第42話 隻脚の鬼教官
この一週間。
毎日、グラードに殺されかけている。
比喩じゃない。
本気で、今日が最後かもしれないと思わされる瞬間が何度もあった。
そして——今もだ。
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剣が振り下ろされる。
空気が裂ける音が聞こえた。
速い。
重い。
逃げ場がない。
反射で剣を合わせる。
直後、衝撃。
腕の感覚が吹き飛んだ。
骨が軋む。
握力が消える。
世界が揺れる。
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気づけば宙にいた。
次の瞬間、背中から地面に叩きつけられる。
肺が潰れる。
空気が出るのに、入ってこない。
呼吸ができない。
視界が白く滲む。
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(……死ぬ)
毎回、剣が落ちてくるたびにそう思う。
だが死なない。
ギリギリで止まる。
いや——止められている。
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ギルド裏の訓練場は、異様な静けさに包まれていた。
本来なら新人たちの掛け声が響く場所だ。
だが今は違う。
誰も声を出さない。
いや、出せない。
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端で連携確認をしていた新人パーティーが、完全に動きを止めていた。
「……なあ」
「なんだよ」
「アレ、本当に訓練か?」
「処刑に見えるんだが……」
顔が青い。
一人は無意識に後ずさっていた。
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「次」
グラードの声が落ちる。
低い。
感情がない。
息一つ乱れていない。
隻脚とは思えない踏み込み。
むしろ、二本足の誰よりも速い。
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立て。
体が拒否する。
腕が震える。
足が重い。
剣が、まるで鉄塊のようだった。
だが——立つ。
倒れたまま終わるのだけは嫌だった。
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踏み込む。
振る。
視界の端で、グラードの肩がわずかに動く。
次の瞬間、剣が弾かれた。
軽く。
まるで子供の枝でも払うように。
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腹に衝撃。
音すら遅れて届く。
景色が歪む。
また空が見えた。
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地面を転がる。
砂が口に入る。
吐き出す余裕もない。
そのまま、重く瞼が閉じていく。
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「またですか……」
呆れた声。
白い法衣の神官が、両手で頭を押さえていた。
「グラードさん!!」
叫ぶ。
「毎日死にそうな人をよこさないでください!」
「死にそうなだけだ」
即答だった。
「死んでねぇ」
「問題はそこじゃありません!!」
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神官が乱暴に手をかざす。
「ヒール!」
光が降りる。
温かい。
裂けた皮膚が閉じる。
軋んでいた骨が静まる。
痛みが引いていく。
まるで時間が巻き戻るようだった。
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(魔法って、本当に反則だな……)
何度体験しても慣れない。
これがなければ、とっくに動けなくなっている。
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「いいですか!」
神官が指を突きつける。
「怪我は治りますが、体は確実に消耗しています!筋繊維も悲鳴を上げています!無茶を続ければ取り返しが——」
最後まで聞かず、立ち上がる。
剣を拾う。
重い。
だがさっきより握れる。
足も動く。
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歩く。
グラードの前へ。
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「話聞いてました!?」
ほぼ涙目だった。
新人たちがざわつく。
「戻っていったぞ……」
「嘘だろ……」
「正気か、アイツ……」
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グラードの目が、わずかに細くなる。
「いい目だ」
短く言う。
「ようやく“冒険者の目”になってきた」
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剣を構える。
腕が震えている。
呼吸が荒い。
心臓が暴れている。
それでも——
怖くない。
いや、違う。
恐怖が消えたわけじゃない。
飲み込んだ。
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「来い」
踏み込む。
地面を蹴る。
振る。
弾かれる。
だが終わらない。
すぐに足を動かす。
体勢を戻す。
もう転ばない。
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その瞬間。
グラードの踏み込みが変わった。
速い。
さっきまでとは別物。
見えない。
だが——
(読める!!)
半歩、ずれる。
風が頬を裂いた。
髪が舞う。
剣が空を切る。
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初めて、完全に躱した。
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訓練場が凍る。
「避けた……」
「今の見えたのか!?」
新人の声が震える。
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だが次の瞬間。
肩に衝撃。
吹き飛ぶ。
地面を転がる。
「まだ甘ぇ」
声が降る。
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それでも。
口元が緩んだ。
(見えた……!)
一瞬だけ。
だが確実に。
あの速さに触れた。
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「いいか、レオン」
グラードが言う。
「強ぇ奴ってのはな——」
一拍。
「死なねぇ奴だ」
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単純だった。
だが、真理だった。
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「森はまだ荒れる」
続ける。
「これからは“戦いながら覚える”段階だ」
剣を肩に担ぐ。
「基礎は終わりだ」
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心臓が大きく打つ。
次の言葉を、本能が待っていた。
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「明日からは実戦を混ぜる」
静かに言う。
「雇われ依頼に同行しろ」
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空気が変わる。
新人たちが息を呑む。
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「ついてこれるか?」
「もちろんだ」
即答だった。
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グラードの口の端がわずかに上がる。
「なら来い」
一拍。
「死ぬなよ」
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その言葉が、何よりも重かった。
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嵐が来る。
だがもう、立つ準備はできていた。
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