第44話 隻脚が踏み砕くもの
ドン……
ドン……
ドン……
振動が、地面の奥から伝わってくる。
ただの足音じゃない。
質量そのものが迫ってくる感覚。
木々の葉が微かに揺れ、枝に止まっていた鳥が一斉に飛び立った。
逃げている。
森が、道を開けている。
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グラードが剣を抜く。
静かな動作。
だが、その瞬間。
空気が変わった。
温度が落ちる。
呼吸が重くなる。
見えない圧が周囲を支配する。
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(これが……本気の構え)
まだ何も起きていないのに、本能が後退を命じていた。
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「下がれ」
短い。
逆らえない声だった。
数歩下がる。
それでも足りない気がする。
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次の瞬間。
木が一本、横倒しになった。
折れたんじゃない。
弾き飛ばされた。
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現れる。
黒い巨体。
グランザだ。
レオンが以前戦った奴よりも一回りも大きい。
「前に戦ったのは子供だったのか……」
緊張感が剣を握ろうとする手に伝わる。
筋肉が波打つ。
肩の高さだけで人の頭をゆうにこえる。
牙が光る。
そして、全身から溢れる暴力。
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魔物が止まる。
鼻を鳴らす。
土を削る。
こちらを測っている。
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その目が、グラードを捉えた。
空気が張り詰める。
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そして。
突進。
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爆音。
地面が砕ける。
土砂が後方へ弾け飛ぶ。
あの巨体で、この速度。
視界が追いつかない。
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(ぶつかる——!!)
だが。
グラードは動かない。
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直前。
わずかに重心を外す。
それだけ。
突進が身体の横を通過する。
風圧が叩きつけられ、息が詰まる。
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その瞬間。
剣が振られた。
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速すぎる。
見えない。
ただ。
空気が裂けた音だけが残る。
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次の瞬間。
魔物の牙が宙を舞った。
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血が遅れて噴き出す。
絶叫。
森が震える。
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(斬撃が……重い)
速いだけじゃない。
正確だ。
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「でけぇだけか」
グラードが呟く。
戦闘中とは思えないほど冷静だった。
呼吸すら乱れていない。
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魔物が怒り狂う。
痛みで理性が飛ぶ。
目が血走る。
地面を蹴る。
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再突進。
さっきより速い。
一直線にグラードに向かって。
回避不能に見える軌道。
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だが。
グラードが踏み込む。
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——ドゴン!!
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地面が耐えきれず陥没した。
隻脚とは思えない爆発力。
いや。
自由が利かない脚など関係ない。
純粋な筋力と技術の塊。
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剣が振り上げられる。
その瞬間。
初めて。
グラードの目が変わった。
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本気だ。
ほんの一瞬だけ。
「——終わりだ」
剣が振り下ろされる。
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轟音。
衝撃。
空気が押し潰される。
耳が遅れて悲鳴を上げる。
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次の瞬間。
魔物の巨体が地面にめり込んでいた。
頭部が砕け、地面ごと抉れている。
まるで隕石が落ちた跡のようだった。
静寂。
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風が遅れて通り抜ける。
血の匂いが広がる。
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グラードが剣を一振りする。
血が霧のように飛ぶ。
納刀。
それで終わりだった。
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「……見えたか」
「ほとんど見えなかった」
「それでいい」
一拍。
「見えるようになった頃には、もう一段上に行く」
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魔物を足で軽く押す。
動かない。
完全に絶命している。
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その時だった。
グラードの視線が森の奥へ向く。
止まる。
空気が変わる。
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数秒。
沈黙。
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「……チッ」
舌打ち。
初めて聞いた。
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背中の筋肉が、わずかに緊張する。
それだけで分かる。
さっきとは次元が違う。
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「帰るぞ」
「早いな」
「もう十分だ」
即答だった。
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「奥にいる」
短く言う。
「今のお前を連れてやる相手じゃねぇ」
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つまり。
グラードでも“面倒”と判断する何か。
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振り返らない。
もう撤退を決めている。
迷いが一切ない。
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理解する。
これが一流。
戦う強さだけじゃない。
退く強さ。
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森の奥を見る。
暗い。
静かだ。
だが確実にいる。
本物が。
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グラードが歩き出す。
歩幅がわずかに速い。
それがすべてを物語っていた。
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レオンは最後にもう一度だけ振り返る。
(いつか、追いついてやる)
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だが今はまだ基礎を徹底しよう。
その事実だけが、胸に重く残った。
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