第45話 動き出す街
ギルドの扉を押し開けた瞬間、空気が肌を打った。
ざわめきではない。
緊張だ。
受付の前には人が列をなし、討伐依頼の紙が次々と貼り替えられている。
怒声と指示が飛び交い、普段は整然としているホールが、まるで前線の指揮所のようになっていた。
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「外縁警戒は中止だ!」
「単独依頼は凍結!」
「中層境界まで後退させろ!」
誰もが早口で、だが正確に動いている。
混乱ではない。
戦闘準備だ。
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受付の列に並ばずにグラードはカウンターに向かっていく。
「ギルド長に報告だ」
グラードが短く言う。
リズは即座に立ち上がった。
「お通しします」
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ギルド長室は、外の喧騒が嘘のように静かだった。
アルヴェインがゆっくりと視線を上げる。
「報告を」
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「グランザ級、一体討伐」
「…… で?」
「ああ」
一拍。
「さらに奥に“上”がいる」
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空気が沈む。
「気配の質は」
「重い。深層で何かいるな」
「災害級に近いか?」
「近いな」
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アルヴェインは迷わなかった。
「外縁から上層の警戒をDランクパーティー3名以上」
「中層境界までCランクパーティー3名以上」
「深層模討伐隊を三班編成する」
一拍。
「一班はドレイクに任せる」
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その名に、グラードがわずかに眉を動かす。
「……黒鉄のか」
「ええ。前線を張るには最適でしょう」
続けて。
「二班は君が率いなさい」
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グラードが鼻を鳴らす。
「ここからは現役の奴らの仕事だろ」
自分は引退した身だ、と言外に含める。
隻脚。
元Aランク。
今は武術指南役と料理長。
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アルヴェインは静かに言う。
「人手不足だ」
一拍。
「手伝ってくれ」
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短い沈黙。
そして。
「……仕方ねぇな」
肩を回す。
戦場の匂いを忘れてはいない男の動きだった。
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「三班は予備。状況次第で投入する」
「了解した」
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レオンは理解する。
これはもう修行ではない。
本物の討伐だ。
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ギルド長室を出ると、ホールの空気はさらに熱を帯びていた。
討伐隊の編成を伝えられている。
名前が次々に呼ばれ、冒険者たちが前に出る。
地図の前で指示が飛ぶ。
討伐隊の編成が進んでいる。
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「ドレイク!」
その名が呼ばれると、空気が一段引き締まった。
巨大な大剣を背負った男が、ゆっくりと前に出る。
黒鉄のドレイク。
無骨。
無駄な動きが一切ない。
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「一班を任せる」
職員の声に、短く答える。
「了解だ」
それだけ。
だが周囲が自然と道を開ける。
信頼がある。
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レオンはその背中を見つめる。
(やっぱり、遠いな)
だが、いつか届く。
そう思わせる距離でもあった。
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「レオン」
背後から声。
グラードだ。
「お前はこっちだ」
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地図台の横。
五人組が談笑していた。
空気が軽い。
緊急事態のはずなのに、どこか和やかだ。
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「お、来た来た」
中心に立つ男がこちらを向く。
軽く手を上げる。
にやっと笑う。
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「君が例の新人?」
明るい声だった。
鋭さより、柔らかさがある。
「グラードさんに毎日、殺されかけてるんだろ」
「死んじゃいねぇよ」
「グラードさんが気に入るなんて珍しいっすね」
「いい拾いもんをしただけだ」
「レオン、こいつらはBランクパーティーの銀嵐だ」
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「リーダーのカイルだ」
軽く頭をかく。
「まあ、そこそこ冒険者をやってる」
さらっと言う。
だが目は鋭い。
観察している。
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隣の大盾の男が呆れたように言う。
「そこそこじゃねぇだろ」
「うるせぇドラン。盛るな」
笑いが起きる。
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弓を背負っている女性が腕を組む。
「弓使いのミレアよ、新人って聞いてたけど、顔つきはまぁ悪くないわね」
カイルが笑う。
「大丈夫だぞ。俺たち優しいから」
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魔術師エドガーが静かに言う。
「優しいのは最初だけです」
「おい」
カイルがツッコむ。
また笑い。
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神官のセシルが微笑む。
「回復担当のセシルです、怪我だけはちゃんと治しますから安心してくださいね」
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空気が軽い。
だが不思議と安心感があった。
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「単独戦闘はできるらしいな?」
カイルが軽い口調で聞く。
「ああ」
「でもパーティーは別物だ」
一拍。
笑みが消える。
目が変わる。
「合わせられるか?」
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空気が一瞬で締まる。
さっきまでの軽さが消える。
これが本当の顔だ。
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「やる」
即答。
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カイルがニッと笑う。
「よし、気に入った」
手を差し出す。
「今日から銀嵐だ」
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握る。
その瞬間。
少し離れた場所で低い声が響いた。
「一班、出るぞ」
ドレイクだった。
大剣を担ぎ、振り返らず歩き出す。
部下たちが迷いなく続く。
−−−
カイルがその背中をちらりと見る。
「相変わらず無愛想だな、あいつ」
カイルが軽く笑う。
一拍。
「ちょっといってくる」
そう言って歩き出す。
周囲の冒険者たちがカイルに気づき、自然と道をあけていく。
−−−
Bランク同士の会話に割って入る者はいない。
ドレイクの背に近づく。
数歩の距離。
そこで声を落とす。
さっきまでの軽さが消える。
「上層から中層、荒れてるらしいな」
ドレイクが足を止める。
振り返らない。
「深層から押し出されてる。奥にいるぞ」
短い。
だが重い。
−−−
カイルが小さく息を吐く。
「災害級か?」
「可能性は高ぇ」
一瞬の沈黙。
そして。
「生きて帰れよ」
カイルの声は、もう軽くなかった。
ドレイクが片手を上げる。
「お前もな」
それだけ。
再び歩き出す。
そして出ていく。
扉が閉まる。
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静かな緊張が残る。
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カイルが息を吐く。
「さて」
振り返り、再び明るい顔。
「俺たちは俺たちの仕事だ」
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レオンを見る。
「派手なのはまだ早い」
「まずは連携確認」
一拍。
「でもな」
軽く笑う。
「楽しもうぜ?」
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