第43話 初同行
朝靄がまだ街を薄く包んでいた。
通りを歩く人影は少ない。
だが、静かなのに落ち着かない。
昨日までとは違う朝だった。
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商人たちは早々に店を開けているが、声が小さい。
荷馬車の準備をする男が、何度も門の方を振り返っている。
兵士の数も増えていた。
槍を持つ手に、わずかな緊張が見える。
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(街全体が警戒している……)
まだ何かが起きたわけではない。
だが誰もが予感している。
森が、いつもと違うと。
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ギルド裏門の前。
グラードはすでに立っていた。
朝日に照らされた巨体は、まるで動かない岩のようだった。
剣だけが異様な存在感を放っている。
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「遅ぇ」
「鐘が鳴る前には来た」
「なら及第点だ」
それだけ。
振り返りもせず歩き出す。
ついて来ることを疑っていない背中だった。
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正門を抜ける。
門兵が姿勢を正した。
「グラードさん、外に出るんですか」
「ああ」
「今朝も外縁で騒ぎが——」
「知ってる」
短い返答。
だが門兵はどこか安心した顔をした。
この男が出るなら大丈夫だとでも思っているように。
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街道を進む。
石畳が終わる。
土の匂いが強くなる。
森が近づく。
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そして。
一歩踏み込んだ瞬間。
空気が変わった。
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温度が違う。
湿度が違う。
音が違う。
街の匂いが消え、土と葉の匂いに塗り替えられる。
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肌が粟立つ。
本能が囁く。
ここは人の領域ではない、と。
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「覚えとけ」
グラードが前を向いたまま言う。
「森に入る前から戦いは始まってる」
「気配の話か?」
「全部だ」
一拍。
「風、匂い、音、沈黙」
足を止めない。
「違和感を拾え。命拾うぞ」
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しばらく進んだところで、グラードが急にしゃがみ込んだ。
音がしない。
本当に隻脚なのか疑いたくなる。
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指先で土をなぞる。
折れた草を持ち上げる。
葉の裏を見る。
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「新しいな」
「足跡か?」
「ああ。群れじゃねぇ」
一拍。
「単体だ」
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背筋に冷たいものが走る。
単体で動く魔物は——強い。
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「だが逃げてる跡だな」
「……追われてるのか」
「そうだ」
立ち上がる。
視線が森の奥を射抜く。
「つまり、この先に“追う側”がいる」
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剣の柄に手をかける。
だが。
「抜くな」
低い声。
「まだ早ぇ」
剣から手をはなす。
「抜くのは斬る瞬間だけでいい」
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外縁から上層に進む。
森が深くなる。
光が細くなる。
音が減る。
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静かすぎる。
鳥がいない。
虫の羽音すら遠い。
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(何かいる……)
理屈ではない。
体が理解していた。
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——ガサッ。
藪が揺れる。
反射で剣に手をかける。
だがグラードは動かない。
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次の瞬間、小型の魔物が飛び出した。
牙を剥く。
一直線に向かってくる。
速い。
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戦闘が始まる………
そう思った時には。
終わっていた。
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風が走った。
いや。
空気が遅れた。
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気づけば。
魔物が、止まっていた。
立ったまま。
そして——滑るように崩れる。
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首が落ちた。
一拍遅れて血が噴き出す。
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グラードはもう納刀していた。
剣についた血すら見えない。
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「……見えたか?」
「いや」
本当に何も見えなかった。
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「今はそれでいい」
淡々と言う。
「そのうち見える」
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魔物を見る。
抵抗すらなかった。
戦闘と呼ぶには短すぎる。
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(これが……上位の世界)
理解する。
今まで自分が戦っていたのは、入口だったのだと。
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「いいか、レオン」
グラードが言う。
「強ぇ奴ほど戦わねぇ」
「?」
「戦う前に終わらせる」
足で魔物を転がす。
「だから死なねぇ」
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再び歩き出す。
だが。
三歩進んだところで止まった。
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空気が沈む。
重い。
肺に入る空気が冷たい。
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「……来るぞ」
声が低い。
初めて。
グラードから“戦う前の気配”が滲んだ。
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ドン……
遠くで何かが地面を叩く。
また。
ドン……
一定の間隔。
重い。
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心臓が跳ねる。
この圧。
覚えがある。
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(グランザ級……いや、それ以上か?)
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木々の奥で影が揺れる。
枝が折れる音。
鳥が一斉に飛び立つ。
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グラードが、ゆっくり剣を抜いた。
朝日を反射し、刃が白く光る。
構えが変わる。
重心が落ちる。
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本気だ。
言葉がなくても分かる。
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「下がってろ」
短く言う。
「これは——少しでけぇ」
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影が動く。
森が揺れる。
ただ近づいてくるだけで分かる。
強い。
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レオンは剣を握る。
汗が掌に滲む。
だが目は逸らさない。
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理解していた。
ここから先が、本当の戦場だと。
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