第56話 ミスリルと料理人
1週間後。
リーデルの街は、まだ騒ぎの余韻が残っていた。
深層ゴーレム討伐。
その話は1週間たった今でも街中で会話の中心である。
冒険者ギルドの前を通ると、何人もの冒険者に声を掛けられた。
「おい銀嵐!」
「ゴーレム討伐おめでとう!」
「化け物どもめ!」
ドランが笑いながら手を振る。
「うるせぇな」
ミレアが肩をすくめる。
「街中が祭りみたい」
エドが苦笑する。
「当分落ち着かないな」
そんな中。
カイルは迷いなく裏通りへ歩いていく。
レオンは周囲を見回しながらついていった。
やがて。
石造りの小さな建物の前で立ち止まる。
煙突から黒い煙が上がっている。
中からは。
カン。
カン。
カン。
金属を叩く音が響いていた。
「ここだ」
カイルが言う。
看板には刻まれている。
《ガルム鍛冶工房》
ドランが扉を押し開けた。
熱気が流れ出る。
炉の炎。
鉄の匂い。
壁には武器が並ぶ。
剣、斧、槍、盾。
その奥で。
小さな影が大きなハンマーを振り下ろしていた。
ドワーフだ。
背は低い。
だが腕は丸太のよう。
長い髭が胸まで伸びている。
ハンマーが止まる。
ドワーフが振り向いた。
「……客か」
低い声。
銀嵐を見る。
そして鼻を鳴らした。
「なんだ…」
「深層ゴーレム討伐の英雄じゃねぇか」
ミレアが目を丸くする。
「あら知ってるの?」
「街中の酒場で騒いでりゃ嫌でも聞こえる」
ドワーフは腕を組んだ。
「俺はガルム」
「この街で一番腕のいい鍛冶屋だ」
ドランが笑う。
「自分で言うか」
「事実だからな」
ガルムは気にしない。
カイルが袋を置く。
ドン、と重い音。
袋の口を開く。
銀色の塊。
ミスリル。
ガルムの目が細くなった。
「……ほう」
塊を持ち上げる。
軽い。
だが密度がある。
ハンマーで軽く叩く。
澄んだ音が響いた。
「こいつはいい」
口元が歪む。
「純度も悪くねぇ」
「どこで拾った」
ドランが答える。
「深層で討伐したゴーレムだ」
一瞬。
ガルムが止まった。
そして。
「……面白ぇ」
ニヤリと笑う。
「久しぶりに骨のある素材だ」
ガルムが炉の横へミスリルを置く。
そして銀嵐を見る。
「で?」
「何作る」
カイルが言う。
「武器と装備」
「パーティー全員分だ」
ガルムが頷く。
「聞こう」
そこから。
装備の話が始まった。
カイル。
蒼閃を使う剣士。
「軽さ重視」
「風を殺さない剣」
ガルムが頷く。
「細身の……そうだな刀の方がお前には相性が良さそうだな」
次。
ドラン。
「盾」
「とにかく頑丈」
ガルムが笑う。
「分かりやすい奴だ、軽さと強度があるミスリルなら大盾でもお前には余裕で扱えるだろう」
ミレア。
「弓をお願い」
「軽くて反発の強いやつ」
ガルムが考える
「……弓を小弓に変えて、威力を上げる」
「狭い所でも立ち回れるぞ、軽くて反発力もあるから今と同じ力加減でも倍以上の威力が出るぞ!」
エド。
「魔力効率重視の杖」
「それから杖の核のミスリルを槍にしてほしい」
ガルムがニヤリと笑う
「それは面白い発想だ、杖だが槍にもなる武器……魔力効率が良くて頑丈なミスリルならそれを可能にする」
セシル。
「祈祷具と結界用の魔道具をお願いします」
回復魔法の補助具と結界強化用の魔道具
ガルムが答える
「うちの魔道具師も優秀だから任せな」
そして。
最後に。
ガルムがレオンを見る。
「お前はどうする?」
レオンは少し考えた。
「剣です」
「取り回しがいいものを」
ガルムが頷く。
ドランが笑いながらつけ足す。
「うちの料理人でもある」
「……ほう」
ガルムがピクッと反応する。
「いいだろう」
「ミスリルは軽くて強度もある」
「魔物を斬るには一番の剣にしてやる」
ガルムはミスリルをもう一度持ち上げた。
目を細める。
「だがな」
腕を組む。
「これだけの武器と防具を作るんだ」
「時間はかかるぞ」
カイルが聞く。
「どれくらいだ」
ガルムが笑う。
「急ぐなら一カ月」
「丁寧にやるなら二ヶ月」
少し沈黙。
カイルが頷いた。
「任せる」
ガルムが笑う。
「いい判断だ」
ハンマーを肩に担ぐ。
「最高の武器と防具を作ってやる」
そして。
「完成したら呼ぶ」
銀嵐は鍛冶屋を後にした。
通りに出ると。
ミレアが伸びをする。
「楽しみね」
ドランが笑う。
「ミスリル装備か」
エドが言う。
「戦力がかなり上がるな」
