第60話 焚火の旅団≪たきびのりょだん≫
朝。
森に、柔らかな光が差し込んでいた。
焚き火は、すでに弱くなっている。
灰の中で、わずかに赤く光る炭。
昨夜の名残。
レオンは目を開けた。
ゆっくりと身体を起こす。
空気が澄んでいる。
鳥の声。
風の音。
そして——
隣にいる気配。
リーナだった。
木にもたれ、まだ眠っている。
長い金髪が朝日に照らされている。
静かな寝息。
昨日の戦闘で怪我をしていた。
疲れも残っているはずだ。
レオンはそっと立ち上がる。
音を立てないように薪を動かす。
火を起こす。
パチ、と小さな炎が戻る。
鍋を火にかける。
水。
残っていた肉。
香草。
簡単なスープ。
コトコトと音が響く。
その匂いに反応して——
「……いい匂い」
リーナが目を覚ました。
ゆっくりと身体を起こす。
「おはよう」
レオンが振り返る。
「おはよう」
リーナは少し驚いたように周囲を見る。
「もう作ってるの?」
「朝だからな」
レオンは笑う。
リーナは少しだけ呆れたように息を吐いた。
「本当に料理人ね」
だが。
どこか安心した表情。
レオンが器によそう。
「ほら」
差し出す。
リーナは素直に受け取った。
湯気。
温かい匂い。
一口。
ゆっくり飲む。
ほっと息を吐く。
「……落ち着く」
小さく呟く。
レオンは少しだけ笑った。
---
食事が終わる。
レオンは荷物をまとめる。
リーナも弓を整える。
脚の様子を見る。
軽く動かす。
「……もう大丈夫そう」
昨日より明らかに動きがいい。
リーナ自身もそれに気づいていた。
「怪我も……治ってる」
レオンは肩をすくめる。
「ちゃんと食ったからな」
リーナは少し考える。
そして。
「……ねえ」
レオンを見る。
「昨日の話……」
少し緊張したリーナがぽつりと言う。
「私と本当にパーティー組んでくれるの?」
レオンが頷く。
「ああ……むしろこちらから頼みたいぐらいだ」
リーナは少しだけ視線を逸らす。
だがすぐに戻す。
「改めて、私はCランク冒険者のリーナ」
レオンが答える。
「Dランク冒険者のレオンだ」
リーナは少し驚いた顔をした。
「えっ……Dランクなの?」
「あんなに強くて」
レオンは答える。
「依頼の達成数かな?」
リーナは少しだけ黙る。
そして。
「……条件、もう一ついい?」
レオンが笑う。
「まだあるのか?」
リーナは真剣な顔だった。
「私、リーデルに用があって来たの」
「ギルド長に」
レオンが少し驚く。
「アルヴェインに?」
リーナは頷いた。
「個人的な依頼」
「それも一緒に手伝って欲しい」
レオンは少し考える。
そして。
「いいぞ」
あっさり言う。
リーナが目を丸くする。
「いいの?」
レオンは荷物を背負う言う。
「ああ……アルヴェインとの話も、一緒に聞こう」
リーナが少しだけ笑った。
「やっぱり変な人」
だが。
その表情はもう柔らかい。
警戒はない。
信頼が、少しだけ生まれている。
---
森の出口へ向かって歩き出す。
並んで歩く二人。
昨日までは他人。
今は。
同じ方向を向いている。
レオンがふと呟いた。
「パーティー名、決めないとな」
リーナが首を傾げる。
「名前?」
レオンは少し考える。
焚き火。
料理。
仲間。
そして旅。
小さく笑った。
「……焚火の旅団」
リーナが少し驚く。
「たきびの……りょだん?」
「悪くないだろ」
リーナは少し考えて——
小さく笑った。
「……いいと思う」
その一言で決まった。
焚火の旅団。
まだ二人だけの、小さなパーティー。
だが。
いずれ大きくなる。
そんな予感があった。
朝の光の中。
二人はリーデルへ向かって歩いていった。
---
木々の密度が薄くなり、光が強くなる。
やがて森を抜けて街道を進む。
徐々に見慣れた石壁が見えてきた。
リーデルの街。
門の前には、いつものように人の列。
商人。
冒険者。
荷馬車。
日常の風景。
リーナはその様子を見ながら呟いた。
「……ちゃんとした街ね」
レオンが笑う。
「このあたりじゃ一番大きい街だ」
門番がレオンを見る。
「おう、レオン」
軽く手を上げる。
「戻ったか」
レオンも軽く返す。
「ただいま」
そのやり取りを見て、リーナが少し驚いた。
「……仲いいのね」
「まあな」
門を通る。
街の中。
石畳。
行き交う人。
露店の声。
香辛料の匂い。
リーナは少し周囲を見回した。
どこか懐かしそうな目。
だがすぐに戻る。
「まずギルド?」
レオンが頷く。
「報告と解体」
少し間を置いて。
「それと登録だな」
リーナが小さく頷く。
---
冒険者ギルド。
大きな扉を開ける。
中はいつも通り騒がしい。
笑い声。
怒号。
依頼の声。
その中で——
レオンが入った瞬間。
何人かが振り向いた。
「お、レオンだ」
「戻ったか」
「今日は何持ってきた?」
軽い声。
だが。
どこか信頼が混じっている。
リーナはその空気に気づいた。
(……違う)
ただのDランク冒険者ではない。
この街で、ちゃんと実績を積んでいる。
そういう扱い。
レオンはそのまま受付へ向かう。
カウンターの奥。
見慣れた女性。
「おかえりなさい」
リズが微笑む。
レオンも軽く笑う。
「ただいま」
袋を置く。
