第57話 銀嵐の証
二ヶ月後。
リーデルの朝は早い。
鍛冶通りの奥。
石造りの小さな工房から、金属を叩く音が響いていた。
カン。
カン。
カン。
その前に立つ影が六人。
銀嵐だった。
ドランが腕を組む。
「やっとだな」
ミレアが笑う。
「待たされたわね」
エドが苦笑する。
「ドワーフの鍛冶は時間がかかる」
セシルが静かに言う。
「でも、その分楽しみです」
レオンは工房を見上げた。
煙突から煙が上がっている。
その時。
扉が開いた。
中から出てきたのは、小柄な男。
長い髭。
太い腕。
ドワーフ。
ガルムだった。
銀嵐を見る。
そしてニヤリと笑う。
「来たか」
ドランが言う。
「出来たのか」
ガルムが腕を組む。
「当たり前だ」
「誰の鍛冶だと思ってる」
そして顎で工房の中を指す。
「入れ」
---
工房の中。
熱気が満ちている。
炉の炎。
鉄の匂い。
壁には武器が並んでいる。
そして。
中央の机。
そこに並べられていた。
ミスリル装備。
銀色に輝く武器。
ドランが低く呟く。
「……おい」
ミレアが目を丸くする。
「綺麗」
エドも目を細める。
「これがミスリルか」
ガルムが笑う。
「そうだ」
まず。
一振りの剣を持ち上げた。
細身。
美しい刀。
「カイルの剣だ」
カイルが受け取る。
軽い。
振る。
空気を裂く。
ヒュン。
風が鳴った。
カイルが少し笑う。
「いい」
ガルムが頷く。
「蒼閃の邪魔をしない剣にした」
次。
大きな盾。
ドランが受け取る。
持ち上げる。
驚いた。
「軽い」
ガルムが言う。
「ミスリルは鉄より軽い」
「だが硬い」
ドランが笑う。
「最高だな」
次。
小弓。
ミレアが受け取る。
弦を引く。
ピン、と音が鳴る。
ミレアが笑った。
「反発がすごい」
「これ、かなり飛ぶわよ」
ガルムが頷く。
「弓の中ならトップクラスの出来だ」
次。
槍杖。
エドが持つ。
魔力を流す。
杖が微かに光る。
エドが驚く。
「……魔力効率がいい」
ガルムが笑う。
「ミスリルは魔力伝導がいい」
次。
小さな祈祷具と結界の魔道具。
セシルが受け取る。
胸元で祈る。
淡い光が灯る。
セシルが微笑む。
「とても…綺麗です」
そして。
最後。
ガルムが一振りの剣を持ち上げた。
少し短い。
取り回しの良さそうな剣。
ガルムがレオンを見る。
「お前のだ」
レオンが受け取る。
軽い。
だが。
芯がある。
剣を振る。
ヒュッ。
空気を切る音。
ドランが笑う。
「似合うじゃねぇか」
ミレアも笑う。
「料理人っぽくないけど」
エドが言う。
「バランスがいい」
セシルも頷く。
「レオンに合ってます」
ガルムが腕を組む。
「ミスリル剣だ」
「大事に使え」
カイルが言う。
「試すか」
ドランが笑う。
「依頼だな」
ミレアが弓を肩にかける。
「新装備の試運転」
エドが頷く。
「ちょうどいい」
セシルも言う。
「安全な依頼にしましょう」
カイルが笑う。
「決まりだ」
振り返る。
「外縁」
「軽い討伐」
レオンも剣を握る。
ミスリルの刃が光る。
銀嵐の新装備。
その力を試す時が来た。
---
リーデルの門を出て、しばらく歩く。
街道を離れ、森へ入る。
外縁。
以前は中層の魔物まで溢れていた場所だが、今は落ち着いている。
深層ゴーレム討伐。
それ以降、森の魔物の動きは明らかに変わっていた。
ドランが辺りを見回す。
「静かだな」
ミレアが弓を肩にかけたまま言う。
「前より魔物が少ないわ」
エドも頷く。
「深層の異変が収まった影響だろう」
セシルが周囲を警戒する。
「それでも油断は禁物です」
カイルが立ち止まる。
「依頼は簡単だ」
振り返る。
「ホワイト ディアの討伐」
レオンは頷いた。
外縁の初心者パーティーが狩るような相手だ。
レオンはまだ狩ったことがない魔物。
だが。
今日は銀嵐の装備も違う。
カイルが言う。
「まずは様子を見る」
「連携確認だ」
ドランが笑う。
「久々の肩慣らしだな」
ミレアが木の上に飛び乗る。
「索敵するわ」
エドが魔力を集中する。
セシルが祈祷具を握る。
レオンは剣を抜いた。
ミスリルの刃。
軽い。
だが、しっかりとした重み。
その時。
ミレアの声。
「見つけた!」
木の上から指差す。
「前方十メートル」
「ホワイトディアよ」
カイルが頷く。
「行くぞ」
---
森の奥。
中型の魔物。
大きい角で突進を仕掛けてくるタイプの鹿だ。
威力もあり突進すれば木も倒す魔物。
だが。
カイルは冷静だった。
「ミレア」
「先制」
ミレアが笑う。
「任せて」
弓を引く。
ミスリル弓。
弦が鳴る。
ヒュン!
