第八十八話 火山への道のり
ルドルフとアクィラだけで赤竜のところへ行く、という話を聞いて、セラだけでなくラエルとバルドもショックを受けていた。てっきり王都まで来た全員で行くと勘違いしていたのだ。ルドルフも説明不足を反省したが、一度も彼らを連れていくと言った覚えはない。
勘違いの最初は、ルドルフからゲルナロ火山へ行くと聞かされたベルタが「ちょうどあたしらもメアの故郷まで行く用事ができたとこだったんだ。王都まではいっしょに行こう」と荷造りを始めたことによる。セラは自分も行っていいものかルドルフに聞こうと思っていたが、それを見てどうやら全員で火山に行くのだと勘違いして、黙って自分の荷造りを始めた。
またアリアナはセラの今後を考えて魔術師ギルドの本部へ登録と顔見せに行くことを以前からルドルフと話していて、荷造りを始めたセラを見てアリアナの方はルドルフがそれを話したのだと思ったし、ルドルフの方はアリアナが話したのだと考えた。
そしてルドルフから同じく話を聞かされたマルクが「ちょうど王都を拠点にバルドの従士を探せたらと思っていたんです」と王都まで行く準備を始め、急ぎ馬車やら食糧やらを手配しに行く途中でそれをバルドに伝えた。その伝達があまりにずさんだったためバルドが勘違いした。
最後にラエルはといえば、セラとバルドが行くなら自分が行かないはずはないと無邪気に信じ込んでいた。アリアナとルドルフの中では、ラエルはセラとともに王都で留守番させておく心づもりであった。
要するに目的を伝える側の誰もが言葉足らずであったり、ほかの誰かが詳しく説明しているのだろうと思っていたのである。
ルドルフはにわかに曇った子供らの機嫌を取ろうとあちこち買い物したり、できるだけ言うことを聞いてやった。事が終わったら代わりにどこかへ遊びに行こう、などという話もした。
しかし宿に帰るとその試みも空しく終わったことが明らかになった。
「僕も赤竜に会いたい!」
ラエルがわめいた。バルドも口には出さないが目では同じことを訴えている。
「すまないが駄目だ。大人数で押し掛けてギギゼラを変に刺激したくない。それに万が一にも竜に襲われたらお前たちを守れるかわからない。ラエルも竜の怖さを知らないわけじゃないだろう?」
ルドルフからそう言われるとラエルもバルドも恐怖の表情を浮かべた。黒竜に脅された時のことをまざまざと思い出したのだ。
それでラエルとバルドはしぶしぶ引き下がった。が、セラだけはとことん譲らなかった。
「私だったらいざとなれば転移魔術で逃げられるし、それに結界の指輪もあります。絶対に迷惑はかけないので私もいっしょに行かせてください!」
セラはすっかり子竜に感情移入しており、その子竜を救うためには絶対に自分が行かなければならないと考えているようだった。そのためには危険を冒すことも辞さない構えだ。単に赤竜への興味の方が強い二人とはやや思い入れが違う。これはちょっとやそっとじゃ折れないかんじのセラさんである。
先ほどはああ言ったルドルフだが、実際は戦いになる心配はしていないし、ギギゼラを訪ねるのにさほど危険があるとは思っていない。心配しているのはあくまでギギゼラの機嫌を損ねて交渉に不利となることだ。でもまあセラならその意味では大丈夫そうか。
「うーん……まあギリギリ三人くらいまでならいいか。わかったよ。その代わり、もし俺が逃げろと言ったら理由がわからなくてもすぐに転移魔術を使え。それが約束できるなら連れて行ってやろう」
ルドルフはため息交じりにセラの同行を許可した。セラの表情がぱぁっと明るくなる。
「ずるいずるい! セラだけずるいよ!」
しかし先ほどはいったん引き下がったラエルが、セラだけいっしょに行くという話になってまた駄々をこねて騒ぎ出した。全員で代わる代わるなだめてなんとか黙らせたが、その表情と態度からはまだ不満がにじみ出している。一方でバルドは少し寂しそうにしていたが、一応納得して諦めたようであった。
翌朝、ルドルフとセラそれにアクィラは再び馬車に乗って、王都の北門から出発した。ゲルナロ火山までは馬車で五日、それから徒歩で二日の道のりだ。
セラは昨日のこともあって朝のうちはややキリっとした顔をしていたが、ルドルフとアクィラは王都までの旅と変わらず気楽な雰囲気だった。
