第八十七話 王都マクベルン
バルドとラエルは初めて訪れた王都のスケールを前に圧倒されていた。セラは前に聖都に向かう途中で一度寄ったことがあるので、そんな二人に対してなぜかやや得意げだ。とはいえ、実のところはセラもほぼ通り過ぎただけで、言うほどに王都のことを知っているわけではない。
王都マクベルンの周りをぐるっと囲んでいる城壁はグラナフォートのものよりずっと高く、城門の構えも華々しく立派だ。門を入るとまず大きな広場があり、そこから広い大通りが見渡す限り伸びている。広場の縁や大通りに沿って並んだ石造りのきれいな建物には、様々な商店が軒を連ねていた。
行きかう人の数もグラナフォートでは見たことがないほどに多く、目につく場所はどこも活気に満ちていた。セラが改めてアリアナに聞くとざっと十倍以上の人が住んでいるということであった。
何もかもが目を見張るスケール感である。
一行は夕方前にマルクが手配した宿に入り、その日はそのまま宿に落ち着いた。それほど高級なわけではないが、建物の雰囲気は清潔で明るく、従業員はみな親切で気持ちのいい宿だ。マルクは宿の主人と親しげに話し込んだあと、夕食も食べずに昔の知り合いに挨拶してくると言って出て行ってしまった。てきぱきと忙しい男である。
翌朝、ルドルフとアリアナはそわそわする子供たちを連れて王都見学としゃれこむことにした。アクィラもついでについてきている。
ダンジョンでやきもきして帰りを待っているであろうエレイースには悪いが、今日を挟んで明日にはまた馬車に揺られることになるので、多少の骨休めは勘弁してほしい。それに必ずしも遊びに行くばかりではなく、今後のことを考えてやっておきたいことも、今日の予定には含まれている。
見学一同は目的の中心街へと向かった。歩いて行けない距離でもないが、誰もがそうするように辻馬車に乗る。馬車の上からラエルが何かを見つけて指差すたび、セラとバルドもそれを見て興味深そうに声をあげていた。
やがて町の中にあるもうひとつの城門をくぐるといよいよ中心街に入った。伸びる通りのはるか先に王城が見える。
「お城だ! あそこにも入れるの? 僕お城にも行ってみたい!」
「どうどう。さすがに城の中に入るのは無理だなぁ。王の住む場所だから。用もないのに近くをうろついてると衛兵に捕まってしまうぞ」
はしゃぐラエルを仮面のルドルフが抑える。
「今さらだけどあんた、王都の結界もごまかせたのね」
「まあな。魔物除けの結界はだいたい同じ魔道具を使っているからな」
思い出したようなアリアナの疑問に答えたルドルフの言葉は、衛兵に聞かれると捕まりそうな内容だった。
中心街は活気がありながら少し上品な雰囲気が漂っていて、居並ぶ店の品々も最上級の質だ。その中に若い女性向けの服を売っている店を見つけたアクィラはルドルフに小遣いをせびった。
「アクィラだけ、ずるい!」
ラエルがそんな駄々をこねている間に、彼女は一人姿を消してしまった。たぶん彼女は服屋をずっとはしごするに違いない。二百年以上にわたってまともな服と無縁であった彼女は、ここ最近まるで服の収集家のようになっている。
アクィラについて行き損ねたラエルがさらにうるさくなったので、ルドルフはラエルではなくバルドを呼んで小銭を握らせた。
「これで二人して買い食いでもしててくれ。俺たちは先にセラの用事を済ませてくる」
ここ王都の中心街には冒険者ギルド、魔術師ギルド、商人ギルド、神殿など様々な組織の本部や重要支部が存在している。ルドルフたちはそのうち魔術師ギルドの本部に向かった。この大陸どころかほかの大陸まで含めた世界中、すべての魔術師ギルドの総元締めである。
魔術師ギルドはその名の通り、魔術師たちのための組合であり、会費を収める代わりに会員の魔術師たちに様々な便宜を図ってくれる。ギルド内の資料の閲覧の許可や案内、習得する魔術に関する助言、魔術師への依頼の取り次ぎから、魔術師が関わるいざこざの調停などなど。これから魔術師になりたいという者に対しても門戸を開いており、小規模ながら魔術の教室なども設けていた。
その本部の建物はさながら高級な宝飾店のような店構えをしていて、中に入るとそこは広々としたロビーである。受付のカウンターがあり、幾人かの老若男女が銘々にソファに腰かけて受付に呼ばれるのを待っていた。
