第58話 新しい道
二日後の早朝。
リーデルの街門には、静かな朝の空気が流れていた。
門の外には王都へ続く街道。
その前に立つ六人。
銀嵐。
そしてレオン。
ミレアが大きく背伸びをした。
「はぁ……ついに王都ね」
ドランが肩を回す。
「やっとだな」
エドは腕を組む。
「面倒な仕事が増えそうだ」
セシルは門の外を見つめている。
「少し緊張します」
そして。
カイル。
蒼閃の剣を腰に差し、静かに街道を見ていた。
レオンはその後ろに立っている。
少しだけ寂しい。
だが。
不思議と前を向けていた。
ドランがレオンの肩を叩く。
「五年だ」
レオンが顔を上げる。
「五年?」
ドランが笑う。
「五年くらいで追いつけ」
ミレアも笑う。
「無理なら十年でもいいわ」
エドが言う。
「王都は逃げない」
セシルが優しく微笑む。
「いつでも待っています」
レオンは少し照れくさそうに笑った。
「はい」
その時。
カイルが振り返る。
「レオン」
「はい」
カイルは少しだけ考えるようにしてから、腰の袋に手を入れた。
小さな布包み。
それを軽く投げる。
「ほらよ」
レオンが慌てて受け取る。
「プレゼントだ」
レオンは包みをほどく。
中から現れたのは——
一振りの短刀。
ミスリルの刃。
白銀の輝き。
だが普通の短刀ではない変わった形状をしている。
ダガーより長く、どちらかといえば料理包丁や解体用のナイフに近い形をしている。
レオンは目を見開いて動きが止まる。
「これ……」
刃の根元。
そこに刻まれていた文字。
蒼嵐刀
レオンが顔を上げる。
カイルが言った。
「俺の蒼と」
「銀嵐から取った名前だ」
ドランが笑う。
「料理人には包丁が必要だろ」
ミレアが腕を組む。
「ミスリル製よ」
エドが言う。
「ガルムに作らせた」
セシルが優しく言う。
「あなたのための刃です」
レオンは蒼嵐刀を見つめた。
ミスリルの刃。
軽い。
だが確かな重み。
カイルが続ける。
「魔物の解体にも使える」
「野営の包丁にもなる」
そして。
少しだけ笑った。
「戦いでも使える」
レオンが驚く。
「戦いですか?」
カイルが頷く。
「お前の戦い方を見て思った」
「二刀流も合ってる」
レオンは蒼嵐刀を握る。
不思議と手に馴染む。
カイルが言った。
「ゆっくり腕を磨け」
静かな声。
「いつか王都に来い」
少しだけ笑う。
「楽しみにしてる」
そして。
振り返る。
「じゃあな」
カイルは歩き出した。
街道へ。
ドランが続く。
ミレア。
エド。
セシル。
銀嵐は振り返らない。
だが。
ドランが片手を上げた。
「またな!」
ミレアも笑う。
「料理忘れないでよ!」
エドが軽く手を振る。
セシルが最後に振り返る。
「また会いましょう」
やがて。
五人の背中は遠ざかる。
街道の先へ。
朝霧の向こうへ。
銀嵐は消えていった。
レオンはしばらく立っていた。
蒼嵐刀を握る。
銀嵐の証。
仲間の証。
レオンは小さく息を吐いた。
「……よし」
振り返る。
街へ戻る。
ここからは一人。
新しい道。
その最初の一歩だった。
それから——
一年の時が過ぎた。
---
レオンも17歳になった。
朝。
リーデルの街はすでに動き始めている。
市場の声。
荷馬車の音。
その喧騒から少し離れた場所。
冒険者ギルドの裏手。
訓練場。
ガンッ!
剣と剣が激しくぶつかる。
レオンの身体が弾き飛ばされ、砂の上を転がった。
だがすぐに立ち上がる。
息を整える。
目の前に立つのは——
隻脚の男。
グラード。
元Aランク冒険者。
そしてレオンの師匠。
グラードが剣を肩に担ぐ。
「遅い」
レオンが苦笑する。
「前より速くなってるはずなんですけどね」
グラードが鼻で笑う。
「ふっ…俺も速くなってる」
レオンが肩をすくめる。
「それはずるいですよ」
グラードは剣を構える。
「来い」
レオンも剣を構えた。
右手に木剣。
左手に木剣の短剣。
二刀。
レオンが踏み込む。
剣が閃く。
左手の短剣が続く。
二連撃。
速い。
だが。
グラードの剣が弾く。
ガンッ!
石突きが腹に入る。
ドン!
