笑みを浮かべている。
「見てない」
レオンが即答する。
リーナが一歩近づく。
「ほんとに?」
「ほんとだ」
一瞬の沈黙。
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そして。
リーナが小さく笑う。
「……ならいいわ」
それ以上は追及しない。
だが。
どこか楽しそうだった。
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レオンは軽くため息をつく。
「馬車に戻るぞ」
「ええ」
リーナは楽しそうにニコニコしていた。
二人は馬車へ戻る。
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再び馬車が走り出す。
景色が流れる。
時間が過ぎ。
そして——
リーデルを出発して十二日目の昼。
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視界が開けた。
遠くに見えるもの。
高い城壁。
広がる建物。
行き交う人影。
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リーデルとは比べ物にならない規模。
リーナが言う。
「……あれがバルディアよ」
少しだけ、誇らしげに。
レオンが目を細める。
「……でかいな」
素直な感想。
馬車はそのまま進む。
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徐々に人が増える。
馬車も増える。
空気が変わる。
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新しい街。
新しい場所。
そして——
新しい物語。
レオンが手綱を握り直す。
「よし行くか」
リーナが頷く。
「ええ」
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馬車はバルディアへと向けて進んでいく。
焚火の旅団の次の舞台が——
今、始まる。
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