「おいおい、そんなこっちゃ赤竜に会うまでに疲れっちまうぞ」
そうアクィラに言われるとセラの気も緩み、いつしか旅の楽しげな表情に戻った。馬車も日中ずっとぶっ通しで走らせるわけではない。馬を休ませるついでにところどころで道草を食った。夏の暑さもまだ大したことはなく、馬車の幌の作り出す日陰にいればちょうどいいくらいの快適な気候だ。木々はまだ新緑の青さを残している。
街道はなだらかな丘陵地帯を伸びている。はるか行く手にあるはずのゲルナロ火山はまだ遠すぎて見えない。右手には大陸の西部と中部を隔てる山脈が近く、その青く見える山々の頂にはまだ白い雪の筋が残っていた。セラが初めて見るものについて興味の赴くままに色々尋ねると、ルドルフとアクィラはそのすべてには答えられなかったが、知っている限りのことを教えてやった。
そんな風に進んだその日の夕方前、何ごとかアリアナが馬を駆って馬車に追い付いてきた。
「バルドとラエルを見なかったかしら?」
朝からずっと彼らがいないのだという。昼になっても姿が見えないままなので、全員が総出で探す騒ぎになっているということだった。
ルドルフはまさかと思いつつ一応馬車の幌の上や車の下などを確認してみる。二人して馬車にへばりついていっしょに来ているということはなさそうだった。まあそんなことはバルドならともかくラエルにはとても無理か。
「拗ねたラエルがバルドをひっぱりまわして王都を遊びまわってるんじゃないか? 小遣いがなくなって腹が減れば帰って来るだろう」
「まあ、私もそう思っているけど。もし王都にいないならあなたたちについて行ったんじゃないかと思って、念のため見に来たの」
王都の外に出た可能性も考えて一応マルクが確認を取ったが、王都の馬貸しでは居なくなった馬も馬車もないと言うし、個人の持つ馬が盗まれたという話も今のところはない。徒歩だとすれば王都から出たとしても行ける範囲もたかが知れている。人並み外れた体力を持つバルドならともかく、ラエルがいっしょではそこまで遠くには歩けないはずだ。それに家出にしたって行く当てもない。
おそらくは王都の中にいると考えるのが妥当だ。
そう結論が出ると、アリアナはすぐに馬を返して来た道を戻って行った。ルドルフとセラはじきに暗くなるのでこの先でいっしょに野営してはどうかと勧めたが、この忙しいエルフが耳を貸すことはない。
「ガキのお守りは大変だねぇ」
アリアナを見送ったアクィラが他人事のように言った。
* * *
馬車が遠く去ったあと、茂みからラエルが姿を現した。そのあとから続いてバルドも出てくる。
「危なかったぁ。風の精霊が教えてくれなかったら見つかるところだったよ」
後ろからアリアナが来るのを察知して隠れていたのだ。
実のところラエルとバルドは朝から馬車の後をつけていた。そして精霊の力で気配を隠し、誰にも気づかれることなく追跡を成功させていた。
「なぁ、こんな風にみんなを心配させていいのかな?」
バルドが言った。
「今さら何言ってるんだよ。ここまで来たらどうせ怒られるのは同じなんだから、行くところまで行くしかないだろ」
ラエルはとことんまでやる気だった。
「それに従士のことなら僕が従士になってやるって言ってるんだから。バルドがやらなきゃいけなかった仕事はひとつ解決だろ? それでできた時間の分、僕らは多少勝手にやったっていいはずだ」
あわよくばそれとこれとで叱られるのがチャラにならないかとすら期待している。
「よく考えたらラエルに従士なんてできるのか心配になってきた。神子の使命は遊びじゃないんだぞ」
「僕はいつだって真面目さ。そうだろ相棒」
バルドが不安を口にすると、ラエルはことさらに気取って言った。
「なんだよ相棒って」
ぶっきらぼうな口ぶりながらも、バルドの表情はどこか明るい。
「いいから行こうよ。ほら」
ラエルがそう言うと、バルドは黙ってうなずき、その背にラエルを乗せた。おぶさったラエルは二人分の荷物でパンパンに膨らんだ背嚢を背負っている。
ラエルの脚力ではとても徒歩で馬車についていくのは無理だ。しかしバルドの脚力ならば造作もない。そしてバルドの腕力とスタミナは一日中ラエルを運んで進むことを苦にしなかった。ルドルフもアリアナもバルドの力を正しく評価できていなかったのである。




