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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第二章 聖剣の神子

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第七十五話 焼け跡にて

 焼け跡の広がる静かな村の中に、いくつかの家が嘘のように無傷で立っている。そのうちのひとつにアリアナとルドルフは入っていった。


 窓から冬の午前の陽が差し込み、反射し、部屋の中は透明感のある光に満たされている。


 その部屋の奥で椅子にふんぞり返って座るのは、業火の神子アクィラ。数日前にルドルフにここで待てと言われてからずっと動かずここにいる。先日戦った時のままのあられもない恰好をしていて、腹には風穴が空いている。右腕が肩からなくなっているのもそのままだ。三叉鉾が近くの壁に立てかけてある。


「アクィラ。まさかこうしてまた話せるなんてね」


「おう、アリアナ。久しぶりじゃねえか。デンゼルの野郎は元気か?」


 座ったまま皮肉な笑みで見上げるアクィラと、腕組みしながら神妙な顔で見下ろすアリアナ。アクィラは二百五十年前の神子だが、エルフのアリアナとは旧知の中である。


「残念ながらデンゼルはもう死んだわ。六十年ほど前にね。そんなことよりあなた本当にアクィラ? だいぶ変わったわね」


「そりゃあ宿敵と名指しにしていた相手の手先になって二百五十年もこき使われればやさぐれもする。だがまあ見た目は別に変わってないだろ? 年も取らないんだからな」


「顔にすっかり狂相が染みついてるわよ」


「なんだよ生きて戻ったことを素直に喜んでくれてもいいだろ? 生きてなくて死んでるけど」


 アクィラがケケケと笑うとアリアナは大きくため息をついた。ルドルフもたまに言うアンデッドジョークだ。


「まあ、あなたが戻ってくれたことは実際喜ばしいわ。アンデッドになった者を取り返せるだなんて考えてもみなかった」


「それよ。そっちこそ見ない間にずいぶんといいお友達ができたみたいじゃないか。驚いたぜ。リッチに対抗するにはリッチってわけか? エルフがアンデッドに頼るとは世も末だな」


「二百五十年も経てば面白い友人の一人や二人はできるわよ」


 アリアナがフフッと笑った。アクィラがおやっと変なものでも見たような顔をする。


「そんなことより聞きたいことが山ほどあるの。悪いけど旧交を温めるのはその後でいいかしら?」


「はいはい、尋問のお時間ってわけね」


 それからアリアナはアクィラに今回の顛末を尋ねた。死霊国側から見た顛末だ。


 まずなぜ今のタイミングで聖剣の神子を狙ってきたのかという話。


 アクィラがサイラスたちに告げたように、そもそもの発端は神殿が聖剣の神子によるリッチキング討伐を喧伝したことにある。とはいえ当初はリッチキングもさほど関心を持たなかったようだ。


 それが変化したのは、北方のとある女ヴァンパイアが、聖剣によって滅せられたという話を伝え聞くに至ってからだ。リッチキングはそれで聖剣の神子の排除を決意したのだという。


 リッチキングも知るそのヴァンパイア、ディーネシアはそれだけ強大な存在だった。彼女はヴァンパイアの中では最上位の真祖である。眷属たる無数のヴァンパイアを従える吸血鬼の王。高位の魔術師がアンデッドとして転化した異形。それはリッチと並び立つ不死の頂点でもある。それを完全に滅ぼしてしまうとなると、とても偶然や幸運でなせる業ではない。


 そうして聖剣は侮れぬと警戒を高めたリッチキングが計画したのは、サイラスをひそかに待ち伏せて殺すことであった。手っ取り早く暗殺してしまおうというのだ。幸い人間たちには毎年決まった行動パターンがある。春のアンデッド掃討に来たサイラスを押し包んで討ち取るため、死霊国は万全の準備を進めた。宿将レーゼカインならば確実にその首を持ち帰るであろう。


 しかし計画を実行するとその宿将がなぜか返り討ちにされるという憂き目にあった。聖剣の神子の戦力を見誤っていたのか。とにもかくにもリッチキングは最古参の宿将が討たれたことに慟哭し、激怒した。そして人間たちとの全面戦争すら辞さぬ覚悟をもって本格的に兵を進めたのだった。


「ま、本格的とはいっても、尖兵として使い捨てにしても惜しくない兵力だけどな。敵の駒を再利用した神子のアンデッドに有象無象のゴブリンゾンビどもだ」


 ルドルフとアリアナは、リッチキングが割と人間らしい理性と感情を保って動いていることに驚いた。もっと計り知れない超然とした行動原理で動いているものと思っていたからだ。


「今ごろはエゼルが聖剣の神子を殺したとリッチキングに報告してるだろうよ。王様も留飲を下げてこっちへの関心はもうなくしてるんじゃねえかな」


 にわかにリッチキングと死霊国の脅威度を上方修正したアリアナにとって、それはせめてもの朗報だった。


「ちなみに侵攻が秋まで遅れたのはアタシの功績だぜ。ずっと西の方で魔物と戦ってたところを呼び戻されてな。できるだけ『速く』帰ってこいって言われたんで、あちこち迂回しながら速く走ってたっぷり半年かけたからな。アンデッドの体は疲れねえのがいいところだ」


 アクィラはそのバカバカしい所業を誇り、得意げに胸を張った。


 彼女はリッチキングが作り出した意思のあるヨミガエリだ。生前の人格を残して自ら考え行動することができるため、アンデッドになる前に持っていた高い能力をほぼそのまま使うことができる。


 一方でこのように意志のあるアンデッドを支配するのは人間に言うことを聞かせるのと同じような面倒さをともなう。命令に逆らうことはできないが、建前さえ通せばできるだけ曲解して足を引っ張ることはできるのだ。


 それを嫌って意志のないゾンビにしてしまえばその能力は大きく弱体化することになるため、利用価値との天秤にかけると使う側にとっては悩ましいところだ。アクィラはそのようなリッチキングの判断の狭間で最大限の抵抗をしていた。


「で、村を燃やして聖剣の神子を誘き出せってのがリッチキングの命令だ。村が燃え尽きたら次の村もどんどん燃やしてけって言われてな。けどそんなこと言われたら一軒一軒じっくり丁寧に燃やしてやらないとだよなあ!」


 加えて死んだ人間の死体を燃やしてアンデッドが増えないようにしたのも、彼女なりのサービスの一環らしかった。


 業火の神子という大きな戦力を取られたことで、リッチキングがまた何か報復してくるのではないかとルドルフは危惧していたが、アクィラの様を見るに、どうやらそれはなさそうに思えてきた。リッチキングとしても厄介払いできたと考えているかもしれない。扱いにくい駒ひとつであの恐ろしい聖剣の脅威を排除できたとしたら、それは十分に見合う収支だ。少なくとも自分ならばそう考える。

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