建物全体は大きな正方形で、一階はそれを四つに等分したような構造をしている。同じ広さの正方形のスペースがほかに三つあり、うちふたつでは各種霊薬や魔道具が商品として見栄えよく陳列されていた。残るひとつは事務室などの細かい部屋にさらに分かれていて、一般の訪問者は立ち入ることができない。
「ギルド長のスクアージに会いたいのだけれど」
アリアナはまっすぐ受付に向かうとギルド長を呼びつけた。本部のギルド長は全魔術師ギルドの総会長でもある。物静かな受付の女性はゆっくりとカウンターの奥に入っていき、しばらくするとどことなくネズミを連想させる顔立ちの老人とともに戻ってきた。
「おお、これはアリアナ様。スクアージでございます。こんなところではなんですから、ともかく奥へどうぞ」
腰の曲がった老人は機嫌よくそう言うと、アリアナとともにルドルフとセラを奥の特別な応接室へと案内した。
「それで、今日はどんな御用ですかな」
挨拶のあと軽い世間話を親しげに二言三言交わすと、スクアージはアリアナの用件を聞いた。
「今日はこの子の顔を見せに来たの。しばらく出入りするかもしれないのでよろしく頼むわ」
「もちろん。アリアナ様の紹介なら大歓迎でございます。セラさん、失礼ながら魔術師ギルドの会員にはなっておりますかな?」
セラは冒険者ギルドには登録しているが、魔術師ギルドには登録していない。グラナフォートにも魔術師ギルドの支部はあるのだが、小さくて目立った活動もしていないので、セラはその存在に気づいてもいなかった。
「なっていません」
申し訳なさげに言うセラにスクアージは優しく微笑むと「では」と言ってその手続きとギルドの説明から始めた。本来は受付の者がするような事務的な説明を、スクアージは嫌な顔一つせずにむしろ嬉々として行う。スクアージは少女であるセラにも腰が低く、セラはかえって緊張してしまった。聞いた内容がきちんと頭に入っていたかも怪しい。最後に言われるまま入会の書類にサインした。
「これでセラさんも魔術師ギルドの一員じゃ。用意させておくのであとで受付の者からギルド証を受け取ってくだされ」
スクアージはそのあと自らセラを連れ立ってギルドの建物の中を案内した。一階は先ほど見た通りだが、二階と三階には膨大な書物を収めた書庫があり、それらを閲覧するための机や椅子が本棚の間に置かれている。
書庫でスクアージはどこにどういった本があるかをざっと説明してくれた。セラはその内容を興味深く聞きながら、本棚にぎっしりと並んでいる書物に目を輝かせている。ルドルフはそんなセラを見て、ここに連れてきたのは正解だったなと考えた。
「アリアナ様が来ると、デダルス会長のことを思い出し懐かしくなります。また近くに来たら用がなくても是非寄ってくだされ。酒も用意しておきますゆえ、たまには思い出話でも」
別れ際にスクアージがそんなことを言った。
ルドルフの友人でありかつての従士仲間でもあるデダルスは、極北の魔王の大戦で絶えかけた魔術師ギルドを再建した先代のギルド総会長だ。ずっと前に海竜との戦いで亡くなったことになっている。
真実は時を操る魔術で若返って自らの研究に邁進しているのだが、ギルドの知り合いには何も知らせていないようだ。若返る前はよくギルドの仕事やもろもろのしがらみで研究の時間が圧迫されることに恨み言を言っていたので、さもありなんといったところであろう。
ルドルフとスクアージも実はちょっとした顔見知りなのだが、ルドルフが認識阻害の面を付けていることもあって、スクアージは最後まで同行する男がルドルフとは気がつかなかった。
「これで俺がいない間は魔術師ギルドで学ぶことができるな。スクアージもあれで最上位の魔術師だから、わからないことがあれば色々と聞くといい」
魔術師ギルドを出たあと、歩きながらルドルフがセラに言った。
「師匠がいない間?」
セラはわからない顔で聞き返した。
「俺がギギゼラのところに行っている間だ」
「えっ? 私は? 赤竜のところへはみなで行くんですよね?」
立ち止まったセラはまだよくわからない顔で聞き返す。
「いや、行くのは俺とアクィラだけだ。二人でサッと行ってくるよ」
ルドルフは軽い調子でそう言った。




