↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第二章 聖剣の神子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/419

第七十四話 今際の願い

「なかなか粘るじゃないか。いいね、いいね。もう少し遊んでやろうか」


 にやつくアンデッドの少女の言葉が終わらないうちに、ルドルフは闇の中から踊り出し、彼女めがけて猛然と距離を詰めた。


 少女はすぐにルドルフに気づいたが、意外なことに棒立ちのままだ。


「なんだこいつ。こんな奴いたか?」


 怪訝な顔をしてこちらを見ている。


 彼女のそのすぐそばにサイラスとエレノアの姿があり、聖剣旅団のほかの三人も散らばって倒れている。それはルドルフから見ると軽く人質を取られているような位置取りになっていた。巻き込むような範囲魔術は使えないし、ピンポイントの攻撃魔術も一撃で仕留められなかった場合を考えると最適解《さいてきかい》とは言い難い。


 ゆえにルドルフは相手が考えをまとめる前に取っ組み合って突き放すのが妥当と考えた。接近して少女の残った方の腕、左腕をつかむ。次いで首も。そのまま押し込んで倒れている者たちから距離を取る。


 この過程で炎の攻撃を受けるのは覚悟の上だ。ルドルフは自分にもすでにレジストファイアの魔術をかけている。リッチ持ち前の魔術抵抗力と合わせてもあの炎は完全には防げないかもしれないが、さほど長い時間耐える必要はない。周りに気兼ねなく魔術を行使できる位置に移動さえできればいいのだ。


 しかしルドルフが巡らす思いとは裏腹に、相手からの攻撃はなかった。


「チッ、敵かよ。神殿の側になんでお前みたいなアンデッドがいるんだ」


 ようやくルドルフが敵であることに気づいた彼女は手を振りほどこうとするが、その力は弱々しい。ルドルフは相手が強く抵抗しないことを訝しく思いつつも、華奢な少女の腕をきしむほどに強く握りしめ、か細いその首にかけた手にも力を込める。そしてこの好機を逃すまいと素早く呪文を唱えた。


 その魔術が発動した瞬間、少女は何か衝撃を受けたかのように目を見開き、ややあって自嘲の声をあげた。


「こいつはケッサクだ。お前が新しいご主人様ってわけかい? アタシも安い女になったもんだ」


 今や目の前のアンデッドはルドルフの支配下にあった。


 魔術ドミネイトアンデッド。それは対象のアンデッドを支配し下僕とする死霊魔術である。強力なアンデッド相手にこの魔術を成功させることは難しいが、ここまで無防備な相手に、ここまで接近して術を行使できれば、それは不可能なことではない。今や業火の神子の主は、リッチキングからこのしがないリッチへと上書きされていた。


 名前と素性を尋ねて相手が何者かを把握したルドルフが命令した。


「業火の神子アクィラ、お前に命ずる。村にいるゾンビどもをすべて焼き尽くしてこい。できる限り迅速に。ただしほかは一切燃やすな。人間は絶対に傷つけるな」


 不服そうにしていたアクィラの目の色が、そのルドルフの一言で変わった。


「そりゃ悪くねえなぁ! そいつはアタシの得意だ!」


 アクィラは歪んだ笑みを浮かべて返事を返すや否や、ルドルフが姿を現した方へ飛ぶように走っていった。


「師匠!」


「すまん。遅れた。ラエル、お前はあとで説教だからな」


 ルドルフは寄ってきたセラたちに声をかけると、足早にサイラスたちのもとへと向かった。


 宵闇の暗がりの中、血だまりに座り込んだエレノアがサイラスを治癒しようと必死に法術をかけている。どうやらそれはわずかにサイラスを延命することには成功していた。しかし彼女の力では胸の大穴を塞ぐには至らず、流れ出すおびただしい血とともにサイラスの命は失われつつある。


「エレノア、もう、いい……この傷は治せない」


 言うなりサイラスはごほっと小さく血を吐く。エレノアはその言葉を無視して法術をかけ続ける。その両目からは先ほどからずっと大粒の涙があふれ続けている。支え合って立ちそれを見下ろすリズとルインも静かに泣いていた。ザイオンは黙って帽子を目深に佇んでいる。


 ルドルフの目から見てもサイラスはもはや助からない。今も生きているのが不思議な有様である。


「だが……まだ私にも、運はあるようだ」


 そのサイラスは笑みを浮かべつつ自分を見下ろす巨大な骸骨を見上げた。その言葉はたどたどしく弱々しいが、瞳にはまだ力がある。


 彼はルドルフを見つめたまま、聞いた者すべてが耳を疑う言葉を絞り出した。


「リッチ殿、俺をアンデッドに……してくれないか」


「……」


 ルドルフはとっさに何を返すこともできない。


「あのアンデッド、神子の異能を、使っていた。ならば、私もまだ聖剣を……」


 サイラスはそこまで言うと血でむせて咳き込んだ。咳が止むと最後まで言葉をつなげた。


「使える、はずだ」


 業火の神子アクィラはヨミガエリというアンデッドである。そしてたしかにアンデッドであるにもかかわらず神子の異能を使っていた。


 ルドルフはこの場でサイラスを望みの通りヨミガエリにすることができる。だがアンデッドに異能が使えたとしても聖剣の力が扱えるとは到底思えなかった。仮にその力を発揮できたとしても敵を滅ぼす前に己が滅びるに違いない。


 それは言葉通りに受け取れば死の間際の妄言《もうげん》にしか聞こえなかったが、その訴えかけるまなざしには何かこちらを強く説き伏せるような力があった。


「やめてください! それだけは。私があなたを必ず助けますから」


 エレノアは必死で繰り返し法術をかけている。精神力の限界を超えて法術を使い続けたその顔は瀕死のサイラスに負けず青白い。


 サイラスはそんなエレノアに弱々しく笑いかける。それから再びルドルフの緑に輝く目をまっすぐ見つめて真剣な表情で言った。


「私にはまだ……やるべきことが、あるんだ…………リッチキングを、倒さなくてはならない。そして……」


 ルドルフは静かに首を横に振った。


「お前の望みをかなえてやることはできん。言っただろう。俺は周りの誰が死んだとしてもアンデッドにする気はないと」


 人がアンデッドになるということはそんなに簡単なことではない。本人にとってもそうだが、それを実現するルドルフにとってもそうだ。生前の意思を持ったままとなればなおさらである。軽々しく背負うには重すぎる業だった。彼がむやみにアンデッドを作らない理由とはつまりそういうことなのだ。


「どうしてもか」


「どうしてもだ」


 見つめあったまま沈黙が続く。ルドルフはその沈黙に音を上げ、サイラスに問いを投げた。


「アンデッドになるということが、どういうことか理解しているのか?」


 サイラスは震える声で即答した。


「それがなんであろうと……私は、念願を果たすのみだ」


 死に瀕している者とは思えぬ静かな気迫が伝わってきた。それに対してルドルフは何か答えなければと思ったが、言葉を見つけることができなかった。ルドルフの眼窩の炎が小さく揺れる。何かに思い悩んでいる時このリッチの目はこういう表情を出す。


 そうこうしているうちにサイラスは無言で瞑目《めいもく》し、そのまま眠るように動かなくなった。法術を使い続けてついに力尽きたエレノアが気を失い、寄り添うように血だまりの中に倒れた。ザイオン、リズ、ルインはなすすべなく立ち尽くすしかなかった。


 時が凍てついたような静けさが流れる。その静寂の中、ルドルフは自分に言い聞かせるようにぽつりと言った。


「そこまで言うならば……俺もひとつ覚悟を決めるべきか……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。