矢が走る。
次の瞬間。
ホワイトディアの肩に矢が突き刺さった。
魔物が咆哮する。
振り向く。
その瞬間。
カイルが言う。
「ドラン」
「来い」
ドランが前に出る。
盾を構える。
ホワイトディアが突進してきた。
ドドドドド!
地面を揺らす突進。
だが。
ドランは笑った。
「来いよ!」
盾を叩きつける。
ドォン!!
衝撃。
ホワイトディアが弾かれる。
ドランの足は動かない。
ミスリル盾。
圧倒的な防御力。
カイルが言う。
「エド」
エドが杖を掲げる。
「バインドヴァイン」
地面から蔦が伸びる。
ホワイトディアの脚を絡め取る。
魔物が暴れる。
その瞬間。
カイルが走る。
風。
一瞬。
刀が閃く。
ヒュン。
ホワイトディアの角が宙を舞った。
魔物が怯む。
カイルが言う。
「レオン」
レオンが動く。
足が軽い。
ミスリル剣。
踏み込む。
斬る。
ミスリルの刃が肉を裂く。
深い。
レオンは一歩引く。
その瞬間。
ドランの斧。
ズドン!
ホワイトディアの首が落ちた。
静寂。
戦闘終了。
---
ドランが笑う。
「早いな」
ミレアが木から降りる。
「楽勝ね」
エドが杖を下ろす。
「装備の影響も大きい」
セシルが祈祷具を握る。
「怪我なしです」
カイルがレオンを見る。
「どうだ」
レオンは剣を見た。
「軽いです」
ドランが笑う。
「いい顔してる」
カイルも少し笑った。
「上出来だ」
空を見る。
もう日が傾き始めている。
カイルが言う。
「今日はここまでだ」
「少し奥で野営する」
ミレアが笑う。
「レオンの料理ね」
エドが頷く。
「楽しみだ」
セシルも微笑む。
「久しぶりですね」
レオンも少し笑った。
銀嵐の野営。
焚き火。
料理。
そして。
最後の夜。
その意味を、まだ誰も口にしなかった。
森は静かだった。
夕日が木々を赤く染めている。
銀嵐はゆっくりと、野営の準備へ向かって歩いていった。
---
夜。
森は静かだった。
外縁に近いこの場所は、もう魔物の気配も薄い。
焚き火が揺れている。
パチ、と薪が弾ける音だけが響く。
今日は試しの依頼だった。
新しいミスリル装備。
その性能を見るための軽い討伐。
だが。
結果は圧倒的だった。
ホワイトディア。
ホーンラビット。
ボア。
すべて短時間で終わった。
ミスリル装備は想像以上だった。
だが。
今はもう戦闘の空気ではない。
焚き火の周りで、銀嵐は座っていた。
レオンが鍋を混ぜる。
香りが漂う。
ミレアが笑う。
「やっぱり落ち着くわね」
ドランが頷く。
「この匂いだな」
エドが苦笑する。
「完全に銀嵐の野営だ」
セシルも微笑んだ。
「今日は特別ですね」
レオンは首を傾げる。
「特別?」
カイルが笑った。
「そうだ」
短く言う。
「今日で最後だからな」
レオンの手が止まった。
分かっていた。
銀嵐は王都へ行く。
だが。
改めて言葉になると、胸の奥が少しだけ重くなる。
鍋をよそう。
パンを配る。
いつもの野営の食事。
だが今日は少し静かだった。
皆、味わうように食べている。
ドランが言う。
「やっぱり美味ぇ」
ミレアが笑う。
「最後まで料理担当ね」
エドが頷く。
「これがない野営は辛い」
セシルが小さく笑う。
「本当にそうです」
レオンは少し照れくさそうだった。
食事が終わる。
焚き火だけが残る。
その時。
カイルが立ち上がった。
「レオン」
レオンを見る。
「はい?」
カイルがゆっくりと話し始める。
「ありがとな、銀嵐に入ってくれて」
「お前のおかげで野営が楽しいものになった」
「休める時間になった」
「このたった数ヶ月で常識が変わった、感謝している」
言葉が出ない。
レオンは少し俯いた。
胸が熱い。
村を出て。
冒険者になって。
出会った仲間。
銀嵐。
カイルが最後に言う。
「お前はもう一人でやれる」
少し笑う。
焚き火の光が揺れる。
ドランが笑う。
「困ったら王都に来い」
「いつでもお前は仲間だ」
ミレアが笑顔で言う。
「絶対王都に来なさいよ」
エドが肩をすくめる。
「次に会うときが楽しみだ」
セシルも頷く。
「焦ってはだめです」
「ゆっくり頑張りましょう」
レオンはゆっくり顔を上げた。
「……ありがとうございます」
焚き火の光を映す。
夜は静かだった。
だが。
その静かな森の中で。
新しい冒険者の道が、確かに始まっていた。
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