セシルが微笑む。
「待ち遠しいですね」
レオンも少しワクワクしていた。
ミスリルの剣。
どんな武器になるのか。
その時。
カイルが言う。
「さて」
振り向く。
「飯だ」
ドランが笑う。
「結局それか」
カイルが肩をすくめる。
「昨日は祝勝会だった」
「今日は普通に食う」
そして。
全員が同じ方向を見る。
冒険者ギルド。
レオンは少し笑った。
結局そこに戻るのか。
だが。
次の瞬間。
ドランが言った。
「レオン」
「今日はお前が作れ」
ミレアが笑う。
「賛成」
エドが頷く。
「俺もそれがいい」
セシルが微笑む。
「楽しみです」
カイルも言った。
「決まりだな」
レオンは少し呆れながら笑った。
そして。
「分かりました」
料理人は。
また鍋を振るうことになった。
---
冒険者ギルド。
昼の時間。
食堂は今日も戦場だった。
扉を開けた瞬間、熱気が押し寄せる。
冒険者たちの笑い声。
椅子の軋む音。
皿のぶつかる音。
そして肉の焼ける匂い。
「相変わらずだな」
ドランが笑う。
ミレアが肩をすくめる。
「冒険者って、どうしてこんなに食べるのかしら」
「戦うからだろ」
カイルが答える。
その時。
厨房から声が飛んできた。
「おい」
低く、よく通る声。
振り向く。
厨房の入り口に立っていたのは。
隻脚の男。
料理長のグラードだ。
腕を組んでこちらを見ている。
「帰ってきたか」
カイルが笑う。
「お腹空いたぜ」
グラードの視線がレオンに向く。
「今日は暇か」
「まあ…」
レオンが答える。
グラードが親指で厨房を指す。
「手ぇ貸せ」
レオンは少し笑った。
「やっぱりですか」
ドランが笑う。
「行ってこい料理人」
ミレアが手を振る。
「期待してるわよ」
レオンは厨房へ向かった。
---
厨房。
大きな鍋が並ぶ。
肉の塊。
香草。
パンの山。
料理人たちが忙しく動いている。
グラードが言う。
「今日は肉が余ってる」
解体場から回ってきた肉だ。
「適当に使え」
レオンが肉を見る。
かなりいい部位だ。
「これ使っていいんですか?」
「構わん」
グラードは椅子に腰を下ろす。
「好きにやれ」
完全に任せるつもりだ。
レオンは袖をまくった。
包丁を握る。
肉を切る。
筋を落とす。
香草を刻む。
鍋に油を引く。
ジュッ——
肉が焼ける。
音が響く。
厨房にいた新しい料理人が振り向いた。
「なぁ……あいつ」
「新人の料理人か?」
先輩の料理人が答える。
「いや…」
「うちのギルドの冒険者だよ」
「は?」
レオンは気にしない。
肉を焼く。
香草を入れる。
塩を振る。
脂が溶ける。
香りが広がる。
その匂いは。
厨房の外へ流れていった。
---
食堂。
冒険者の一人が鼻を動かした。
「……なんだこの匂い」
別の男が振り向く。
「肉か?」
「いや違う」
さらに別の冒険者。
「めちゃくちゃいい匂いだぞ」
銀嵐の席。
ミレアが笑う。
「来たわね」
ドランが笑う。
「始まったな」
エドが苦笑する。
「また騒ぎになるぞ」
セシルは少し楽しそうだった。
---
厨房。
レオンは肉を焼き上げる。
一度休ませる。
肉汁を閉じ込める。
パンを軽く炙り、半分に切る。
肉をパンに乗せる。
香草を散らす。
仕上げに。
肉汁ソース。
もう半分のパンで蓋をすれば完成。
皿を並べる。
グラードが立ち上がる。
皿を一つ取る。
かぶりつく。
肉を噛む。
噛んだ瞬間。
グラードの口元が歪んだ。
「……ほう」
料理人たちを見る。
「食え」
料理人たちが皿を取る。
一口。
目が見開かれる。
「うまっ」
「なんだこれ」
「肉が柔らけぇ!」
グラードがニヤリと笑う。
「出すぞ」
皿が食堂へ運ばれる。
---
食堂。
皿が置かれる。
銀嵐の前。
ドランが言う。
「来た」
ミレアがパンを取る。
エドも。
セシルも。
カイルも。
一口。
静止。
ドランが言う。
「……やっぱりだ」
ミレアが笑う。
「レオンの料理ね」
セシルが頬を緩める。
「美味しい…」
エドが呟く。
「野営とはまた違うな」
その時。
周りの冒険者が叫ぶ。
「おいこれ誰が作った!」
「めちゃくちゃうまいぞ!」
「厨房の新メニューか!?」
グラードが腕を組む。
親指でレオンを指す。
「こいつだ」
食堂が一瞬静かになる。
視線。
全部レオンへ向く。
「あいつ銀嵐の……冒険者だろ?」
「銀嵐の料理人だ」
ドランが笑う。