「ぐっ……!」
レオンが転がる。
だが笑っていた。
「今のはいいところまで行ったと思います」
グラードが槍を下ろす。
「まあな」
「Dランクにしちゃ上出来だ」
レオンが立ち上がる。
両手の剣を腰に戻す。
グラードが聞く。
「今日は午後から依頼か?」
レオンが答える。
「中層内部です」
少し紙を見せる。
「毒牙蛇ヴェノス討伐」
グラードが眉を上げる。
「中層か」
レオンが頷く。
「最近、増えてるらしいです」
毒牙蛇ヴェノス。
黒い鱗の毒蛇。
体長三メートル。
噛まれれば強い毒。
新人ならまず死ぬ魔物。
だが。
レオンはもう新人ではない。
グラードが頷く。
「いい相手だ」
「毒に気をつけろ」
レオンが笑う。
「はい」
---
昼。
ギルド食堂。
厨房ではレオンが鍋を混ぜていた。
肉の匂い。
スープの香り。
冒険者たちが鼻を動かす。
「今日もレオンか」
「匂いで分かる」
「腹減った」
グラードが腕を組む。
「騒ぐな」
だが満足そうだった。
昼の営業が終わる。
レオンは装備を整える。
ミスリルの剣。
蒼嵐刀。
背負い袋。
そして。
街門へ向かった。
---
森。
上層から中層へ続く境界。
空気が少し変わる。
木々が密になる。
レオンはゆっくり進む。
耳を澄ます。
葉が擦れる音。
その時。
シュル……
足元の影が動いた。
レオンの目が細くなる。
「いた」
黒い鱗。
太い体。
長い牙。
毒牙蛇ヴェノス。
蛇が鎌首をもたげる。
次の瞬間。
飛びかかった。
速い。
だが。
レオンの身体はすでに動いていた。
剣が閃く。
ヒュン。
蛇の牙が空を切る。
蒼嵐刀が走る。
ザシュッ!
毒蛇の頭が地面に落ちた。
静寂。
レオンは息を吐く。
「……成長してるよな」
小さく呟いた。
だが。
その時だった。
森の奥から聞こえた。
金属音。
そして。
女性の声。
戦闘音。
レオンが顔を上げる。
「……?」
森の奥。
何かが起きている。
レオンは走り出した。
---
森の奥から、金属音が響いた。
ガンッ!
矢が弾かれる音。
レオンは足を止めた。
耳を澄ます。
戦闘。
それも一人。
レオンはすぐに木に飛び乗った。
枝の上から森の奥を覗く。
そこには——
一人の少女がいた。
長い金髪。
透き通るような白い肌。
そして。
長い耳。
エルフ。
弓を構えている。
だが脚を引きずっていた。
血が流れている。
その前にいる魔物は——
黒い影。
低い体勢。
しなやかな筋肉。
薄影豹。
しかも二体。
少女が矢を放つ。
ヒュン!
矢が肩に突き刺さる。
だが魔物は止まらない。
左右に分かれ、少女を囲む。
少女が矢筒を見る。
残り一本。
「……ちっ」
次の瞬間。
一体が飛びかかった。
その瞬間。
森の上から声が落ちた。
「伏せろ!」
少女が反射的に地面に伏せる。
次の瞬間。
黒い影が地面に着地した。
レオンだ。
剣が閃く。
ヒュン。
薄影豹の首が宙を舞う。
少女の目が見開く。
「……!」
残った一体が唸る。
そして飛びかかった。
速い。
だが。
レオンの身体はすでに動いていた。
左手。
蒼嵐刀。
ミスリルの刃が閃く。
ザシュッ!
薄影豹の喉が裂ける。
数歩進み——
魔物は倒れた。
森が静かになる。
レオンは剣を振り、血を払う。
(薄影豹か)
……二年前か。
この魔物と初めて戦った時。
命がけだった。
だが今は——
問題にもならない。
レオンは剣を納めた。
振り返る。
少女はまだ地面に伏せていた。
「もう大丈夫」
レオンが言う。
少女がゆっくり顔を上げた。
翡翠色の瞳。
レオンを見つめる。
数秒の沈黙。
そして。
「……誰?」
レオンは肩をすくめた。
「冒険者のレオンだ」
少女は立ち上がろうとする。
だが。
「っ……」
脚の傷。
体がよろめく。
レオンが支えた。
「怪我してる」
少女が眉をひそめる。
「平気」
だが血は止まっていない。
レオンは荷袋を下ろした。
布を取り出す。
脚の傷を見る。
爪の裂傷。
レオンは慣れた手つきで布を巻く。
しっかり固定する。
少女が少し驚いた顔をした。
「……慣れてる」
レオンは笑った。
「ソロの冒険者だから」
少女が首を傾げる。
「あなたソロなの?」
レオンは肩をすくめる。
「一応」
少女は少しだけ笑った。
初めて。
その表情が柔らかくなる。
「……リーナ」
レオンが顔を上げる。
「え?」
「私の名前」
弓を拾う。
「リーナ」
森エルフ。
弓使い。
レオンは頷いた。
「よろしく」
その時。
レオンの腹が鳴った。
ぐぅ。
沈黙。
リーナが少し笑う。
「お腹空いてる?」
レオンが苦笑する。
「昼過ぎだからな」
リーナが小さく頷く。
「……私も」
レオンは荷袋を開いた。
薪を集める。
「じゃあ」
少し笑う。
「野営しようか」
リーナが驚く。
「ここで?中層よ」
レオンが頷く。
「外縁まで動くけど野営が好きなんだ」
その言葉の意味を。
リーナはまだ知らない。
この森で。
これから始まる出来事を。
そして——
この料理が。
彼女の運命を変えることを。
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