「毒牙蛇ヴェノス一体」
「あと薄影豹二体」
リズの目が少しだけ細くなる。
「……中層まで行ったの?」
「まあな」
リズはため息をつく。
「無茶するわね」
だが。
すぐに表情を戻す。
「確認するわ」
リーナは横でそのやり取りを見ていた。
(……普通じゃない)
ソロで中層探索。
そしてこの扱い。
評価されている。
それが分かる。
リズが書類を処理する。
「討伐確認」
「報酬は後で渡すわ」
そして。
視線が横へ向く。
リーナを見る。
「こちらの方は?」
レオンが答えようとした瞬間——
リーナが一歩前に出た。
「……バルディアから依頼で来ました」
静かな声。
「Cランク冒険者、リーナです」
腰から一枚の板を取り出す。
登録証。
金属製のプレート。
そこには刻印。
名前。
ランク。
所属ギルド。
リズがそれを受け取る。
目を通す。
「……確かに」
軽く頷く。
「バルディア所属ね」
登録証を返す。
リーナが受け取る。
リズは少しだけ笑った。
「遠いところからわざわざご苦労様」
そして。
少しだけ意味深に続ける。
「その依頼、ここ絡みでしょ?」
リーナの目がわずかに細くなる。
だが否定はしない。
リズはそれを見て確信したように頷いた。
「やっぱりね」
親指で奥を指す。
「ギルド長は、奥にいるわ」
「話があるなら今がいいですよ」
レオンが言う。
「よし、行くか」
リーナは小さく息を吐いた。
そして頷く。
「ええ」
---
ギルドの奥。
二階へ続く階段。
静かな空間。
さっきまでの喧騒が嘘のように消える。
重い扉の前。
リーナが一歩前に出る。
レオンはその横に立つ。
「準備いいか?」
リーナは短く答えた。
「ええ」
扉を叩く。
コン、コン。
中から声が響く。
「入れ」
リーナが扉に手をかける。
ゆっくりと開く。
その先にいるのは——
リーデルのギルド長。
アルヴェイン。
---
扉を開ける。
静かな部屋。
差し込む光。
机の向こう。
一人の男が座っていた。
長い金髪。
整った顔立ち。
年齢を感じさせない瞳。
リーデル冒険者ギルド長。
アルヴェイン。
ペンを止める。
顔を上げる。
そして——
リーナを見る。
一瞬の沈黙。
わずかに目が細くなる。
「……やはり来たか」
低い声。
確信していたような口調。
レオンが少し驚く。
リーナは一歩前に出た。
「久しぶりね」
アルヴェインが立ち上がる。
ゆっくりと近づく。
「遠路無事だったか?」
その声音は。
どこか柔らかい。
ただのギルド長ではない。
レオンはそれに気づく。
(……知り合いか)
リーナが言う。
「ええ」
短く。
だがそれ以上の言葉はない。
アルヴェインがレオンを見る。
「レオンと一緒かい?」
リーナが答える。
「森で助けてもらったの」
「今回パーティーを組んで、協力してもらう」
アルヴェインは一瞬だけレオンを見つめた。
そして頷く。
「……なるほど」
机へ戻る。
「話を聞こうか」
リーナは迷わなかった。
「闇奴隷商の討伐」
空気が変わる。
静かに重くなる。
レオンの表情も引き締まる。
アルヴェインはゆっくり頷いた。
「バルディアからの件か」
レオンが目を細める。
(知ってるのか)
リーナが言う。
「追ってきた」
「この辺りに流れてる」
アルヴェインが答える。
「確認済みだ」
淡々とした声。
「だが、証拠が足りん」
リーナが一歩踏み込む。
「だから潰す」
アルヴェインの目が細くなる。
「単独でか?」
「そのつもりだった」
短い沈黙。
そして。
アルヴェインがレオンを見る。
「お前はどうする」
突然の問い。
レオンは少しだけ考えた。
人間が相手。
魔物とは違う。
だが——
「もちろん、やる」
迷いはない。
「見過ごせない」
アルヴェインはわずかに笑った。
「いい目だ」
そして。
机の引き出しから一枚の紙を取り出す。
「正式な依頼にする」
それを机に置く。
「秘匿依頼だ」
レオンが紙を見る。
内容。
場所。
対象。
闇奴隷商の拠点。
完全に黒だ。
アルヴェインが言う。
「表には出せん」
「だから」
視線が二人へ向く。
「お前たちに任せる」
リーナが頷く。
「分かった」
レオンも頷く。
「受ける」
アルヴェインは静かに言った。
「……健闘を祈る」
---
部屋を出る。
廊下。
少しの沈黙。
レオンが言う。
「知り合いか?」
リーナが少しだけ間を置く。
そして。
「……遠い親戚」
レオンが笑う。
「なるほどな」
階段を降りる。
再び喧騒。
ギルドの空気。
現実に戻る。
受付へ向かう。
リズが顔を上げる。
「話、終わった?」
レオンが言う。
「ああ」
少しだけ笑う。
「パーティー登録頼む」
リズが目を細める。
「ついにね」
ペンを取る。
「名前は?」
レオンがリーナを見る。
一瞬の沈黙。
そして。
「焚火の旅団」
リーナが小さく笑う。
「いい名前ね」
リズが書き込む。
「登録完了」
顔を上げる。
「焚火の旅団」
「これからよろしく」
レオンとリーナ。
二人は顔を見合わせる。
そして。
小さく頷いた。
ここから。
本当の意味での冒険が始まる
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