「料理人が冒険者してるのよ」
ミレアがツッコむ。
食堂がドッと笑いに包まれた。
カイルは黙っていた。
そしてレオンを見る。
少しだけ笑う。
「やっぱり最高だな!」
レオンはまだ気づいていない。
自分の料理が。
どれほど異常なのかを。
---
食堂の騒ぎは、しばらく収まらなかった。
「おいもう一皿!」
「厨房どうなってんだ!」
「銀嵐の料理人どこだ!」
冒険者たちが騒ぐ。
だが厨房から出てきたグラードが腕を組む。
「今日は終わりだ」
一言。
それだけで食堂が静まる。
「文句ある奴は表出ろ」
誰も何も言わない。
食堂はようやく落ち着いた。
---
その時。
「レオン」
振り向く。
セシルだった。
「リズさんが銀嵐を呼んでいます」
「ギルド長の部屋へ」
レオンは少し首を傾げる。
「俺もですか?」
「はい」
少し不思議そうな顔。
だがレオンは手を拭いた。
「分かりました」
---
ギルド二階。
重い扉の前。
銀嵐の全員が揃っていた。
カイル。
ドラン。
ミレア。
エド。
セシル。
そしてレオン。
カイルが扉を叩く。
「入れ」
静かな声。
扉を開く。
部屋の奥。
椅子に座る一人の男。
整った顔立ち。
年齢不詳の青年の姿。
だがその瞳は、深い。
リーデル冒険者ギルド長のアルヴェイン。
カイルが言う。
「銀嵐揃いました」
ギルド長はゆっくり頷いた。
「深層のミスリルゴーレムの討伐まずはお疲れ様でした」
「見事でした」
静かな声。
「街を代表して礼を言おう」
だが。
机の上の書類を一枚持ち上げる。
「本題は別だ」
ギルド長は言う。
「王都の冒険者ギルドから連絡が来ている」
空気が変わる。
王都。
この国最大の都市。
最大の冒険者ギルド。
ギルド長は続けた。
「今回のミスリルゴーレム討伐を報告した所」
「王都ギルドが興味を持った」
ドランが眉を上げる。
「で?」
ギルド長は言う。
「銀嵐を王都へ招集したいそうだ」
部屋が静かになる。
ミレアが笑う。
「王都?」
ドランも笑う。
「面白そうじゃねぇか」
エドが腕を組む。
「噂には聞く」
セシルは少し緊張している。
カイルは少し考えた。
「……なるほど」
ギルド長が言う。
「どうする」
ドランが答える。
「行くだろ」
ミレア。
「決まりね」
エド。
「異論なし」
セシルも頷く。
「私も」
そして。
カイルの視線がレオンに向く。
少し沈黙。
カイルは言った。
「レオン」
「お前は連れていけない」
レオンは一瞬止まった。
「え?」
ミレアも少し驚く。
だが。
カイルは真面目な顔だった。
「お前はまだDランクだ」
「王都はまだ早い」
レオンは黙る。
カイルは続ける。
「実力の問題じゃない」
「立場の問題だ」
「王都の依頼はパーティー単位だ」
そして。
カイルは少し笑った。
「だから」
「レオン……お前のパーティーを作れ」
レオンが顔を上げる。
「……俺の?」
「そうだ」
カイルは言う。
「お前自身の最高のパーティーを作れ」
「前に出ろ」
ドランが笑う。
「もう十分やれる」
ミレアも頷く。
「レオンなら出来るわ」
エドが言う。
「新人にしたらめちゃくちゃ早いくらいだ」
セシルも優しく言った。
「きっといい仲間が見つかります」
レオンは少し黙った。
胸の奥がざわつく。
不安。
期待。
色んな感情。
だが。
少し笑った。
「……分かりました」
カイルが頷く。
「いい顔だ」
ギルド長も静かに言う。
「君の活躍は期待している」
「リーデルで経験を積んでください」
「そしていずれ」
「王都へ」
---
部屋を出る。
階段を降りる。
食堂の騒ぎがまた聞こえてくる。
ミレアが笑う。
「レオンがパーティー作るなんてね」
ドラン。
「楽しみだな」
エド。
「うちの新しい料理担当は必要だな」
セシルが笑う。
「間違いありません」
カイルは歩きながら言う。
「まずは」
「ミスリル装備の完成まで二ヶ月だな」
レオンは少し空を見上げた。
王都。
まだ遠い場所。
だが。
その前に。
やることがある。
仲間。
パーティー。
そして。
冒険者としての道。
レオンはゆっくり息を吐いた。
新しい冒険が。
ここから始まる。
---
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひブックマークをお願いします。
評価や感想もとても励みになります!
次回もお楽しみに。




